ヤグネットの毎日
DiaryINDEXpastwill


2002年07月21日(日) コーラルフェスタ2002

 20日は、音楽づくしの一日。城陽コーラスフェスタ2002に「ジョイナスグリー」の一員として舞台にたち、他の合唱団の演奏を聞かせていただき、とても充実した一日だった。
 声をあわせること、心をあわせること。それぞれの思いを音楽にのせて表現すること。なんというすばらしいことだろう。
 宇治市少年少女合唱団や大阪淀川工業高校、西城陽高校合唱部、そしてアウトサイダーという男声コーラスのグループがゲスト出演したが、どれも高い水準の演奏で、「カルチャー・ショック」を受けるほどの感動を覚えた。

 ところで、全体を通じて、合唱あるいは音楽には二通りの楽しみ方があるのではないか、と漠然と考えた。それを書き記しておきたい。
 一つは、徹底して音楽そのものの完成度の高さを追求すること。美しいものに感動するのが芸術のあり方だとしたら、当然のことかもしれない。しかし、それは時としてスキルアップにとらわれすぎて、荒削りでもダイナミックな表現や演奏する人間の心の開放などが抑制されてしまうきらいはないだろか?
 もう一つは、ある程度の技術の水準は前提として、いま書いたような、自分たちのグループの個性を生かして、それぞれが思いおもいに表現し楽しむことにウエイトをおいた楽しみ方である。
 僕は、どちらが良い悪いをいっているのではない。両方の楽しみ方を追求できれば最高だろう。
 
 それでも、いまの僕にとっては、先日来書いている、今村克彦さんの言葉ーーーー

もちろん、心は、技や踊りをとおして表現しなければならないと思うが、あいつらの心をめいっぱい、技、踊りで表現したときに、あいつらの値うちというのは、見ている人を通じて、自己確認ができるんだ、それがあいつらの今後の生き方にとっても、すごいいいことではないかな。

が耳から離れない。

 フェスタ終了後は、近くの焼き鳥屋「ときちゃん」で打ち上げ。この時間と空間が、僕はたまらなく好きだ。今日のステージの反省から、これから団がどんな方向をめざすのか、仕事の事などなど。話はつきず、5時から8時すぎまで一次会。コーラスグループが一次会で終わるはずがない。カラオケボックスにみんなでかけこみ、熱唱につぐ熱唱。あっという間に時間がすぎた。その後、家が近所の団員の方とラーメンをすすりながら政治の話しなどなどをして、家路ついたのは午前様直前のことだった。

 僕が京都府委員会にいたころ、そしていまも大変お世話になっている党府委員会副委員長の水谷定男さんの奥様が亡くなられた。
 この夜がお通夜だった。そのことを気にしながらの夜の交流会。翌日の告別式には参列させていただくつもりだ。


ヤグネット |MAILHomePage

My追加