兼松孝行の日々つれづれ

2009年04月11日(土) 劇団サラダ第17回公演「ひらひら」

2年ぶりくらいの劇団サラダの公演。
昔から付き合いのあるメンバーばかりの公演だから、普通に芝居を見に行く感想とはまるで別次元の感想になってしまっているかもしれないけれど、その点はご容赦願いたい感じ。

さて感想。

最初に劇場にはいってセットを見た瞬間、微妙な違和感を覚えた。
こじんまりとした空間に畳の部屋、そして袖は白いバネルが見切れのために何枚か立てられている。
これって、違和感があるよなぁと。
だけど、「おや待てよ?」と。
「そんな劇団の舞台をどっかで見たことがあるぞ。」と。
あ、うちだ(笑)
自分のことを振り返って、強烈に後悔をした瞬間だった。

脚本家の名前がパンフに書いてなかったけれど、台詞回しからして以前劇団にいた人が書いてた作品なのかなと思いながら見ていた。
芝居の内容の感想で言えば、うーん、なんというか、お話の展開の速度が遅すぎる。
しかも、はじめのうちは何がこの場で流れているのか、ずーっと行方不明になるしかない感じ。
もうちょっとシーンをまとめてほしかったかな。

役者のパフォーマンスはしっかり考えていたように思う。
ただしっかり過ぎて、1シーンでもうお腹いっぱいという状況はあった。
台詞一つ一つで声のトーンや身体の動き、表情の変化を付けるのは、いい場合と悪い場合とある。
今回は、悪い方に出てしまったかも。

でもそれよりも気になったのは、音響照明のきっかけ合わせが不十分にだったんじゃなかろうかと。
気持ちの変化が切り替わる瞬間を逃さずに変化をしなければ、意味のない明かりになってしまう。
役者の芝居と同じく、細かい切り替わりが多すぎるので、やはりこちらも途中でお腹いっぱいになってしまった感じだ。

簡単に言うと、生の舞台ではそれまで作って来た役者の想像力に加えて、現場で見ているお客さんの想像力がふりかかって芝居そのものが成立するんだけど、舞台を提供する側がお客さんの想像力の占める割合を過小評価しすぎた結果、情報満載のてんこもりのパフォーマンスに作り上げて、その分見ている側がお腹一杯になってしまったのかなと思う芝居だった。

もちろん2年間本番のない状況で、久しぶりにやった舞台だと言う事情が分かってこちらも見ているので、それまで表現に飢えていた部分を全部詰め込みました、というところは非常に良く伝わって来て、その部分だけでも見ていて満足出来る舞台だった。
今度本番を迎える時には、是非とも演出の役割を担う人が、引くところはお客さんの想像力をもう少し信用して、勇気を持って何もしないシーンをつくったりして、見やすい芝居にしてほしいなぁと思うのだった。
出来ることをやりすぎても、その舞台は成立しないんだなぁと考えさせられた。
もちろんその原因も見えて来た。

ほんの少しだけ、自分自身の次回公演が近づいてくる想像をさせてくれる舞台でもあった。


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