| 2004年04月10日(土) |
健康を目指すのは何のため (5号に引用) |
4月4日「一日のことを一日分だけする暮らし」http://www3.ocn.ne.jp/~suteki/)というホームページを紹介した。文章は明確な視点がないと書けない。このホームページを書いている青山亮子さんは、明確な視点があるので、かなり長文な文章でも読めるのである。4月4日付けのエッセイは「健康を目指すのは何のため」であった。青山さんの指摘の要旨に多少の補足を加えて短文の箇条書きにすると次の通りだ。
1、ひたすら健康維持のために、毎日フィットネスクラブに通っている人の話や、一日の大半の時間をそこで過ごしている人達に少し矛盾を感じる。 2、「健康のために・・・」ということで日常の大半の時間を使っている人は、健康自体が人生の目的になってしまっている。これは本末転倒なのではないか。 3、健康だからこそ、食べ物が美味しく食べられるし、精神もハツラツとしていられる、人とも気持ちよく接することができるし、思いやりを持つ余裕もできるのが本当に大切なことだ。でも人生は健康のためにあるのではない。 4、私は名言、いい言葉などのメールマガジンをいくつかとっているが、どんぴしゃりの言葉があった。「港に泊まっている船は安全だ。でも、その姿は、船が造られた目的じゃあない。(ジョン・A・シェド)」健康は人生の基盤であるが目的ではない。 5、本当の喜びは人生の目的に向かっての航海の中で生まれてくると思うし、それが心の底で求めてやまないものを手にするために必要なことだと思う。 ・健康を 目指す目的 何のため これがなければ 活力弱し
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