もう嫌だ。 - 2001年09月17日(月) 最近、オフラインで親しいひととメールの遣り取りをする機会が増えました。 何故って。 私が釧路に来てしまって、会うことが難しくなったから。親しいはずなのに、電話で声を聞くのでもなく、メールでの連絡。 友人によってはHPの更新とこの日記で私の生存を確認しているひともいるらしい(笑)。少しさびしいけれど、どんな形であれ、私にアクセスしてくれるということだけでも感謝しなくてはなりません。 メール。 携帯でちょっと送るメールに言葉の価値がどれだけあるか、という問題は、そのときの状況にもよるでしょうが、ごく軽いものには変わりないと思うの。 対してパソコンのメールって、直筆のお手紙よりは少し落ちるけど、交換日記(笑)くらいの重さはあるんじゃないかしら。 でも、画一的な文字から感情を読むことって、難しい。 だから私は意識して「行間を読む」ようにしています。 「行間を読む」って、物理的にそうするんじゃないよ(笑)。英語の諺にあるじゃない、その言い回し自体は忘れたけど、文章が表現する以上のものを読み取るという意味だったような気がする。 努力はしてるというだけで、果たしてその私の気持ちが相手に通じているかどうかは分からないけど、私だったら、相手からお返事が来て、一番聞いて欲しかったことにノーコメントだったら悲しいから。 拒絶された気がして、このひとに私はここまでしか踏み込んでもらえないんだなあ、って、これからのメールの話題にボーダーをつけたりして。 それでボーダーを気にするあまり返事が遅れたりしてね。お粗末な話。 そんなふうに思っちゃうなんて、私は嫌な子かなあ。 せっかくくれたメールなのに、その内容を自己防衛の手立てを講じる材料にしてしまうなんて。 …少なくとも、暗い子ではあるな(笑)。 単に、誰かに受け入れられたいだけなんだと思う。 でも自分のことを少しも誇れない今の状態じゃ、誰にもそうしてもらえないことは分かってる。自信がないから、自分を売り込むこともできない。 もし拒まれたら、って思ったら、そんな行動に自分を突き動かすエネルギーなんて、簡単に消し飛んでしまうわ。 努力に裏切られた記憶は、まだ残ってる。 何ていうバイタリティーのなさ。自分でも呆れる。 傷つくのがコワイと言っても、別に、ベロベロに甘えさせてもらいたい訳じゃない。 …頭を撫でてくれる程度でいいんだけどなー…。 こんな私に、とても素敵な言葉をかけて下さった方がいて、読みながら泣きました。有り難いなあ、と思って。 メールと、裏側の掲示板に書き込んで下さったお二方、それぞれ、私などを申し訳ないくらい評価して下さって。 いただいた言葉に相応しい人間になりたい。 ...
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