「硝子の月」
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「遅かったの」 老婆は一行を屋敷に中に招き入れた。 「少し準備に手間取りまして」 ルウファが微笑して応えた。 「ここまで歩いてきたのかえ? 大した怪我じゃないんじゃないのかい?」 「意地を張っているだけです」 無遠慮にティオを観察しつつの次の言葉にはそう応えた。 実際、現在少年が自力で動いているのは気力によるところが大きい。「おぶってやろうか?」というグレンの申し出を即座に断って、油汗を流しながらここまで自分で歩いてきたのである。 「ふむ。まぁお座り」 「いい」 短く断る。間違っても遠慮から来るものではない。一度止まってしまった為に、もう指一本動かす余力がないのである。今動けばまず間違いなく醜態を曝すことになるだろう。 「そうかい。それじゃとりあえず」 老婆は棚から霧吹き香水瓶のようなものを取り出すと、唐突に彼に吹き掛けた。 「「ちょっ…!」」 ふらりと倒れた少年の体を、ルウファとグレンが同時に支える。シオンが違うポイントで「ああ!」と叫んだのはさておいて。 「何するのよ!」 「なに、ちょいと眠らせただけさ。油汗だらだらで起きてられてもしょうがないからねぇ」 きつい真紅の眼差しに、老婆は微笑して応じた。
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