兼松孝行の日々つれづれ

2002年05月25日(土) CD/三浦鯉登「Ritography」

大学陸上部時代の先輩に当たる三浦鯉登から新作のCDが届いた。
届いたのは数週間前のことである。
「感想を書けよ」のメッセージも。

てなわけで、ちゃっちゃと聞いて感想を書きなぐろうと思って車の中で斜め聞きをしようと思って、乗り込んだ。
そしてCDが動き始める・・・あれ?
その場から車を発進させることなく聞き入ってしまった。

このCDには新作と旧作が混在した状態でおさめられている。
セットリストを眺めると丁度大学時代にお世話になった曲達が並んでいる。

よく、昔の歌を聞くと当時の思い出が蘇って来る、というのだけど、あったこともない人の歌だったら
「この選曲ずるいよな、泣かせるぜ。」
という感じになる。
しかし、目の前にいてよく話をしていていろんなことを一緒に画策した人の歌と言うのは「ずるい」を通り越して「ひどい」のだ。
昔の歌を聞いて蘇って来る思い出と言うのは、一般的には美しいものだ。
思いでは美化されるのだ。
いらない記憶は彼方に消え去るのだ。
ところが、ここまで密接に付き合いのある人の曲は、思い出したくもないことまで思い出させてくれてしまうのだ。
自分の過去の芝居のビデオを見て、公演をしたと言う事実としての美しい思い出よりも、それ以前に反省点が泉のように湧き出て来る感覚に等しいのだ。
てなわけで、なかなか冷静には聞けなかったのだった。

1曲目におさめられている「未来への手紙」という曲がこのアルバムを集約していると言っても過言ではない。
過去の自分に対して、過去の自分の夢に対してのアンサーソングである。
歌の中の彼は消極的姿勢の振りをして夢を形にしていることを過去の自分に告げるのである。

きっと誰でも思ったことがあると思う。
若かりしころ「絶対こんな大人になんてなるか!」と。
それは、校舎の職員室あたりを睨み付けながら思ったかも知れない。
自分の親を見て思ったかも知れない。
テレビに写る政治家を見て思ったかも知れない。
そして年月が過ぎ、自分が絶対になりたくないと思っていた大人になってる自分にふと気付く。
はたして高校生だった頃のオイラがいまの自分を見たらなんて言うんだろうか。

このCDは自分にとって未だに位置付けの難しいCDだし、久しぶりに大きな命題を突き付けられたCDだ。
このCDを作った彼は自分の中で過去は過去として消化できたんだろうか。

ひとつ言えるのは、このCDは「成長」のCDだと思う。
一人の男がいろんな切なさや夢や希望を過去に刻みながら成長してきた姿のCDだと思う。
そして、かけがえのないたった一人のために作られたCDなんじゃないかと思った。


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