根本的な話

時は明治、政府が国内に鉄道網を敷こうとしていたときの事。
政府側は海岸線に線路を敷くことで議論をまとめようとしていた。
しかしここで待ったの声がかかった。その声の主は陸軍参謀本部の長
川上操六という男。彼の弁では海岸線に線路を敷けば外国と戦争をした際
艦砲射撃によって鉄道網を寸断され陸軍の兵士が運べなくなるとのこと。
しかし海岸線に線路を敷かない場合はトンネルを掘らねばならず
海岸線に敷いた際の3倍の費用がかかってしまうことになる。
何度説得してもこの川上操六という男は首を縦に振らない。
これに腹を立てたのが後に総理大臣となる時の逓信大臣黒田清隆。
薩摩の先輩でもある黒田は「操六!」と一喝し話は表で聞くと言って
腕を捲し上げて川上操六を睨みつけた。薩摩の最年長者でもある黒田は
薩摩式の方法によってなんとか川上を退けたものの
結局鉄道網の一部を山間部に隠すなどの条件を呑むことになる。
しかしこの話、根本的な部分として海岸線の鉄道網を艦砲射撃されるような
そんな状態に陥ればほぼ戦争は負けに等しいのではないだろうか?
海軍が健在であればそこまで攻め込まれることはないはずだし、
瀬戸内などの海岸線が艦砲射撃に遭うような状態であれば
それは確実に負ける一歩手前の状態なのではないだろうか?
このように根本的な部分が抜けていることは現代社会でもよく見られる。
碌な才能も無いのにクリエイティブな仕事がしたいと抜かす若者や
中国頼みの経済、偏執的な中華主義者のブーイングなどなど。
もっと物事を根本から見直してみませんか?
2004年08月03日(火)

Dag Soliloquize / tsuyo