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2004年04月26日(月)
■『動物化するポストモダン』 ★★★★☆

著者:東浩紀  出版:講談社  ISBN:4-06-149575-5  [EX]  bk1

【内容と感想】
 近代からポストモダンへと時代が遷るにしたがって、イデオロギーやナショナリズムといった「大きな物語(社会などを一つにまとめあげるためのシステム)」が凋落した。また日本は敗戦により日本的な文化が断絶し、アメリカ的な文化に取って代わられた。筆者はオタク系文化の構造がポストモダンの歴史の流れを反映しているとし、オタク系文化の特長を読み解くことでポストモダンの本質を捉えようと試みている。

 この本ではポストモダンという時代に人はどう変わっていったかがなかなかわかりやすく説明されている。オタク系の文化が切り口となっているので、身近に凡例を見て来た私には納得しやすい。また、ここで触れられている時代も体験して来て実感がある。それから提示されているモデルを当てはめると、それまで理解しにくかったことに説明がつくものが多々ある。また馴染みのない哲学的なことが要所を押さえて分かりやすく説明されているのでとっつきやすい。

 近代に見られた「大きな物語」は時代が遷るにつれてあちこちが機能不全を起こし、日本では1970年代に凋落した。ここではその後のポストモダンは「スノビズム」と「動物化」の二者択一しかなかったのだと述べられている。まず1970年代から1995年頃までは「スノビズム」により支配されていた。これは形骸化した価値観にしがみつくことで「大きな物語」の代用に虚構を捏造し、喪失感を埋める試みだった。しかし1995年以降、虚構を捏造する欲望すら失われ、即物的な欲求を満たす「動物化」へと変化してきているという。

 興味深いのが、近代とポストモダンで世界の捉え方が違っていることだ。近代では世界を「ツリー・モデル(投射モデル)」で捉えていた。これは意識に映る表層的な世界(小さな物語たち)を通して、それらを規定する「大きな物語」をその深層に読み取る捉え方である。そして自分自身はその物語を通して決定される。

 一方ポストモダンでは世界を「データベース・モデル(読み込みモデル)」として捉えている。意識に映る表層的な世界(小さな物語)の深層には、もはや「大きな物語」は存在しない。代わりに、小さな物語をどう組み合わせてどう読み込むかというシステム(大きな非物語)が存在し、自分自身が「小さな物語たち」を読み込むことで世界を決定づける。それらは読み込み次第でいくらでも異なった表情を表す。

 私は世界をツリー・モデルで捉えている。私は子供の頃からずっと本を読んでいたが、本を読むというのはその背後の「大きな物語」を読み取るという作業だった。SFを好きなのは、SFが世界観を作り上げるからで、それが「大きな物語」の喪失を埋めるのに近いからかもしれない。私が本を読み始めた頃、おそらくそれらの本の作家達はまだ近代の「大きな物語」の中で生きていた。彼らは世界をツリー・モデルで捉え、私もごく自然にツリー・モデルとして捉えるようになったのだろうと思う。

 しかし、一方でデータベース・モデルでの捉え方に移行してきているのも納得できる。子供の頃からコンピュータゲームで育って来た世代の人達にとって、ある大きなシステムがあり、その生成するバリエーションを読み込むことで世界を捉えるというのは極自然だろう。

 とはいえ、一方でツリー・モデルで捉えている人達がいて、他方でデータベース・モデルで捉えている人達がいるとなると、そのコミュニケーションが齟齬をきたすのは無理ないことかもしれない。以前私の意図がどう説明しても曲解されることがあり、どうして決めつけられるのかと不思議に思ったことがあった。これをデータベース・モデルで読み込んでいたからだと考えると納得が行く。客観的に「相手がどうか」ではなく、相対的に「自分がこう読み込みたい」のようなのだ。

 筆者はポストモダンの人間性が「動物化」していることを、あまり良いことだとは捉えていない。私から見てもあまり良いとは感じられない。ではデータベース・モデルで世界を捉えている人たちから見るとそれでいいのかというと、そうでもないらしい。読み込み次第で横滑りし、バリエーションだけが無数に増殖するだけで、いつまでたっても安定する状態にはたどりつけないという欠点があるそうだ。

 ともあれ、この本ではポストモダンのの実情が解説されただけで、まずは議論するための土壌を整えるのが目的のようだ。また、今回は男性を対象とした分析がほとんどだったので、次は女性の分析も読んでみたいと思う。


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