| 2004年06月20日(日) |
歩行者理論は間違っている。 |
始めに断っておくが、歩行者理論とは僕の造語です。 歩行者理論とは、程度が軽ければ犯罪を犯罪でないと認識する理論のことです。 つまり、猛スピードで交差点を信号無視する車は極悪で、大通りで横断歩道のない場所を当然のように横断する歩行者はあまり悪くない。 あまり悪くないのでお咎めなし。 歩行者や自転車は交通規則を少々無視しても”あまり”危険ではない。自動車などの車両が交通規則を無視すると”かなり”危険。だから、車両は交通規則を守らなければならないが、歩行者や自転車は気にしなくてもよい。 確かに自動車が歩行者ばりに信号無視をすれば、危険なことこの上ないです。歩行者が道路を横断するくらい、皆やってることだし、別にいいじゃないかと言うのもわかります。しかし、規則に違反してることも事実です。 そんな些細なことに目くじらを立てるなよ、と言われそうですが、「些細なこと」を免罪符にすることを僕は弾劾したい。
なぜ、「些細なこと」を免罪符にすることを僕が嫌うのかというと、それは質の問題を量の問題にすりかえ、自らの罪を贖おうとしているように感じるからです。 つまり、程度(量)に天と地ほどの差があったとしても、悪いことは悪い。殺人も万引きも立派な犯罪なのです。 もちろん、だからと言って殺人と万引きに同じ罰を科せとは言いません。量刑には程度の差が出ます。しかし、”刑が与えられる”という質の面では同質であるべきだと考えます。 つまり、全てを完璧にして些細な間違いも許すなと言いたいわけではなく、どんなに程度の違いがあったとしても、本質的には同じことが世の中にはたくさんあり、そして、自分も同じような(=同質な)ことをしているにも関らず、自分は程度が低いから関係ない、と免罪するのは間違っているのではないかと訴えたいだけです。
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