長く一つのものを追い続けていると たくさんの言葉が目を隠そうとしたりする。 とても意固地に見えたり意地張ってみえる 生き方でも、そこに真実と信念は存在してる。 人は自分に悪意がある時、他人も悪意があるものと 思う。否、それがなければいけないと思うのか。 同じでいる事は決して安心出来る事ではないと思うけど。 叶いそうにない思いはそれに近い感情で一蹴されてしまう。 凄いね、という言葉の裏にあるものを読みとってしまおうと するこの心も卑しいのだけれど。 でも、この想いがある事実は変えようがないのです。 共に笑い泣き苦悩する仲間がいることも事実です。 この情熱という不確かでどうしても自分を突き動かして しまう想いがあるうちは、誰の言葉も聞かないし 必要ない。そしてそれはやっぱり真っ直ぐで大事で 本気の想い。大丈夫。愚にも付かない言葉で慰められるのは 慣れてる。信念が顔に出てしまう事もあるだろうけど、 生きる為に円滑油なるような笑顔も覚えた。 そんな自分に嫌気がさす時もよくあるけど。 それでも解き放たれた心は自由になれるから。 信じる者は救われる、と自分の力を信じたい。 誰もが手を合わせ祈るように思いの丈を口にする。 いつかこの夢をこの手で掴むまで、諦めないと誓います…と 祈るように自分自身に誓うのだ。
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