「うちもナニでございます。なにせ客商売なものですから、ほかのお客さんに嫌われても困りますもので……」 大正3年8月、喉頭結核の治療で三度目の九州下向をした長塚節は手術を待って宮崎に赴く。南国での転地療養に病状の好転をかけた旅だったが節を迎えたのは猛暑と台風と人情の冷たさだった。長逗留を拒否された節は高熱にうならされながらきょうの明日の宿を探し回らねばならない毎日だった。 宮崎市大淀川河畔に建立された節の歌碑には「朝まだきすずしくわたる橋の上に霧島ひくく沈みたり見ゆ」の一首が刻まれてその足跡が残されている。 以上は藤沢周平の「白き瓶」より。
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