矛盾スルニモ程ガアル
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2007年10月13日(土) 勝手に☆公式。

考えました。(また独善的に)




「正常」は「異常」を理解しないし、「異常」は「正常」を理解しない。

「正常」は「異常」に気付くが、「異常」は「正常」に気付かない。

「正常」は大抵の場合、「異常」に気付くと近寄らない。ゆえに、「異常」に関わるのは「異常」である。



勿論、例外もあるとは思いますが。異常もさまざまですが。



でも何ていうか、パーソナリティ障害の本を読んでたら「妄想性パーソナリティ(障害)」っていうのがありまして、これが!!!!



例の、不倫してた何となく相性が合わなかった(お互い)友達にいくつか当てはまるんです…!!!

勿論、彼女の場合は「障害」までいってないと思います。


パーソナリティっていうのは元々人にあるもので(性質のようなもの)、それが社会や人間関係に支障をきたすようになると「障害」と呼ばれるだけで、その境目っていうのはかなり曖昧らしいのですが、何ていうか、これだーーーー!! って思ったんですよね。


診断基準のDSM−�犬箸いΔ里�ありまして、これを見るとピンとこないのですが、『パーソナリティ障害』(岡田尊司・PHP新書←回し者みたいになってますが)にのってる付録を読むと、いくつか当てはまっているような気がするのです、彼女に。

・自分のプライベートや秘密を他人にあまり話さない
・人の言葉によく傷つけられることがある

とかが、特にそう。

別に彼女のことを話していないときでも、彼女が自分にあてはまると思って「ぐさ」とか自分が傷ついたよってことを言っていることがあることが、今思えば多かったです。



んで、何より納得したのが、このパーソナリティ、本によれば「根元には父親を求める気持ちがある。父親とは、揺らぎ無い存在でなければならない」んだそうで、びくびくしたり、おどおどした態度は相手を逆上させてしまうそうです。






オレだよ。





自分に自信がない、堂々とした態度なんて取れないこの依存性パーソナリティの私には、まさに鬼門!!


自分が自分でいるだけで、相手にイラッとさせてしまう訳ですね…!!




つっても、この妄想性パーソナリティは読んだ感じ物凄く厄介そうで、反抗しても絶対敵わないというか、絶対に戦おうとはしてはいけない相手みたいに書いてあって。


私の元友人は、こんな感じではなかったので、まだ全然なのでしょうが…。でも相性合わない訳ですよね…(と一人で納得)。



ちなみに、旦那の知り合いにもいたらしいです。なんと、DSM−�犬凌巴任法蔽尭疆�に)全部あてはまっちゃうよってぐらい素敵な方が。


しかし、旦那はその人結構好きだったらしくて。



もうささいなことでも自分への攻撃と受け取り、相当困った人だったみたいですが、多分一番旦那がうまく付き合えてたそうです。(旦那談)


何故なら。その本によると、このパーソナリティには、

・のらりくらりと中立的な立場を維持し
・間違っても相手を否定したり戦ったりせず
・距離をおいて付き合う


ことがいいらしく。


旦那、全部そうしてたらしいです。


つーか、そもそも「人との間に距離がある」「ほとんどの場合、人と親しくなろうと思わない」という素敵なシゾイドタイプの旦那。

その人に反論せず(基本どうでもいいと思っているので)、距離をおきまくり、戦って勝てる訳ないとすぐに悟って、付き合ってたらしいのです。


例えばその人が、「あの人とあの人がお前の悪口言ってたぞ。あの人って△△だし××だよな」と同意を求める感じで悪口言ってても、


旦那「ふーん、そうすか」


で巻き込まれない。


「お前、自分のことなのにどうでもいいのか?」と言われても、


旦那「どうでもいいっす」


でスルー。


ドライな奴だなあ、とか言われてたらしいです。



因みに私は、絶対これ「あの人そんなこと言ってたの!? 本当に!?」とかむしろ自分から巻き込まれに行っちゃうタイプなので、あーなるほど、こういうタイプは無理だわ、と見分ける力をつけようと思います。


旦那、シゾイドだから絶対人の言葉に揺らがないしな…ホント凄いよな…。




しかし色々考えたんですが、正常っていうのは凄くバランス取れてていいですね。友人にもいるのですが、本当に理想です。


けど、確かに「異常」を遠ざける傾向もあるような気がします。



だけど、「異常」を理解しようとする「異常」もいていいんじゃないかと、それがないと「異常」は生きられない世界になっちゃいますのでね。


「異常」が「異常」のままで、程度もキッツイ(犯罪犯すような)とちょっとアレですが、多少の異常がいるぐらいが、人生面白いのかも知れないなあと。



少なくとも、私はシゾイドの旦那好きですし。(一緒に感動系のものが何一つ楽しめないというのはありますがね…)

旦那も、多分「正常」ではない「異常」な私に惹かれたのは、そういうものがあったんでしょうね。

だって本には、シゾイドってあんまり恋愛とか興味なく、特にどろどろしたのを嫌うって書いてあるんですよ。

旦那、私にはどろどろしたものを感じないのだそうです。(そうか?? 浮気された頃とかそれなりだったような気がするのですが…)

想像するならば、依存性って「子供」のままなんですよね。
だから「大人」特有の卑怯さとか、ごまかしとかあれこれ複雑な感情は無いのではないかと。


恋愛にしても、旦那の傍には「私、今度○○に行きたいなあ〜。誰か連れてってくれないかな〜」みたいな、暗に連れて行けと言っているような女が多かったらしく(それも凄い確率だと思うのですが)、私のように「今度、○○に一緒に行きませんか?」みたいに聞いてくる女が新鮮だったとかで。


確かに、恋愛するにしてもそういうテクニック的なものには無縁でしたが…でもそれを好む人もいますもんねえ。やっぱり相性なんだなあと。



けど、自己評価が低いと、浮気されても離れられないとか自分のことも色々困るし、傷つかないでいい所で傷ついて社会に長くいられない(人に迷惑をかける)とか、色んな弊害が出てくるのも確かで。




「悪いことばかりじゃない」っていうのも新たな発見だったのですが、かといってこのままでいいとも思えない、訳で。




とりあえずは自己評価を上げること。


自己評価を上げるには、自分で行動すること。そしてその結果をきちんと受けとめること。


今、試験勉強をしていますが、まあさっくり適当にしていたせいで、直前になり焦っています。


だけど、これに落ちても受かっても、自分のした結果として、ただ受けとめればいいんですよね。


落ちたとしても、それで自分の全てが否定される訳じゃない、否定される訳じゃないから「勉強しなかったから〜」とかって言い訳を思わなくてもいいわけですよね。(←寒いです)



落ちちゃった、次は頑張ろう、でよいと。


何ていうか、こういう試験とかでも、受けることを私、中々人に言えなかったんですよ。


「落ちた」って報告するのが恥ずかしいし、とても自分がダメな人間だって見られる気がして。



だから、受かった後でないと言えなかったんです。親しい友達でも。


今度○○の試験受けるんだ、って言える友達を、凄いなあって尊敬の念で見ていました。


けど、自己評価がちゃんとあると、そういうことに左右されないんですよね。それは沢山ある中のたった一つのことで、受かっても落ちても自分がやったことだと。



教科書(?)を2回読んで、問題集、やっと2冊解きました。範囲が違うので、それぞれ1回目にしかなりません。

3回は繰り返せっていうのに…出来るのか不安ですが、とりあえず受けてきます。


落ちるから受けるのやだな…。いやいや、落ちてもいいじゃないか。

そんな思考の繰り返しでございます。(←ならもっと前から勉強しておけよ)


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