| 作品性 |
金曜日の誰かツっこんだれというのは実は続きがあって、 あの後とある映画監督(元コメディアン)に対しての 嫌味とも取れかねるツっこみに突入する予定だったのですが、 いかんせん遅い時間に書いていたために打ち切らざるを 得ませんでした。が、そんなことをしたら先を越された。 ということで座頭市が賞を受賞したことに対しての話です。 実は賞を取った事に関しては驚きはありません。 当然の結果です。 賞を取るための要素が詰まっているからです。 でも、だからといって賞をとったから凄いって訳でもないんです。 そこが今回のツっこみどころです。 北野武監督は菊次郎の夏で海外での映画賞を受賞して以来 海外で賞を受賞するための作品しか作らなくなりました。 つまり外国人にウケる日本の要素を盛り込んだわけです。 「Brother」ではジャパニーズマフィア=ヤクザを 「dolls」では浄瑠璃人形と鮮やかな色彩を映画の根幹に することで再び海外の映画賞を取ろうと目論んだのです。 しかしながら、敵もさる者。そう簡単には受賞させません。 そこで北野監督は最終手段に出ました。 黒澤や小津映画と共に海外では人気のある「座頭市」の リメイクに着手したのです。ある程度の映画の出来は 保障されていますし、彼の手腕なら失敗する事も無いでしょう あとは外人の好きそうな話題を盛り込みゃ簡単です。 お見事銀獅子賞受賞です。 でも、賞を取るための映画って何だかやましい感じがするのは 私だけでしょうか?それまでバリバリの文芸作品を撮っていた 映画監督であれば話は分かりますが、その昔、毒舌でならして 反体制的な事もやってきた彼が海外での映画賞を受賞したいという 権威主義に陥ってしまった姿に昔の気概を感じなくなったのは 私だけでしょうか? 北野監督の作品は当たり外れが大きいですが 「キッズ・リターン」のような大傑作もあります。 最近の作品にはそんな大傑作の気風が 感じられなくなってしまいました。 どことなく観ている一般のお客さんが置いてきぼりに されているような気がするのです。 賞を取るために映画を撮るのか? 審査員のために映画を撮るのか? 映画におけるエンターテイメントとは? そんなことを感じずにはいられないニュースです。
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2003年09月07日(日)
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