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2004年04月22日(木)
■『バルバラ異界』1・2 ★★★★☆

著者:萩尾望都  出版:小学館  ISBN:4-09-167041-5/4-09-167042-3  [SF]  bk1bk1

【あらすじ】(1巻カバーより)
西暦2052年。他人の夢に入り込むことができる“夢先案内人(ゆめさきガイド)”の度会時夫(わたらいときお)は、ある事件から7年間眠り続ける少女・十条青羽(じゅうじょうあおば)の夢をさぐる仕事を引き受けることになった。そして、その夢の中で青羽が幸せに暮らす島の名<バルバラ>をキーワードに、思いがけない事実が次つぎと現れはじめ…!?

【内容と感想】
 私の最も好きな少女漫画家の一人、萩尾望都。ここしばらく幼児虐待ものを長期連載していた。そちらのテーマには私はあまり興味がないため読んでいなかった。SFネタが復活したのは久しぶりなので喜んでいる。

 あらためて考えてみると、萩尾望都の作品はこれまでも象徴的な要素がストーリーの中にふんだんに盛り込まれていた。しかし今まではあまりそれを意識せず読んでいた。というのも、ストーリー構成が秀逸なので要素はさりげなく溶け込み、特に意識しなくても十分楽しめていたからだと思う。

 ところが、この作品は従来と違ってストーリーより要素の意味深さが目立つ。ストーリーの合間に要素があるのではなく、矢継ぎ早なイメージの展開の隙間を縫ってストーリーで補足しているかのように感じられる。だからこれまで以上に話があちこちに飛んでいる気がするし、把握もしにくい。

 とはいえ、よくよく読んでみると、けっしてストーリーもなおざりというわけではない。枝葉をそぎ落とされた濃密なストーリーが繰り広げられている。また、重い話が伏線もなくいきなり淡々と展開されるのに驚く。しかし要素の詰め込み方がそれ以上で、ストーリーを圧倒している。これを一つにまとめあげる構成力はすごい。以前『百億の昼千億の夜』を原作と読み比べた時も、構成のうまさにうならされたが、この作品も並大抵ではない。

 表面に見えているストーリーは、以下のようなものだ。ある事件を境に眠り続ける少女青羽の夢に、時夫が夢先案内人として入り、彼女を夢から覚まそうとする。彼女は「バルバラ」という異世界の島で幼い子供になって幸せに暮らしている夢を見ていた。これをきっかけに、ある事件が浮上してくる。それは青羽の両親が何ものかに殺された猟奇的な事件で、青羽が眠り続けるきっかけとなった。ところがこの「バルバラ」は時夫の息子のキリヤが創りあげた想像上の島だった。どうやら青羽とキリヤはどこかで繋がっているらしい。時夫が青羽に関わり始めてから、「バルバラ」は次第に現実世界へと形を表わしてゆく。


 『スター・レッド』で扱われたイメージはここにたくさん出て来ている。火星で戦いがあったことや荒涼とした火星の砂のイメージはまさにそうだ。砂は作者が好んで使うモチーフで、『マージナル』『銀の三角』『偽王』『城』『左利きのイザン』などにも登場している。また鳥篭で眠る予言者の千里も『スター・レッド』の鳥の名前の火星人予言者達と重なる。

 バルバラで光合成をしている半分植物化した群像のような女性達のモチーフは、 『ハーバル・ビューティー』にも登場している。 これはどうやらかつての火星を支配していた意識を共有する生命体ではないかと推測される。

 『X+Y』でタクトが固執するアイテムとして登場した凧も、バルバラで千里や子供達によりあげられている。『X+Y』では凧とイカロスの翼が関連付けられていた。これは自由への象徴なのだろうか。

 青羽の引き起こすポルターガイストは、『ポーの一族』を思わせる血とバラを降り注がせる。これは永遠に生きる者の象徴か。またポルターガイストは『スター・レッド』や『X+Y』では制御できない力として現れていた。

 『トーマの心臓』でタイトルになっている心臓は、ここではグロテスクなカニバリズムとして登場している。それが結晶化しているという。『モザイク・ラセン』では、水晶は少女を閉じ込める檻として描かれていた。一方キリヤは夢の中で追われたあげくガラスを割り、目覚めを象徴する鶏が鳴く。これはキリヤが少女を脱したことを示唆しているようだ。また『スター・レッド』では星は赤い目を黒く見せるためにコンタクトレンズをはめていた。エルグに会ったことで、このガラスが砕け散る。目を覆う少女としての檻を砕き、少女に同化するふりを止め、星は自分が自分自身でいられる火星へと旅立つのである。

 両親による精神的な虐待は、『残酷な神が支配する』『メッシュ』『イグアナの娘』『半身』などに、再三出て来る。これは彼女の作品に根強い。またこの作品に登場するキリヤの母はかなり思い込みの激しいタイプで発言が痛い。

 他にもさまざまな思わせぶりな要素がたくさんあるのだが、意味を捕らえきれないものも多い。過去の作品をもう一度読み直し、各々の要素が何を表わしているかを捕え直さないと理解しきれないかもしれない。だが残念ながらほとんどの萩尾作品を実家に置いてきてしまった。先にあげた要素の類似点も、記憶違いのものがあるかもしれない。


 おそらく青羽とキリヤは対立して描かれている。章のタイトルに「希望」と「絶望」としるされていて、希望が青羽、絶望がキリヤだとわかる。おそらく、青羽は永遠の少女、キリヤは従来の少女像に順応できない女性を象徴している。意味のありそうなモチーフやキーワードを思い付くまま二人にそれぞれ当てはめてみるとこうだ。

青羽=少女=無垢:
希望・眠り続ける・全体意識・植物との融合・血とバラ・金魚・かつて水で満ち共通意識のあった火星・カニバリズム・結晶・読めない異国の文字で書かれた本・飛べない身体・ゼリー状に溶ける人形・免疫不全・拒絶反応・アレルギー

キリヤ=少年=変異種:
絶望・覚醒・砂の火星・父親により精神的に捨てられる・少女の残酷性を持つ母親からの精神的な虐待・お神楽の猩猩の面・結晶を割り鶏につつかれる・プリオンタンパク質

 時夫はどうやらその職業通り、ガイドの役割を果たしているようだ。今後青羽は目覚めるのか、キリヤは救われるのか、謎がどう解けていくのか楽しみである。


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