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2005年07月31日(日)  ブラスト!
夏と言えば、「Blast!(click!)」ということで、今年もまたまた観て来ました。

やー、すごい面白いね。
何回見ても、飽きないです。
ブラストとは、その名の通り、ブラス(金管楽器とパーカッション中心の)音楽です。
ロックが好きな人も、ポップスが好きな人も、果てはダンスとかに興味がある人でも、そしてクラシック好きな人でも、楽しめるパフォーマンスじゃないかと思います。
とくに、ブラスをやってた人には、ぜひぜひ観て貰いたい。

ま、でも、やっぱりクラシックの奏法とはやっぱり違うんだよね。
あくまでも技術と迫力でパフォーマンスを魅せるものなので、完璧な「音楽」ではないのかなぁと、ちょっと偉そうに思ったりもした。マーチングの動きをしながら楽器を吹かなきゃいけないしね、そうするとやっぱり音を外したりもするしね。
今回見て思ったのは、上手い人とそうでない人の差が激しいのが気になったりした。
ま、いいけど。
トータル的に迫力があって、面白かったので、それでよし。

今年で日本に来たのは3回目なのだけど、もう今年でブラストは終わりらしいですよ。来年からは、ブラストが進化した?別のパフォーマンスで(次回は木管楽器が中心らしいよ)来日するかも、らしいです。

まだまだチケットはあるらしいので、観たい人は早く観にいってねー。

ちなみに、下の写真は、休憩時間にパーカッションのプレイヤー達がロビーで演奏している模様を写メで撮ったものですが、さっぱり何がナンだかわからない写真になってしまいました。



2005年07月30日(土)  臭覚
なんだか最近、においに敏感になってきた。

すれ違う人の汗のにおいとか、その人独特のにおいだとか、そういうのにすごく敏感に反応するようになってきて、そして受け付けなくなってきた。

このファイルのここ、こういう書き方でいいですか、と上司に聞いたら、私の肩越しに私のPCの画面をのぞく上司の近づいたにおいが、すごく耐えられなかった。
雑誌を買ってペラペラとページをめくったら、新しい紙の匂いがして深呼吸した。

においは大切な要素だ。
いいにおいのものは、好きになる。
嫌なにおいのものは、嫌いになる。
最近、そのにおいを敏感に感じるようになってきた。

シャワーを浴びようと思い、髪の毛を梳かしていたら、ふと何かの匂いが鼻先を横切った。私の使う香水の匂いだった。今日は、香水などつけていないのに、なぜだか香った。たぶん、その櫛ににおいがついているのだろう。

すごく大嫌いな男の人がいる。
以前は好きだったけど、今は大嫌いだ。
その人が使っていた香水が、街中で香るとき、ときには他の誰かから香ってくるとき、私はすごく嫌な気分になる。嫌悪感が溢れてくる。
街中で息を止め、その香水を好んで使う他人を避けたくなる。


においは、感情もさえ、支配するのだ。
2005年07月29日(金)  うぃー
テレビはBGMだ。


最近、仕事帰りにコンビニに行ったら、アルコールを飲みたくなる。
夏だからかしら。
ビールはあまり飲めないのだけど、夏だし、ってことで、ビールが陳列されている棚の前でどれを買おうか悩んでみる。

だけど、たぶん、3口くらい飲んで「もういい」と言いそうなので、氷結くらいにしたった。

ひとりでお酒を飲むときっていうのは、どうして誰かと飲んでるときよりも酔い方が違うのでしょうか。すごく不思議。長年の謎。たぶん一生のテーマ。

半分くらい飲んだところで、ぐらんぐらんと世界は揺れています。
アルコールには、そんなに弱くないはずなのに。
うぃーっとか言いながら、鼻歌うたってシャワー浴びて即眠れます。

どうしてどうしてどうして、ひとりで家飲みしていると、すぐ酔っ払ってしまえるのですか。
2005年07月28日(木)  明治製菓



最近、コレにはまっているのだ。
あとは、レモン味とかもある。

口に入れて、どこまで割らずに溶かして口の中に入れていられるか、というどうでもいいことに必死。
2005年07月27日(水)  痛いのー!
出張から飛行機で帰ってきて、池袋行きの羽田リムジンバスに乗っていた。

平日なので、あまり乗客もなかったけれど、夏休みの生なのかどうなのか、二組の親子が乗っていた。両方とも、父親・母親と息子(兄)・娘(妹)、ともに保育園に入るか入らないかくらいの年齢だと思う。

私が、キレそうになったのは、その子供がずーっと喋りっぱなしだったことである。

子「ねえー、ママー、見て見てー、コレ見てー」
母「……」
子「ねぇー!!」
と、母親が相手をしてくれるまで、執拗に「見てくれ」と繰り返し、そのうちヒステリックに金切り声で叫ぶのだ。

父「あ、ほら、モノレールが走ってるよ」
息子「違うよ、あれはモノレールじゃないよ」
父「あれがモノレールだよ」
息子「違うもん!モノレールじゃないもん!僕、モノレールに乗ったことあるもん!」
父「そうだよ、モノレールだよ」
息子「ちがーーう!」
と、モノレールだっつってんのに、違うと言い張る。私にはアレがモノレールかどうかはどうでもいいけど、彼が頑固にもアレはモノレールでないと言い張るその根拠が知りたいとはチラリと思うし、アレはそれでもやはりモノレールなのである。

ずっとしゃべりっぱなしの子供は、本当に五月蝿い。
旅行に行ってたのかどうか、疲れきった親たちはほとんどその相手をしてやらず、子供の声は宙に浮いたまま、相手が応えてくれるのをただ執拗に期待している。

寝れないし、うるさい。
私だって疲れてんだ。寝かせて欲しい。少しは静かにしていて欲しい。
私は、だから子供が嫌いだ。

静かにしていなくてはいけない場所、時、というものが彼らにはわからないでしょ。
子供だから、わからないのは当然だとは知っている。
だけど、私はその「無知」というものが嫌いなのだ。
無知と無邪気は違うわけで、賑やかなのと五月蝿いのは違う。
だから、「わからない」という年齢の子供が嫌いだ。
「わかるようになってきた」くらいの子供ならまだ我慢できる。


突然、息子が「お腹が痛いー!」と叫び出した。
イタイー!とただ泣き叫んでいた。
その家族は一番前の座席に座っていたので、さぞかし息子の声で運転手は迷惑していることだろう。その叫び声に手元が狂って前の車にぶつからなければいいけど、と思ったくらいだ。

痛いのー!
痛いんだったてばー!と子供は叫ぶ。
母親が、「どうして、そんなに痛いの?」と聞く。
「知らないよー!」と息子はなきながら叫ぶ。
まるで、自分の腹痛を誰かに八つ当たりしているみたいだ。
どこが痛いの、どんな風に痛いの、と親が聞いている。子供はただ、イタイイタイ、と言うだけだ。
母親が、「こっちに来なさい。撫でてあげるから」と言うと、ぐずぐずむずがりながら、息子の声はしなくなった。


その様子を耳で聞いていて、私は「はっはぁ〜ん」と思った。
この息子は、この息子は、まるで私にそっくりではないか。
「生理痛で、お腹痛いのー!」と、つい先日ぐずぐずむずがっていたではないか。
「そんなに痛いの?」と聞く恋人に、「イタイのー!」とただただ叫んでいたではないか。
「撫でてあげるから、こっちにおいで」と言われたいがために、ぐずぐず「イタイイタイ」と言い続けていたではないか。
はっはぁ〜ん。
私は子供ほど無知ではないとは思っているが、レベルは子供と変わらないということだ。

リムジンバスの中で納得。
2005年07月26日(火)  台風の日
今日は台風の日。


早く来い来い、台風よ。
私は、台風のおかげで早く仕事を切り上げて帰れることをただただ望む。

誰かが怪我をして、誰かが高波にのまれて、誰かが空港で足止めをくらって、誰かが電車に閉じ込められているのに、私は台風が来ることをただただ望む。

フロアの部長が、「もう今日は帰れよ」と午後5時ごろ、声をかけ始めたので、私はすぐに帰り支度をして、帰った。
外は、台風特有の風と雨がふいている。
台風の匂いがする。

小さな頃、台風が直撃するとき、私たちの小学校は休校になって、私は一日中家の窓から空を見上げていた。雨戸で締め切られた家の中は真っ暗だったけど、そのひとつを開けて私は渦を巻く台風の空を見上げていた。
私の顔に、雨が降ってくる。

みんなが早めに会社を出て、みんなが早めに電車に乗った。
私は家で、台風が近づく音にじっと耳を澄ます。

今日は台風の日。
2005年07月25日(月)  気分で2



今さら、BankBandのDVDを買ってしまった。
またまた気分で衝動買い。

カルアミルクと
トーキョーシティーヒエラルスキーと
僕と彼女と週末にと
歌うたいのバラッド
をヘビーローテーション
2005年07月24日(日)  そぞろ歩く人々
東京で地震が起こったと聞いたのは、地震が起こってから1時間後、
大阪にあるカフェの店内から流れるラジオからだった。

一瞬、ドキッとしてそのあと、心臓がバクバク鳴った。
その日は、ちょうど出張で大阪に来ていた。次のアポイントまで少し時間があったので、お茶を飲みながら時間を潰していたのだ。
ラジオの音はなかなか聞き取りづらく、新幹線が止まったとか、JR線は全線止まったとか、そういうことしかわからず、携帯を見たらたくさんメールが来ていて、送信者の名前を確認したけど、恋人の名前はなく、電話をかけてみたけど、呼び出し音が鳴るばかりで恋人は電話に出ない。
携帯でニュースサイトにアクセスしたら、震度5だとわかっただけで、震度5というものが一体どれくらい破壊力があって、一体どれくらいの被害を出すのか、私には全く知識がない。

恋人は建物の下敷きになってやしないだろうか。

メールに全部目を通してみると、「東京で地震があったみたいだけど、大丈夫?」と私の安否を気遣って地元の友だちがメールをくれていた。だけど、返信をする気分にもならず、私は一生懸命ラジオに耳を澄まして、携帯電話を何度も開いては確かめた。

18時からのアポイントで、お客さんに「東京では地震があったみたいだね」と言われ、「そうみたいですね」と答えたら「あんたは、大阪に来ていて助かったね」と笑われた。


少しでも早く東京に戻りたかったけど、明日も仕事があって今日はホテルに帰られなければならない。

ホテルに帰ってテレビをつけたら、25時間テレビなんぞをやっているので、「ああ、大丈夫なんだ」と思えた。ニュース番組でも東京の地震はそれほど大きく取り上げられておらず、ただただ、JR・私鉄・地下鉄が運行を停止しているとしかアナウンサーは話さない。

21時近くになって、やっと恋人から電話がかかってきた。
揺れは大きかったけど、大丈夫だよ、と言った。
駅には電車に乗れない乗客で溢れていて、駅の中にさえ入れないから、今日は歩いて帰るんだとも言った。

やはり、東京で地震が起こったら、人々は歩くことを免れないだろう。
道一杯に家に向かって歩く人々のうしろ姿が見えるような気がした。
私が、「気をつけて」と言ったら、「もう新幹線は動いているらしいから、明日はちゃんと帰って来るんだよ」と恋人は言った。


恋人は、どれくらいの時間をかけて、家にたどり着けるのだろう。
一体、どれくらいの人々が歩いて帰ろうと決心したのだろう。
そして、その人の群れは、一体どんな様だったのだろう。
2005年07月23日(土)  キテマス!
あるお店に、友だちと食事に行った。

そのお店の入り口には、たくさんの色紙が張ってあって、芸能人・有名人のサインが書かれてある。
Mr.マリックのサインが張ってあって、「きてます!」と書いてあった。
(この店に)来てます!なのか、(ハンドパワー)キテます!なのかどっちなの?
と思った。

私たちはテーブルの席に通され、食事をしてお酒をのんだ。
私たちの斜め前のテーブル席に、女性が3人座っていた。
彼女たちが席をたって帰る時、その中の一人の女性が色紙らしきものを店員に渡して帰っていった。

芸能人だった?今の人。
と、友人と話していたけれど、私たちには彼女の顔が見えなかった。
店員たちが店内の隅っこに集まって、色紙を見ながら、がやがやしていた。
いやー、顔見とけば良かったね。と言いながら、私たちも席を立った。
お金を払っていると、レジのすぐ横にさっきの色紙が置いてあった。
友だちが、「誰か、芸能人が来てたんですか?」と聞いたら、
店員が無言でその色紙を見せてくれた。

なんだか、ぐにゃぐにゃ線で書かれたサインで、ナンと書いてあるのかさっぱりわからん。
こ、これ、誰のサインですか?
と聞いたら、店員は「さあ」と首をひねった。
そして、「誰もわかんないんですよ」と言った。

ということで、この店は相手が誰だかわかってもいないのに、サインをお願いし、書いては貰ったものの、誰だかわからないまま店に飾ることになったらしい。
なんて、いい加減なお店でしょう!
もし、だよ?
私が芸能人と間違われて、「サインお願いします」と言われ、私がぐしゃぐしゃぐしゃと、ソレらしいサインもどきを書いても、ここの店員たちは誰だかわかんないけど、サインもらって喜んでいるわけだね。

なんて、なんてアバウトな店員たちでしょうか。
2005年07月22日(金)  沈黙のような会話
どないやの? 私の体は。

と、私は主治医に聞いた。
久々に病院に行く。
まる二ヶ月ぶりである。
忙しいからと病院に行くことを遠ざけていたけれど、「まぁそう言わず、遊びにおいでよ。仕事ばかりじゃ気詰まりでしょう」と主治医は言った。
仕事100%だと、それは気詰まりだ。気分転換に行ってみるかと久々に病院へ行ってみる。

相変わらず、休日の病院のロビーは人っ子ひとりおらず、気味が悪い。
どこかでセミが鳴いているのが聞こえる。

毎日、何してるの?
と、主治医は私の体を調べながら聞く。
毎日、仕事してる
と、私は答える。
「そんなに仕事が面白いのか」と聞かれて、私は「まあね」と答えた。

病院に纏わる何もかもが、時計の針がまったく進んでないような風景だと思った。
主治医も、看護士も、そこにある処置台も、主治医の履くスリッパも、そこに放ってある主治医のボールペンも、病院に来る途中に無意識にバスの中から覗いてしまうあのケーキ屋さえも、何もかもが何も変わっていないかのようだった。
変わらない、ということは、時に辛くなるし、時に嬉しくなる。
けれど、私が見えないところでいろいろなことは、実は少しずつ形を変えて変化しているものなのだ。だけど、私に染み入る部分は、少しも変わることがなく、だから今回はそれがとても辛いことのように思えた。

正体の知れない黒いものが、大きな渦を巻いて不安を煽っているような気がする。


私たちの会話は続いていくけれど、それは何かを紛らわせているだけに過ぎない。
それは沈黙と同等の会話なのだ。
私はそんな時間を早く終えてしまいたかった。
どないやの? 私の体は。
と、私は主治医に聞いた。
ぼちぼちやなぁ
と、主治医は言った。
その笑った彼の口元から真っ白な歯が見えた。
2005年07月21日(木)  好きな人
好きな人が、好きなことをやって、そして私を好きでいてくれたら、どれほど素敵なことだろうと思う。

好きな人が、ゆっくりと体を休めゆったりと時を過ごす、そんな背中を抱きしめられたら、どれほど素敵なことだろうと思う。


好きな人が、泥のように眠っている。
寝息も聞こえないほど、深い深い眠りにつく。
疲れたと弱音を吐いて、
疲れたねと私は頭を撫でてやる。
好きな人が、泥のように眠っている。

好きな人には、自分の好きなことを、自分が満足するまで、たくさんたくさんやって欲しいと思う。好きなだけ、好きなことを、やっていて欲しいと思う。
そんな人が、私を好きでいてくれることは、私にとっては素敵なことだと思う。
2005年07月20日(水)  こんばんは、困ったさん
困ったさんには、よく池袋の駅周辺で出会います。
主に、終電間近とか。

なんか、前を歩いている男の人がこっちを何度も振り返っているなぁと思いながら歩いていたら、急に彼は立ち止まり、「飲みに行きませんか」と気持ちの悪い声で話しかけてくる。
いかねーよ。バカ。

一番怖いのは、人通りの少ない道で、しかももうすぐ家に着く頃に声をかけられること。
走って家に帰りたいけど、家がばれちゃったらそれはそれでイヤだ。

私の女友達は、「いかねーよ、バカ」とよく答えるそうです。
私の男友達は、女性に声をかけられ「行きましょう行きましょう」と言って、居酒屋に入っていき、全部お金を払わされて、「サヨナラー」と逃げられたそうです。彼は世界一バカだね。ちなみに、その女性はかなりキレイな人だったらしいです。どうでもいいけど。

私は、はあ?と言ってさっさと逃げます。
それでもしつこい場合は、鬱陶しいからやめてと言ってさっさと逃げます。
それでもしつこい場合は、道に止まっているパトカーの窓を叩きます。
「ヘンな人がしつこく追いかけてくるんですけど」といって、窓をたたいたら、すぐ彼はどこかに逃げていってくれます。

というか、なんでもっと可愛い女の子に声をかけないのでしょうか。
別に私じゃなくっても、いろんな女の子が周りを歩いているじゃないか。
私が、ホイホイついてきそうな人間に見えるのでしょうか。
だとしたら、ものすごく心外なんですけど。
うっとうしいんですけど。

だけど、そう色んなところにパトカーが止まっているわけでもなく。
警察っていうのは、ある時期には頻繁にパトロールをしているくせに、あるときはぱったりパトロールもしないし、交番にだって誰もいないときがあるよね。なんでかしらね。常時いてくれないと困るのだけど。やっぱりノルマとかあるのかね。

つい最近、「今度、僕と飲みに行きませんか」というすごい背の高い男の人が声をかけてきて、あまりにもしつこかったので、ダッシュして走ったら追いかけられたので、コンビニに逃げこんだ。
家までは数メートルもなかったのに、あまりにも怖かったので、1時間くらいコンビニで本の立ち読みをして、帰宅途中の恋人に迎えに来てもらった。

夜道はトラウマになるよ。
2005年07月19日(火)  こんにちは、困ったさん
携帯を見たら、着信があったので、留守電を聞いてみたら、
「半年前、お世話になった○○です、覚えていますか?」とメッセージが入っていた。
半年前に私が担当していた、男性の派遣社員の人からの電話だった。
また、かけなおします、とメッセージに残してあったので、たぶん、また仕事を紹介してくださいということかな?と思いながら、そのままにしておいた。

翌日、帰宅途中で携帯がなって、また彼からの電話だったので、池袋についてからかけなおした。

「お元気でしたか?」と言うので、
ええ、元気ですよ、と答えたら、
「僕は、いま●●社で働いてるんですよ」というので、
なんだ、仕事を紹介してくれという用件じゃなかったんだと思い、「へぇ、そうなんですね」と答えた。

じゃあ、何の用かしら?と、ぐだぐだ話しをしている彼の声に耳を傾けながら思い、やや、これは雲行きが怪しいぞと思ったときには、
「半年前にお世話になったお礼に、食事に行きませんか」と彼は言った。

はぁー?
疑問は1つ。
なぜ、半年前のことを突然電話してきて、お礼をしたいなどと言うのか。
思いつきにしたって、程がある。
カッコいい人なら行くけど、そうじゃないので行かない。
営業担当であっても、選ぶ権利はあるでしょ。
「いえいえ、お気持ちだけで充分ですから」

男の人って、わかんないねぇ。
なんで今さら、なんだろうねー?
と、後輩の男の子と、昨夜の一件について話していたら、
「たぶん、アレですよ。彼女に振られた腹いせに、誰でもいいから女の人とデートしたかったんじゃないですか」
なるほどー、誰でもよかったというわけか。誰でもいいからというリストに派遣の営業担当が含まれていることが不思議だけどねぇ。

その後、その派遣社員の男性から、毎日のように着信がある。
怖いよ。
電話には出ないけど。

同僚の女の子なんか、「一緒に食事してくれないんだったら、僕、仕事辞めちゃいますよ」と困らせる派遣スタッフの男の人がいるらしい。
怖いねぇー、なんか怖い。

こういう場合は、上司に押し付ける。
「何か御用がありましたら、私にお申し付けください」と、上司からその人に電話してもらうぞえ。
世の中には、困ったさんがたくさんいるのだなぁー。
2005年07月18日(月)  ハッピーな気持ち
ここ数ヶ月の間に、私の周りで妊娠・出産という話題がとても溢れている。

友人、従姉妹・同僚が妊娠して出産したけれど、それ以外にも私が担当する派遣スタッフの中でも3名妊娠した。
妊娠しても働く人はいるけれど、私が担当したそのスタッフたちは、つわりが酷く、初産で神経質にもなったので、お互いの合意の上で派遣契約を終了させた。
元気な赤ちゃん産んでくださいね、と私が言ったら、彼女たちはまだ膨らむ前のお腹をさすって、笑顔でありがとうございますと言った。私自身がそんな笑顔になれる日はまだ遠いだろうなと思いつつも、けれど何故か幸せな気分になる。

ある女性の派遣スタッフが、そろそろ子供をつくろうかと思う、と私に言った。
妊娠する予定なので、もしかしたら仕事を続けられなくなるかもしれない、と言った。
私は、わかりました。それではそのときになったら、また相談してくださいね、と答えた。
彼女は続けてこう言った。
私は、以前に流産したことがあります。そのあと、何度も妊娠しようと試したけれど、どうしても授からなかった。いま、通院しながら検査をしていて、年齢から考えてもこれが最後のチャンスになるかもしれない、だから、どうしても今回は妊娠して赤ちゃんが欲しいのだと言った。
私は、なんと答えたらよいかわからず、「大変ですね」というのもおかしいし、「頑張ってください」というのはプレッシャーをかけることになるのだろうかと色々と考えた。

子供が欲しくても、出来ない人っていうのは、私が思うよりもたくさんいるのかもしれない。
その悲しさというのは、誰もはかり知れない。
私は子供が欲しいと真剣に考えたことはない。
だからこそ、彼女の言葉がとても悲しく思えた。
悲しいと言う気持ちをわかって欲しくて、彼女は私にその話をしているのではない。
あくまでも、仕事上、契約が継続できないかもしれない可能性を私に相談してくれているだけである。
だけど、「仕事をする」ということが彼女の生活を支えている以上、また、子供を産んで育てるということの経済的な支えになるからこそ、彼女は、仕事についても真剣に考えなければいけないし、私は、彼女が仕事を続けていくことをサポートする立場でなければいけない。

仕事をすることが、誰かの生活を、人生を支えているからこそ、私のしている仕事は、時として他人の非常にプライベートな局面に突き当たらざるをえないのである。

半年前、妊娠して契約を終了したスタッフが、「流産してしまったので、また仕事を探したい」と連絡をしてきた。「では、頑張って仕事を見つけましょうね」と私は答えた。
大変でしたね、辛いでしょうね、なんて、流産したことに対して私は彼女にかける言葉が見つからない。何かを言えばいいのに、何かを言いたいのに、私は何も何も言えなかった。

8月に出産予定の従姉妹が、今、旦那さんを置いて実家に帰ってきているそうだ。
妊娠する前は、お互い仕事が忙しくメールすら必要最低限の内容だったのに、今は退屈しているのか、よくメールを寄越すようになった。私は、その会話の相手をしながら、従姉妹のお腹はどれくらい膨らんでいるのだろうかと想像する。
小さな頃から、年齢が同じであることも影響して、お互いが近い存在として育ち、学校で勉強して、同じ塾に通って、それぞれいろんな恋愛をして、社会人になった。
そして今、彼女は結婚して、そのお腹の中には命が宿っている。
私は、その事実をあらためて実感し、とても不思議な気持ちになる。
それとともに、私はなぜだかとても幸せな気持ちになる。
従姉妹の身に起こる様々な出来事が、すべて上手くいけばいいのにと私は願う。
彼女は、メールで「赤ちゃんがなかなか出てくる気配がなくて、困ってる」と言った。私は、「赤ちゃんはいつかは出てくるものなんだから。ずっとお腹の中にいられるわけはないのだから、焦らずに。」と答えた。彼女は、「毎日散歩でもして、運動する」と言った。

同僚の女の子が妊娠した。
私よりもずっと年上の女性の先輩が、「また、若い子に先を越されちゃったわ」と笑った。誰かに聞いたのだけれど、その女性の先輩は、ずっと不妊治療を受けているという。


子供を授かりたいと思う気持ち。
好きな人の子供が欲しいという気持ち。
自分の子供の顔を見たいという気持ち。
家族が欲しいと思う気持ち。
妊娠して、自分はうまく出産できるだろうかと不安になる気持ち
ちゃんと母親になれるだろうかと思う気持ち
残念ながら、まだ子供が出来ない気持ち

女の人は、様々な思いを味わわなければいけないらしい。

私は、なんだか最近、こんな話しが溢れる毎日を過ごしている。
そして、誰かが妊娠したり、出産したり、流産したり、子供を授かりたいと願う気持ちに触れて、なぜだか少し悲しくなったり、幸福な思いを味わったりしている。

みんながハッピーになればいいのにと願う。
みんながみんなの望むようになればいいのにと願う。
欲張りだと言われても、みんなが幸せになればいいのにと思う。
2005年07月17日(日)  なんて素敵なカイシャ
熱が出ようが、おなかが痛かろうが、仕事は行かねばならん。
誰も代わってはくれない。

ということで、若干、熱があった今日、私は出社しました。
なぜだか、夜がものすごく寒いなぁと思っていたら熱が出ていました。
夏風邪は長引くので、早く治してしまいたい。病院に行きたいけどそれも無理。

とりあえず、体温計と風邪薬を持って出社。
昼間は仕事にかまけて、具合の悪いのなんて忘れてたけど、会社に帰ってくると頭が耐えられないくらい痛くなって、机に突っ伏しそうなほど倒れ掛かったまま、かちゃかちゃデスクワーク。

これはいよいよヤバイと思い、体温計を脇に挟んでパソコンを叩いていた。

残業タイムの時間は、人も減ってきて電話も鳴らず、だんだん淋しい風景になってくる。
ああ、まだ帰れない。あれもしてこれもして、明日のあれの準備もして、出張の報告書を書いて、云々、まだまだ帰れない。
誰かがカップラーメンをすすって、誰かが「んがーっ!」と言いながら頭を掻き毟る。
ああ、早く帰ってしまいたい。
歩きっぱなしで足は痛いし、パソコンで目は痛いし、目標数字はまだまだ達成できず、やること盛り沢山で精神的に不健康。
早く帰って眠りたい。
長い休暇が欲しい!

んがーーっ!と私も頭を掻き毟ろうとしたとき、
ピピピピッと電子音が、ちょうどしんと静かになったオフィスに響いた。
「なに?何の音?」と先輩営業マンが言って、みんながわたわたと周りを見回したり、携帯電話を確認したりしている。
「すみませーん。私の体温計です」
と、言ったら、
「風邪?風邪引いたの?マジカヨー」
「具合が悪いんだったら早く帰りナー。風邪をうつされたらたまらん」といわれた。

酷い。
ヒドイでしょう。
具合の悪い人に言う言葉じゃないよね。
でも、そうなんです。
誰一人として、私たちは倒れられないのだ!
今、みんなが切羽詰っているのだ!
だから、まだ熱がそれほどあがらないうちに、さっさと治さねばならないのだ!
私だって、いやだよ。
やること盛りだくさんのときに、誰かに風邪をうつされたら。


うちの会社は、こんな風に切羽詰って頭を掻き毟って雄たけびをあげる余裕のない人たちがたくさんいます。とってもステキな会社です。
2005年07月16日(土)  ちゃらんぽらん
つい先日、
私の異母兄の異父弟が電話を寄越してきていました。
異母兄の異父弟って、なんかすごい肩書きだね。

あい母+あい父=あい
      あい父+あに母=異母兄
            あに母+おとうと父=異母兄の異父弟

私たちは雑種きょうだいですね。
ちなみに、ちょっと考えたんだけど、

あい母+おとうと父=?

なんだろうね、この図式は。
私からすると、異父きょうだいですか。
したら、兄からすると、なんだろう?
真っ赤な他人だね。
したら弟からすると、どうだろう。
異母きょうだいか。

まあ、人間の血ってものは足し算でも引き算でもなく。

そうは言っても、図式を見ていただくとわかるように、異母兄の異父弟という人間は、私からするとさらさら血の繋がりもない他人ですね。
と言っても、仲が悪いわけでもないので、何か用事があったら電話をしてくる。メールをしてくる。
着信履歴があったので、かけなおしたら、「彼女と結婚しようと思うんだけど」と言った。

えー?!マジで?
と、ビックリ。
だってだって、21歳でしょう?まだ学生でしょう?社会人になる前に結婚しちゃってもったないよ!(なにがもったいないかは、自分でもよくわかってない)

「やめなよー」
と答えたら、「だって、約束しちゃったから」と言った。
アホか。しっかりしてよー。21歳でしょう?

というかね、私を差し置いて結婚だなんて100年早いし、
ちなみに、あんたと私の兄貴が30歳をとっくに過ぎてもまだまだ結婚なんてしてないのに、あんたが結婚するのも100年早いんだよ。おとといいらして下さい。

「ねー!、アイツが結婚するって言ってるけどー?」
と、早速異母兄に言いつけたら、
「ああ、あれねぇ。前からずっと言ってるけど、全然結婚しないし。ただの冗談でしょう」とあっさり言った。
なーんだ、ちょっとつまらなくなった。

若いって勢いがあっていいよね。
と、兄に言ったら、
ああ、21歳の頃に戻ってアイツみたいにバカなことだけ考えて過ごしたい。
と、兄はため息をついた。
私が、21歳の頃何してたっけかなー?と思った。


何にせよ、アイツは少しちゃらんぽらんで将来が心配だ。
2005年07月15日(金)  牛乳は自由に飲んでいいのよ
私の恋人は、ムカツクくらい寝起きがいい。

私は絶対、起きてから30分くらいはボーっとしてないとダメなのだ。何をするわけでもないけど、30分ぼんやりしてないと、体や頭を動かすことが出来ないのだ。なので、30分を見越して目覚ましをかけているのだけど、その30分で二度寝をしてしまい、そのあとすぐ起きて準備をすればいいのに、例によって30分ボーっとしているので、30分押しで慌てて準備をして仕事に出かけるという朝を毎日送っている。
だったら、1時間前に目覚ましをかければいいじゃないかと思うかもしれないけど、それって理屈なんだってば。理屈じゃないの、こういうのは理屈じゃないの。

で、恋人は起きたらすぐ何でも行うことが出来る。
話す声だって、昨晩寝る前と同じようなトーンでハキハキ喋れるし、それが寝起きの私をムカつかせるのだ。
「この最後の牛乳、ぜんぶ飲んでいい?」
と、台所から聞いているけど、なんで起きてからすぐモノを食べれるのか飲めるのか。
「ねえ、飲んでいい?」と聞かなくていいよ、飲んじゃえばいいよ。
「ねえ?」と、ベッドのすぐ側で大きな声で話しかけるのはやめて。
右手でOKサインを見せてやると、やっと恋人はあっちへ行ってくれた。
よかった、これでもう少しゆっくり眠れる。

二度寝をしていたら、「遅刻!」と怒鳴られ、すっごいビックリして跳ね起きたら、ピシャリとふくらはぎを叩かれて、私はようやくベッドから起き上がる。起き上がるというか、ベッドから転げ落ちて体を起こす。


私、もう26歳なんだけどねー。
2005年07月14日(木)  スターウォーズ
今さらながら、というか、やっと、というか、
スターウォーズをちゃんと見た。

今までテレビで見たことはあったにせよ、「流し見」や「ながら見」だったので、さっぱりストーリーもわからず、かと言って興味があったわけでもないけれど、「エピソード3」が封切られ、それにあわせて、過去に公開された映画をテレビで放送していたのを真面目に見てしまった。
テレビではもうすでに3作くらい見ているので、あとはツタヤに行って借りてみようと思い、雨のザーザー降る日に傘をさしてロサ会館に行ったにもかかわらず、すべてレンタル中。
恐るべし、スターウォーズの人気。

でも、ストーリーはすべて把握しました。
ネットで調べて、すでにエピソード3のあらすじも読んでしまいました。

あれでしょうー?
あれは結局、父と息子の闘いなわけでしょうー?
それにいろんな仲間が加わったり妹が出てきたりして、大活躍する映画なんでしょうー?
で、エピソード3っていうのは、アナキンがダースベイダーに何故なったのかという理由が判明するわけでしょうー?
はいはい、わかった。概要は掴みました。

もう、だいたいのストーリーは掴んだので、私は映画館には行きません。
行かない行かないよと、映画館に並ぶ行列を素通りして、映画を見たい恋人を引きずって帰ってきました。
だって、映画館って落ち着かないもの。
映画には見入りたいのだけれど、同じ空間でじっと同じものを見ている他人がすぐ横に座っているのだと思うと、なぜだが落ち着かないのです。
お芝居とかコンサートなら全然平気なんだけど。

ところで、ツタヤのスターウォーズはすべてレンタル中だったので、椎名桔平が出ている「約30の嘘」という映画を見たけど、ちっとも面白くなかった。けど、音楽はカッコ良かった。
2005年07月13日(水)  そっくりそのまま
うちの課の新卒の子は、未だに自分のことを名前で言ってしまうときがある。
「ユウ子はぁ、○○だと思いますぅ」
気を抜いてしまってついつい言ってしまうのかどうかは知らないけど、もう社会人になって4ヶ月目だし、そろそろねぇ。この子はちょっとバカなんじゃなかろうかと、少し心配になる。
周りの人間は、そのことに気づいているのだろうけど、あんまりにもビックリして指摘すら出来ないんじゃないだろうか。

というか、なんでそういうことまでいちいちこちらが教えなきゃいけないのでしょうか。
普通に考えれば、そういう話し方はこの場にそぐわないとわかるものじゃなかろうか。
まあ、「普通」というものが、この新卒の子と私とではまったく違う価値観なのかもしれないけど。
でも、「自分のことを名前で呼ぶことは宜しくない」と、全く思わないのであれば、それはまたそれとして私は認めることにする。「別に、いいんじゃないの?名前で自分の事呼んだって」と思っているくらいなら、そちらのほうがはっきりしているのでわかりやすい。
気を抜いて、自分の事を名前で呼んでしまうほうが、私は悪いと思う。
悪いことを悪いと思わずにやってしまっていることのほうが、まだ可愛い。

あまりにも、さっきから自分のことを「ユウ子はぁ〜〜」と連呼し始めたので、段々ちょっと面白くなってきて、
「そうだよねぇ、でもねぇ〜〜、アイはぁ〜、こう思うの。」
「アイはねぇ〜〜、だから〜〜、アイ的には〜〜したほうがいいんじゃないかと思うのぉ〜〜」
と、そっくりその話し方を真似て、アイはぁ〜〜と連呼してやった。
うんうん、そうだよねぇ。そのほうがいいよねぇ、アイもそう思うぅ〜。

したら、その子が
「どうして、アイさんはさっきから自分のことを名前で呼んでるんですか。恥ずかしくないんですか?」
と、ぬけぬけと!正面から!しかもちょっとニヤニヤして!突っ込まれた!!!
かなりビックリ。
その言葉、そっくりそのままあなたにお返しします。
「じゃあ、自分も直しなよ」

もう、この子、嫌です。
頭悪いから、ヤです。
2005年07月12日(火)  選ばれし勇者
たまに、お客さんとランチをご一緒したり、飲みに行ったりするときがある。
行きたくないけど、行かなければならないときがある。

接待なのかなんなのか。行かなければ契約してくれないというわけでもないけど、じゃあなんで行かなきゃ行けないのかというと、「しつこく誘われるから」の一言に尽きる。
最初は、社交辞令と思いきや、そうじゃないときは、3回ほど嘘の用事を作ってお断りをし、それでも尚、お誘いいただけるときだけ馳せ参じるようにしている。
3回もお断りされれば、「ちょっと距離を置かれてるかな」とか、気づく人もいるわけじゃない?でも、そうじゃない図太くて図々しい人だけ、4回目の突破を試みるらしいのだ。
勇者だね。

ビールでもワインでも日本酒でも、飲めといわれれば飲みます。
上司が聞いたら怒ると思うけど、だって奢ってくれるし。
ちゃっかり、お土産に一升瓶で日本酒やワインなんかを買ってくれたお客さんもいます。
そのときは、ホステスってこういう気分なのかなぁなんて思ったりとか。

だけど、最悪なのは、酔うとベタベタくっついてきたり触ってくる人。
思い出すだけでも、鬱陶しく鳥肌が立つ。
ああ、これもホステスの仕事なんだなぁと、思ったりしてみたり。

気を使って、お客さんが連れてきた部下の人たちが、「ホント、すみません」と言いながら酔っ払いすぎたブチョーをなだめている。私は、この人がお客でなく、自分の上司だったら、そこら辺のスリッパで後頭部を一撃していると思う。私のヒールでもいい。ヒールでおでこをカツンと鳴らしていると思う。それくらい、気持ち悪い人もたくさんいるけど、顔だけで笑って心でむかつく。
この人は、女性に飢えているんだろうなぁと、逆に同情さえ感じる。
ホステスと女性営業マンにしか相手にされない可哀想なオヤジ。


営業とは、あまりホステスと変わりないときもある。
2005年07月11日(月)  呪文はJOY
久々に、本当に久々にカラオケに行った。

カラオケはオナニーだと信じて疑わない私は、カラオケが好きではない。
何が楽しいのか、その楽しさがちっともわからない。
というか、オナニーを人に見せるのは、やはり恥ずかしいではないか。
そうではないか? ん?

まあ、そうは言ってもなんだかんだと連れられてカラオケに行った。

でさ、いっつも思うんだけど、カラオケでB’zを歌う人を見ていると、どうして見ているこっちが恥ずかしくなるの?なんか恥ずかしいんだよねー。恥ずかしくない?サブイのね。サブイの。
もうやめなよぉ、と何度心で思ったか知れない。
格好いいところを女子の前で見せつけたかったのかどうかは知らないけど、全然格好よくないし、むしろ見ていて恥ずかしいから、もうカンベンして頂戴と、何度思ったか知れない。

魂に火をつけろー♪
と歌われても、あなたのお尻に火をつけちゃうよと思うけどねー。ねー。
もう一度キスしたかったー♪
ってキモイっす!キモイッすー!もうカンベン。カンベンしてください。


と、そういう私は何を歌ったのかというと、ペッペケペーに酔っ払っいながら、ヒカルウタダだよ。あと、ヤイコのMySweet〜を英語で歌うのが気持ちいいよねー。あとYUKIもねー。
と言いながら、ペッペケペーになりながらガンガン歌う姿は、キモイよーキモイよーと、翌日になって自分で思った。
2005年07月10日(日)  深呼吸
ゆっくり丸一日一緒に過ごせたのなんて、一体いつぶりだろうと考える。
恋人とは、まったく時間が合わず、休日が同じになる日なんて、ここ最近はなかった気がする。

午後からどちらかが仕事に出かけたり、出張に出かけたり、休日出勤したり、平日の夜に会っても明日が早いからとすぐに帰ったり。
淋しかったかと聞かれれば淋しくはあったけど、忙しい毎日に淋しいな、もっと一緒にいたいな、と実感する時間がなかったというほうが、まだ言い当てている気がする。

浅い呼吸をずっと繰り返していたような気分なのだ。
酸素は吸い込めるからとくに困ったことはなかったけれど、
久しぶりにじっくり肺の奥までゆっくりと深呼吸をしたような気分なのだ。


いつ雨が降るのだろうと思いながら、傘を持たずに出かけ、スーパーに2軒行ってドラッグストアをのぞいた帰り道、大粒の雨が突然ざあざあ降ってきて、私たちは思いビニール袋をさげて走って帰った。
一生懸命走ったのに、残念ながら洋服も髪の毛もびしょ濡れで、私は玄関から爪先立ちで歩いてバスタオルを取り出した。床にポツンポツンと水溜りができている。

服を全部脱いで洗濯籠に放り投げ、バスタオルで髪の毛を拭きながら私たちは毛布に包まった。雨雲が空を覆って、まだ昼間なのに外は暗くなった。雨に負けじと太陽が雲の上から強く照って、外の風景は不気味なほど黄色のフィルターを通して見ているかのような色になる。
本当に不気味な風景だった。

私たちは、毛布に包まりベッドに横たわって、身じろぎもせずお互いの呼吸だけを聞いていた。

ただそれだけの休日。
ただそれだけの休日だけれど、深呼吸のような休日。
2005年07月09日(土)  気分で



買ってしまった。
つい、通りかかったお店で、気分で買ってしまった。
P901is
まだ使いこなすことも出来ず、これで音楽を聴くにはアレが必要なんだけど
ほら、アレよ。アレ。
もう、おばちゃんだから、「アレ」しか言葉が出てこないわよ。
とにかく、アレを買い忘れちゃったんでまだミュージックを聴くことは出来ず。
アレを買うのがいつになるかは、また気分次第。
2005年07月08日(金)  夏シリーズ



夏といえば、シリーズその1。
2005年07月07日(木)  さらさら
私の部屋は、窓を開けていると、風がそよそよ吹き込んでくる。
ああ、気持ちいいなあと思いながらベッドに寝そべっている。

どこかで自転車のブレーキの音が聞こえ、隣の建物から子供の泣き声が聞こえ、前の道からは笑い声が聞こえる。

そよ風にタバコの灰が飛びやしないか、私はじっと灰皿を見つめる。

どこかでおもちゃのピアノの音がする。
ささのはサラサラ。
子供の声にあわせて、時々それはテンポを緩めながら早めながら、メロディーが聞こえる。
のきばにゆれる。
私は灰皿を見つめながらそのおもちゃのピアノの音に耳を傾ける。

お星様キラキラ。
きんぎんすなご。


七夕に夜空を見上げなくなったのはいつの頃からだったろうと考えてみた。
2005年07月06日(水)  ホームレス
なんだろうね。
この精神的切迫感は。
ノイローゼになってしまいそうな感じではありますが、日々毎日を乗り切っています。
忙しい忙しいと言っても、何かが始まって何かが終わって何かが解決するわけでもなく。


電車に乗っていたら、ホームレスのような格好をした人が乗ってきた。
手も足も顔も服も真っ黒で、異様な臭いがした。
周りの乗客がきれいに彼を中心に円を描いて遠ざかった。

気づいたら、その円の中にいるのは私だけで。
外は雨降り。
じめじめした空気に、彼の発する強烈な臭いが混ざって、その重さは、よりどんよりしたものになっていた。

私は、傘からぽとりぽとりと落ちる雫に目をやることしか出来ず、
世の中には、こんな格好になっても、こんな臭い臭いを発しても、こんなに周りの人に露骨に嫌がられても、それでも生きている人もいるのだなと思った。

邪悪であることは、自分をも邪悪にする。
性悪説からは何も始まらず、性善説ではなにをも納得させることは出来ない。
ねじれたものをほどくことは難しい。
私は手先が不器用なので、ほつれた糸をほどくことが嫌いだ。ほどけないのならば、ハサミで切ってしまったほうがよいと思う。
邪悪であることは、それに似ている気もする。


隣の車両にいた男が、こちらの車両に向かって「出て行けよ」と叫んだ。
周りに迷惑なんだよ、とも叫んだ。
私は、顔をあげて周りを見る勇気がなかった。
私の傍らを通り抜けて、開いた電車のドアからホームレスの男は降りていった。
2005年07月05日(火)  眠りの中で聴く音楽
明日は、久々に出張だと思うと、なかなか寝付かれなかった。
何度か荷物を開いては、忘れ物がないか確認した。

こんなに飛行機に乗ることがあるんだったらマイルを溜めておけばよかったと思ったけど、面倒だからやめた。

午前3時になってもまだ眠れなかった。
なので、ヘッドフォンをして音楽を聴いた。
音楽を聴いているのか、眠っているのか、頭がちゃんと判断できず、いつの間にか外は明るくなっていて、私は結局、飛行機の中でやっと熟睡することが出来た。

おり立った空港から、電車に乗り換えてターミナル駅に到着したら、駅前の広場で、ベースとトランペットで耳に心地よい音楽を演奏していた。


今日は空がとても青くて、太陽がギラギラしていた。
明日も彼らがここで演奏をしていたなら、そのときはもう一回立ち止まって、ちゃんと聴いてみたいと思った。
2005年07月04日(月)  オトナ
大人は多くを語りたがらない。
大人は恋の話しをしたがらない。

だから、あなたが恋について話したがるのは、まだまだ若いという証拠なのかもしれないよ。
人は年齢ではなく。


誰かかが私の耳元で「君はまだ大人になっちゃいけない」と囁いた。
私は満足して目を閉じた。
2005年07月03日(日)  LastDance
メロウなメロディーが聴こえてくる。
乾いたスネアの音が聴こえてくる。


たとえば恋人が、私のどこを好きなのか、私はまったく知らない。
多分同じように、私が恋人の何が好きなのかを、恋人はまったく知らない。

目を閉じて私はその音楽に聞き入った。
その曲の中で、恋する男の子は恋しい女の子に、いろんな言葉を尽くしている。
私は、ただそんな女の子が羨ましいのだ。
羨ましくて、私は目を閉じてその曲に耳を傾けるのだ。

誰かが咳払いをして私は目を開いた。
隣の部屋のソファーに座った恋人の足だけが見えた。
左足の親指は、その曲にあわせてリズムをとっている。
私はしばらくずっと見つめて、また目を閉じた。


もし、恋人がミュージシャンだったら、私は恋人の心の中を、彼のつくる音楽の中に見つけることが出来るのだろうか。
恋人の気持ちが知りたいと思う。
覗いてみたいというより、伝えて欲しいと思う。
形にしないと、やはりそういうことは伝わらないのだ。
表現する方法を知っている人は、それだけで羨ましいと思う。


すましてた君がゆっくり踊る
あした色のほら ラストナンバー

そんな風に、彼は歌う。

私は、恋人のそばに行き、その膝の上で昼寝の続きをした。
2005年07月02日(土)  THE WINDS OF GOD
『THE WINDS OF GOD』という今井雅之脚本・演出のお芝居を見てきた。
有名なお芝居なので、一度は見てみたいなと思っていた。ちょうど、チケットが取れたのでひとりでぶらりと新宿まで行ってきたのだ。

毎年、夏になったら戦争を題材にしたドラマや映画やお芝居やら、たくさんやってるけど、戦争を体験した人、もしくは戦争で誰かを亡くした人なんかは、亡くなった人や体験した事を思い出し、弔うために毎年夏を感慨深く思うのかもしれない。だけど、私のようなまったく戦争を体験していない人間(今でも戦争はあるのだけど、それはまるで対岸の火事のようにしか思えない人間)にとっては、「毎年夏になれば、思い出したように取り上げられる戦争」というイメージしかないのではないだろうか。
少なくとも、私にはそんなイメージがする。
戦争を知らないから、わからない。
遠い昔のことで私には無関係のこと。
と言うつもりはないけれど、だけどそれと同じ意味を持つ気持ちなのかもしれない。


お芝居は、映画やテレビと違って目の前で生のお芝居が始まるので、とても楽しい。音楽のライブと違ってある程度のキャパシティしか観客を持てないし、テレビとは違って見ている観客の反応がすぐに返ってくるからこそ、毎日行われているお芝居も、毎回違うものになってくるのだろうと想像する。それもまた楽しい点だと思う。

お芝居の中では、死にたくないと思いながら誰かのために戦って死にに行く若者を描いていていた。そういう死には、誰もがどうしようもなく悲しくなるよね。観客席のいろんなところで鼻水をすする音が聞こえてきたけれど、私はなんだかいろんなことが怖くなってずっと違和感を感じていた、というか気味の悪さを感じていた。
国のために死ぬ、という昔の人たちの精神状態に気味悪さを感じていたのかもしれないし、それに同情してか感情移入してか、その姿に涙する現代人の観客に違和感を感じていたのかもしれない。
お芝居の中で、死を描いて観客を泣かせるのはずるいと思う。だけど、事実、戦争でたくさんの人が死んだし、死には誰もが涙する。若いのに戦争で死んで可哀想ね悔しいね、と戦争を知らない人間が涙するのは、けれどやはり到底軽いもののような気がするのだ。

戦争に対して、私たちはどう思えばいいんだろう、と私は思った。
よく、戦争を知らない世代は、戦争があったことを忘れてはいけない、戦争があったことを未来に伝え続けなければいけないと言われるけれど、戦争という「事実」を伝えることは出来るのかもしれない。だけど、その悲しさとか怖さとか、そういうものを伝え続けるのはとても難しいように思える。
自分の息子を兵隊にとられた悲しさとか、息子がゼロ戦に乗って突撃して死んでいった悔しさとか、自分の母親が空襲で亡くなった辛さとか、そういうことを伝えるには私にはリアリティに欠ける気がする。
もちろん、リアリティさを感じるために、実際に戦争を体験するのはイヤだ。
戦争でなくても、テロにあうのだってイヤだ。
死ぬのが怖いというよりも、誰かに殺されることが怖くてイヤだ。

日頃の生活の中で、何に気をつけて戦争を避けられる世の中にすればいいのだろう。
私たちの今の生活で何に気を使えば戦争をなくせるの。
私が戦争は嫌だと主張したら、世界には戦争がなくなるのだろうか。
明日の都議会議員の選挙に行って、誰かに投票すれば戦争はなくなるのだろうか。
戦争がなくなりますようにと願うだけでは、私にはただただ歯痒さが残るだけだ。


とは言うものの、お芝居の最後には私だってどうしようもなく涙が出てしまった。
自分の涙は軽いんだと思いながらも、どうしようもなく泣きたくなってしまった。
戦争というものを省いても、主人公が身近な人物を亡くした寂しさというものには、やはり涙が出てしまったのだ。
私は、輪廻転生というものを信じる。
戦争で死んでいった人を輪廻転生で誤魔化すわけではないけれど、もし、60年以上も前に戦争で死んでいった人たちの魂が、今の時代に生を受けるのだとしたら、これからの世の中はどう変わっていくのだろうか。

お芝居の最後のカーテンコールで、私の目の前に立っていた役者たちは、うっすらと涙を浮かべていた。その涙は演技の延長上に流れてしまった涙のようにも思えたし、緊張状態から放たれた放心した涙のようにも思えた。観客の何人かがスタンディングオベーションをして、みんなが涙を流していた。

私はひとりの役者をじっと見ていた。その人だけは拳を強く握っていた。唇を強くひいて足にそろえた腕の先で、拳をかたくかたく握っていた。
私は強く握られたその手がとても印象的で、家に帰ってもその拳ばかり思い出していた。
2005年07月01日(金)  寝ぼすけ、おはよう
朝、まったく起きれなくなってきました。
目覚まし時計が壊れちゃった?と目覚まし時計のせいにしてみたけど、自分でアラームを止めてしまって知らない間に二度寝をしてしまったらしい。
その記憶はまったくないけどね。

既に、会社は始まっています。
起床、午前9時半。
あーんあんあ、やんなっちゃった
あーんああんあ、驚いた
今日は10時からミーティングなんだよね。
間に合うはずもなく間に合うはずもなく。

よーしよしよし、嘘をつこうではないか、嘘をね。
「あ、もしもし。あのですねぇ〜、いま、○○社に来ているんですけど、ちょーっとスタッフさんと揉めておりまして、少し時間がかかってしまいそうなんですよぉ。で、ミーティング出られないと思うんでぇ、すみませんね、すみませんね、ああ?ああ、はいはいはい。了解ですー。じゃ、よろしくですー」

ということで、ゆーっくり準備して、午後12時出社という荒業。
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