猫をかぶった仔猫の日々

2007年02月18日(日) ママの愛情。

肺炎になって、退院してから微熱が止まりません。
それほどでもないのですが、先日38度近く出てしまいました。
ママに言ったらアイスノンを持ってきてくれました。
私は入院して以来、不安と気分が向上しないのと死にたいと言う願望が消えません。
いっそ死んでしまったほうが両親も良かったんじゃないかな?と思ってしまっているほどです。
ママは68歳でヘルパーの仕事をしています。
忙しい中、私が入院していた時も毎日来てくれました。
わがまま言い放題の私に何も言わず看病をしてくれました。
そんなママはとても辛かったと思います。
でも、何も責めないんです。
薬こそ管理されたものの、私の為に色々なことをしてくれます。
私の家は貧乏ではありませんが、けして余裕があるとは言えないと思います。
パパも働いていますが、収入は家に入れていません。
だからママの収入と年金でやりくりをしています。
毎年入院する私。
私が入院する病院はけして安くはありません。
でも、私が良くなればと思いママは文句1つも言わないでいつも笑っていてくれます。
時には厳しいことも言われますが、それは私の為を思って言ってくれていることです。
ママは寝る間も惜しんで働き、家庭を支えてくれています。
そんなママを私は尊敬します。
こんな強い人間はいないのではないかと。
今も腰が痛くてしょうがないのに一生懸命働いてくれています。
私が働いていなくても何も言いません。
私は病気になる前、バリバリ働いていました。
時には月35万くらいお給料をもらっていました。
その時、結婚していたのですが私は両立することが出来ず仕事が本業になり夫婦仲はだんだん離れていきました。
病気は自覚していたのですが、病院にも行かずに自分なりに頑張っていました。
でも、義父が亡くなってそのショックから耐えられなくなり初めて病院に行きました。
仕事のこと、家庭のこと、義父の死、色々原因がありました。
問診表を書いて先生に見せた時、先生から『仔猫さん、これだけ原因があったら病気にならない方が病気ですよ』と言われました。
その時の病名はうつ病でした。
でも、6年がたっても一向に良くならずに悪くなる一方です。
自殺未遂も6回以上はしています。
リストカットも散々してきました。
そのたびママは私のカッターを取り上げました。
その時のママは自分の娘がこんなになるなんてとても悲しかったと思います。
私はプライドがあるというか、どうしても営業事務か一般事務をしたいのですが、ママはスーパーやコンビニでも良いじゃないと私の体調を考えて言ってくれます。
私はママになにも恩返しが出来ていません。
そんな私なのにママは熱を出している私を心配してアイスノンが溶けた時に水枕を作って取替えに来てくれました。
私は寝ぼけながら『今何時?』って聞いたら『4時だよ』って言いました。
ママは朝の4時に水枕を作ってくれたんです。
自分は寝る間も惜しんで。
そんなママを私は誇りに思っています。
そしてママをもう裏切れないと。
これから何があるかわかりません。
また私は同じことを繰り返すかも知れません。
でも、ママを哀しませたくないと今は思っています。
ママが私を愛してくれているように私もママを愛しています。
どうしたら恩返しが出来るのでしょう。
元気に笑っているだけでママは喜んでくれるのだろうと思います。
こうして日記を書いていても涙が止まりません。
ママの愛情を無駄にしたくはありません。
だから私はママの前では笑顔でいようと思います。
そしてママが辛い時は私がママに何かしてあげたいと思います。
それが私の今の気持ちです。


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