| 2004年05月31日(月) |
こんな1日も <ラウ> |
思えば、いつからこのようなことになったのだろう。 そう問うてみて、それがいつかわからないわけがないのだけれど。 しかしそれでも、あの虚しい日々がどうしたらこの騒がしい日々に繋がるというのか、皆目見当もつかない。 ただ、それ以上に不思議なのが、この状況を決して嫌だとは思わない自分自身であるということなど、気づきたくはなかった。
「やあ、ラウ。久し振りだね」
覚えのある声に顔を上げると、隣のベランダから顔を覗かせるのは覚えのあるもので。 どうしてこうひとりでいたいときに限ってこちらの存在を嗅ぎつけるのだろう。 なんにしろ、こういったものは気にしないことに限る。
「……相変わらず、か」
楽しげに呟いて、蒼い猫は少し離れたところで丸くなったようだった。 他人の家のベランダに勝手に入っておいてこうも気ままにいられるのは性格ゆえなのだろうか。 外の世界では、だんだんと日が長くなっているようだった。 日々気温が上がっていくが空調に頼るほどの温度ではないからか、この家の主人はよく窓を開け放している。 それゆえに、自分もこうして外の風に身体をさらしているわけなのだけれど。 ふいに視線を感じてその方を一瞥すると、案の定の蒼とかちあうことになる。 一体何が楽しいのか、蒼い猫は気づけばこちらを見ているようで。 大した害にはならないから、大抵はそのまま放っておく。
それからどれほどたったろうか。 穏やかに過ぎゆく時間は、長くもあり短くもあったようだ。 語らぬままに終わるはすだった静寂が、あっさりと破られるのもまたいつものことであった。
「こんなところで日向ぼっこかい?」
仲間に入れろ、と喜々としてこちらにやってくる黒い影も、決してイレギュラーな存在ではなかった。
| 2004年05月29日(土) |
さよなら、大好きなひと。7 <ハボロイ> |
みゃあ、とロイが鳴きました。 みゃあみゃあ、と続けて鳴きました。
「大佐……」
もう見えないヒューズさんの乗ったタクシーを追うように。 行ってしまったハボックさんを呼ぶように、ただただ鳴き続けるロイを見てハボックさんは思いました。 彼はあのときも、こんな風にあの人を呼び続けたのだろうか、と。 決して振り返ることがないとわかっているはずなのに。 それでも、鳴かずにいられないほどに、ロイはヒューズさんが好きなのでしょう。
「……大佐」
ロイの横に回ったハボックさんは、その場にすとんとしゃがみこみました。
「大佐」
顔を覗きこむようにして呼びかけると、今度はロイはこちらを振り返ります。 真っ直ぐな瞳をそらされないように、ハボックさんは慎重に口を開きました。
「今度一緒に中佐ん家に行きましょうよ。グレイシアさんとエリシアちゃんに会いに」
ロイは、ハボックさんを見ていました。
「だってあんたは嫌われたわけじゃない。口実さえあれば、いつだって会えるんだから」
『ごめんな、ロイ』
ハボックさんが電話をしているとき、ヒューズさんがロイに云った言葉がまだハボックさんの耳にはしっかりと残っています。 ヒューズさんはロイを捨てるのに相当の決心が要ったのだと、ハボックさんがすぐに気づいてしまうほどに、あの呟きはヒューズさんの気持ちそのものだったのでしょう。 それに、優しいグレイシアさんが、エリシアちゃんが、望んでロイを捨てることに同意したわけがないのです。 きっとまだ、会いたいと思っている、とハボックさんには確信めいた思いがありました。
「俺が、ちゃんと連れて行ってあげますから」
例え一緒にいることができなくても、互いに想っているのなら会うことくらいは可能なはずです。 大丈夫だ、とハボックさんは思っています。 彼らはきっと、こぼれんばかりの笑顔でハボックさんとロイを迎えてくれるはずです。
「ねぇ大佐」
大人しくハボックさんを見上げたままのロイの瞳は、いつもと変わらない真っ黒な強い光をもっていて。
「だから、帰りましょ?」
ハボックさんが差し伸ばした手を、ロイはじっと見つめました。 数瞬後、するりと手に収まったあたたかな黒に、ハボックさんは目を細めます。 手の中の黒を抱き上げ、ハボックさんは自分たちの家へと足を向けました。
1人と1匹の生活は、ここからまた新たに始まるのです――。
| 2004年05月28日(金) |
さよなら、大好きなひと。6 <ハボロイ> |
その後、ヒューズさんから積極的にロイの話をすることはありませんでした。 けれどロイは始終ヒューズさんの傍にいて、ヒューズさんもよくロイを撫でて、ハボックさんがロイの話をすれば楽しそうに笑っていました。 職場の話や最近の出来事、果ては昨日の夕食のことにまで話が転がり、めいっぱい買いこんだお酒がなくなった頃、ヒューズさんは小さく肩をすくめました。
「んじゃあ俺、そろそろ帰るわ」 「はい。……って、うわっ、もうこんな時間じゃないですか。電車とか大丈夫っスか?」 「……あんまり大丈夫じゃねぇな。というかマトモに帰れるかどうかの方が怪しい。つーわけで、悪い少尉、タクシー呼んでもらえるか?」 「っス」
流石はヒューズさん、酔っていても自分の身体のことはしっかりと把握しているようです。 同じように酔っているハボックさんは、よろよろと身体を動かし電話の子機を取りあげました。 電話の乗っている棚の中から電話帳を探しだし、タクシー会社の番号を見つけ、ボタンを押していきます。 ふと横目にヒューズさんを見ると、ヒューズさんはロイに顔を近づけて何事か呟いていたようでした。 受話器の向こうで、妙に元気のいい男性がタクシー会社の名を告げてきます。
「あ、タクシーを一台お願いしたいんですけど」
タクシーは10分ほどで着くと云われ、それに合わせてヒューズさんは帰る準備をしました。 ハボックさんは、ロイを腕に抱いてアパートの下までお見送りをします。 タクシーがアパートの前に止まり、扉を開いて乗客を待っていました。
「少尉、今日は楽しかった。ありがとうな」 「はい、こちらこそありがとうございました」
ロイはずっと、ヒューズさんを見つめていました。 それに気づいたのか、ヒューズさんはロイの頭を大きな手のひらでゆっくりと撫でます。
「――それじゃあ、また」
そう云って、ヒューズさんはタクシーに乗りこみました。 行き先を告げ、座席に腰を落ち着けたヒューズさんがハボックさんの方を見、少し笑ったところで車は発進します。 思わず頭を下げ、タクシーを見送るハボックさんの腕からロイがするりと抜けだし地面に降り立ちました。
「……大佐?」
| 2004年05月27日(木) |
さよなら、大好きなひと。5 <ハボロイ> |
ロイの元々の飼い主は、ヒューズさんでした。
最初は本当に驚いたものの、改めてこの1人と1匹を見ていると、なんだかハボックさんは妙に納得してしまいます。 ヒューズさんはロイの扱いに手馴れているように見えますし、ロイがこれほどまでに素直に嬉しそうな姿を見るのは初めてです。 全てがあるべき場所に戻ったような、そんな感じがしていました。
けれどふと、ハボックさんはひとつ疑問を持ちました。
「あの」 「ん?」
ためらいがちに口を開いたハボックさんに、けれどヒューズさんはいつもと変わらない調子で返事をします。
「中佐の家とここってかなり距離ありますよね? わざわざこっちまで来たんスか?」 「……そうだな、あんまり近所に捨てるのも気が引けたのと、……あとは、そうしないとエリシアを納得させられなかったからな」
『ロイはな、遠いところへ行っちゃったんだ』 ヒューズさんがそう云って愛娘を必死で説得する様が、ハボックさんの頭にありありと浮かびました。
「だけどやっぱり気になってな。エリシアがぐずったのもあって、2日後に見にきたんだが、もうそこにこいつはいなかった。……だからエリシアにはこう云ったよ。『ロイは、すごくいい人にもらわれていったんだ。元気にしてるから、心配しなくていい』ってな」
ロイの頭を撫でながら、ヒューズさんはハボックさんを見上げました。
「お前さんが拾ってくれて、よかったよ」
| 2004年05月26日(水) |
さよなら、大好きなひと。4 <ハボロイ> |
ヒューズさんの言葉の意味がわからず、ハボックさんはしばらく呆然としていました。
「久し振り……って?」
やっと口から出た言葉はありきたりで、けれどそのときのハボックさんの思いを表す言葉を、ハボックさんはこれ以上知りませんでした。 そんなハボックさんに、少しだけ悲しげにヒューズさんは笑い、ロイの頭をまたくるりと撫でました。
「黙ってて悪かったな。もしやとは思っていたが確信が持てなかった」 「……大佐が、中佐の?」
発したものが単語だけであっても、意味はきちんと伝わったのでしょう、ヒューズさんはゆっくりと頷きました。
「そうだ。――俺が、捨てた」
ハボックさんは、なんだかわけがわからなくなってきました。 ヒューズさんとロイは、こうして見てもとても仲が良さそうで。 あのロイがこれほどまでに懐いて、ヒューズさんもまた優しい目でロイを見つめているというのに、なぜ捨てるようなことになってしまったのでしょう。 ぐるぐると考えこんでしまうハボックさんに、ヒューズさんは苦笑しました。
「捨てたかったわけじゃないさ。……ただ、な。ちょっと事情があって、新しい飼い主を見つける時間すらなかったんだ」
だから、捨てた。
「エリシアもグレイシアもそりゃあ可愛がっていたし、こいつが生まれたときから一緒だからな、手放したくはなかったさ。だけど、まあ……大人の事情ってやつだからな」
かつてのロイと一緒に自慢の愛娘と愛妻を思い浮かべているのでしょうか、噛みしめるように淡々とヒューズさんは語りました。
「だから……また会えて、良かったよ」
ヒューズさんを見上げて、ロイは同意するようにみゃあと鳴きました。
| 2004年05月25日(火) |
さよなら、大好きなひと。3 <ハボロイ> |
ハボックさんの云ったとおり、ヒューズさんと出会った場所とハボックさんの家はそれほど遠くはありませんでした。 しかし、途中でコンビニに寄ってお酒やおつまみを買いこんでいたため、ハボックさんの家に着いたのはそれから30分後のことでした。
「どうぞ。狭いですけど、ゆっくりしてください」 「おう、お邪魔するぞ」
1人暮らしのアパートが珍しいのか、ヒューズさんは楽しげにハボックさんの部屋の中を眺めていました。 すると、来客の声に気づいたのか、リビングの方からロイがひょっこりと顔を出しました。
「あ、大佐」 「ほぅ、あれが噂の同棲相手か。確かに美人だな」
じっとこちらを見つめてくるロイに、ハボックさんははたと気づきました。 ロイが自分からハボックさんのところに寄ってくるときは、大抵ある理由があって。 それはつまり、もしかしたらロイは今とてもお腹が空いているのかも知れない、ということで。
「すんません中佐。俺、ちょっと大佐のエサ用意するんで適当に座っててください」
慌ててキッチンに飛び込むハボックさんの姿をやれやれと笑って見送り、ヒューズさんは部屋に上がりました。 玄関からリビングへ向かい、そしてテーブルの奥の方にどっかりと座りこむヒューズさんの様子を、ロイはじっと見つめていました。
「遅くなってすいません。ほら大佐、エサっスよ」
しばらくして、キッチンから出てきたハボックさんは両手に皿を持っていました。 片方の手には、ロイのエサが入ったお皿。 そしてもう片方のお皿には、先程コンビニで買ってきたおつまみを開けてあり、腕にはお酒の入った袋を提げています。 手前にいたロイにエサを向けますが、ロイの様子がいつもと違っていてハボックさんは首を傾げました。 いつもであれば、エサを出せばすぐに寄ってくるのに。 今日はなぜか、来客が珍しいのでしょうかヒューズさんを見つめていて。
「……大佐?」
しかし、ハボックさんの疑問は思いもよらない形で解決することになりました。
「ロイ」
ふいにヒューズさんがロイの名を呼び、手を差し出しました。 ロイはゆっくりとヒューズさんに近寄ると、ヒューズさんの指先に顔をすり寄せました。 ――まるで、ヒューズさんにとても懐いているかのように。 ヒューズさんが頭や首を撫でると、ロイはごろごろと喉をならします。 ハボックさんはただ驚いていました。 それほどまでにロイが気持ちの良さそうな顔をするのは見たことがなかったからです。
「ロイ……久し振りだな」
ヒューズさんのその言葉に、ハボックさんは思いきり目を瞠りました。
| 2004年05月24日(月) |
さよなら、大好きなひと。2 <ハボロイ> |
「美人と同棲してるって?」 「……はぁっ!? なんスかそれ」 「こっちじゃもっぱらの噂だぜ? 『ハボック少尉が黒髪の美人と同棲してる』って。あと、相変わらず尻に敷かれてるってのもな」
とんでもない台詞に、ハボックさんは怒っていいのかどうなのか本気で悩んでしまい ました。 まさか本当に黒髪の美人と自分が同居していると思われているのでしょうか。 黒というからにはそれはおそらくロイのことなのでしょうが、なぜ猫と自分が「同棲」することになるのだろう、とも考え、ハボックさんは頭を抱えそうになってしまいました。
「……あの、同棲も何も、相手は猫ですよ?」
このとんでもない勘違いをどう正そうかと思いながらも、とりあえず直球でハボックさんは勝負してみます。 けれど、やはりハボックさんよりヒューズさんの方が一枚上手で。
「んなこた知ってるさ」 「はい?」 「だから云ったろ、噂だってさ。あの少尉が黒猫飼ってるらしいぞー、とな」
あっさりと云い放つヒューズさんに、ハボックさんはがっくりと肩を落します。 そんなことだろうと思えばいいものを、なぜあんな慌てさせてくれるような言い方ができるんだろうこの人……と、ある種の尊敬すら抱いてしまうのがこのヒューズさんなのです。
「ま、こんなところで噂話もなんだ、どっかで一杯やってかないか?」 「いいっスね」
頷いて、けれどハボックさんは「あっ」と思いました。 家にはロイがいるのです。 いつも仕事で多少遅くなっても平気ではありましたが、気心知れた人とこのまま飲みに行ったら一体何時に帰れるのかわかったものではありません。 なのでハボックさんは、ここでひとつ提案してみました。
「なんなら俺の部屋来ませんか? この近くなんで」 「おっ、それもいいな。噂の美人にも会えるだろうし」
ヒューズさんがあっさりと頷いてくれたことに、ハボックさんは内心安堵しました。 そして二人は、ハボックさんの家へと向かって歩き出しました。
「そういや、その猫はなんて名前なんだ?」 「ああ、ロイです」 「――ロイ?」 「ええ、最初からロイ・マスタングって名前がついてました」
| 2004年05月23日(日) |
さよなら、大好きなひと。 <ハボロイ> |
それは、ハボックさんが珍しく定刻に仕事を終えた日のこと。 仕事帰りの会社員が岐路へと急ぐ中で、久し振りに少しだけ寄り道をして帰ろうかとぶらぶら歩いていたハボックさんの肩を、誰かが叩きました。
「よっ」 「え? ……って、あぁっ!」
そこにいたのは、ヒゲ面で眼鏡の、服装がどこぞのチンピラのようなちょっと怪しげな男の人でした。 けれど、ハボックさんはその人の顔に覚えがありました。
「ヒューズ中佐!」 「おう、久し振りだな、少尉」
そうです。なんとその人は、ハボックさんと同じく軍人だったのです。 しかも地位は中佐。 そういえば大佐よりひとつ下の地位になるんだな、などと頭の片隅で思いながらも、よく知る人の久々の笑顔につられてハボックさんも笑みを浮かべました。
「どうしてこんなところに?」 「ああ、ちょっと視察でな。ついでにお前さんの顔も見られたらとは思っていたが、まさかこんなところで会えるとはな」
ハボックさんは元々は東方に配属されています。 現在この地方に来ているのは、この地で一年ほどの研修を受けるようにと命令を受けたからなのです。 ヒューズさんは東方ではなく中央勤務なのですが、以前から何かと交流があったためかハボックさんはヒューズさんにだいぶ気に入られているようで。 配属先が全く違うのに、ハボックさんがこちらに出発するときわざわざ見送りに来てくれたことをハボックさんは思い出し、改めて懐かしさがこみあげてきます。
「……それよりハボック少尉、聞いたぜ?」 「何をですか」
悪戯っぽく細められたヒューズ中佐の目に、ハボックさんは思わずなにが来るかと構えてしまいました。
――これからの生活に関してなにかございましたらどうぞ。
ムウ「これからねぇ……多分、ラウとは変わらないまんま過ごすんだと思うけどな」 ハボ「そうっスよね、もう飼い主の心配もしなくてすむし」 ラン「え、ラウさんの飼い主、見つかったんですか!? ……あれ、でも見つかったら一緒にいられないよな……あれ? (困惑)」 ムウ「いや見つかったといえば見つかったんだか……なんていうかあれだな、俺が飼ってもいいことにはなったんだ」 ラン「あ、そうなんですか、良かったですね!」 ムウ「ああ。――本当にな」
ハボ「……とりあえずは、まだ飼い主探してます。大佐の飼い主募集中。年齢性別問いません。とにかく欲しい人にあげます (誰にともなく宣伝)」 ラン「ロイさんを、人に譲ってしまうんですか……? (悲しげ)」 ハボ「譲ってしまうもなにも、俺は元々猫を飼う気はなかったからな。すぐに飼い主を見つけるつもりがなかなか見つからなくて、ずるずると一緒に暮らしてたようなもんだし」 ムウ「そっか、それは寂しくなるな……」 ラン「そうですよね……」 ハボ「……アンタら、俺に何させたいんスか」
ラン「これから……」 ハボ「どうした?」 ラン「いえあの、これからって、どうなるかわからないなって思って」 ムウ「そっか、セイランは先輩から預かった猫だったな」 ラン「はい、だからまだ、よくわかりません。先のことですし (あっけらかんと)」 ハボ「そうだそうだ、先のことなんか気にするな (あーこいつ気にしてるな、と思いながら)」 ムウ「そうだぞ、大切なのは今だからな」 ラン「そう…ですよね。はい、頑張ります!」
――どうもありがとうございました! これからもどうぞお幸せに!
――それぞれ、猫に出逢ったときの第一印象は?
ムウ「……ここだけの話、実はゴミだと思ってた」 ラン「えっ、そうなんですか!?」 ムウ「んー、ボロボロできったなかったからな、あいつ。あれで動かないままだった ら、本気で気づかなかったろうなぁ」 ハボ「そんなに汚かったんスか?」 ムウ「ああ。連れ帰って洗ったときのあの白さには流石に驚いたよ」 ラン「真っ白で綺麗ですもんね、ラウさん」
ハボ「……『うわ嫌なもん見ちまった』、かな」 ムウ「少尉も拾ったんだったよな?」 ハボ「ええ。お約束どおり、ダンボールに入れられて道端に捨てられてました」 ラン「それでもハボックさんは拾ってあげたんですよね!」 ハボ「そりゃまあ、あんな目で見られちゃ、拾わずにいられないっつか……」
ラン「それじゃあオレだけなんですね、人から譲られたのって」 ムウ「えっと、学校の先輩からだっけ?」 ラン「そうなんです。いきなり預かってくれって渡されて……びっくりしたけど、セイランさんのことは嫌じゃなかった気がします」 ハボ「相性は悪くなかったんだな」 ラン「だといいんですけど (苦笑)」
――今はどうですか?
ハボ「なんでこんなの拾っちゃったんだろう、かな」 ラン「えっ、本当ですか!?」 ムウ「……ほぉ?」 ハボ「でも……そうだな、拾わなければよかった、とは思わないかもしれない」 ラン「――! (嬉しそう)」 ムウ「ほぉ…… (にやにや)」
飼い主の皆さんに質問です。
――最近、お宅の猫はどうですか?
ハボ「猫って、それぞれ飼ってるやつのことっスよね?」 ムウ「だろうな」 ラン「あの、『お宅の』なんて云ったら怒られるような気がするんですけど、オレ……」
ムウ「うちのラウは相変わらず可愛いぞー。最近やっと色々自己主張し始めてな」 ラン「自己主張って、どういうことですか?」 ムウ「ほらあいつ、何されても全然嫌がったりしないだろ。それが最近、やっと嫌なことは嫌って示すようになったんだ。どうやらシャワーは嫌いらしい」 ラン「そうなんですか、よかったですね!」 ハボ「へぇ…… (嫌がられて喜ぶのもどうかと思うけどな…、と思っている)」
ハボ「大佐は……あー、ワガママが輪をかけてひどくなってるような気がしますね」 ラン「え? でもロイさんいい子ですよ?」 ムウ「そんなにワガママなのか? うちにも時々遊びに来てるけど、そんな風には見えないけどな」 ラン「ですよね」 ハボ「はぁ、そうなんスか (猫被ってやがるなあの猫、と思っている)」
ラン「セイランさんも来たときとあんまり変わらないですね」 ムウ「じゃあ、セイランの普段ってどんなんだよ?」 ラン「えっと、エサは気分によって選んでオレのいうことはほとんど聞いてなくてオモチャはすぐにぼろぼろにしちゃうし、あと、ときどきセイランさんのほうから寄ってきても、撫でようとするとすぐ逃げちゃいます」 ムウ「それって充分ワガママじゃないのか……?」 ハボ「……そっスね (ある意味大佐よりワガママだ…、と思っている)」 ラン「そうなんですか? 最初からこうだから、てっきりそういうものだと思っちゃってました」
| 2004年05月19日(水) |
君のいるとき3 <ランディ&?> |
「よし、できた」
予定通りに煮物を作り終え、下準備も全て整い、ランディくんは醤油を手にしました。 借りたものは、なるべく早く返さなければなりません。 しかも今回借りたのは日常よく使うものですので、早いにこしたことはないでしょう。 玄関に向かう前に、猫たちの様子を見ようと部屋の中を振り返ったランディくんは、おや、と首を傾げました。 先刻まで部屋の中でのんびりとしていたはずのセイランと友達の黒猫がいません。 ベランダからさらにどこか外に出たのでしょうか。
「まあ、いいか」
セイランがいなくなるのはいつものことです。 きっとまたいつもどおり、夕方になれば帰ってくるだろうと考え直し、ランディくんは部屋を出ました。
「こんにちはー」
隣の家のチャイムを鳴らすと、しばらくして中から咥えタバコの若い男の人が出てきます。 その人はランディ君の顔を見てすぐに用件がわかったのでしょう、軽く笑って扉を開けてくれました。
「お醤油、どうもありがとうございました。助かりました」 「いや、これくらいなら気にすんなって」
ランディくんのお隣さん、それはハボックさんでした。 ランディくんの家はこの階の端の部屋で、お隣さんはハボックさんだけなので、なにかしらお世話になったりしていたのです。
「これ、少ないんですけど、よろしかったらどうぞ」 「お、いいのか? サンキュー」
ラップをかけた深皿には、ハボックさんから借りた醤油を使って作った煮物が入っていました。 ランディくんお手製の煮物は少し前におすそ分けをしてからハボックさんに好評で、以来ランディくんは煮物を作ってはハボックさんの部屋に届けているのですが。 ふいに部屋の奥から何かが鳴く声が聴こえ、ランディくんは何気なく部屋の中を覗きました。 玄関からリビングまでは一直線で、その奥の窓も半分くらいが玄関先から見えるのです。
「……あれ、セイランさん?」
ハボックさんの家の、窓の向こうに見える覚えのある色合いに、ランディくんは目を丸くしました。 ベランダの方に、セイランとさっきの黒猫がいるではありませんか。
「ん? ……ああ、あれ、もしかしてお前さんの猫か?」 「はい、そうです。セイランさんっていって……じゃあ、あの黒い猫は、ハボックさんの?」 「ロイっていうんだ。そうかあれがお前の猫か」
まさか猫までもがお隣さん同士で仲良くなっているとは思わなかったのでしょう、ランディくんはハボックさんと顔をあわせて笑ってしまいました。 いつも、気づくとセイランはベランダからも姿を消していて、ランディくんは少し心配していたのですけれど。 ハボックさんに聞いたところによると、どうやらセイランはよくハボックさんの家に来ているようで。 こんな風に、お友達の家に上がりこんでいるのならば心配ありません。
「それじゃあ、セイランさんをお願いします」 「ああ。――夕方までには帰るよう云っとくよ」 「はい、ありがとうございます」
自分の部屋に戻って、ランディくんは部屋の中がほんの少し広いように感じました。 さっきまで、セイランとロイがいたときはそんな風に感じなかったのに。 気のせいだろうと思いながら、ランディくんは窓がちゃんと開いていることを確認して、またキッチンに入りました。 夕方、ちゃんと戻ってくるであろうセイランに、いつもように美味しいご飯を食べてもらうために。
| 2004年05月18日(火) |
君のいるとき2 <ランディ&?> |
しばらくして、ランディくんが醤油を借りて戻ってくると、部屋の中に見慣れぬ影がひとつありました。 窓のあたりに、セイランがいるのはいつものこととして。 セイランが気にしているらしい窓の向こう、ランディくんの家のベランダに、いつのまにかいる黒い影。 セイランと比べてもさほど大きさは変わらないだろうその影は、部屋の中に入りたがっているのかそれともセイランに対して何か用でもあるのか、かりかりと外から窓をひっかいていて。
「あ、ちょっと待ってください」
思わず窓に駆け寄ったランディくんを、セイランがちらりと見上げました。 窓を開けると、外にいた影――黒い猫は、なぜか我がもの顔で部屋の中に入ってきて。 その堂々っぷりに圧倒されて、ランディくんは何も云うことができませんでした。 元々、猫が部屋に勝手に入ったくらいで文句を云えるような子ではないのですけれど。
「セイランさんのお友達ですか?」
部屋に上がりこんだ黒猫は、ランディくんのことをじっと見つめていました。 セイランの蒼い毛色は珍しいけれど、真っ黒な色も綺麗だなぁとランディくんはなんとなく思いました。
「こんにちは、オレはランディ。いつもセイランさんがお世話になって……るのかな?」
思わず首を傾げたランディくんでしたが、黒猫はランディくんを見上げたままでなんの反応もありませんでした。 困ったように苦笑して、ランディくんは横にいるセイランに視線を向けました。
「今度は黒いお友達なんですね」
けれど、セイランは気づくと横になっていて、全くランディくんの話を聞いていないようで。 見ればセイランに倣って(?)黒猫も窓辺で丸くなっていました。 まあいつものことだからいいか、とランディくんは軽く肩をすくめ、借りてきた醤油を持ち直してキッチンへ向かいました。
| 2004年05月17日(月) |
こっそりムウラウ鋼。 |
ケータイに打ち込んだムウラウ版ハガレン。ダイジェストというか予告編風。 どうぞ笑って見てやってくださいまし。
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鋼の錬金術師 〜ムウラウバージョン〜
仲の良い双子の兄弟ムウとラウ。 二人は、死んだ母を生き返らせるために禁じられた人体練成を行ってしまう。 しかし、完璧に思えた練成は失敗。
兄のムウは左足を、弟のラウは全身を「持っていかれた」。 弟を取り戻すため、再び練成を行うムウ。 右腕と引き替えに、母に良く似た人形にラウの魂を定着させることに成功した――。
ムウの右手と左足は、近所に住む機械いじりの天才アスランに機械の義手義足をつくってもらい補うことに。
ラウの仮の身体は、かつて父が制作したらしい母に良く似た精巧な人形だった。 年の頃は17・8。女にも男にも見える美しい人形だった。 可動式であるため、身体の至るところがラウの意思で動くが、当然のように表情は変わらない。 目や口を動かさずとも見て話すことはできるが、普段はその時々に応じて動かしていた。 元から感情の起伏が少なかった弟のことがますますわかりにくくなり不安を覚えるムウだが、ラウが変わらずラウであると分かると、またかつてのように兄弟の絆を感じることができるようになる。
彼らの前に現れた軍人アンディの導きで彼と同じく国家練金術師となるムウ。 失われた自らの手足、そして弟の本当の身体を取り戻すため、彼らは賢者の石を求めて旅をする――。
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詳しくは17日付けの日記にて(笑)
| 2004年05月13日(木) |
君のいるとき<ランディ&?> |
部活もない休日の昼間、部屋の掃除や買い物を済ませたランディくんはキッチンに立っていました。 もちろん料理を作るためです。 前までは料理など面倒だと思っていたランディくんですが、一人暮らしを始めてから少しずつ料理をするようになって、だんだんと好きになっていたのです。 一人暮らしを始める前にお母さんに教わった料理の他にも、今ではいくらか自分でも作れるようになりました。 今日は、何かと使いまわしのきく煮物を作ろうと思ったのですけれど。
「……あれ?」
調味料の棚を覗いて、ランディくんは首を傾げました。 醤油が、ほんの少ししか残っていないのです。 流石にこれだけでは煮物は作れないな、と判断したランディくんは、棚の前でしばし悩みました。
「買いに行く……? でも、いるのは全部買ってきたしなぁ……」
今日明日の食事の下準備を済ませておこうと思い、必要なものは全て買い揃えてしまったので、また買い物に出るのは少し面倒な気がします。 かといって、醤油がないと煮物は作れず、考えていた計画が狂ってしまいます。 どうしたものかとしばし考え込んでいたランディくんですが、ふいに頷いて顔を上げました。
「――借りてこよう」
そうと決めたら後は早いランディくんです。 キッチンから室内に戻り、勉強机の上にあるカレンダーを覗きこみます。
「えっと、今日は日曜日だから……」
カレンダーの上に指先を滑らせ、日付と曜日を確認しました。 大丈夫そうだ、と呟いていると、足元にいたセイランが不思議そうに顔を上げます。
「オレ、ちょっと出かけてきますね。すぐ戻ってきますから」
セイランの頭を撫で、ランディくんは部屋を出ます。
そうして、目指す扉の前に立ちました。
| 2004年05月12日(水) |
君の帰るところ6 <ハボック&?> |
「それで、その子は少尉の家の?」 「はい、名前はロイ・マスタング。拾ったときから名前はついてたみたいで、『大佐』って呼ばないと振り向いてくれないんです」 「大佐……こりゃ参ったな、俺たちより上なのか」
大人しくなったロイの頭を撫で、ハボックさんは苦笑しました。
「だから大変なんですよ、ワガママで」 「ああ〜なんかそれっぽいな、雰囲気が」 「そっちはどうですか? ラウ……でしたっけ?」 「こいつはいいぞ〜。可愛いし気品があるし、素っ気ないところもまた魅力だしな!」 「……はあ。そうっスか」
明らかにラウにぞっこんなムウさんに、ハボックさんは思わず呆けてしまいますが、人それぞれだろうと思いなおしてどうにか持ち直しました。 そしてひとつ、気になっていたことを云ってみます。
「そいつ、うちのベランダにいたんスけど、散歩とか好きなんですか?」 「ラウが? ……ああ、ときどきふらっといなくなることはあるな。ちゃんと帰ってくるから放っておくけど、そうか、少尉の家にいるときもあるのか」 「なんか普通にベランダにいて気づかなかったんですけど、もしかしてしょっちゅうウチに来てたりするんスかね」 「そうかもな、いつの間にか友達できてたりするから、こいつ」
……となると、もしかしなくてもハボックさん不在時にはハボックさんの家が溜まり 場になっていたりなどということがあったかもしれないということで。 そういえば最近あたたかいから窓を開け放しておくことがよくあったのですが、もしやそのときにラウとロイは知り合ったのかもしれない、とハボックさんは思いました。 まあ別に、害があるわけでもないので構わないのですけれど。
「しっかし、少尉までが猫を飼ってるとは思わなかったな」
しかも隣の家で、だ。 いたずらっぽくウインクをしてみせるムウさんに、ハボックさんも笑ってしまいます。 なんだか、猫のお陰でそれまでつながりすらほとんどなかったムウさんとの距離がぐっと縮んだような気がします。
「プライベートなんですから、少尉はやめてくださよ。ハボックで結構です」 「じゃあ俺もフラガで頼むな。あんまり大尉大尉云われると狙われそうで怖いから」
確かに、大尉や少尉という地位の人間がこんな住宅街のよくあるアパートに住むなんてことはとても珍しいことで。 諸々の事情で、ムウさんとハボックさんは軍内部の寮でなく外部のアパートを借りているのですが、外部ともなると、内部の寮ほど警備が整っていないので、下手に軍人であるとバレると何かと面倒なことが起こりやすくなってしまうのです。 ――今のところは、まだ何の問題も起こってはいませんが。
「それじゃあハボック、また何かあったらよろしくな」
いくらか世間話も交えた話をして、ムウさんは爽やかに手を振り背を向けました。
「はい、こっちこそよろしくお願いします、フラガさん」
隣室に消えたムウさんの横顔を見ながら、ふとハボックさんは、ムウさんのあの最初の剣幕は一体どこへ行ったんだろう、と思いましたが、でもまぁ今さらだからいいか、と思い直して自室へと戻りました。
それぞれの、帰るべき場所へ。
| 2004年05月10日(月) |
君の帰るところ5 <ハボック&?> |
ああそうかなるほど、とハボックさんはまじまじとムウさんの顔を見つめてしまいます。 そういえば確かに軍内で配られる冊子などに顔写真が載っていたかもしれない、などということまで思いだして。 そんなハボックさんの目の前で、ムウさんもまた、同じようにハボックさんの顔を眺めていました。 そうして、2人同時に口を開き――。
『どおりでどこかで聞いた名だと思った』
同じタイミングで同じことを呟き、ハボックさんとムウさんはさらに目を合わせてしまいました。 そこから数秒止まったかと思うと、今度はまた同時に吹きだします。
「ははっ、そうかまさかあのフラガ大尉が隣に住んでるなんて思いもよりませんでしたよ」 「あー、いや俺だってなぁ、話に聞いたハボック少尉とこんなところで会えるなんて思ってもみなかったさ」 「あれ、そういえば大尉、どうして俺のこと知ってたんスか?」 「お前さんのことはヒューズ中佐から聞いてたからさ。知ってんだろ、マース・ヒューズ中佐」 「ああ、中佐から……」
マース・ヒューズ中佐は、ハボックさんの直接の上司ではありませんが、何かとお世話になっている人でした。 ヒューズ中佐はハボックさんを気に入っているらしく、ハボックさんはよく飲みになど誘われるのです。
「そっちに面白い奴がいる――ってな。何かと話題に出てたから一度話をしてみたいと思ってたんだが。まさか隣人が本人だとはな」 「俺だってあんな有名人が猫の飼い主探しでポスター貼り出すなんて思ってもみませんでしたよ」 「ああ、こいつのか」
ムウさんは腕の中のラウを見やります。 ポスターは近所と駅前の目立つところに何枚か貼っただけなのですが、まさかハボックさんが覚えているとは思わなかったのでしょう。
「あれ、結局飼い主は見つかったんですか?」 「……まぁ、見つかったは見つかったんだがな。色々あって、そのまま俺が飼うことになったんだ」
半ば誤魔化したような返答に、ハボックさんも「へぇ〜そうなんですか」と納得せざるを得ませんでした。 なんとなく、突っ込んで聞いてはいけないような気がしたのです。
| 2004年05月09日(日) |
君の帰るところ4 <ハボック&?> |
そのときです。
みゃあ
下の方から聞こえた鳴き声にハボックさんが部屋の中を見ると、ロイが部屋から玄関に降りてきたところでした。 どうやら玄関先での騒動に気づいて寄ってきたようです。 ハボックさんが開けたままの扉からロイはそのまま外に出ようとしましたが、玄関から出る直前にハボックさんがロイを抱き上げました。
「大佐、ダメですよ勝手に外に出たら」
外に出ようと思ったところを邪魔をされて、ロイはみゃあみゃあと抗議の声を上げました。
「わ、いたたたた、痛いっスからマジ、やめてくださいって大佐っ」
腕の中で思いきり暴れて爪を立てるロイに、最近ロイのワガママに慣れてきたと思っていたハボックさんも慌てます。 どうにかロイが落ち着いた頃には、ハボックさんの腕は傷だらけ(というかボロボロ)になっていました。 流石のムウさんもこれには口を挟めなかったようで、腕の中のラウと共に黙って1人と1匹の様子を眺めていました。
「お前さん、まさか……」 「はいっ?」
少し考えこんでいた様子のムウさんが首を傾げながら何か云いかけ、ハボックさんだけでなくラウもロイもムウさんを見上げました。
「ジャン・ハボック少尉、か?」 「はい、そうっスけど」
なぜムウさんがそれを、と思ったところで、ハボックさんはまた「あ」と呟きました。 ムウ・ラ・フラガ――そういえばこの名には覚えがあったような、と考えたことが以前にもあり。 そうしてやっと、今になって思いだしたその名は。
「まさかアンタ……じゃなくて、あなたは、ムウ・ラ・フラガ大尉っスか……?」
聞いたことがあるはずです。 軍内でも名高いエースパイロットのムウ・ラ・フラガ大尉といえば、『エンデュミオンの鷹』の二つ名を持つことでも有名です。 部署が違い全く関わりがないためにすっかり忘れていましたが、今さらながらに思いだしハボックさんはとても驚いていました。
| 2004年05月08日(土) |
君の帰るところ3 <ハボック&?> |
素直に謝ったハボックさんに、ムウさんはさらに詰め寄りました。
「そうかやっぱりお前が犯人か!」
犯人ってどうよ、と内心ツッコミを入れてしまったハボックさんでしたが、あえてそれは表に出さず、慌てて弁解します。
「いやそりゃ、ちょっとは踏みそうになりましたけど、別に力は入ってないっスよ」
とりあえずこのままラウを抱えていても埒が明かないと思ったハボックさんは、また「すいません」と呟いてムウさんにラウを返します。 警戒するような手つきでラウを抱きこんだムウさんは、ジト目でハボックさんを見ていました。
「ほら見ろ、苦しそうな顔してるじゃないか」
見てみれば、確かにラウは少しだけむずがるように身体を動かしています。 その原因が、ムウさんの抱き方が悪いのかそれともムウさん自身が嫌なのかはわかりませんが、少なくともムウさんの手に渡ってからのことだろうとハボックさんは思いましたが、騒ぎを大きくするだけのような気がしたのであえて黙ってみます。
「……なんだよその目は。どう責任をとってくれるんだ?」 「いや別に、ていうかちょっと汚れただけなんですから洗えばすぐ元通りになりますって」
疑うような目で見られ、ハボックさんは困ってしまいます。 これはムウさん流のからかいなのでしょうか。 そうであれば問題はほとんどないのですが、本気だったらどうすりゃいいんだこの人、とハボックさんは思わず考えこんでしまいました。
| 2004年05月07日(金) |
君の帰るところ2 <ハボック&?> |
「あっ」 「うおっ」
同時に響いた声と共に、ハボックさんは動きを止めました。 ハボックさんが玄関の扉を開けた瞬間、誰かがハボックさんの家の前を通ろうとしたようです。 あわや扉とキスをするかといったところでハボックさんが止まったことで事なきを得たようでしたけれど。
「すいません、大丈夫でしたか?」 「いやいや、こっちこそ前方不注意だ、悪かったな」
そうしてやっと相手の顔を見て、ハボックさんは「あ」と思いました。 扉にぶつかりかけた相手は、なんと隣の家のムウさんだったのです。
「あの、お隣のフラガさん、ですよね?」 「ん? そうだけど……あ」
ハボックさんが云おうとしたことに、ムウさんも気づいたようです。 そう、ハボックさんの腕の中には、ラウが抱かれたままなのですから。
「これ、お宅の猫じゃないっスか?」
ラウを抱き上げたままの腕を軽く上げ、ハボックさんは首を傾げます。 当のラウはというと、大人しく抱かれたままちらりとムウさんに目を向けたものの、それ以外に何のアクションもありませんでした。
「ああ、うちのラウだが。……って、おい」
突然、1オクターブほど低くなったムウさんの声に、ハボックさんは目を見開きました。
「なんでラウの毛に足跡なんてついてんだよ」 「はぁっ?」
素っ頓狂な声をあげ、ハボックさんがラウを見やると、なるほどラウの背中には先程ハボックさんが踏みかけたときについた汚れがわずかに残っていたのです。 汚れは払ったと思ったのですが、どうやらラウの毛の白さはわずかなゴミでも目立たせてしまうようで。
「っあー……すみません」
| 2004年05月06日(木) |
君の帰るところ <ハボック&?> |
それはとても天気の良かった日のこと。 ハボックさんはここ数日で溜まってしまった洗濯物を干そうと思いました。 カゴ一杯に入った洗濯物を抱え、足元にいたロイを踏みつけないよう気をつけながらベランダに向かいます。 いつものように少し開いているベランダの窓に足を引っ掛け思いっきり開け、ベランダ用サンダルを足先につっかけてベランダに踏み出します。 そのときでした。
「……ん?」
下ろしかけた右足(サンダル)の裏に、何かの感触がありました。 やばい何か踏んだか、と一瞬思ったハボックさんでしたが、右足に体重が移る前に足の裏に触れたそれはするりと足から逃れたようで。 ほっとしたものの、慌てて足元を見たハボックさんは目を丸くしました。
「っわ、あっぶねー」
ハボックさんの足元には、ロイとは正反対の色をした猫が1匹。 そしてその真っ白で青い瞳の猫に、ハボックさんは見覚えがありました。
「お前、確か隣の家の……」
その猫は、ラウという猫なのでは、とハボックさんは記憶を呼び起こします。 以前、隣の家のムウさんが飼い主を探していたらしく、猫の写真が貼られたポスターが近所に何枚か貼られていたのです。 ポスターは、貼られてから数日して全てはがされていたので、てっきり飼い主が見つかったのかと思っていたのですが。
「そのままフラガさん家にいたのか……」
ハボックさんは、手にしたカゴを部屋の中に戻し、ベランダからハボックさんを見上げているラウをそっと抱き上げました。 大人しい猫なのか、ラウはロイとは違って嫌がり暴れるようなことはありませんでした。
「ご主人様が探してたらやばいしな」
サンダルで踏みかけたときラウについた汚れを軽く払い、ハボックさんはラウをムウさん宅に届けるべく、玄関へと向かいました。
| 2004年05月05日(水) |
君を追って3 <ムウラウ> |
まさかそうくるとは思わなかったのか、最初きょとんとしていたランディくんでしたが、すぐに合点がいったのか「ああ」と頷きました。
「あの子、フラガさんの猫なんですか。ラウっていうんですね? ええ、来てますよ。よろしかったら上がりますか?」
願ってもない申し出に、ムウさんは二つ返事でランディくんの部屋に上がりました。 ムウさんの部屋となんら変わりない造りの部屋でしたが、現役の高校生らしい雰囲気の部屋の中には、しかしよくよく見ればあまり似つかわしくないものがいくつか転がっていて。 それが猫用のオモチャなどだと気づくのに、そんなにはかかりませんでした。
「ほら、あそこです」
ランディくんの示した方をみると、なるほど確かにベランダにはラウがいました。 そして、ラウの傍らにはもう1匹、蒼い猫がいて。
「あの猫は、君の?」 「はい、セイランさんっていうんです」
2匹は何をするでもなく、外の風景を見ているようでした。 時折、セイランがラウを観察するようにじっと見つめていたりもしていたようですが、ラウは特に気にしている様子もなく、そこには穏やかな時間が流れていました。
「少し前から、たまにラウさんが遊びに来ていたようなんです。どこから来てるのかわからなかったんですけど、そっか、フラガさんの猫だったんですね」
そうだな、と笑顔を浮かべながらも、ムウさんの視線はラウから離れることはありませんでした。 おそらく初めてであろう、ラウの友達。 ラウには自分しかいないなどと、そんなことを考えていたわけではないのだけれど。 やはり少し寂しいなどと思ってしまうのは、親心(のようなもの)なのでしょうか。
「セイランさんは、いつもひとりだったから……」 「え?」 「ラウさんがいてくれて、よかったと思います」
あ、とムウさんは思いました。 ランディくんには学校が、ムウさんには仕事がある以上、セイランもラウも昼間はほとんどひとりで過ごしていることになります。 いくらひとりが好きだといっても、ずっとひとりきりなのはやっぱり寂しいと、ランディくんは云いました。
「そっか……そう、だよな」
ラウも寂しかったのかもしれない、とムウさんは思いました。 普段はあまり感じないけれど、ラウだってまだまだ小さいのです。 昼間ずっとひとりきりでいて、なんとも思わないわけがない、とムウさんは思います。 そんなラウに友達ができて、こうやって少しずつ楽しいことを増やしていけるのなら、それはきっと素晴らしいことでしょう。
「これからもよろしくな、ランディ」 「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
2人の飼い主は顔を見合わせて笑いました。 そうして視線を移した先には、愛しい2匹の猫の姿。
| 2004年05月03日(月) |
君を追って2 <ムウラウ> |
ラウがこの家のベランダから隣のベランダへ出て行ってしまうなどということを初めて見たムウさんは、ラウの後を追うように慌ててベランダに出ました。 手すりに乗り上げるようにして隣の家のベランダを覗くと、ラウはさらにもうひとつ隣の家へと入ってしまいました。
「なにしてんだ、あいつ……」
思わず呟いて、ムウさんは隣の家とさらに隣の家との間の仕切りをじっと見つめますが、ラウが出てくる様子はありません。 その部屋はこの階の一番奥の部屋なので、出てこない以上ラウがそこに留まっているのは明らかで。 一体どうしたのだろう、と考えますが、初めてのことで何が何だかわかりませんでした。
「追ってみるか? ……でもいきなりお宅のベランダ見せてくださいなんて不審すぎるだろうよ、なぁ?」
誰にともなく同意を求め、ムウさんは唸ってしまいました。 ラウの動向を知るのは、飼い主として当然のことです。 ましてそれが、他人の家に入ってしまうようなことになればなおさら。 まさかとは思いますが、もしラウの身になにかあったらと考え、ムウさんはどきりとしました。 ラウはとても珍しい(らしい)猫ですから、もしかしたら誰かに攫われてしまうなんてこともあるかもしれなくて。 もしも、の話ではありますが、絶対ない、とも云いきれなくて。
「……ちょっと、様子見てくるか」
そうと決めたら、ムウさんは早いです。 早速、隣の隣の家に向かったムウさんは、迷うことなく呼び出しのチャイムを鳴らしました。 そういえば最奥のこの部屋には高校生の男が住んでいたっけかな、と記憶を呼び起こしながら、待つこと数秒。 部屋の扉を開けたのは、記憶どおりの高校生の男の子、ランディくんでした。
「こんにちは。……ランディくん、だよな?」 「はい、そうです。えっと……」 「フラガだ。隣の隣に住む、ムウ・ラ・フラガ」 「ああ、こんにちは、フラガさん」
迷いのないランディくんの笑顔にムウさんは少し驚きましたが、すぐに気を直して本題に入りました。
「突然で悪いんだけど、うちのラウ――白い猫が、こっちの家にこなかったかい?」
| 2004年05月01日(土) |
君を追って <ムウラウ> |
それは、その時期にしてはあたたかい、風のとても気持ち良い日のこと。
ムウさんの休日は、ラウと遊ぶことから始まります。 そしてラウが本気で嫌がるぎりぎりまで遊ぶと、今度は部屋の掃除にとりかかります。 ムウさんの仕事にも基本的に週休2日といった休日はあるのですが、それも何かしらの用事が入って潰れることがよくあるので、一日時間が空いたときはムウさんは必ず部屋の掃除をするのです。 溜まった洗濯物を洗濯機に放りこみ、その間床と窓を拭きます。 ラウはムウさんの邪魔にならないように――というか、せかせかと動き回るムウさんを避けるように部屋の隅でのんびりと丸くなっています。
「ラーウ、お前一人で楽してるなよなー」
猫の手を借りたいほど忙しいわけではありません。 けれど自分が働いているのに誰かは何もせず気楽にしているところを見て羨ましいと思ってしまうのも人間というもので。 からかい混じりにそなセリフを云うムウさんを一瞥して、ラウがふらりと立ちあがります。
「っておい、ラウ?」
開け放した窓の外、ベランダに出るラウの後姿にムウさんは苦笑まじりの溜息をついて、脱水の終わった洗濯物を干すべく洗濯機のある洗面所へと向かいました。 洗いあがった洗濯物をカゴに放りこんで、よいしょと持ち上げ部屋に戻ったムウさんは、ベランダを見て首を傾げました。
「……ラウ?」
ベランダに出ていたラウが、しきりに隣の家との間にある仕切りを気にしているように見えたのです。 仕切りの下の部分は十数センチの隙間があって、ラウはそこを覗いていたのです。 隣の家に何か面白いものでもあるのだろうか、と不思議に思ったムウさんでしたが、次の瞬間思わず「あ」と声を漏らしてしまいました。 なんとラウが、仕切りの隙間を抜けて隣の家のベランダに入ってしまったのです。
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