umityanの日記
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2005年11月29日(火) 酒と涙と溜息と希望と。

先日の忘年会は大盛況の内に幕を閉じた。総勢15名の集まりだった。それぞれが一年間のいろんな思いをこの場へ持参し、飲んで語り歌う。こんな行事もなかなかいいものだ。なんと、7時に始まり、無制限一本勝負、バリアなし、無礼講という僕の言葉が効いたのか、二次会へも行かず、11時近くまでの、どんちゃん騒ぎとなった。店は、後始末に大童だったに違いない。

はや、第一回目の忘年会も、もう過去の出来事。今や12月4日の第二回目の忘年会が迫っている。こちらは、僕の主催ではないので気楽に参加できる。夕方出かけて、一泊して、早朝、帰宅する予定である。総勢12名程度か?。

思えば、病床にあるボスとは、忘年会を問わず、妖しく灯るネオン街を頻繁に放浪したものだ。昨日、見舞いに行ったが、さすがに、忘年会や酒の話はできなかった。責任感の強いボスの胸中には、クライアントへ心配をかけたくないという念がいつもある。僕が出向き、順調に仕事が進んでいる旨を伝えると、安心したようにほくそ笑む。てなわけで、今月は昼夜を問わず、仕事に邁進した。おのずと、夜の外出も少なくなった。

ボスのみならず、相棒の「のりちゃん先生」までが、音信不通になっている。そのことも夜の外出が減少したことの一つである。彼も、ひざの手術をして以来、すっかり、大好きな焼酎から遠ざかっているようだ。僕に誘われたら、アルコールを飲まざるを得ないということで、十分体力が回復するまで、様子を伺っているのだろう。

人間、誰もが齢を重ねてくると、五体満足とは行かないようだ。病院嫌いを自負している僕だって、きっと、どこか怪しいかもしれない。早めの予防が肝心なのだろうが、至ってのんびりとしているから始末に悪い。

それはそうと、昨今、建築の構造設計の不手際が世の中を賑わしている。人命にかかわる問題であり、見過ごすことはできないだろう。利益優先の経済体質が、見えないところへの手抜きを容認してきた。外見は立派でも芯は空っぽ。これじゃあ、まさに砂上の楼閣だ。

最近、強く思うことは、やはり、コンプライアンスに徹した仕事をしなくてはいけないというである。その積み上げが、かならずや信用拡大、適正利益の獲得に結びついていくはずである。ボスから仕事を受け継ぎ、その思いをさらに強くした。


2005年11月25日(金) 明日は、初の忘年会だ。

仕事に限って言えば、最近、順調に事が運んでいる。まあ、真面目に僕ちゃんが仕事に取り組んでいるからと言えば、それまでだが、実は大病を患っているボスの仕事を引き受け、ボスに心配をかけたくないので、頑張っているわけだ。歳月は人を待たないが、クライアントも人を待たない。期日までに完璧に仕事をこなすことが要求される。仕事の引き継ぎに成功することが、ボスへの最大の病気見舞いである。

週に二度くらい見舞いに行くが、相変わらず頭脳は明晰だ。やや、気が弱くなったことは仕方がない。「退院したら、僕の事務所で一緒に仕事をしましょうや」と言うと、目を細めて笑う。奥方が、「そう言ってくれるのが一番うれしいみたいです」と言ってくれた。僕にしてみればボスは父親みたいなものだ。妙に気が合い、今日まで二人三脚で娑婆を生きてきた。これからも、そうありたいと思う。

ところで、明日の土曜日は、ボス共々、5年以上続けてきた一見客仲間の忘年会である。毎年、幹事を僕がやり、ボスが開会の辞を述べていた。今年はボスが出席できないことが残念である。毎年、大盛況だった。僕のモットーは寂しい客、ういた客を作らないこと。いかにすればそれが実現できるか?。夜も寝ずに考えた。(ちと、オーバーか?)。答えは意外に簡単だった。男10人に女10人。いわゆるマンツーマン体制の確立だ。こうすると、皆、和気あいあいで、楽しい会となる。踊れや歌えのどんちゃん騒ぎとなる。

問題は、男はすぐ集まるが、女性陣をどう調達するかである。ここが幹事の腕の見せ所。夜の社交界にたけた、うら若き乙女たちや、知り合いのオフィスレディーを拝み倒して、参加してもらう。もち、彼女たちの会費はロハである。
コンパニオンさんたちを頼むには金がかかるし、まあ、気心しれた彼女たちに頼んだ方が安上がりである。やむを得ず、女性陣が少ないときは、幹事たる僕が、はみ出されることになる。「うえーーーーーん」と泣くほどの問題ではない。何度も経験済みのことだ。

僕の、もう一つの楽しみは、相棒の「安さん」と、歌のデュエットをすること。何と言っても、以前は、「白いブランコ」という歌で、「○○小路ブラザーズ」と異名をとった仲。二人の粋が抜群のとき、98点という高得点をたたき出した。その味が今でも忘れられないのだ。最近は、共に忙しくて、辛苦をなめている。その味を再び味わわんがために、身銭をきってでも、会を楽しくしたいのだ。「はーーい。皆さんに涙拭き用のおしぼりをくばって」と冗談を飛ばすが、もちろん、誰一人涙を拭く者はいない。それはそれでいいわけだ。
最近は、皆が皆、エンタテーナー。皆、自分が一番歌がうまいと思っているのだろうか?。多分、そうに違いない。皆、うまいんだよなーーーーー。これまた、それでいいわけだ。

いずれにせよ、明日は初の忘年会。ボスの分まで大いに楽しもうと思っている。





2005年11月23日(水) 今、スランプの底にいる。

最近、備忘録(日記らしきもの)を書くことに疲れてきた。5年以上は書きつづっているから、その量は膨大である。ファイリングして残してある。時々眺めては、我が愚かさに苦笑するばかりだ。振り返れば、うぶから始まり、成長過程を経て絶頂期を迎え、以後は平行線をたどり、今は下降線をたどる一方だ。このまま消滅しなければいいのだが?。

何故かと考えてみた。一つは娑婆世界に興味が薄くなってきた。毎日うんざりするような事件等の報道に少なからず嫌気がさしている。二つめに、それなりに齢を重ねてきた(といっても心は青春であるが)からだろう。要するに、心の「ドキドキ」が少なくなった。三つめには、田舎暮らしが長いせいかもしれない。都会の賑やかさや、喧噪からすっかり遠のき、山や田んぼを眺めては、「ふーっつ」とため息をつく。ため息ばかりでは、発想も貧弱だ。四つめは、狭いテリトリーでの仕事が多忙ということかもしれない。まあ、仕事があり、おまんまが食えるだけでも幸せなのかもしれないが。

血気盛んな青年のころは思ったものだ。「俺は都会のゴミゴミの中では暮らしたくない。どこか山奥の誰もいないところに小屋をたてて、そこに住もう。近くに小川でもあれば最高。晴れた日は、畑を作り、川で釣り糸をたれる。夜は蝋燭やランプのあかりで、読書三昧。これに勝る幸せはなかっぺ」と。あえて、贅沢を言えば、(いやいやこれが本命かもしれない)「999のメーテルのような、心優しき乙女と一緒なら言うことなしだ」と。

その夢はもろくも崩れた。と言うより、生来の臆病者かつ寂しがり屋の僕ちゃんには、山奥の暮らしは三日ともたないのが関の山。「ネオンが恋しいぜ」と、一目散に山を下っている僕の姿が見える。まあ、こんな夢はバクのように食うだけでいいか?。

山奥での一人暮らしは反古になったが、それでも人が少ない田舎暮らしにすっかり慣れた。ただ、数少ない人たちとの人情にふれながら、「人が生きるとはどういうことなのか?」とか、「人はいかに生くべきなのか?」とか、アホなことばかり考えている。結論は「すべからく生きる」であるが、その「すべからく」がわからない。やめよう。頭が混乱する。

なかんずく、疲れたときには旅に出るのが一番いいようだ。旅にあって、見ず知らずの人たちの人情、愛、涙に接する。そこで、新しい生の息吹とエネルギーを注入する。かくして、又田舎へ戻る。蓄えたエネルギーがあるうちは、不平不満なく日々を過ごす。エネルギーが切れたら又、旅に出るとよい。

最近の僕は旅へ出ていないようだ。おそらくエネルギーが切れかかっているのだろう。怪しげに灯る夜のネオンでは、即効性はあっても、持続がない。おまけに予想外の出費で、エネルギーも帳消しだ。

やはり旅だ。すべからく旅をしよう。そこにこそ僕の生きる源があるのかもしれない。僕のスランプもそこから脱却できるだろう。


2005年11月21日(月) 久々の感動に吠えてしまった。

早、11月も三分の二を過ぎた。思えば、11月の初めより、備忘録なるものを全くしたためていなかった。多忙だったこともある。それ以外に、世の中、あまりにも陰惨な事件等が多く、やりきれない気持が筆を鈍らせた。

そんな中で、心を癒してくれたのは、スポーッの世界である。ゴルフやスケートやダンスなどで、青年・乙女たちが輝かしい結果を残した。もちろん、僕もまだ青年である・・・・・。いや、ちと、中年か?。

特にマラソンの高橋尚子さんの走りには感動した。幾多の困難を乗り越え、優勝した姿には涙を禁じ得ない。期待されればされるほど、結果を残せなければ、普通の人ならば、ストレスに押しつぶされてしまう。きっと、彼女もそんな一時期を過ごしたのだろう。それでもめげず、彼女は苦悩の中から見事復活した。「本当におめでとう」と、遠い空の下からエールを送ろう。目指すは北京である。がんばってください。「フレー・フレー尚子」。「フレー、フレー尚子」。ごめんなさい。呼び捨てにしまして・・・・。

スポーッ以外に今、はまっていることがある。韓流のドラマを見ることだ。今、配信が待ち遠しくてしかたがないものに、「海神」と、「チャングムの誓い」というドラマがある。5本ずつ配信になると、僕は全部、一気に見てしまう。毎日、一本ずつ見るのがもどかしいのだ。早く結論がみたい。かくして、結論はいつも僕の期待を裏切らない。見終わった後、僕の心は夢のごとく宙をさまよう。その夜は寝不足で、朝、起きられないんだよなー。

ドラマの中の女性たちが着ている服装のきれいなこと。日本の着物をそうかもしれないが、宮廷の女官さんたちが着ているものや、商人の女性たちが着ている服装は、まるで、天女が羽織っている衣装のごとく美しい。絹の柔らかい、そのヒラヒラした衣で、僕を包んでほしいと願えど、これは夢。夢である。もちろん女優さんが美しいことは言うまでもない。ダブルショックだぜ!!。

おっと、分別を忘れたようだ。現実に戻ろう。日本のこれからの行き先はまことに混沌としている。20世紀は混沌の時代と言われたが、21世紀だってしかりだ。何が正しく、何が正しくないのか、その判断さえ今は困難だ。

思うに、自然と共に、すべからく生きることが、最善の生き方かもしれない。


2005年11月06日(日) 静かに降る秋雨もいいものだ。

静かに降る雨もいいものだ。まさに今日はそんな日。秋雨かあーーー。僕の汚れた心も、この雨と共に、洗い流されたらいい。合掌・・・・。

11月はじめの日曜日。恐らく行楽地は子供連れの家族達で、賑わっていることだろう。悲しいかな、僕はそんな日曜日も仕事だ。嬉しくて涙がチョチョぎれるぜー。個人事業主は365日が仕事だ。

クライアントやその親戚と会って、いろんな話をした。後は食事を誘われて、焼酎に舌鼓をうった。すっかり酩酊と言いたいところだが、さすがに昼間の酒は自重しないと、「のんべー」というレッテルを貼られてしまう。理性をとどめているうちに退散した次第である。

思うに、皆、健康だ。老いも若きも、屈託の無い笑顔で、杯をかわす。これは人生を懸命に生きていると言う証である。そそういう証に触れると、ついつい嬉しくなる。僕も負けてはいられない。今日の食事会はまさにそうであった。

話は変わるが、昨晩、ある作家の対談をラジオで聞いていた。面白いことを言っていた。昨今、地球温暖化、温暖化と叫ばれているが、温暖化という表現は正しくないと言う。むしろ、いま、地球は当たり前の姿に戻りつつあるというのだ。昔は、もっともっと寒かった。そのことがむしろ異常で、今が正常化へ向かっている途中だそうな?。

「へえーーー、そうかなーーー?」と訝しく思ったが、表面の現象に惑わされることなく、物事の本質を見極めることが大事であると警鐘を鳴らしていた。

確かにそうかもしれない。宇宙と言う絶対神によって生かされている我々。我々は色んな神を想像したが、やはり本質・根本は一つだろう。絶対神は一つである。そのことを認識した時、我々の生き方も、もっと違ったものになり、世の中だってもっと平和になるはずだ。今の世の中、絶対神が多すぎるのでは?。物事の本質を追求したところの中にしか、真実は見えないのかもしれない。

酩酊寸前にある頭で、ふと、そんなことを考えた。おっと、山の神が買い物に僕を召請している。ちょっくら出かけるか。酔いもさめたことだし。


2005年11月03日(木) 11月初頭の雑感。

早、11月になってしまった。歳月人を待たずとは、まさにしかりだ。そんな中、僕の身の回りでも色んなことがあった。ボスの入院をはじめ、親しく夜の社交を共にしていた「のりちゃん先生」までが、足の手術をしたとのことで、入院していたらしい。何度、電話しても不在だった。結構、議論好きな僕たちだったので、「愛想をつかされたかな?」と思っていたが、どうもそうではなかった。入院したと聞けば、僕が見舞いに来るだろうと、遠慮したそうな。水臭いといえば水臭いか?。何はともあれ、ボスものりちゃんも命を取り留めたことは幸いである。

てなわけで、僕としては二人との社交が途絶えてしまった。心なしか淋しい思いをしている。反面、ボスの抱えていた仕事を引き継いだので、日々、書類作成で大童である。生来、怠け者の僕が、こんなに仕事にはまると、僕の方が体調を崩しかねない。うんん・・・、これはちょっと、オーバーだ?。「まだまだ余力はありまっせ」というところだ。

何となれば、真夏やら真冬と違い、昨今の天気は上々。日増しに色づいていく山肌を眺め、心地良い秋風が僕の頬をなでる。春もさることながら、今の季節は最高のご馳走である。こんなご馳走を食べられるからこそ、仕事へのファイトも湧いてくる。「なせばなる。なさねばならぬ。何事も」という心境である。この季節と共に。

もちろん仕事ばかりで寝起きしているわけではない。夜の社交が減り、今、はまっていることと言えば、昔の映画を見ることがある。特にカンフー映画が好きである。カンフーは日本の時代劇みたいなものかもしれない。チャンチャンバラバラも面白いが、カンフーの達人達が色んな道具をつかい、器用に身をこなすしぐさは、また圧巻である。カンフーの達人が女性だったりすると、またまた目を奪われてしまう。独特の髪型に、カラフルで柔らかな服を身にまとい、まるで、天女のように、ヒラヒラ舞ながら、男達をなぎ倒して行く。このカンフー技には、惚れ惚れとしてしまう。「お化粧箱持ちでいいですから雇って」と言いたくなる。すると、天女は「フン」と、一瞥を投げて、威風堂々と去っていくだろう。そんな女性に男はまたほれるんだよなーーー。

これは映画である。映画だからこそあこがれもする。現実にそんな女性を女房にすると、カンフーを知らない男は災難に違いない。いつも、あざだらけ??・・・・。「あなたの優しさはどこにあるんだーーーー?」と言いたくなる。「あんたがだらしないからよ」。ごもっともでっす。

最近、ドラマで、「熟年離婚」というのに人気があるそうだ。熟年離婚ねーーーー?。「偕老同穴。わしゃ百まで、あんた九十九まで」と誓った言葉は嘘だったのか?。なんだか悲しくなる話だ。カンフーが強く、気の強い女性だったら、熟年まで待たず、「実家へ帰らせていただきます。とほほ・・・」と言って、男のほうから早々に尻尾を巻いて出て行くのだろうに。熟年離婚は、それそれに相応の理解がないと無理だろう。

11月はじめての備忘録が、あらぬ方向へ行ってしまった。この辺でお開きにしよう。









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