急に思いついたのだが、僕が最も欲しいものは無償の愛だと気付いた。 で、無償の愛とはいったいなんじゃろな?
長く説明するのが面倒なので、簡潔に記してみたいと思います。
無償の愛とは・・・、 相手の意思、行為に基づかない一方的な愛。 と、僕は定義しておきます。
基本的に恋愛は制度であり、売買や労働と等価値だと考えます。 自己に向けられた好意の対価として、好意を返す。 自己内部に発生した意思に基づく恋愛は、必ずこの形をとります。 誰かを好きになり、それを伝え、相手からも好意を伝えられる。 逆に、誰かから好意を向けられ、それに対して好意を返したとしても同じ事です。 それは好意を先払いするか、後払いするかの違いだけです。 お互いに好意を交換するに値する対価を、何らかの形で支払っています。
つまり、無償の愛を実現するためには、好意を伝えてはならないし、好意を向けられても返答してはならない。 完全に一方的でなければならないのです。
では、なぜ僕はそんなものを求めるのでしょうか? それは、無償の愛は「存在」そのものを認める行為だからだと考えます。 自己の活動によって発生する何か(それは愛情であったり、愛情を表現する物や行動であったり)を必要とせず、その人の「存在」自体がすでに愛を与えるに値すると認めることになる。 つまり、通常の恋愛は相手の存在そのものではなく、相手との好意の交換によって生じる何かに価値が発生してしまう。 相手との感情の交流であったり、触れ合いであったり。 それらは相手との行為であり、相手の存在そのものではない。 しかし、無償の愛はそれを必要としない。 相手の存在そのものが愛の対象であり、行為や意思の交流は必要ない。
唐突に話は切り替わるが、そう考えると僕は本気でKさんが好きだったようだ。
それはともかく、無償の愛を向けられるということは、”無条件”で存在を認められることだ。 つまり、僕はそれを求めている。 僕の行為に付随する付加価値ではなく、僕が僕として在る、ただそれだけで認められる。愛される。 僕はそれを望んでいる。
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