| 2004年04月30日(金) |
君のためなら6 <ランセイ> |
オリヴィエ先輩とラウがそれぞれ帰った後、ランディくんはぼんやりとテレビを見ていました。 傍らではセイランが丸くなっていて、ゆっくりと尻尾を揺らしています。 テレビからセイランに視線を移し、ランディくんはセイランの頭を撫でました。 こんな風に触れてもセイランが嫌がらなくなったのは、つい最近のことです。
「でもやっぱり……なんかなぁ……」
昼間の、オリヴィエ先輩とラウとのやりとりを思い出し、ランディくんは小さく溜息をつきました。 あんな風にラウに触れられたことは、ランディくんにもありませんでした。 もちろん、ラウにとってオリヴィエ先輩はどこかしら気に入るところがあったからああなったのだろうとは思うのですけれど。
「うらやましいっていうか……ずるい、って思うのはどうしてかな……?」
そしてもうひとつ。 あの場面で、ランディくんを襲った気持ちはもうひとつありました。 あのとき、なぜかラウとセイランを重ねて見てしまったために現われた気持ち。 ラウはムウさんの猫だからこそオリヴィエ先輩は軽く諦めて――というか、最初から本気で連れ帰る気はなかったでしょうが、あれがもしセイランだったなら。 オスカー先輩は、元々はオリヴィエ先輩に猫を預けるはずだったのです。 その猫、セイランがもしも、ランディくんよりオリヴィエ先輩を気に入ったとしたら。
「オレに止める権利なんて、ない」
思わず呟いて、ランディくんは気づきました。 自分がどれほどセイランを好きかということに。 そして思いました。 オスカー先輩が帰国したら、自分は笑ってセイランを返せるだろうか、と。 わずかに芽生えた不安は、考えるほどに大きくなっていくような気がして。
「……セイランさん?」
手の中のセイランが、ふと顔を上げてランディくんを見上げました。 親指で鼻の辺りから頭までを撫でると、気持ち良さそうに目を閉じます。 ――まだ、大丈夫。 もしかしたら、セイランの蒼には心を鎮める力でもあるのでしょうか。 その蒼が今ここにいるのが嬉しくて、ランディくんは撫でていた手でセイランを持ち上げるとぎゅっと抱きしめました。
| 2004年04月29日(木) |
君のためなら5 <ランセイ> |
「……え?」
オリヴィエ先輩にひょいっと抱き上げられるラウを見て、まさか、とランディくんは自分の目を疑いました。 ラウは、ランディくんが見ている限りではあまり積極的な猫ではありませんでした。 自分から好き勝手な行動をすることはあまり(というか全く)なく、それと同時に何かを嫌っているそぶりもほとんどみせないのです。 だから、抱き上げれば確かにそのまま抱かれてくれるのですが、それにはあくまで「抱かれてやっている」という雰囲気が見てとれて。 ラウが自分から寄ってくるなんてことは、ランディくんの経験にはないことだったのです。
「へぇ、こっちの子は素直じゃない」
こちらもラウの行動に驚いたのか、先刻はオリヴィエ先輩を無視していたセイランもオリヴィエ先輩の足元でラウを見上げていました。 一人と一匹に見つめられ、オリヴィエ先輩もこの事態がどれほどのものか把握したようです。 ラウの頭を撫でながら、その青い瞳を覗きこみました。
「アンタ、そんなに私がいいの? なんならもらってってあげようか?」 「オ、オリヴィエ先輩!?」
目を丸くするランディくんに、オリヴィエ先輩は気づかないフリをして続けます。
「静かにしてれば猫くらい飼ってたってバレやしないだろうしね。アンタ大人しそうだから、その資格はじゅーぶんあるでしょ?」 「で、でも先輩、ラウさんはムウさんの猫で……っ!」
本気に見えるオリヴィエ先輩の様子に、ランディくんは慌てて止めに入ります。 けれど、気づけばオリヴィエ先輩はくすくすと笑っていて。 そのときやっと、ランディくんは自分がからかわれていたということに気づきました。
「オリヴィエ先輩っ」 「くくっ、ああごめんごめん。だってアンタがあんまり必死だったもんだから、つい、ね」 「ついって……もう……」
呆れたような溜息が少し零れましたが、それが笑顔に変わるのはすぐのことでした。 けれど、なにかが胸に引っかかるような感じがするのもまた、気のせいではありませんでした。
| 2004年04月28日(水) |
君のためなら4 <ランセイ> |
オリヴィエ先輩の言葉にランディくんはとても驚きましたが、紅茶の乗ったトレイを手に部屋に戻るとすぐに状況がわかりました。 窓の近くにいるオリヴィエ先輩の足元に見えるのは、蒼い猫と白い猫。 そう、そこにいたのはセイランだけではなかったのです。
「ああ、蒼い猫がセイランさんです」 「ふーん、じゃあこっちの白いのは?」 「その子はラウさんです。隣の隣に住むフラガさんの家の猫で、ときどきうちに遊びにくるんですよ」
最初にセイラン以外の猫を見たときは驚いていたランディくんでしたが、今では猫たちが互いの家に遊びにいくのは日常茶飯事なので、家の中に他の猫がいても驚くことはなくなったのです。
「そうなんだ」
なるほどと頷いて、オリヴィエ先輩はセイランの方に手を伸ばしました。 けれど、セイランはふいっとそっぽを向いてしまいます。
「わ、生意気ね〜この子。可愛い顔して」 「すみません、セイランさんもラウさんもあんまり人に懐かないので……」
ランディくんが困ったように笑うと、オリヴィエ先輩はからかうような目を向けて首を傾げました。
「あんたにも、でしょ?」 「ははは……そうなんです」 「だってプライド高そうだもん、この子たち。実はどっかの血統書つきとかそんなんじゃないでしょうね?」 「ええっ、そんなことはないと思いますけど……」 「ま、どうでもいいけどね」
軽く肩をすくめて、オリヴィエ先輩は今度はラウの方を向きました。
「ほらラウ、こっちおいで」
すると、どうしたことでしょう。 初対面にもかかわらず、ラウは伸ばされた手に自分から寄っていったのです。
| 2004年04月26日(月) |
君のためなら3 <ランセイ> |
けれどオリヴィエ先輩は、つき返されたお金をさらりとかわしました。
「だってアンタ、これからもあの子飼うんでしょ?」 「あ……」
確信を突かれて、ランディくんは思わず黙ってしまいました。 オスカー先輩の帰国は未定です。 そして、オスカー先輩が帰ってくるまでの間、ランディくんはセイランを飼っていかなければならなくて。 その間、どれだけのお金がかかるかはわからないのです。
「だから、養育費くらい私が払ってあげるよ。アンタがあの子飼うことになった原因は私にだって充分あるしね」 「で、でも……」 「いいから気にしなさんな。私はあとでオスカーからたっっぷり絞りとっとくから」
茶目っ気たっぷりにウインクをしてみせるオリヴィエ先輩に、ランディくんも少しだけ気が楽になったのか笑顔をみせました。
「あ、そういえば猫見せてよ、猫。私まだ見たことないんだよね」
そう云われて初めて、ランディくんは玄関で立ち話をしていたことに気づきました。
「わ、すいません上がってください。今、お茶を出しますね。紅茶でいいですか?」 「そんな気を使わなくてもいいのに〜。でもま、ありがたくいただこうかな。ストレートでお願いね」 「はいっ」
オリヴィエ先輩を部屋に案内してから、ランディくんはキッチンへと向かいました。 けれど、思い出してキッチンからひょっこり顔を出します。
「セイランさんなら、多分ベランダにいると思いますよ」 「りょーかい」
キッチンの棚の奥から、ランディくんはいただきものの紅茶を取りだしました。 これはお隣さんからもらったもので、ランディくんも一度だけ飲んでみましたがとても美味しい紅茶だったのです。 これならばきっと食にうるさいオリヴィエ先輩でも満足してくれるだろうな、と思いながら、ポットからお湯を注いで紅茶をいれます。 すると、部屋の方からオリヴィエ先輩の声がしました。
「ねぇ、ランディ」 「はい、ちょっと待っててください」 「や、別に急がなくてもいいんだけどさ。――これってどっちがセイランなの?」 「……え?」
| 2004年04月25日(日) |
君のためなら2 <ランセイ> |
「やっほー。久し振りだね、ランディ?」 「お久し振りです。わざわざすいませんでした」 「ま、気にしないでよ。ちょうどこの辺に用があったから、そのついでに寄っただけだし」
電話をしてから数日後、ランディくんの部屋を訪れたのは、オリヴィエ先輩でした。 そう、セイランの元の飼い主であるオスカー先輩の悪友で、セイランを預かった際、何かあったら頼るようにと云われていたのがこのオリヴィエ先輩だったのです。 オリヴィエ先輩はいつも派手な格好をしていて、高校時代は何度も先生に呼びだしを食らっていたほどです。 大学生になってもそれは変わらないようで――いえ、むしろ自由になった分だけさらに派手になったようにも見え、ランディくんは驚きながらも懐かしさでいっぱいになっていました。 それと同時に、呼びだした理由が理由であることに少し罪悪感を感じていたりもして。
「オリヴィエ先輩……すいません、俺……」
笑っているオリヴィエ先輩に、思わず謝ってしまうランディくんでしたが、オリヴィエ先輩は苦笑いをしてそのうなだれた頭をぽんぽんと叩きました。
「いいっていいって。元はといえば、オスカーの奴が全部悪いんだからさ」
軽く笑ったオリヴィエ先輩は、早速お財布を取り出しました。 お財布は革製で、どこかのブランドのものでしょう、とても高そうでしたがそれ以上にランディくんはオリヴィエ先輩の爪の派手さにびっくりしていました。
「で、いくらくらいかかったの?」 「あ、はい、ちょっと待っててください」
ランディくんは一旦部屋の中に戻ると、猫用トイレやエサの代金を書きだした紙を持ってきました。 受け取った紙をざっと眺め、オリヴィエ先輩はお財布の中からお札を何枚か抜き出しました。
「じゃあ、これくらでいいかな?」 「え、でもオリヴィエ先輩……!」 「なに、足りない?」 「そうじゃなくて、オレこんなにもらえせんよ!」
ランディくんの手の中には、代金をはるかに越えたお金がありました。 少しの援助のみを期待していたランディくんからすると、とんでもない金額であるほどの。
| 2004年04月24日(土) |
君のためなら <ランセイ> |
ランディくんは悩んでいました。 それはもう、ランディくんにしては珍しく真剣に(といっては失礼ですが、事実なので仕方ありません)悩んでいました。 その悩みの種は、ランディくんの目の前に広がっていました。 テーブルの上にある、貯金通帳とお財布、お財布から出されたお札が何枚かと、小銭がいくつか。
「うーん、やっぱり少ないなぁ」
そこにあるお金と、通帳の残高を見比べ、ランディくんは唸ってしまいます。 ランディくんの目の前にあるもの、それは今月の生活費の残りだったのです。
「けっこうセイランさんのエサ代にかかっちゃったからかな……」
ランディくんは学校から奨学金をもらっていて、さらに家からの仕送りもあり日々のバイトまでこなしているうえに無駄遣いはしないタイプなので、そんなにお金には不自由をしていませんでした。 それでもお金が少ないのにはいくつか理由があるようです。 先日の部活の大会に出場したとき、交通費などの諸経費が少なからずかかりました。 けれど、それよりも使ったのはセイランのためのお金でした。 金額はそれほどではなかったのですが、予定外の出費は当然家計を圧迫します。
「ないってわけじゃないけど……少し不安かな」
何かと出費の多いこの時期、来週にはバイトのお給料が入るとはいえやはり不安が残ります。
「えぇっと、確かこの辺に……」
おもむろに立ち上がったランディくんは、机の中をあさりだしました。 突然の行動にそれまで寝ていたセイランが驚いたように顔を上げました。
「あ、すいませんセイランさん」
セイランは顔を上げたままランディくんをじっと見つめていました。 しばらく何かを探していたランディくんでしたが、目的のものを見つけたのか、ふいにその動きが止まります。
「あった、これだ……!」
机の中から取り出した1枚の紙を手に、ランディくんは電話に手を伸ばしました。
※『仔猫物語。』本編とは無関係です。
<陽のあたる場所> その3
「セイラン」 「おや、何かご用ですか、ジュリアス様?」
珍しく感性の教官の部屋を訪れた光の守護聖は、相変わらずなセイランの態度にわずかに頭に血が上りかけた。 が。 何度目かに訪れたセイランの部屋の様子がそれまでとどこか少し違うように感じたジュリアスは、わずかに首を傾げるとふいに足元に目をやった。 そうして、気づく。
みゃあ 「――!」
セイランの足に仔猫がすり寄っている。 ジュリアスは、その猫に見覚えがあった。
「この猫は、ランディたちが庭園で――」
ジュリアスの声を遮ってセイランは笑った。 そうして腰を屈めると、小さな猫に手を差し伸べ、その身体を抱き上げる。
「自分の手元に置けないからと都合のよいときだけ構うなんて人間の傲慢だ。それなら最初から放っておけばいい。そうは思いませんか?」
彼の真っ直ぐな瞳にジュリアスは驚嘆した。 ――中途半端な気持ちならば最初から関わらなければいい。 セイランが言葉に込めた想い、その本当の意味にジュリアスは気づいた。 セイランは決して、生半可な気持ちでこの猫を連れてきたわけではないのだと。 そうして、その顔に広がるのは、笑み。 思いもかけないできごとでありながらも、ジュリアスはつい嬉しくなって顔を綻ばせた。
「しばらく、ここに来ても良いだろうか?」 「……?」 「この猫の様子が見たい。そなたのところであれば、安心だ」 「ええ、もちろん構いませんよ」
セイランが、声をたてて笑う。 その腕には、小さな仔猫。
――ありがとう ありがとう ――ぼくはいま とても幸せです
※『仔猫物語。』本編とは無関係です。
<陽のあたる場所> その2
……あれ? ここ、どこ?
目が覚めると、そこはぼくの知らない場所だった。 箱の底とは比べ物にならないふかふかしたものの上に、ぼくはいた。
「気分はどうだい?」
いきなり、頭の上から声がして、気づくと、すごく綺麗な顔がぼくの目の前にあった。 昼間の空と、夜の空を混ぜたような蒼い髪の、真っ白な肌の人。
「まさか本当にランディ様たちが――」
え? わけがわからなくて彼の綺麗な蒼い目を見上げると、その人はぼくの喉を撫でて苦笑した。
「何でもないよ。それよりここは僕の部屋なんだけど、居心地はどうだい?」
居心地? そんなの決まってるじゃないか。 冷たい箱の底に比べたら、ここは天国だよ。 その人は、優しい目でぼくを見ていた。 しばらく、ぼくの喉や頭や背中を撫でてくれたけど、ふいにその人は立ち上がった。
――どこへ行くの?
ぼくは、その人を呼んだ。
ねぇ、あなたも、みんなと同じなの?
――嫌だよ。
ひとりは嫌。そうだよ、認めるよ。怖いんだ。 ひとりになると、もう誰もぼくの所に来てくれないんじゃないかと思うんだ。 だからお願い、ぼくをひとりにしないで。 ぼくを置いて行かないで。
ぼくはその人を必死に呼んだ。 名前なんか知らないけど、だけど――。
「どうかしたのかい?」
……戻ってきて、くれた? ぼくの声が、届いたの?
その人は、そこにいた。 でも、確かにさっき部屋を出て行ったはずなのに。
「全く、美味しいものを食べさせてもらっただろうから、君の口に合いそうなものといえばミルクしかないのだけど、いいかな?」
そう言って、その人はぼくの目の前にミルクの入ったお皿を置いた。 熱くはない、あったかいミルク。 あまいあたたかいミルクを、ぼくは夢中になって舐めた。 そうするとどうだろう、身体の中までぽかぽかしてきて。 すごくすごく眠くなって、そのままそこに身体を横たえた。
このミルクは不思議だね。 ぼくの心まで、あったかくなったみたいだ。
※『仔猫物語。』本編とは無関係です。
<陽のあたる場所> その1
気がついたら、ぼくはここにいた。 庭園とかいうとこの茂みの中の、小さな箱に。 ぼくを最初に見つけたのは、お日様みたいにきらきらした髪の男の人だった。 その人は、ぼくを見るとびっくりしたみたいだったけど、少し困ったような顔のままぼくの頭を撫でてくれた。 そして、去り際、心配そうにぼくを見た。
――大丈夫、ついて行ったりしないから。
ぼくがいるとメイワクなんでしょう? わかってるから。 だからぼくは、行かない。
「こっちこっち!」
ぽかぽかしてる午後、ぼくがうとうとと眠りかけたとき、頭の上で声がした。 箱のふちから顔を上げると、金色と茶色と銀色の髪の人がぼくのことを覗いていた。 三人は、ぼくのことを見て何か話していたみたいで、銀色の人が少し怒ってたけど、 でも最後にはその人が折れて話がまとまったみたいだった。 ……一体なんだったんだろう?
そのあと、三人は毎日のようにぼくのとこに来た。 他にも、色んな人がぼくの所に来た。 すごくすごく、楽しかった。
だけど、みんな帰っていく。 帰るところが、みんなにはあるから。
ひとりはさみしくないよ。 けど、誰かが来て、そのあと周りがしーんとなるのは嫌。 そのときだけは、さみしくなるんだ。 だから、どうせどこかへ行っちゃうのなら、最初からぼくの所に来ないでよ。 ぼくはちょっとだけそう思うんだ。
ふわふわ、ふわふわ。 ゆっくり揺れる、ぼくの身体。
――優しい夢を、見たような気がする。
| 2004年04月20日(火) |
君のいる風景6 <ロイ&??> |
面白い奴らに出逢った。 これでもし、私が以前から外に興味を持っていたら、彼らにもっと早く出逢えたのだろうか。 否。 仮定は無意味だ。 私たちは今だからこそこんな風に出逢えたのだと、私は確信する。 例えこれ以前に出逢うことがあったとしても、今のこのときほど面白いものにならなかっただろう、と。
彼らを面白いと感じて、やっと私は本来の自分のペースというものを思い出した。 面白い――そう、面白いのだ、彼らは。
いくら私よりも早くここにいたからといって、他人の家に我が物顔で入りこみ、呼ばれたからといってそ知らぬ顔でやってくる、そんなことが普通であるはずがない。 これは、猫だからと習性のせいばかりにもできないだろう。
それに彼らの関係もそうだ。 一見性格的に合わなそうなのに、どういうわけかここにおいて彼らの関係はしっかりと成り立っているようで。 どちらがどう、というわけではないが、それでも不可思議でいて絶妙なバランスの上に彼らがいるような、そんな気がしてならない。
蒼い猫は、その瞳に常に楽しげな光を宿していて。 白い猫は、物事に無頓着そうでありながらその瞳は確かに強いと感じざるをえない。
彼らに出逢ったことで、私に何か変化があるかと考えるが、それはほとんどないだろうと思う。 私は私だ。 どこにいてどう過ごして、誰に逢おうとも。 けれど、ただ。 ほんの少し前のように、何もせずぼんやりと空を見つめていたずらに時間を過ごすような、そんなことはもうなくなるような気がする。 何気なく流れゆく時間の中であったとしても、見えてくるものはおのずと変わっているはずだ。
新しい明日がそこにあると、今はそう思うことができるから。
| 2004年04月19日(月) |
君のいる風景5 <ロイ&??> |
――ラウ、とは?
私にはそれを問う間もなかった。 ただひとつ云えることは、そのときの私は本当に自分の世界しか知らなかったということだけで。 ここにやってきてから少しは経つというのに、目の前の二匹の存在にすら気づこうとしなかったのだから。
「……何の用だ」 「用なんてないよ。呼びたかったから呼んだ、それだけさ」 「それでは面白い奴、とは?」 「彼だよ」
突然話を振られ、内心どきりとした。 蒼い猫セイランの次にやってきたのは、ラウと呼ばれた白い猫。 私とは正反対の白。 白の中の青は、隣の深い蒼とはまた違った色合いをしていて。 なぜ彼はこんなにも静かな、けれど強い色を持っているのだろう。
「ロイ、だってさ。この家に住んでいるらしい」
セイランは相変わらず楽しげだ。 対するラウは、ただセイランの声に耳を傾けているだけで。
「事情は知らないけど、多分ここに来たのは最近じゃないかな」
……ちょっと待て。 なぜそこまで自信ありげに云い切れるのだ、お前は。 そんな意味を込めた私の視線に気づいたのか、セイランは尻尾を揺らしてやはり楽しげに云う。
「だってそうだろう? ここに住んでいて僕らのことに気づかないなんて、ごく最近に来たか全く外に興味がなかったか、それくらいしか理由にならないよ」
見事に核心を突いてきたセイランは、私の反応を伺うようにしながらもふっとラウを見た。 私もつられるようにラウに目をやり――気づく。
そうか。 そういうことか。
「……あの影は、お前たちだったのか」
数日前、カーテンに映った小さな影。 私と同等の大きさのそれは、きっとこんな風にこの家のベランダに入りこんできたセイランかラウ、どちらかの姿だったのだろう。 彼らがここに来るのは、おそらく示し合わせてのことではなく時折気が向いたときだけのことなのだろう。 だから、いくら待っても運が悪かったためか彼らの影を見ることは叶わず。 そして今日、こうやって運良く彼らに出逢うことができたのだ。
| 2004年04月18日(日) |
君のいる風景4 <ロイ&??> |
「先客が、いたようだね」
私とハボックの家とを交互に見、蒼い猫はやはり楽しげな顔をしていた。 見たことのない深い蒼。 ――もしかして、こいつはかなり珍しいのかもしれない。 そう思いながらも、彼の発言に対し私はひとつ疑問をおぼえた。
「……先客?」
それは私のことだろうか。 だとしたらその表現は間違っている。 ここはハボックの家で私の住む家でもあるのだから、彼の表現は根本から間違っていることになる。 ――むしろお前が侵入者だろう? 私の視線の意味に気づいたのか、蒼い猫は驚いたように首を傾げた。
「違うのかい? ああ、それは失礼。まさかこれ以上同類が増えるなんて思ってもみなかったものだから」 「私と君が? ――同種ではあっても同類ではないだろう」
どこをどう見てもタイプが違う。 私も大概性格が悪いという自覚はあるが、彼のそれはまた違った色を帯びているような、そんな気がした。 単に、私のこれまでの経験によって得た直感だけれど。
「君は、ここの家の?」
この家の猫なのか。 彼の云いたいことはわかる。 が。 私がハボックの飼い猫だと? ……なにをふざけたことを。
「拾われてはやったが奴のものになった覚えはないな」
期待外れの返答だったか、それとも予想外だったのか。 蒼い猫は思わず口をつぐんだようで、私はその反応に少しだけ満足した。 しかし。
「……っは、それはいい」 「は?」 「君の意見には僕も賛成だよ。そうだね、僕らは所有物じゃない。こうして考えて生きているのだから、物扱いは失礼だな」
彼のその後の反応は私の想像した範疇を超えるもので。 今度は私が言葉を失う番だった。 一体何なんだ、こいつは。 ……おや? そういえば、先刻彼はもうひとつ重要なことを云っていなかっただろうか。 私は『同類』という言葉に反応してしまったけれど。 確か――。
「僕の名はセイラン。君は?」 「ロイだ。ロイ・マスタング」 「ふぅん。ロイ、ね……」
セイランは楽しげに云うと視線を私から大きくずらした。 私の後ろの、もっと後ろを見るように。 そうして。
「ラウ!」
……この向こうに、誰かいる?
「ラウ、いるんだろう? 来てごらんよ、面白い奴がいるよ!」
その名を、私は知らない。
| 2004年04月17日(土) |
君のいる風景3 <ロイ&??> |
初めて出たベランダは、思ったよりも広かったようだ。 そもそも世にいうベランダがどれほどのものなのか、一般的なことは知らないけれど、私から見ればそこそこ広いように感じる。 ……あのばかでかいハボックを基準に見れば手狭なような気もするが。
ベランダには、隣の家とこの家を隔てるためか両端に仕切りあがる。 おそらく水通しをよくするためだろう、下のほうにはいくらか隙間があった。 ベランダにはまた外に出られないよう壁があった。 壁は下側と上の一部がくり抜かれているような形で、その下の方からは外の風景が見える。 直接外を見るのは久し振りか。 この家に来てから、ほとんど窓越しにしか外の風景を見た覚えがない。 というより、外に興味がほとんどなかったのもあるのだろう。 今まで、外に出たいと思ったことはほとんどない。 自由でいたいと考えたことがないわけでもないが、だからといって一時的な好奇心以外で外での自由を望んだことはなかった。
さてあの影は一体何だったのだろう。 最初の疑問を思い出し、私はベランダを見回した。 このベランダには、影になるようなものはない。 外からの侵入者だろうかと考えるが、やはりこの位置だと鳥くらいしかここには入れないだろうと思う。 ふむ、ともう一度見回し、私は隣家との仕切りに目を向けた。 この仕切りならばどうだろう。 けれど、この隙間では大抵の生き物は通り抜けできないだろうと考え直した。
そう、このとき私はすっかり見落としていたのだ。 大抵の生き物は無理であっても、自分と同程度の大きさであればそこをくぐることは可能だということに気づいていながら。 ――自分と同程度の大きさの生き物が、他の家にもいるという可能性を、なぜか意識から外してしまっていたことに。
「……おや?」
ふいに後ろの方から声が聞こえ、私は驚いて振り返った。 そこにいたのは、蒼い猫。 私と同じほどの大きさの猫は、私の姿を物珍しそうに眺め、蒼い瞳をくるりと楽しげに光らせていた。
| 2004年04月16日(金) |
君のいる風景2 <ロイ&??> |
――あれは一体何だったのだろう?
あれを見てからもう数日ほどが経ち、その間ことあるごとに窓に目を向けていたが、再びあれを見ることはなかった。 今日もまた私は窓のほうに身体を向けてぼんやりとしていた。
『……さ、大佐』
ハボックの声と共に身体にかかる衝撃……というか、重み。 気づけば私の身体は元いた位置より少しだけ移動しており、それによって私は自分がハボックに何をされたかがわかった。 蹴ったのだ、奴は。この私を。 いや、蹴ったというより足で押したというべきか。 どちらにしろ、この私を足蹴にするとは何たることか。 ――ハボックの分際で。
『わ、あたたたた、痛いっスよ大佐!』
当然だ。 力の限り爪を立てているのだから。
『ちょ、マジ痛っ、マジ勘弁してくださいって』
ふいに私の身体が宙に浮く。 流石に蹴り上げはしなかったなどと関心しながら、私は目の前にきたハボックの顔を睨みつけた。 ハボックが小さくため息をつく。
『……アンタ、そんなに外見たいんスか?』
どうやらハボックは、私が最近窓の方ばかり見ているのを奴なりに気にしていたらしい。
わけがわからない、といった風に首を傾げたものの、奴は私を持ち上げたまま窓に向かうと、少しだけ窓を開けその前に私を降ろした。
『出たいなら出てていいですけど、落ちないように気をつけてくださいよ? 落ちても俺、探しに行きませんからね』
私がそう間抜けなことをするわけがなかろう、馬鹿者。 窓は、私がやっと通れるほどにしか空けられていなかった。 それでも十分に通り抜け可能なのは私が猫だからだろうとこのときばかりはしみじみ思う。 ベランダへと出た私に、部屋の中からハボックが声をかけた。
『あー俺、ちょっと買い物行ってきますね』
わざわざ反応するよりも、私は初めて出たベランダの隅々まで眺めるのに夢中だった。 玄関の扉がゆっくりと閉まる音を、私は遠くに聞いていた気がする。
| 2004年04月15日(木) |
君のいる風景 <ロイ&??> |
……暇だ。 家主のハボックが仕事に出かけると、この家にいるのは私だけになる。 それはそれで別に構わないのだ。 元々何かに束縛されたり始終干渉されたりするのは好きじゃない。 だから、今のこの現状はむしろとても好ましいことであって。 そう、好ましい――はずなのに。 ときおり、やはり少しだけ物足りなさを感じてしまうのは、無意識に以前のあの場所とこことを比べてしまうからだろうか。
床にはハボックが同僚からもらってきたという遊び道具が転がっていた。 整頓されているというよりも物の少ない部屋であったが、私が来てから何かと物が増えるようになったと、そういえば以前ハボックがぼやいていた気がする。 足先で遊び道具を軽くつついて、私は床に寝そべった。 そしてぼんやりと窓を見る。 ハボックは家を出る際、必ずカーテンを閉めていく。 とはいっても、閉めるのは2枚あるうちの薄い方で、それがあったところで向こうの様子がよく見えないだけで光は入ってくるので生活に支障はない。 外の風景の変化によって、窓から差し込む光の加減も変わる。 それを見るのが好きだった。 暇なときはこんな風に寝転がって窓の外を見ているに限る。 うとうとしているだけで、勝手に時間が過ぎてくれるから。
そうしてどれくらい時間が経ったろうか。 ふいに。 ひょっこりと。 何かの影が、現れ、消えた。
それは一瞬の出来事だったのだろう。 私はすぐに身を起こして窓をまじまじと見つめたが、もうそこに影が映ることはなかった。
――なんだ。 なんだ、今のは。
鳥ならば上から下、または下から上、でなければ窓の中央くらいに影ができる。 人間ならば、もっと大きな影になる。 今見えたものは私の視線上、つまり窓の一番下のあたりにあって、むしろ大きさとしては私に近いのではないのだろうかと思えるもので。 また映らないだろうかとしばらくカーテンを見つめていたが、もうそこに何かが映ることはなかった。
試しに、気配をうかがいながらカーテンの向こう側を覗いてみたが、そこにはがらんとしたベランダの、コンクリートの床が広がっているだけだった。
| 2004年04月13日(火) |
君に会いたい6 <続・君がいるから> |
「……それで?」
抑えるようなムウさんの声に、アスランくんはゆっくりと顔を上げました。
「その大切な猫を、父親に代わって取り戻しにきたって云うのか?」 「フラガさん……」 「確かに俺は、元の飼い主にこいつを返さなかったさ。けどな、それでも俺は、俺たちは――!」
「違いますよ」
きっぱりと云いきったアスランくんの言葉に、ムウさんは目を丸くしました。
「違います、そんなことじゃない」 「じゃあ、どういう……」 「俺、ラウに触れるのは今日が初めてなんです」 「は?」
突然変わった話題にムウさんは思わず顔をしかめました。 アスランくんはラウの白い毛に指を絡ませるように、愛おしそうにラウを撫でていました。
「前の子には何度か触れることができたんですが、どうもラウは本当に父のお気に入りだったらしく……。世話は大抵父の秘書がやっていたようで、俺はごくたまに、父の部屋の扉越しや庭から父の部屋を見たときに、かろうじて見かけることがあるくらいだったんです」
ラウを初めて見たときのことを、アスランくんは未だにはっきりと覚えています。 真っ白な小さなものでしかないのに、なぜかこちらを惹きつけてやまず。 見えなくなる瞬間に現れた青い瞳はただ真っ直ぐで、これが本当に仔猫なのだろうかと思わずにはいられませんでした。
「ずっと、ラウに触れてみたかった。けれど触れることもままならないうちに、ラウは家から姿を消していて……」
ラウが消えたという話を聞いたあと、少しだけ沈んでいるような父の姿を目にしたのはまだ記憶に新しいことです。 けれど、とアスランくんは思います。
「――それで思ったんです。父はもう、解放されなければならない、と」
母のことを忘れろなどと、そんなことはアスランくんには云えません。 けれど、いつまでも悲しみに浸っていては何の解決にもならない、そんな気がするのです。 くるりとラウの頭を撫で、何気なく手を差し出すとラウの前足が手のひらに乗りました。 そのままひょいっと持ち上げると、いとも簡単にラウはアスランくんの腕の中に収まっていました。 その様子にムウさんは少しだけかちんときましたが、アスランくんのなんとも嬉しそうな様子に何もいえなくなってしまいました。
「俺の勝手な考えですが、こうなってよかったんだと思います。ラウもなんだか、うちにいた頃よりもずっと生き生きしてるようだし」
腕の中のラウがふいに顔を上げてアスランくんを見上げます。 アスランくんが頭と喉とを撫でてやると、ラウは気持ち良さそうに目を閉じました。
「ラウを、お願いします」
そうしてアスランくんはムウさんを見つめると、腕の中のラウをムウさんの腕に滑りこませました。 こちらに来たラウを落さないよう慌てて体勢を整えるムウさんに、アスランくんはくすりと笑いました。
「もうひとつ、頼みたいことがあるんですが」 「ん?」
ひょっこりと横から顔を覗かせてたキラくんが珍しげにラウに触れており、ムウさんは腕の中で大人しく撫でられているラウを、アスランくんは彼らのそんな様子を見つめていました。
「――また、ラウに会いに来てもいいですか?」
ふわり、とラウの尻尾が揺れました。 思いがけない、けれどある意味予想通りの言葉に、ムウさんは腕の中のぬくもりを抱きしめたまま微笑みました。
「もちろん」
これは、ラウがムウさんの家に来てからしばらくたった、あるあたたかな日のお話――。
| 2004年04月12日(月) |
君に会いたい5 <続・君がいるから> |
「やっと……?」
思わぬ言葉にムウさんが顔をしかめると、アスランくんは小さく頷きました。 そしてはっきりと云います。
「ラウは、父の猫です」 「――っ!」 「ラウが『ラウ』であるというのなら、間違いありません」
ラウは父の――パトリック・ザラの猫です。 確かめるように呟き、アスランくんはラウの前で膝をつきました。 覗きこむように顔を傾け、手を差し伸べるとラウは目の前の手に少しだけ顔をすり寄せました。
「お前、まさか――」
戸惑うムウさんの声が聞こえているのかいないのか、ラウの首元を撫でながらアスランくんはぽつりと零しました。
「まさかこんな日が来るなんて……」 「アスラン?」
心配したようなキラくんの声に、アスランくんは少し振り返って笑ってみせました。 そして手の中にラウのぬくもりを感じたまま、ムウさんを見つめます。
「俺の母は、数年前に死にました」 「……え?」 「父は以前から自分にも他人にも厳しい人で、そんな父が唯一気の許せる場所は、母の前だけでした」
幼いある日のこと、小さなアスランくんは見たのです。 いつでも厳しかった父が、母と2人きりでいるときはいつもより少しだけ表情が穏やかで、見たことのない柔らかな笑みすら浮かべていたことを。 それは、物心ついてからずっと厳格な父の姿しか見たことのないアスランくんにとってはとても衝撃的なことでした。
「母が死んでも、父は何も変わりませんでした。――いえ、変わっていないように見えました」
迅速に的確に葬儀と墓の手配をする父は、それがまるで仕事のひとつと変わらぬものであるかのように見えたのでしょう。 最愛の妻を失ったというのにどういう神経をしている、といった類の心無い陰口を叩くものは少なからずいたのです。
「けれど、俺には父が以前にも増して張り詰めていたように見えたんです。だから、少しでも気休めになればと、ペットを飼うことを勧めたんです」
仕事と関わりのない子供の進言などに耳を貸すことのなかった人間があっさりそれを受け入れ実行していたところをみると、やはり本人にも多少の自覚はあったのでしょう。 数日後、父の秘書が猫を連れてザラ邸を訪れたときは、アスランくんも大層驚いたものです。
「……父は、飼い始めた猫をとても可愛がっていました。母に対するのと同じように優しく触れていて――俺にすら、触れることを許さないほどに」 「その猫が、ラウ?」
キラくんの疑問に、アスランくんは首を横に振りました。
「いや……その猫は死んだよ、1ヶ月前。そして、次に父が選んだ猫が、このラウだったんです」
| 2004年04月11日(日) |
君に会いたい4 <続・君がいるから> |
「あれ? 何やってんだ、お前たち。来てたなら声かけてくれりゃ良かったのに」
家の前で話していた声が聞こえていたのでしょうか、ランディくんが去ってすぐ、ムウさんが玄関から顔を覗かせました。
「すいません。さっきまで、ランディさんって方と話してたんです」 「ああ、ランディか。なるほどな。――ま、立ち話もなんだから入れよ」
ムウさんの後についてキラくんとアスランくんは部屋に上がりました。 玄関から中の様子をまじまじと眺めるキラくんに、ムウさんは不思議そうな顔をします。
「どうした、坊主?」 「いえ……案外綺麗なんだなぁって」 「お前、なんか変なこと期待してたんじゃないだろうな?」 「き、期待なんてしてませんよ! ただ、男の人の1人暮らしってどうなのかなって思ってただけで……っ」 「ま、わからないではないがな。あいにくと俺は綺麗好きでな、ほんの少し整理するだけで人が招けるほどにはちゃんとしてるぜ?」
茶化しあうような会話をしながら部屋に足を踏み入れたキラくんが、真っ先に見たものは白く小さなものでした。 突然の来訪者に驚いた様子もなく、じっとこちらを見つめてくる青い瞳。 真っ直ぐなそれに思わず言葉を途切れさせてしまったキラくんに、ムウさんは満足げに微笑みました。
「ムウさん、この子が……」 「ああ、ラウだ。可愛いだろ?」
すると、それまで黙っていたアスランくんが、急に一歩踏み出しました。 ラウの姿をみとめ、足を止めるとラウから視線を外さないままぽつりと呟きました。
「本当に、『ラウ』、なんですか……?」
予想外の言葉に、ムウさんは眉をひそめながらも近くの棚に置いてあったから赤い首輪を取り上げました。
「ああ、これがついてたからな。わかりにくいけど、読めるだろ? 『RAWW』って」
ラウの名が彫ってあるプレートを見せながらアスランくんに首輪を渡すと、アスランくんはそれをじっと見つめてからまたラウを見ました。
「本当だ……本当に……」
アスランくんは胸元で首輪をぎゅっと握りしめました。 相変わらず静かなままのラウの尻尾がぱたりと揺れました。
「ラウ――やっと会えた」
| 2004年04月10日(土) |
君に会いたい3 <続・君がいるから> |
「――ということなんですけど、いいでしょうか?」 「別に構わないっちゃ構わないが……」
うーん、とムウさんは首を傾げました。 キラくんからのお願いは決して難しいことではなかったのですが、なぜそれをムウさんに頼むのか、その理由が全くわからないのです。
「しっかし、わざわざお前さんを経由してまでそんなこと頼むなんて、なんでかねぇ」 「すいません……。アスラン、僕にも理由を教えてくれないんです」
その頼みをアスランくんから聞いたときはキラくんも驚いたのです。 けれどいくら理由を聞いても、アスランくんは困ったような悲しそうな顔をするだけで教えてくれませんでした。
そんな風に、それぞれが適度に悩み始めて数日たったときのこと。 キラくんとアスランくんは、約束どおりムウさんの部屋の前まで来ていました。 玄関のチャイムを押そうとキラくんが手を上げ、けれどつい戸惑ってしまって一度手を下ろしたとき、明るい声がアパートの廊下に響きました。
「あれ、どうかしたんですか?」
そこにいたのは、キラくんたちより少し年上の男の子――ランディくんでした。 突然声をかけられ驚いたキラくんたちでしたが、ランディくんの満面の笑みにつられるように少し笑いました。
「いえあの、こちらの家の方にちょっと用事があって」
キラくんがムウさんの家の扉を指差すと、ランディくんは納得いったようにうんうんと頷きました。
「フラガさんのお友達ですか? オレ、ここの一番奥に住むランディっていいます」 「友達というか……まあ、そんな感じですね。僕はキラ、こっちはアスランです」
ランディくんはムウさんの家の扉を見上げました。
「フラガさんなら、今多分ラウさんと遊んでるんじゃないかな。家にはいるはずですよ」 「ありがとうございます」
素直に頷くキラくんとは対照的に、アスランくんはランディくんの発したひとつの言葉に反応していました。
「ラウ……?」 「ええ、ラウさんはフラガさんの家の猫なんです。真っ白ですごく綺麗で、あんまり人に懐かないけど、いい子ですよ」
ランディくんが人好きのする顔でにこりと笑うと、アスランくんは少しだけ困ったように笑って返しました。
| 2004年04月09日(金) |
君に会いたい2 <続・君がいるから> |
突然の声にキラくんが顔を上げると、ちょうど彼らのいたテーブルの横に立っていたのはキラくんと同い年くらいの少年でした。
「アスラン……アスラン・ザラ?」
その名前に、ムウさんがふと首を傾げました。
「アスラン・ザラ……ザラってもしかして君、パトリック・ザラの息子の?」 「あ、はい」 「あーそうかそうか、君が噂の新人のエースくんか。なるほどね」
ムウさんの言葉に、今度はキラくんが首を傾げました。
「フラガさん、アスランを知っているんですか?」 「知ってるも何も、こっちじゃ有名人だよ、彼は。幹部の息子で、今年入隊したばかりだってのに技術はプロレベルってな」
そういうお前たちはどうなんだ、とさらに重ねて尋ねるムウさんに、キラくんは迷ったようにアスランくんを見上げ、アスランくんと少しだけ頷きあいました。
「僕たち、幼なじみなんです。小さい頃に家が隣同士で、アスランが引っ越すまでは、ずっと一緒にいたんです」 「じゃあ、お互いに今は軍人だってのは知らなかったのか?」 「ええ……まさかアスランが軍に入るなんて、思ってもみませんでした」 「それはこちらの台詞だ、キラ。お前がこんなところにいるなんて、俺だって思ってなかったさ」
しばしキラくんとアスランくんを面白そうに眺めていたムウさんでしたが、ふいに時計を見上げて慌てて立ち上がりました。
「俺、時間だからもう行くわ。積もる話もあるだろうしな。ごゆっくり」 「あ、はい。すいません」
せわしなく去っていったムウさんと入れ違いに、キラくんの正面の席にアスランくんは座りました。 さっきまでとは少し違う真剣な顔に、キラくんは驚いてアスランくんを見つめてしまいます。
「キラ……さっきの、あの人との話なんだけど……」 「え?」 「猫がどうっていう……」
いつもはっきりと話すアスランくんが、今日は妙に歯切れの悪い物言いをしていてキラくんはおや、と思いました。
「猫? ああ、フラガさんが飼ってる猫のこと?」 「それ、どういう猫だって?」 「真っ白い毛で青い瞳だって云ってたけど」 「――キラ」
アスランくんの思いがけず真剣な瞳に、キラくんは少し驚きました。
「ちょっと、頼みたいことがあるんだ」
| 2004年04月08日(木) |
君に会いたい <続・君がいるから> |
「それでなー、部屋に戻ってみたら、なんと今まで姿を消してたラウがベランダにいてだな――」 「……フラガさん、それもう10回くらい聞きました」 「ん? そうだったか?」
全く悪びれないムウさんに、キラくんは思わず深々と溜息をついてしまいました。
ラウがムウさんの元に残ると決まってから数週間後。 ……ムウさんは、正真正銘の猫バカ(親バカとも云うのでしょうか)になっておりました。 猫バカというよりもむしろバカ飼い主だろう、とキラくんは思いましたが、もちろんあえて口にはしません。 ムウさんとラウが離れずにすんだことを、最初こそは一緒になって喜んでいたキラくんでしたが、会うたびに飼い猫の自慢話・惚気話をするムウさんには流石に閉口してしまいます。
「じゃあ、これは話したか? あたたかい日のことだ、ベランダに出たラウを追って俺が――」
やはり喜々として語り続けるムウさんに、キラくんは諦めたように肩を落しました。 毎回猫の話ばかりされるのはなんですが、実のところキラくんにとってはそれほど嫌なことではないのです。 あの頃、ラウの飼い主が現れたときやそれ以前のムウさんを思えば、今のこの状況はかえって良いことだと思うからです。 いつでも明るく、誰にでも分け隔てなく接するムウさんでしたが、キラくんから見るといつもどこか自分以外の存在に線引きをしているような気がしてならなかったのです。 だから、誰かに本気で夢中になれるのならば、それはきっととても良いことだと思うのです。 思うのです、が。
(ちょっとこれはいきすぎかなぁ……)
これではまるで、幼い愛娘を溺愛してやまない父親のようです。 今にもラウの写真を取りだしかねないムウさんに、キラくんはやはり少しだけ溜息をついてしまいます。 ふと時計を見上げて、キラくんは気づきました。 そろそろムウさんの休憩時間が終わろうという時間でした。 この辺りで話を止めないと、きっとムウさんは延々とラウの話を続けるだろうことは経験上わかりきっています。 できるだけさり気なく話を変えなければとキラくんが口を開いたそのときでした。
「キラ? ――キラ・ヤマト?」
| 2004年04月07日(水) |
タイムテーブル(仮) |
というわけで、どうも最近あれこれ複雑になっているようなので、この辺で一度時間の流れを整理しようと思います。 とりあえず現在までに出ていることがらのみを並べております。 <>内のタイトルは主な該当箇所となります。
・ランディ、オスカーからセイランを預かる。 <出会い@ランディ、君の名は@ランディ、 君に出会うまで@セイラン>
・ラウ、どこぞから外の世界へ。 <君に出会うまで@ラウ> ・ムウ、ラウを見つける。 <出会い@ムウ、君の名は@ムウ>
・ラウの飼い主現る。 <君がいるから> ・セイラン、ラウと出会う。 <窓辺の君と>
・ロイ、捨てられる。 <君に出会うまで@ロイ> ・ハボック、ロイを拾う。 <出会い@ハボック、君の名は@ハボック>
……というわけで、ざっと流れを書いてみましたがいかがでしょうか? まだまだ穴埋めができる部分は多々ありますが、それらはおいおい書いていくと思われますので、どうぞあたたかい目で見守ってやってください。 もしかしたら、せっついた方が早く書くかもしれませんけれど。
| 2004年04月06日(火) |
窓辺の君と4 <セイ&?> |
僕らがここにいるのに、きっと意味なんてものはない。 だって全ては僕ら以外の誰かに定められたことで、僕らは飼われている以上それに従うしかないのだ。 あたたかい部屋とたっぷりのミルクを失いたくないのなら。 だからこそ。
「結局は、そういったことは自分で決めるべきことだと思う」 「……」
どういうことだ、と目で訴えかけられているような気がした。 気になるなら聞けばいいのに、と思ったけれど、なんだかそんなところも彼らしいなどと思ってしまっていた。
「だから、それを決めるんだよ」
ラウの横をすり抜けて、僕はベランダの端へと向かった。 外に近付くほどによく見える風景。 いつ見ても変わらない、けれど、いつも全く違うもの。
「僕は、僕でいられるのならどこだっていい。今の生活は今までのものと比べれば多少質は落ちるけれど、退屈しない分だけ面白いと思う。だから僕はここにいるし、僕の家はここなんだ」
君はどう? 言外にそんな想いを漂わせながら、僕は外を見ていた。 眼下を、見慣れない黒い車が駆け抜けていく。 見たことのない滑らかな車体。 こういう車は見たことがある。確かものすごく高いのだとか。 かり、とコンクリートの床を引っかくような音がした。 振り返ってみると、ラウがこちらに背を向けたところで。
「……ラウ?」
一度立ち止まったけれど、彼はもう振り返ることはなかった。 やけにあっさりとしたラストシーンに、僕は呆気にとられてしまったけれど、彼の姿が隣の家のベランダに消える前にはっと我に返った。
「――またね」
云い終わったとき、ちょうどラウの尻尾が向こう側にするりと消えた。
予感がする。 これから、きっと今よりもう少しだけ興味深く面白い日々がやってくる。 そんな、確信にも似たほのかな予感。
| 2004年04月05日(月) |
窓辺の君と3 <セイ&?> |
ラウと呼ばれた彼はやっぱり答えない。 けれど、彼の名が「ラウ」だというのは間違いないだろう、そう思った。 違うことなら違うとはっきり云うタイプに思えたから。 ……どうでもいいことなら完全無視、なんてことも軽くやってのけてそうだけど。
「お前の家は、そこか?」
突然の問いに、おや、と思ったけれど彼――ラウは相変わらず外の風景を眺めていて。 質問の意図が全く読めない。 別に構わないけれど。
「そうだね、僕の家はあそこだ。それはもう決まってしまったことだし、今さらそれを覆す気もなければ逃げる気もないよ」 「諦めたということか」 「諦め? ……ちょっと違うかな。そりゃあ確かに、今の主人を選んだのは僕ではないけれど、僕が僕らしく生きる場所を与えられている、僕にはそれだけで充分だ」
ラウはまた少し尻尾を揺らした。
「君は違うのかい?」
真っ直ぐでとても綺麗な猫。 汚れがついたことなど今までなかったかのように真っ白な毛皮は頻繁に身体を洗ってもらっている証拠だろう。 さらにしっかりとブラッシングまでしてあるところをみると、余程可愛がられているのだろことが容易に想像できて。 ブラッシングのブの字も知らないうちの主人とは大違いだ。 そんな彼が、どうしてそんなことを気にするのだろうか。
「……そうでありたいと望んだわけではない」
ああ、と僕は思った。 そういう感覚は、僕にも覚えがある。
「――なるほど」
意地が悪そうにわざとらしく呟くと、気に触ったのかラウはぴくりと耳を揺らす。 やっとこちらを向いた青に、僕は少しだけ満足した。
「確かに僕らは、野良でない以上は誰かに飼われていることになる。 どんな人間であれ、僕らは飼い主を選ぶことはできない。それは当然だ」
そう、僕の今までの経験からだって断言できる。 いつだって僕らは人間の勝手で主人を住処を生活を変えられてしまう。 望んでも、望まなくても。 ――けれど。
「けど、本当にそうかな」
| 2004年04月04日(日) |
窓辺の君と2 <セイ&?> |
それは僕と同じ猫だったようだ。 見たことのない顔だな、と思ったけれど、よくよく考えてみれば当然のことだ。 僕はここに来てから、ランディ以外の誰かに会ったことがない。 真っ白な猫は、僕のことをじっと見ていた。 僕もそのまま見返していたから、なぜか僕らは自然と見つめ合っていて。 こういうのも面白いかもしれないと思い始めたとき、彼はふいっと部屋の中に目を向けた。
「ここはお前の家か?」 「いや、僕の家はこの隣さ」
彼はそれ以上に関心を持たなかったようで、今度はベランダの外へ視線を移す。 まっさらな空、立ち並ぶ家々、所々に見える緑、道を歩く人。 そんなものを見ているのだろうか。 そういえば僕も、初めてこのベランダに出たときはそうやって色々なものを見ていたことを思いだした。
「僕の名はセイラン。――君は?」
ふと問うてみたけれど、彼は聞いていないのか聞かなかったふりをしているのか、外の風景を見るばかりでこちらに意識を向けようともしない。 そういうのは嫌いじゃないけど。 今は少し、面白くない。 僕は彼にかなりの興味が沸いた。
僕は彼を見ていた。 彼は外を見ていた。
どれだけの間、そうしていたか知れない。 いつだって何かに熱中していると時間を忘れるから、今さら気にはならないけれど。 けれど、それほど長い時間ではなかったような気がする。
どこからか窓を開く音が聞こえ、僕はびくりとした。 振り返ったけれど、このベランダの窓は開いていない。 ランディはまだ帰宅時間ではないはずだし、だとしたら、このさらに隣の家だろうか。
『ラウ?』
僕の予想は当たっていた。 隣の家から聞こえる、困ったような声。
『ラウ、ラーウ』
おそらくは大人の男だろう。 ランディよりも低い声から僕はそう判断した。 僕の目の前の白猫は、けれどやはり無反応で。
『……ったく、どこ行ったんだあいつ』
そう呟いて、声の主は窓を閉めたようだった。 僕の前には、白い猫が何も云わずに佇んでいて。
「ねぇ」
彼の白い尻尾がぴくりと揺れた。
「君が、ラウ?」
| 2004年04月03日(土) |
窓辺の君と <セイ&?> |
僕の朝は、ばたばたと騒がしい足音から始まる。 もちろん僕の足音なんかじゃない。 家主であるランディが、朝早くから学校へ行く準備をしているだけだ。 ブカツのために彼はいつもとても早く起きる。 別にそれ自体は構わない。 けれど、どうして朝起きてご飯を食べて身支度を整えるだけなのにあんなにうるさいのだろうと思ってしまうのは仕方ないことだと思う。 本人は静かにしようと心がけているようだけど、下手に気を使うせいで、移動するときに限って無意識にたててしまう足音がさらに大きく聞こえるということに気づいていないのだろうか。 だから大抵、僕はランディが起きたすぐあとには目が覚めているのだけど、やっぱり眠いから彼が出かける直前に僕に声をかけるまではうとうととしている。
「それじゃあセイランさん。行ってきますね」
返事の代わりにしっぽを揺らす。 ランディが家を出て、やっと家の中が静かになった頃に僕はゆっくりと起きだした。 キッチンには、多めのミルクが入ったお皿と、エサの入ったお皿が何枚か。 僕がどれを食べたくなるかわからないから、いくつかのお皿に入ったエサは全て別の種類だ。 今までの主人のように、僕が食べるところに居合わせることがないためにこういった処置をとっているのだけど、彼にしては良い考えだと思う。
いつものように部屋の中で気になるものに触れたりぼんやりしたりして時間を過ごしていたけれど、昼が近くなってなんとなく暇になった。 だから僕は、外に出てみることにした。 ランディは家を出るときは必ず窓を僕がやっと通れるくらいの隙間分開けていく。 その窓からベランダに出て、外の風景を見るのが好きだ。 部屋の中からも空は見えるけれど、もっと下にあるものは見えないから。 かといって、別に下に降りたいわけじゃないんだ。 降りようにも、ここからじゃ足場がないから降りられないし、それに僕の家は――ここだから。
大抵はこの家のベランダから外を見ているけれど、最近の僕にはもうひとつの楽しみ方がある。 隣の家とこの家のベランダを区切っている仕切りの下の部分、そこを通って隣に侵入することだ。 隣室に住む人間も、ランディと同様に昼間は出かけているので、ベランダに少しお邪魔したくらいでは誰も気づかない。 いつも薄いカーテンがかけられたままだから部屋の中はよく見えないけれど、それなりにきちんと整理されているらしいことはわかる。 几帳面な性格の住民なのかもしれない。 そんなことを考えながら、人様のベランダでのんびりとしていたから、いつの間にか現れたそれに気づくのに数秒ほど遅れてしまったようだった。
僕の住む家の隣のさらに隣の部屋のベランダ、仕切りの下の部分からひょっこりと覗いている白。 白の中にある、ふたつの青。
思わず、綺麗だな、と思ってしまったけれど、あえて口に出すことはしなかった。
「……やあ」
こっちを見ているようだったのでなんとなく軽い言葉を返してみたら、無言でこちらにするりと抜けてきたのは全身真っ白な猫だった。
| 2004年04月01日(木) |
君と一緒に <ハボロイ> |
「ただいまー」
玄関から響く間延びしたハボックさんの声を聞きつけたロイが妙に軽い足取りで玄関までやってくるのを見て、ハボックさんは小さく溜息をつきました。 いつもは、食事のときや暇なとき以外は呼んでも振り返らないようなロイが、帰宅したハボックさんの元に自発的にやってくるようになったのはごく最近のことです。
「あーちょっと待ってくださいねー」
そうしてがさごそとバッグを漁ったハボックさんが取り出したのは、猫用のオモチャのボールでした。 ハボックさんがまあるいボールをぽんっと放ると、ロイは夢中になってそれに飛びつきました。 まるでつい今までそこにいたハボックさんなど目に入っていないかのように、ロイはただボールだけを追っていました。
ロイを拾ってから、職場の色々な人に声をかけて飼い主になってくれる人を探していたハボックさんでしたが、思ったように飼い主候補は見つかりませんでした。 それよりも、なぜかハボックさんが猫を飼いだしたいう事実が先走って定着しつつあるようで。 ハボックさんは散々否定したのですが、妙に気のいい職場の仲間たちは、猫の飼い方を伝授してくれたり猫にいいエサを教えてくれたり猫のためのオモチャをわざわざくれたりと、ハボックさんと猫のために色々してくれていました。 今日、ハボックさんが持ち帰ったオモチャもそのひとつです。
『少尉、よかったらこれ使いませんかね?』 『……なんだコレ。ボール?』 『猫用のオモチャです。前に飼ってた猫のために買ったんですけど、今はもう使ってないんで』 『あのさ、何度も云うけどウチの猫は俺のじゃなくてだな――』 『え、よかったじゃないですかハボック少尉。きっと猫も喜びますよ』 『だっからそうじゃなくて……!』
結局、押しつけられるようにそれを受け取ってしまったハボックさんでした。 人からもらったものを捨てられるようなタイプではないので、もらったボールはそのまま持ち帰ってロイのオモチャとになったのです。
このように、ハボックさんのロイの飼い主探しは思うようにいかず、ロイはロイで勝手に生活に馴染んでいるようで。 ふと、そういえば隣の家の住人が以前に迷い猫の飼い主を探していたことをハボックさんは思い出しました。 貼られていたポスターが数日後には剥がされていたので、おそらくは飼い主が見つかったのでしょう。 ウチなんてこんなんだもんなぁ、とハボックさんは、新しいオモチャに夢中になってじゃれついているロイを横目に溜息をつきました。
こんな風に、相も変わらず1人と1匹は生活を続けているようです。
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