ヤグネットの毎日
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2002年07月06日(土) 田中康夫・長野県知事不信任におもう

「県民が選んだ知事が公約を守ろうと努力しているのを議会がよってたかってつぶそうとする」ーーわがまち城陽市でつい1年前まで続いていた同じ構図が長野県で再現され、「田中知事の不信任案の可決」という最悪の結果をもたらした。不信任案可決の一部始終を傍聴していた市民が、「県民益かゼネコン益か。そのことが問われている」とこたえていたが、問題の核心をついている。
 土建一辺倒の行政か、県民のくらしや福祉、21世紀という長いスパンでみての公共事業のあり方をとらえなおす行政かが問われているだけではなく、有権者への「公約」を大切にし、主権者とともに政治をつくるという当たり前の姿勢をもった議員、議会をつくることができるのか。このことが、鋭く問われている。
 そのためには、「壁」は厚く高い。何よりも大手ゼネコンなど土建業者と政治との癒着構造、根深い行政の官僚主義、そして政治家の党利党略、個利個略。6日付の「朝日」記事では、こんな下りがある。

 県議会側が解散覚悟でこの時期に不信任を突きつけたのは、来春の統一地方選で議会が改選されるということもある。定数が四つ削減されるうえ、田中知事を支持する新顔が立候補する可能性もある。むしろ、いま県議選をしたほうが現職に有利との読みがあるためだ。

 議員である僕がこんなことをいったら、おしかりを受けるかもしれないが、議会を真に有権者の代表の機関に変えていくためには、政策の形成過程への積極的な参画、執行過程での監視、結果への評価を不断に行っていくこと、政治の主人公としての国民、市民の沸き立つような運動が不可欠ではないか。
 また、これからの時代の議員には、沸き立つ運動を市民とともにつくり、その中で政策立案をし、市民の目線から行政をチェックする力量を持つことが求められていると思う。

 そういう立場でがんばっているのか、来春自分自身が市民から審判を下される。


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