兼松孝行の日々つれづれ

2007年03月19日(月) 広島二日目

二日目のその大事件は起こった。
一緒に連れて行ったiBookを、朝ホテルで起動したら・・・・げげげ!
真っ黒け・・・
画面が写らない。
こりゃ困ったと思いながら、まずはこの旅行最大の目的地MAZDA本社へ。

広島市内は朝のラッシュ。
国道2号線はびた一文動かない。
そういえば昨日のホテルのボーイさんにMAZDAの工場まで時間がどれくらいかを訪ねたら、「30分くらいかかります」といっていたことを思い出した。
距離にして4キロ程度の道のり、いくらラッシュでも嘘こけと思っていたが、どうも嘘ではなかったようだ。
恐れ入った。
とにかくものすごい渋滞で、本当に30分後にMAZDA本社にたどり着いた。

本社前には50台程度の駐車場。
しかも、入るときのチェックなし、守衛さんもいない。
先日訪れたTOYOTA本社とはえらい違いだ。
本社ロビーには数台の展示車があるが、地方の販売店のショールームとあまり変わらない。
そして何とも言えないアットホームな感じ。
本社目の前にはマツダ病院がそびえる。
この病院は本来なら機構改革で既にここにないはずだけれど、地元の評判がよく黒字経営なので切られずにそのまま残ったようだ。

そして、MAZDAの工場見学。
バスにのせられたその先に聳えるは、一企業が持つ橋梁としては世界最大の東洋大橋。
そういえばTOYOTAの工場にはなかったものがMAZDAの工場にはたくさんある。
変電所、発電所、水路、信号機、短期大学、倉庫、そして専用の港。
この工場の中で一つの町が出来上がっている。
TOYOTAは反対に豊田市全体を工場の敷地に見立てて使っているような感じだ。
やはりTOYOTAはスケールが違う。
でも、このMAZDAの工場も大概だと思う。
工場に入る前にMAZDAミュージアムという数々の名車が提示されている施設をガイドさんの説明を受けながら回った。
このガイドさんがなかなか強者だ。
今回はおいらをのぞけば、お母ちゃんと未就園と思しきお子様ばかり。
このお子様たちの扱いが非常にうまい。
我が家においておきたい感じだ。

で、肝心の工場見学だけれど、TOYOTAの工場よりも緩い雰囲気が漂っている。
入っている工作機械や、ロボットやラインの構造なんかもTOYOTAとあんまりかわらない。
大きく違うのは部品が1階から2階にそのポジションポジションにあがってくることくらい。
作業するスピードも一人が持っている行程もなんとなく緩い感じだ。
そう、町工場が巨大化しました、という感じだ。
その分人間がちゃんと働いているという感じがする。
こうしてここで作られた車に乗っているオイラは幸せ者かもしれないと感じるのだった。

続いて呉市へ。
「男たちのYAMATO」「海猿」の舞台。
そして、古くからの軍港だ。
先日いった佐世保と同じような性格の町だ。
そこにある「呉市海事歴史科学館」という名前の建物へ。
そこは別名「大和ミュージアム」という。
建物に入るなりそこには1/10スケールの戦艦大和。
とにかくデカイ!
このミュージアムの売りはもちろん戦艦大和なんだけれど、もっと大事なことがちゃんと展示の中に盛り込まれていた。
それは、戦艦大和に乗って海に沈んでいった戦死者たちのことだ。
こうした巨大戦艦を作る技術は当時世界屈指だったが、同時にこうした技術の使い方を誤ると大きな悲劇に引き金になるという内容の展示だ。
しっかりと過去の過ちを反省しているところがすごい。

そいでもって、広島に戻り広島平和記念資料館へ。

言葉を失う・・・・

完璧に平和を考えるツアーになった。
この日記は後日書いているがこの時点ではパソコンのトラブルなどどこ吹く風。

夜は15年ぶりに会った大学の同級生とお好み焼きで乾杯したのだった。


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