
おとなの隠れ家/日記
marko
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| 2004年04月10日(土) ■ |
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| お金 その1 |
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大きなお金は電信で動くとはいえ 1万円の札束を結構目にする機会が多い。 もちろん自分のお金ではなく、会社のね。
不思議なもので 自分のモノじゃないと思うと、てんでお金のような気がしない。 札束が10ぐらいあると、一千万という認識は勿論あるが わたしにとっては会社の書類と似たような感覚で。
札束が2つあれば
「ああ、これが自分のお金なら○○が買えるな」
なんて意識はわたしには無い。 自分のモノじゃないと、何かに使えるお金だという思考が働かない。 横領しないだろうなぁ。 善し悪しじゃなくて、自分のお金じゃないから。 いい金庫番になるかもだな。 あははっ
ところで、このお金 あればあるほどいいように見えて、そうでもないのかもしれないと ここんとこ考えている。
いきなり普通では手に入らないお金を手にしたとしても 身に付いた生活感や習慣を簡単に変えられるとは思えなくて。
賭け事や宝くじの場合 この種のお金は「残らない」とか「身に付かない」と良く言われる。 お金を日頃より多く持つことで気持ちが大きくなるのか ぱーっと飲みに行ったり、次の資金に回したり 日頃の損(負け)を計算には入れずというあたりからくる話だと思われる。 これは、お金が身に付いていないからじゃないだろうかと。
わたしはといえば、この手のお金を手にした時も、ほとんど行動が変わらない。 お金狙いじゃなくゲーム性を楽しむ方なので、嬉しかったり悔しかったりするだけだ。 これは、お金が身に付いているんじゃなくて お金よりゲーム感覚に興味があるということなんだけど。
「慣れないお金は、上手く使えない」←これが最近考えていること。
公共事業で使われるお金もまた、使う権限を持つ人が 大金が身に付いていないから上手く使えないのかも、とか考えたりする。 加えて自分のお金じゃないから、なおさら無駄な結果に終わることもあったり。 ゲームしたいんなら、自分のお金でしろよなと思わなくもない。
ちょっと前から問題になっている警察内での裏金事件 これも慣れないお金を手にするから 物事の善し悪しの判断もできなくなるんじゃないかと。
お金には、自分のものと、そうでないものがあって たとえ手にしても、それは自分のものではなくて 自分のものではないお金は........ 自分のものではないお金を使うのには.......
この先が出てこない。 イメージはあるのだけれど言葉にならない。 もうちょっと考えてみる。
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