みかんのつぶつぶ
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2002年09月06日(金) ダンサー・イン・ザ・ダーク?

子どもの目に光を与えるために死を選ぶか
子どもの目になって生きることを選ぶか


と、選択を迫られたらどうしますか?


自分の遺伝子によって盲目になるであろう子どもを救うのに、
自分の命を使う手段があるよ、と。


自分の命が治療方法になるのであれば、惜しげもなく捧げますか。


それとも、
自分がそばにいることが子どもの幸せだと選択しますか。







私は、
子どもが自立する道を選びます。
私から生まれでた時点で子どもは子どもの人格があり、
私よりももっと先へ進まなければならない人だからです。




子育てで一番大切にしてきたことは、
私が嫌だなぁと思うことは、
きっと子どもでも嫌だなぁと思うのではないか?と考えてみること。
嫌だなぁと思うようなことをしない努力をみせるのではなくて、
嫌だなぁと思うかな?と考えてあげる努力をみせるのです。



親の背中を見て育つといいますが、
いい面ばかりを見て育つために親は努力をしても、
絶対に子どもは育たないと思います。
親の背中に見えるものは、
子どもが成長するにしたがって変わってくるものだと思うから。
見えてくる範囲が広がれば、それは順調に育っているのではないかと。


そしてその親の背中を見て感じたことを、
世間の風と照らし合わせてみて、
子ども自身が感じ考え、自分自身を確立させていって欲しいと思います。


子ども達の後姿を見ているのが、昔から私はとっても好きで、
時々カメラに収めたり、絵に描いたりしていました。


そして、
抱っこをせがみ私を見上げるその目は、
その子の人生のなかでホントに一瞬のなかだけにある目で。






私は、私を失う子ども達の苦労は少しはわかります。
目から光を失う苦労も、少しは想像できます。
だからこそ、
子どもの目に光を与えることを選択します。
私は、どちらにしてもいつかは、先に旅立たなければならないのですから。








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