兼松孝行の日々つれづれ

2002年06月13日(木) 希望舞台「釈迦内柩唄(しゃかないひつぎのうた)」

元劇団員が5年前声優を目指し東京に旅立っていた。
その彼女が希望舞台で客演として小牧市に凱旋公演。

いったい彼女はどんな役者になったんだろう。
いろんなところで揉まれながらどんなふうに成長してきたんだろう。
そんな思いばかりで見に行った公演だった。

しかし劇場に入ってすぐそんな思いは何処かにかき消されてしまった。
チラシで見ていたこの芝居の主役と思われていた役者さんが、受付にいた時には「オー、看板役者が受付をしなくてはいけないくらい劇団員が少ないのか?」と思いきや、配られたパンフレットを見ると主役は別の人がやることになっている。
あの顔写真入りのチラシはいったいなんだったのだろう。
ホームページまで見ていろいろと期待しながら見に行ったのに〜!
これは新手の詐欺なのか?

開演前、聞き覚えのある癖のある喋り方で前説があった。
なかなか緊張した感じだった。
そして、開演直前この興行をかった小牧芝居を見る会の代表のあいさつ。
このあいさつで、今日から主役交代と言うお知らせが。
あれまあ!

てなわけで、さまざまな芝居以外の事情がオイラを襲い開演である。

一幕三場で構成されたこの舞台。
「語り」「回想」「語り」で構成されていた。
「語り」は主役の一人舞台。
これがまた長い!
そして初めての本番ということで、緊張の余り芝居は堅いし気持ちが伝わって来ない。
この芝居に要求された役としてはまだ未完成なまま舞台に立ってしまったと言う感じだった。
「回想」シーンでは元劇団員をはじめとして主役の家族が勢ぞろい。
時間の流れも会話も動きもいい感じで纏まっていたし、ちゃんと当時の家族の匂いがする舞台だった。
で、当の彼女はと言えばセリフの殆どない役だった。
そして出る時間は長い。
もちろんオイラ達と一緒にやってた頃と比べてずいぶん上手くなってはいるけど、ほとんど演出の手がかかってない感じで、セリフのない分、間を埋めるのに四苦八苦していた様子だった。
そしてラストの「語り」へ。

このラストシーンで父の死によってバラバラになった家族が戻って来る直前で思わせぶりに芝居は終わるのだが、今の時代人々が安心する舞台を作るんであれば、戻ってきた家族とちゃんと会話させるのが得策だし、本当に見たいのは、その会話そのものだと思うのはオイラだけではない。

そして、この芝居で最も共感できた役は殺した朝鮮人を「軍の命令」という一言で法律も無視して火葬しろ、と高圧的に迫る軍人の役だ。
チョイ役ではあるが、白も黒も全部ひっくるめて同じ色に染めあげなければならないその葛藤たるや凄まじいものがあっただろう。
そしてその部分だけで、この軍人が主役の芝居が一つできてしまう程だ。
そういう意味では美味しい役ではあるが、何分戦争世代の脚本は軍人は何処までいっても権力の象徴としてしか書かれない。
ちょっと残念である。

全体的には演出家の年齢から来る体内時間にあわせた芝居だという感じで、世代の違うオイラにはちょっとかったるい感じだった。
でもそれは同時にオイラが年をとっても演出をやっていたならば、同様に時間の流れが緩くなるという変化が必ず起こることを意味している。
それを証明するかのごとく、やはり演出と同世代の人たちはちゃんと芝居をゆっくりゆっくり味わいながら見ているのである。
そして同時にこれは、万人に受ける芝居を意図的に作るのは非常に難しいということを意味している。
世代によって流れる時間のスピードも共通言語も違うのである。

この経験が直接今の芝居作りにフィードバックされることはないだろうけど、恐らく年単位の長い目で見れば、何処かしらで影響は出て来るんだろうなあ。

そんなことを徒然に思った芝居だった。

そして劇団を離れた彼女は何処へ向かって行くんだろう。
楽しみでもありせつなくもある。


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