| 2007年10月12日(金) |
旦那の好みの謎が解けた。 |
我が旦那は、「ぶりっ子」とか「媚びてる」とか言われるタイプの女の子が余り好きではございません。
っていうか多分その逆な勢いなのですが、ふと本日。
昔、旦那が好きだった人について、私が何となく思いついたのです。 旦那に聞きました。
「もしかして、その人も、自分に自信なかった?」
と。
どーーーも、自分に似たものを感じると思ったその人。
もしかして、似ているというのはそこでは? と思ったのです。
旦那の答えは、
「無かった無かった! そういえば。飲み会とかでも誘うと、『私なんかが行っていいの?』って言ってた」
と。
一緒だ。
私、その気持ち凄い分かるもん。「私なんかが」って気持ち。
そこから、あれこれあれこれ話しました。
旦那の好みというか、どうして彼女と私に惹かれたのか、分かったような気がします。
要するに「自信ない系」って、「ぶりっ子」と対極なんですよね…。
そして、シゾイドの旦那と依存性の私が惹かれあった訳も。
シゾイドというのは、自分の世界に侵入されるのが嫌いで、頼られたり、求められたりするとうざくなるんだそうです。
だけど私は、依存していたけど頼っていた訳じゃなかった、らしいのです。
話した結果、その違いは、頼るっていうことは、「相手を自分の思うように動かそうとする」ということに近く、依存というのは「相手を自分の思うように動かそう」という意志はないのではないのかと。
旦那は、頼るということは、どこか自分を理想化されているようで、それが重いといいます。「理想の相手になれ、自分を支えろ」と言われているようだと。
書いてて思ったんですが、「自分で出来る」のに相手にさせるというのが「頼る」で、「自分で出来ない」から相手にしてもらうというのが「依存」なのかなと。
そういう「自分」のスタンスの違いがあるから、旦那がそれを感じ取ったのかもなあと。
いや、どっちがいいとか悪いとかじゃなく。
ただ、旦那は「貴方は私にふさわしくなりなさい」系は非常に嫌うということなのだと思うのですよね。
依存性は、そもそも自己評価が低いので、「私にふさわしく」なんて考えないもんなあ…。
基本、自分はダメで相手は優れている、という目で見ているもんなあ…。
旦那は、依存は平気らしいです。
つまりは、旦那もおかしいんですよね(しみじみ)。
が、旦那は私の凄いところは、「シゾイドだもんね〜」って私があっさり旦那のことを納得するところだと。
いや、むしろそっちのが分かりやすいんですが。
何でこの人?? って思って自分には理解できない時も、大体その本を読めば「ああ、こういう性質があってこういう思考になるからこれが苦手なんだな」とか分かるんですよね。
例えば飲みを凄く苦痛だと言っていて、「面倒なのは分かるけど、そこまで嫌なもの??」とか疑問に思っていたときに、
「元々孤独を好み、深い人付き合いは苦手」
という性質を読んで、「なるほど! ってことは、とても今この人は苦手なことをやらされている訳だな」って分かるんですよね。
何というか、「世間の常識」じゃなくて、「この人の常識」を考えたら分かることなんですが、どうしても「世間の常識」しか知らなかったら、「飲みが嫌い」だという「旦那の常識」について想像できないんですよね。
「飲みが嫌い」という常識が存在することすら分からない訳です。
んで、その飲みが嫌いを掘り下げていくと、自分の好きな人とはそうでもないのだけど、それ以外の「ずかずか自分の中に入ってくる人」に対してとても苦痛に感じる傾向があるとか、そういうのが分かってくる訳なのです。
どんどん、お互いに、お互いのことを知っていっています。
凄いなあ、と思います。
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