| 2007年10月14日(日) |
どうして君が嫌じゃないのか。 |
シゾイドだの依存性だのそんな話をしていたら、ふと気になった。
私「っていうか、シゾイドって人が自分の領域に入るの嫌いなんでしょう? なんで私はいいの? 嫌じゃないの?」
旦那「うーん、何でかな。ぼむは嫌じゃないよ」
私「私が、甘えたり頼ったり求めたりしても?」
旦那「うーん…。ぼむなら何でもいい。何でだろうね。心底信頼してるからかな」
私「!?」
どびっくりして、泣いた。
いつも彼は、愛してる? って聞いたら愛してるって言ってくれる。
好き? って聞いたら以下同文。
ちゃんと、心から言ってくれてるのは伝わってたけど。
だけどそこに、「信頼」があるかなんて、実は私には分かってなかった。
私は旦那に全幅に近い信頼を預けてるし、そのことを旦那に伝えてるけれど、旦那から「ぼむのことを信じている」なんて言われたことはただの一度も無かったから。
「愛」があって「信頼」もある、そういう関係が、今までの私の人生では多分一度も無かった、と思う。
「愛」はある、だけど「信頼」はどうかな? って関係ばっかりだった。
「愛」に「信頼」は含まれるものだと思うけれど、それだから「愛」なんだと思うけれど、でも実は実感できていなかった。
だけど、信頼しているって、全幅の信頼を寄せてるって言ってもらえて、とても嬉しかった。
そして、この信頼に応えたいと思った。
「愛」に信頼が含まれているって、気付かせてくれてありがとう。
信頼していたのは私だけじゃなかった。
旦那も、私を信頼していてくれた。
こういう、「一方的でない」、「対等」な関係が愛なんだと思う。
今更気付くなんてお前は何を見てきていたんだって感じだけど、本当にありがとう。
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