ヤグネットの毎日
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| 2002年06月30日(日) |
映画「郡上一揆」を観る |
午前中は、地元党支部のみなさんと宣伝。途中雨が降り出したが続行。 午後からは、映画『郡上一揆』を観に宇治市へ。「一緒に大きなビデオみにいくか?」と息子に聞くと、「行くよ、ボク」といってついてきた。
「郡上一揆」は、江戸時代の宝暦年間(1751年〜62年)に幕藩財政の悪化を理由に強行しようとした「検見法」(収穫高に応じた徴税法)に反発した郡上農民が、江戸まで押しかけ「駕籠訴」や目安箱への「箱訴」を通じて、農民の窮状を訴えるなど郡上農民が総力をあげた五年越しに展開された一揆のことだ。この騒動で、「検見法」自体はなくすことができなかったものの、老中はじめ幕府指導者数人が免職、郡上藩主はとりつぶしとなった。江戸時代の一揆でも代表的な一揆である。
映画は、想像以上の迫力だ。いきなり、1000人もの農民たちがほう起するシーンは、地元の人たちが手弁当でエキストラとして出演。近年、CG処理などで簡単に映像が作成されてしまうぐらい技術がすすでいるが、人間の力の結集には、何ものにもかえ難い迫力がある。 緒方直人扮する主人公・定次郎が「駕籠訴」するシーンで、まず涙がでてきた。迫真の演技とは、まさにこのこと。自分が演説や議会質問で、このぐらい迫力のある訴えができたらよいのに、などと現実なことを考えながら見入ってしまった。 2回目に涙がでてきたのは、定次郎が騒動の責めをうけ、激しい拷問でひん死の状態になったとき、同じくとらわれの身となった父親の助左衛門(加藤剛)と対面するシーンである。 定次郎の父は、定次郎が幼少の頃から、「大きくなったら郡上の役に立つ人間になれ」と教えられ、読み書きそろばんを徹底的に教え込む。定次郎がどんな拷問にも耐え、困難に立ち向かえるのは、父親から引き継いだ「人のために生きる」という、信念と思想があったからである。定次郎をはじめ、大義に生きんとした人々の熱き心は、郡上の農民の心に火をともし、歴史に残る一揆へと発展させたのである。 クライマックスは、獄門にあった定次郎はじめ3人の指導者が仕置場にさらされている場面である。定次郎の妻“かよ”が最愛の娘“きよ”に、こう語りかける。 “おとっさぁまやで・・・・・・・おとっさぁま、神さん仏さんになって帰っておいでたんや・・・・・”
この映画を観て、強烈に考えさせられたことがある。 一つは、大義に生きること。いまを生きる自分に、世の中の不正や不公平を許さずに人のために生きぬく、というまっすぐな生きざまを貫けているかどうか。心の奥底にぐっと迫るものがあった。 そしてもう一つ。一揆とは、暴動ではなく、人々の熱い心を一つになることである。そして、世の中の不正や不公平を許さずに人のために生きぬく、というまっすぐな生きざまは、時代をこえて、親から子へ、人から人へと受け継がれることによってこそ、大きなスケールで時代をかえ、人を変えていく力になるものだ。ラストのシーンは、観るものにそのことを訴えているように思えてならない。このことは、現代にこそ生かされるべきテーマである。
岐阜県は、妻の実家である。ぼくにとっては、第3のふるさとでもある。今度、郡上地方をゆっくりと歩いてみたい。
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