ヤグネットの毎日
DiaryINDEX|past|will
日曜日。午前中は、党の会議。午後からは、妻が右肩の痛みを訴え、休日診療の病院にいったため、息子と二人で家で過ごした。
僕が所属する日本共産党は、今年の7月15日で党創立80周年を迎える。 激動の戦前・戦後の日本の中で、80年の歴史を持つ党の存在意義を党内外の人たちと考えあい、「新たな戦争」準備へひた走るいまの政府に正面から立ち向かう決意をこめて、7月の適切な時期に「党創立80周年を記念するイベントを」という話しがもちあがっている。 詳細はこれからだが、僕の頭にあるテーマに「山宣」こと、山本宣治の生き方をあらためて学びたい、というのがある。
山本宣治とは、「ヤマセン」の愛称で親しまれた戦前の医学者であり代議士である。「育児制限運動」の提唱者としても知られているが、1928年の普通選挙で代議士に当選するも、最高刑を死刑にするという治安維持法の改悪に反対し、右翼に殺害された。
山宣ひとり孤塁を守る だが、私は淋しくない 私の背後には大衆が支持しているから
という言葉はあまりに有名だ。
先日の「朝日新聞」に、そのヤマセンを曾祖父(ひいおじいちゃん)にもつ若い女性が登場していた。 その人の名を山本亜希さんという。 京都の大学を卒業後、シンガーを目指して上京し、現在、年に4〜5回ヴォーカルとしてライブのステージにたっているという。名前を頼りにインターネットで探索したところ、ヴォーカリストという顔だけではなく、「健康で美しく、正しい知識のセックスと出産、そして母子のカンケイ」等々を取材するなど、若い女性を対象に活躍中のライターであることもわかった。
その山本亜希さんが、新聞の投書欄に「ひいおじいちゃん」について書いたことが、ある老人の目にとまる。老人は、ヤマセンが暗殺をされた瞬間を幼少の頃に目撃をしていた。 この老人からの手紙をきっかけに、山本亜希さんがヤマセンに興味をもち、感じたことを「朝日」の新聞記事ではコンパクトに紹介している。 その中で僕が印象的だったのが、「ヤマセンは時代に消されたんだ。」という一言。
ヤマセンの暗殺現場を目撃した老人も、記事の中でこう語る。
「せめてあとヤマセンのような議員があと10人もいれば、歴史も変わったかもしれない」。
重い言葉である。
山本亜希さんとこの老人との対談を企画できないだろうか?これが、僕の密かな思いなのだが、果たしてどうなることか…。
|