兼松孝行の日々つれづれ

2004年12月09日(木) 日本福祉大学特別講義「芸術と人間2/三浦鯉登ライブ」

今日は仕事の休みを取って、日本福祉大学の特別講義として行われる、大学陸上部の一つ上の先輩(懐かしい響きだ)三浦鯉登のライブに音響として参加した。
10数年ぶりに大学敷地内に、部活でロングダッシュをしていた正面入り口の長い長い坂道を、この日は機材を満載したモビリオで登っていった。

大学構内に入ると、昔見慣れた景色と新しい建物のコントラストが、懐かしさと時間の流れを感じさせてくれた。
だけど、かわってないものがあった。
目の前を通り過ぎる学生達の姿や表情がそれだ。

ほんの一瞬OBとしてのひとときを過ごし、さっそく仕込みに取りかかる。

この日特別講義を行う場所は大学の中で一番大きい教室の一つ120教室だ。
この場所は、在学中行われた「オレンジフェスティバル」の一環で「キャンパスソングコンクール」の審査会場として使われた場所だ。
当時陸上部に在籍していたオイラは、何を思ったのかこのコンクールに曲を作って応募し、気がついたら本選でこの場所で歌っていたのだった。
結果は3位と言うすてきな賞と賞金をもらってしまった。
そんなこんなで思い出すのは、そういえば高校の時も全国高校文化祭の作曲の部に何を血迷ったのか応募して、優秀賞をもらってしまった。
でもこの時は賞状一枚だった。
またも思い出すのは、就職してから岐阜テレビ主催のカラオケコンクールに応募して、週間チャンピオンになり、グランドチャンピオン大会で準グランドチャンピオンになった。
この時は確か優勝がハワイ旅行かなんかで、2位のオイラは日本人形をもらった。
当時のオイラにはそれがいいものかどうかなんてわからなかった。
その人形は今、弥生のひな祭りの時に活躍している。

でも今は芝居してるんだよな・・・
オイラはやっぱり音楽の人だよな・・・・たぶん。

おっと、話が脱線してしまった。

今回はオイラの地元の電気屋さんの好意で音響機材を借りた。
仕込みを手早く終え、音を出してみた。
いやあ、これがまたいい音で鳴ってくれる。
裏方としてやる気の出る瞬間だ。
時間も迫ってきていたのでぼちぼちと音合わせをおこなっていった。
少し痛かったのは、周りが講義中で本域で音を出せなかったことだ。
要は、音の手順の確認をしてぶっつけ本番ということだ。
でも、急造の講義だからそれも致し方ないかな、むしろだからワクワクしたりもするのだった。

お昼休みになり学生が教室にボチボチと入ってきた。
講義室は学生の憩いの場と化すのだった。
そういえばオイラもそうだったなぁ・・・(あ〜、やっぱりOBモード)
しかし、そこで不思議な景色を見た。
見渡す限り女の子ばかり。
オイラがここにいた時はもう少し男の割合が多かったように思う。
たしか男女比が3対7だった。
でもこの日は1対9ぐらいの割合だ。
絶好の売手市場!!
あ、でもオイラも売り切れずに卒業したっけ・・・

そして本番開始。
前説で携帯電話を使ってギャグをかましややウケ。
前説を三浦鯉登本人がスタッフになりすまし作戦は効果なし。
本番開始の登場シーンで派手に登場してみたが不発!!
寒い空気が講義室を支配した。
やばい、、、
でも気持ちを切り替え、1曲目のオケを流す。
そして歌い始める。
するとたちまち空気は心地いい緊張感へと変化していった。
この日思ったことは、彼の歌がとても説得力があって、初見でも歌詞がどんどん入ってくる。
何より歌そのものがポジティブに歌われている。
1曲目で学生達の心をしっかりつかんだように感じた。
それに、音だしリハしてた時にリバーブの効果がライブな小屋鳴りに負けてたけど、お客さん、、、あ、いや、学生が入った分、講義室がデッドになり、しっかりリバーブの残響音を届けることができるようになった。

そんなこんなで、あらためて裏方の仕事について、やりながら考えたりもした。
裏方も最終目標はお客さんに満足してもらうことだ。
でも、「ちゃんと音を出す→お客さんに満足してもらう」
という短絡的なものではなく
「ちゃんと音を出す→演奏者に心地よく演奏してもらう→お客さんに満足してもらう」
少なくともこれくらいのステップは踏まないといけないと感じた。
やはり、表も裏も両方チームとして成立して、やっとお客さんにものを見せることができるんだと。

このライブは、講義なので曲と曲の間に長いMCを挟んで次の曲という形式。
整理して言い換えるとまるでさだまさしのようにMCの長いライブの形式をとった。
MCは彼の音楽との関わりを幼少期から今に至るまで、どんな風に感じて過ごしてきたかを語り、そのとき作った曲を演奏していった。
この日の学生達は大学2年生はちょうど20歳になったりならなかったりの時期。
やはり、その時期の話にさしかかると学生達の反応も違ってきた。
卒業して、就職して、仕事を辞めて音楽に道に進むあたりは学生達のほとんどは未体験ゾーンになり、さらに集中して聞いてくれたように思う。
また三浦本人もMCそのものは原稿棒読み状態であまり上手くはなかったが、飾らない言葉で、その時々の気持ちを素直に言葉にしていったことが学生達にストレートなメッセージとしてつたわっていった。
そういう気持ちのやり取りのキャッチボールを見てみると、学生の気質ってこの大学は昔と変わらないなと感じた。
いいかえれば素直な子が多いな、ってかんじだ。
ちなみに彼のエピソードの中にオイラの名前が2回ほど出てきて、音響卓に注目が集まってしまった。
ちょっと照れくさい一瞬だった。
それに裏方にまで拍手をいただいてしまった。
こんな経験は滅多にない、って感じだ。

そして、ライブは終了。
片付けをしている時に、一人の学生に声をかけられた。
学生「(やや関西なまりで)あの〜、すいません、ちょっといいですか?」
オイラ「はい。」
学生「あの人(三浦鯉登)に声がよかったって言っといてくれません?」
オイラ「あ、いいですけど、本人に直接言ってみたらどうですか?」
学生「ちょっと照れくさいんです。」
オイラ「はぁ。本人喜ぶと思いますよ。」
学生「いいですいいです。彼の声ってシティーハンターのサエバリョウににてると思いません?」
オイラ「言われて見るとそうですね。」
学生「シティーハンターってところが、年がばれるんですけど。」
オイラ「そうですかね?」
学生「30なんです。」
オイラ「あ〜、そうなんですか。」
学生「(声をかけるの)よろしくおねがいします。」
オイラ「あ、はい、分かりました。」
うーむ、年齢とは関係なく純粋な部分は純粋なのね。
そして、ここに記された会話が、この日大学に8時間以上滞在して学生と会話をした全記録である。

バラシも終わり。
学内を三浦鯉登と丸井さんと言う東浦社会福祉協議会の職員さんと一緒に探検した。
端から見ると、どう見ても謎のおやじ集団だ。
かわらない景色と変わってしまった景色とみて、改めて自分たちが過ごした4年間を回想してみたり、景色にリンクした記憶がフラッシュバックしたり。
何かタイムマシーンに乗ったような、そんな気分になった。

ここがあって、今の自分があるんだなって、そう思えた。
中学や高校に久しぶりに行った時には味わえない感触だった。
きっとそれだけ充実してたんだろうな、大学での生活が。

そして、大学を後にして、帰路についた。
三浦鯉登を自宅まで搬送後、焼肉屋で反省会。
そこで、アンケートに目を通した。
アンケートの内容はとてもすばらしいものばかり。
曲や彼自身への感想の内容は彼の宝物なのでここでは差し控えるけど、
「声がよかった」って言うアンケートや、「ピアノの音がいい」っていうアンケートが多かったので裏方としては至福の至りだ。

でも、こんな一文を書いた人が。

「あの音響の青い服の人(陸上部主将)って、公務員さん、、、、今日は木曜日、、、、仕事は????」

ゲゲ!!
紹介の時に有給だってことを言ったもらうの忘れてた。
きっと彼女は、公務員はいつもさぼってるって誤解してしまうのかな???
やばし!!


でも、本当に素敵な一日になった。


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