
おとなの隠れ家/日記
marko
MAIL
BBS
クリックすると
ランキングに投票されます♪
↓
|
 |
| 2003年12月27日(土) ■ |
 |
| たまに書く読書の記録 |
 |
読書宣言したので たまに こういう日記も書いてみることにした。
14歳からの哲学/池田晶子
帯に「人は14歳以後、一度は考えておかなければならないことがある」 と書いてある本。
出会いは偶然。 仕事で急きょ必要になった本を買いに書店に出向き その店の売れているベスト10のコーナーで目に止まる。
そもそも哲学に関わる本など 触れたこともないわたしの 哲学という言葉のイメージは あまり良くない。 堂々回りの考え方を意味することだと思っていて。
売れているのであれば 何かためになるのかなという 安易な発想から その本を購入。
「ある」と「ない」に こだわりながら 目に見えるものとそうでないものとの違いを説明した上で すでに頭の中に植え付けられた考え方や物の見方を 本当に そうなんだろうかと いくつもの疑問を投げかけている。
14歳以後 という前フリにあるように 中学生が読んでいることを前提とした 語りかける口調の書き方をしてある所が大部分だけれど 中学生のみを対象にして書かれてはいないものだと思う。 わたしにも十分手強い本だった。
読んで行くと あっちこっちに思考をひっぱり回される感じ。 時には眉間にしわを寄せたりもした。
中でも わたしが興味深く読んだ部分は 兼ねてから考えている「死」について。 人は「死ぬ」というが 何をもって人が死ぬと思うのかという切り口から 死とは無を表し 無とはないということ つまり死は無いということだと。
この章を最初に読んだ時には 自分の頭に そのことを乗せられなかった。 もちろん書いてあることは読める。 しかしながら 何故「死=無」なのか 3回ほど読んでみたが 疑問は疑問のままだった。
本を読み終えてしまい 改めて考えると なんとなくではあるが「死=無」だということに違和感が緩んでいた。
この本を 14歳で読めば どういう感想が出るのか興味がある。 わたし的には 今の年齢に見合う分の経験が やや邪魔することはあるだろうが 本を読んできていないことが逆に 先入観なしで受け入れられたかもしれない。 あの頃の純粋さは もうないかもしれないが。
思うに 今持って まだ謎だと わたしが思うことが 本の中の目次の中に いくつか存在しているということは 無意識のうちに わたしも哲学してるもんなんだなぁと 哲学という言葉に対する見方が変わったように思う。
*私的記録 5冊目
|
|