みかんのつぶつぶ
DiaryINDEX|past|will
身近なひとが死ぬということは、 私ばかりが悲しみ嘆いているわけではなくて、 よくよく考えてみれば、 人生には必ずそのときは訪れる保障がされていることであって。
みんなみんな人知れず噛み締めて生きているんだね。
彼が亡くなったあと、私にはその失った彼のことを話せる場所がなかった。 唯一、HPにお悔やみを書きこんでくださる方達への返信だけが許された。 それだけでも、無いわけではなかったのだから、良かったんだね。
聞きたくないだろうという想いと、 聞きたくないだろうことを話したくて吐き出したくて彼の姿を語りたくて、 でも、 そんな場所はなかった。 喪主であるということと、 弔事で集まっても対応に追われるだけで、 じっくりと話し合うことなんて1度もなかった。
ましてや、 子ども達とはもっと彼の話しは避けていたし。
それよりもなによりも、 私のなかで「終わってしまった」という感が強かったのかも知れない。
いつか終わりがくるそのときが、 毎日毎日足音たてて近づいてくることに耳を目を口を塞ぎ、 瀕死であるそのひとを目の前にしている絶望感との葛藤。 涙を流す気持ちもなかった。
まだ、まだ。
茫然と見送るしかない命を目の前にしたあの、 あの、ベッドサイドでの寂寥感を言葉にすることさえ躊躇った日々で。 言葉にすれば人知れず彼を苦しめ、 自分もまたその感情に溺れてしまう危機感とプライドだったのだろう。
だからこそ、 終わってしまったその日々を、 ただ無駄なように過ごして時を食い尽くすことで埋めている空虚な気持ち。
ああ、秋がくるね。 季節を感じるたびに臆病になるよ。
自分が平気でいられるかどうか、とってもとっても不安だよ。
|