「硝子の月」
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| 2002年01月31日(木) |
<成り行き> 黒乃、朔也 |
「…っあ…くっ!」 焼けるような痛みが脇腹に走る。 ティオは苦悶に顔を歪めながらも一瞬後には素早く横に飛び退っていた。 自分自身を称賛してもいい動きだったと思う。痛みに躊躇すれば終りだった。 一足遅れて来た閃光の第二射が、先程の立ち位置で鈍い残光と化すのを見て、ティオは寒気を覚える。 「…てめえ」 自分の甘さを呪うしかなかった。 相手が子供だからといって、そして殺気を微塵も見せないからといって、自分には『殺し合いの場に立っていた』という自覚がなかったのだから。 「ふむ…いい動きですね、素人としては」 少年はひびの入った眼鏡を取り、軽く頭を振って前髪のまとわりを解いた。その目も、口調も、先程とはうって変わった落ち着きを含んでいる。 「さっきは見苦しいところをお見せしてすみません。やはり『彼』には人殺しは向かなかったようだ…『奇襲』にはうってつけなのですが…」 いつの間にか、少年はティオから十分な距離を取っていた。その前に浮かぶのは2匹の機械虫。熱線の標準をティオに向け、射撃の命令を今かと待ち構えるようだった。 「…おまえ…何者だ? 『彼』って、さっきから何を…」 「まあ、僕の体も『成り行き』でおかしな塩梅になっているんですよ」 「ふざけっ…」 思わず叫びかけると、脇腹の痛みで気が遠のきそうになる。 ティオは白い歯を固く食いしばり、気力だけで相手を睨みつけた。 「…ふざけるなよ、『成り行き』で、腹に風穴開けらて…たまっかよ…」 「嫌いなんですよ。『運命』っていう言葉を使うのは」 少年はにっこり微笑んで、そして短くこう続けた。 「撃て」
(やば……) 緩慢に死を認識し、身体を強張らせる。けれど地面に膝を突いたまま動きようもなかったティオを救ったのは、紫紺の翼の親友だった。 「クアアアァァッ!!」 上空から銀の機械に急襲をかける。体当たりされた<虫>は、ぐらりと揺れて白い光線でティオの足元の地面をえぐった。 「アニス!」 「ちっ……」 銀髪の少年は舌打ちし、素早くバッグからもう一匹の<虫>を取り出す。二匹の<虫>に見下ろされたティオがきつく歯噛みした。 (無理だ) もう一度アニスが庇ってくれたとしても、2体は防ぎきれない。 「アニス――逃げろ」 腕と脇腹の痛みが、次第に痺れるように感覚を無くしてくる。頭の芯がぐらついて、上体を起こすことすらままならなくなってきた。 「ピィ!」 けれどアニスは抗議するように鋭く鳴き、ティオを守ろうと翼を広げる。少年は今度こそ逃れようのないティオを指差し、再び冷然と告げた。 「撃て!」
ティオは。 痛みにぼんやりする頭で、ふと思う。 (俺は) 眼前の白いひかり。 (死ぬ、のかな)
「!」 猫を抱いていたルウファがハッと顔を上げる。グレンが不思議そうにそっちを見た。 「どうした?」 「――いけないっ」 少女がそう呟いた瞬間。 遠くで、凄まじい爆音が轟いた。
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