| 2009年01月04日(日) |
事態は思わぬ方向に。(続きあり) |
あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願い致します、ぼむでございます。
さてさて今年の年越し、皆様は如何でしたか?
私は、旦那の 絶 不 調 という素敵な事態に見舞われ、旦那もしんどかっただろうけど私もしんどい年末でした。 まあ、私の実家に1泊したりと、負担をかけたから悪かったのかも知れないですが…。
んで、2、3日と私の母と弟と旅行に行くことになっていたのですが、旦那が調子が悪くてムリ。なんと旦那おいて行って来ました。 というのも、うちの母親が「このまま旦那くんの病気が続くのなら、ぼむが潰れる」というのを心配したからです。 まあ、あまりに調子が悪い波が続くので、これは一生続くんじゃないかと覚悟していた所であり限界を感じていた所だったので、その心配は当たっているのですが…。
んで、旅行から帰っても旦那は相変わらず絶不調。
そしたらそこに、旦那のお母さんからの電話があったのです。
実は私、旅行の帰り道に、旦那のお母さんにメールしてたんですね。 挨拶などの後、こちらも旦那の具合がとても悪いです、と。
「以前お送りした本(2冊うつについての本を送った)は読んでもらえているかなあと旦那さんが気にしています。しんどい病気だということを分かってもらえたなあと言っています」
という文章、とうとう言ってしまいました。
以前から「甘え」じゃないのかという風にとらえていたような感じのある旦那両親。「気の持ちよう」と未だに思っているのではと旦那に話し、旦那もそうだと思うという会話を何度か繰り返し、いつか直接話しにいこうと言っていたのですが…苦しんでいる旦那を見たら、これを理解せずに何が親かと腹が立ってきまして。
ストレートに事実だけを伝えればいいんだ、とメールしました所。
旦那母「とてもとても心配しているけれど、夫婦の問題に口を挟んだらいけないと思っていた。お嫁さんとだってうまくやりたいし、何を言ったらいけないか分からなかったから遠くから見守るしかないと思っていた。 本も読んだ。とても辛く、苦しい病気だっていうことも理解している。仕事だって、辛いなら辞めたらいい。だけどお金が無くて肩身の狭い思いをして、したいこともできないのはそれはそれでかわいそう。最初に聞いた時は厳しいことを言って追い詰めたかも知れないけれど、それは申し訳なかったけれど、今はそんなこと思っていない。二人の好きにしてくれたら良い」
というお言葉が。ちょっと私も泣いてしまいました。
っていうか、やっぱり遠慮されてたんですね。もっと早く言ってくれ…と思いつつ、旦那にきちんと不満を言わせようと、あれこれ言い過ぎたことをこっそり反省。
そして。それを伝えた後からですね。
旦那の具合がどんどんよくなり。(といっても超絶不調→やや不調みたいな感じですが)
私が、「私は旦那さんに学生に戻って欲しいと思っているんです」と言っても旦那のお母さんも「ぼむさんがそう言ってくれるなら、そうできたらとても嬉しいこと」と賛成をしてくださったことを受け、それも話すと、
「いや、退職して学生は出来ないよ。出来ないけど…」
と言いながらも、もう一度博士課程に進むというのは自分でもずっとやりたかったらしく、嬉しそうに論文(じゃないけど研究について書いてある文章)とか見てました。
なので今後は、社会人をしながら学生をするということになりそうです。
その後、社会人に戻るか学生になるかは旦那が決めたら良いと思っています。
私は一生学生したらいいじゃん、そのために子供は産まないんだしと言っていますがふんぎりがつかないようです。
でもきっと、研究の世界に戻ったら、やっぱりここでやりたいってなるんじゃないのかなあ…。
そう思ったときにそれを正直に言って欲しいなって思います。
お金も無いだろうし、子供もなくて、凄くもしかしたら将来後悔するかも知れないけれど、今後も旦那が鬱をひどくして夫婦に笑顔が戻らなければ、どの道退職だろうし子供も産めませんもんねえ。
それならば、旦那が好きなことをして毎日笑顔でいてくれる方がどれだけ良いか。
うきうきして目をキラキラさせながら研究のこと見ている旦那を見ると、本当に私まで嬉しいです。
結局のきっかけは、親だったというのが、自分がどんなに尽くしても(←尽くし!?)悪化したというのがちょっと複雑ですが…でも、親によって認知がゆがんだ部分もあるとしたら、よっぽど時間をかけるか親にしか取り除けないですもんね。
それでもまだまだこの病気には時間がかかると思いますが…。
旦那が希望の光を見つけ、かつそれを持ち続けて欲しいなあと思います。
そんな2009年の始まりでした。
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