浅間日記

2008年06月20日(金) ひねもす水無月

仕事から解き放たれ、予算や工程や納期と無縁の日々。

実にすばらしいことである。
人々が社会活動している間、こっちはひねもす赤ん坊を撫でていればよい。
申し訳ないが、実にすばらしいことである。

さらに、嫁さんと子どもを里へ帰した亭主でさえ、
こうもやりたい放題ではないだろうというような、怠惰な生活。

衣類やオムツは、物干しから直接もぎとって替え、
食べ物はテーブルの上に四六時中出してあり、時々手でつまみ食いもする。
本や手紙や赤ん坊のための物は、全てワンムーブで手に届く場所に出しっぱなしとする。
これにAの描いた絵やHの山関係のやりっ放しが合わさって、
−それを定位置に戻すというサービスを私はもうしないので−
居間はぐちゃぐちゃである。


幼い我が子をひねもす抱いて暮らすのは、今生ではこれが最後になるだろう。
ふっくらした手足や頬や可愛い泣き声の、次はもうないだろう。

だから、この子が乳児でいる一分一秒が、私にはいとおしく、
まともな家事を放棄してでも、しっかり記憶に留めておきたいのである。

2004年06月20日(日) いい塩梅だ


 < 過去   INDEX  未来 >


ipa [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加