ヤグネットの毎日
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2002年05月19日(日) ひたすら一筋の道を 清水喜代司さんを悼む


最近になって、人間の命も有限なのだ考えることが多くなった。6月で35歳。一度しかない人生を自分が納得いくように、そして少しでも人のためになるように生きるとはどういうことか?18日に行われた「故・清水喜代司さんを偲ぶお別れ会」は、あらためてそのことを考えさせられる機会となった。
 清水喜代司さんは、今年2月に亡くなられた。享年77歳。6期24年、日本共産党の城陽市議会議員をつとめられた大先輩だ。僕は、この「お別れ会」でメッセージを読ませていただいた。こくた恵二衆議院議員が、自分で心をこめて書いたというメッセージはとても味があり、読んでいてもグッとこみあげるものがあった。
 「温厚、まじめ、ユーモアたっぷり」。それが、「偲ぶ会」に訪れた人たちが口々に語る、在りし日の清水さんの人物像である。その典型が「毎日の駅掃除と赤旗宣伝」だ。議員時代、14年もの間、文字どおり例外なく毎日、早朝に近鉄寺田駅をはき掃除をしてから「赤旗」宣伝を行っていた。その回数は3000回を超える。僕は毎週金曜日の久津川駅の宣伝でさえフーフーいっているのに…。
 「言うは易し行うは難し」で、簡単にできることではない。「偲ぶ会」では、10年ほど前同志社大学の学生たちが清水さんの活動ぶりを撮影したビデオが上映された。その最後に、清水さんがマイクで訴えるシーンがある。もう片方の手には、くしゃくしゃになった「赤旗」が握りしめられていた。3000回をこえる「駅掃除と赤旗宣伝」を支えたものは、「いまのアメリカべったり、大企業言いなりの政治は、国民の立場から変えなければいけない。一緒に政治を変えよう。そのためのヒントがこの新聞に書かれてある。」という熱い思いだった。僕は、このシーンをみたときに涙があふれてきた。

ひたすらに、一筋の道を歩む姿は、美しい。それは、思想にまで高められた知識や理論とそれを実践にうつす勇気によってこそ培われる。毎日、赤旗をくしゃくしゃにして、その日の「主張」の中身を心を込めて訴えていた清水さんの姿が、そのことを教えているように思えるのだ。
 「お別れ会」で、妻のとみ子さんが「激動の20世紀をコツコツを歩んだ夫のあとを半歩ずつでも歩いていきたい」とお話されていた。最後は、とみ子さんの手に包まれながら永遠の眠りについた、という。
 清水さんが歩いた道を、社会進歩と政治革新のさらに大きな道へとしっかりと拡げていけるかどうか。残された僕たちの大きなおおきな責務である。
 清水さん、安らかにお眠りください。
 


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