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2002年08月26日(月)→→→とりはだ

なんかすごい夢みちゃった。
藤木直人とキスする夢。
K子ちゃんだったら泣いて喜ぶだろうなー。
でも同じビューネくんだったら、押尾くんがよかったよー!
っていうかわたし、恋愛渇望症(そんなのあったっけ?)とか欲求不満とかそういうやつなの?
実は心の奥底で彼氏欲しーい!とか思ってるのかなー。
ま、いないよりはいたほうがいいとは思うけど。
でもいまは自分のことで忙しくって、そんなひまはないぞ。
そしてもし来年進学したら、さらに絶対恋愛なんてしてるひまはないぞ。
ドクターって仙人のような生活だ、と言うじゃない?
もしK先生の研究室に入ったとして、
ポスドクの先輩たちはみんな元東大生で、
わたしの卒研時代を見てるからわたしはバカだって知ってるはずだけれど、
それなりのアウトプットは求められるはずだから、
本当に寝る間も惜しんでがんばらなくては、と思う。
でも、それが大気化学だったら寝る間も惜しんでがんばるのも楽しいだろう。
楽しみと不安とでぞくぞくする。
科学未来館のボランティアも申し込んだし、それも楽しみでぞくぞくする。
藤木直人がなんだ!(笑)


2002年08月24日(土)→→→顔

男は頭だなあと思っていた。
でも顔かも。
好きな顔の人って、見てるだけでうれしくなるもんなー。
かっこいいとかそういうんじゃないの。
好きな顔って誰でもあると思うの。
だって女の子でも好きな顔の人見るとうれしくなるもん。
じっと見てしまう。電車の中とかでも。

そして嫌いな顔ってのもあるんだなあ…
たぶん、そのひとの中味って、顔に一番如実に現われるんじゃないかなあと思ってみたりする、きょうこの頃。
いや、別にそういう顔の人に出会ったわけではないのだが。
出会いたーい♪

***
一念発起して、学部の時の外研先の先生にメールを送って、ドクター受けさせてください、って頼んでみた。
いかに覚悟を決めているか、とかもちゃんと書いて。
拍子抜けするほどあっさりと、大歓迎ですよー一度遊びにいらっしゃい、なんて返事が返ってきた。
…あんまり考えこんで悪いほうに予想して落ち込んだりしてるひまがあったら、やってみるものなのかも…。
先生、先輩達、友人達、ありがとうございます。だいすき。


2002年08月21日(水)→→→誰かが落とした麦わらぼうしが波にさらわれて夏が終わる

夏が終わる。
夏が終わるのは、毎年身を切られるようにつらい。
どうしてかわからないけれど、最近はそうでもない。
終わりから目を逸らしているからだろうか。
終わってもどうってことないって知ったからだろうか。
すきなひとがいてそんなことはどうでもよかったからだろうか。
夏以外にも楽しいことはたくさんあるって知ったからかもしれない。

でもやっぱり夏はなにか特別な季節で、それは「なつのひかり」という小説があるように、なにかひかっている季節で、わたしは夏に焦がれずにはいられない。

今年も一度神宮に野球を観に行ったし、
花火も観に行ったし、
博物館にもたくさん行ったし、
実は夏を満喫しているのかもしれないが。

でもやっぱり、海に、行きたいな。


2002年08月18日(日)→→→片思いのメカニズム

GINZA連載中の吉本ばななのコラム「バナタイム」で、片思いのメカニズム、というものがあった。
片思いってしている人がとても多いけれど、むくわれないのにがんばる!みたいなものは呪いに近いような感じ、と書いてあった。
恋なんてものはお互いのエネルギーのレベルが一致すれば簡単に起こるけれど、起こらないものは起こらない、と。
わたしもそう思う。
わたしも、いわゆる「片思い」というのは近年ほとんど経験が無い。
だめならだめ、とさっさと諦める。
いけそうならいく、とさっさと突進する。
ずっとすきだったとして、それを相手に気付かれないなんてことは有り得ないと思う。
秋元康が、相手に気付かれないというのは、相手は気付いていて知らんぷりをしているだけで、それは失恋なのだと言っていた。
大体、すきなひとが目の前にいたら、うれしくて絶対絶対尻尾を振ってしまう。
そんなことはしないわーってひとだって、何らかの信号を発してしまうと思う。
それだけ、すきという気持ちのパワーは大きいと思うのだ。

それはよいとして。
わたしは最近恋愛に対してやる気がない。
というか、すきなひとが現われない。
すきなひとに出会えない。
すきなひととは、前も書いたけれど、無条件にわたしが素になってしまえるひとだ。
研究室モード(パブリックモード)でいなくていいひとだ。
そういうひとって、実はとても少ないなあと思う。
ストライクゾーンが狭くて理想が高いのかなあとも思う。
自分が「変な人」「難アリな人」に好かれがちだということに気付いたりして、さらにやる気が失せるきょうこの頃。


2002年08月13日(火)→→→男性恐怖症?

最近、「出会い」が少ないと言う人が多いけれど、そうかな〜と思う。
というか、わたしはきっと他の女の子の友達よりも「出会い」の機会だけはとても多いのだと思う。
4年生のときの研究室。
修士の研究室、その他まわりの研究室とかその他学校。
4年生のときの研究室の先生と仲のよい先生の研究室×2。
博物館実習関連。
これらは、構成要員のほとんどが男性で占められている。
しかし、これを「出会い」と呼べるのか…ビミョウ…

最近、ピノコねえさんに連れて行ってもらったテニスサークルに、たまたま参加していた他サークルの人、からたまに電話がかかってくる。
わたしは名前すら知らなかった(笑)。
テニスのあとのお茶で、本の話題で盛り上がったことしか覚えていない。
どうやら本を貸しますよ、と言って電話番号聞かれて教えて、かかってきたらしい(まるで他人事のよう…)。
こんなのも「出会い」なのかもしれない。
でも顔もうろ覚え。
親しくない人との電話は苦手だし、疲れる。

恋愛ってどうやってはじめるものだったっけ?
この人にさわりたい、って思うことがはじまりだと思っていた。
でも、さわりたい、って思う人が全然いない。
職場の男性の体臭に顔を背けてしまう(学生の時は体臭くらいどうってことなかった。というよりまわり中男の子だったから慣れてたのかも)。
電車に乗っていても駅を歩いていても、まわりの男の人を見ると、うわっ近寄らないでと思ってしまう。
拒否反応?男性恐怖症?

どんどんどんどん、自分の許容範囲が狭まっていく気がするなー。
若手かわいい系男子を最近目の当たりにしていないからかしら。
気はすすまないけれど、合コンでも行って感覚を取り戻さないといけないのかなあ。面倒くさい…。
二岡と出会いたいよー。
あーこれってときメモにはまる男子と何ら変わりないんじゃないかしら。
現実から目を背けているだけなんじゃないかしら…。


2002年08月07日(水)→→→cry for the moon

なんだか最近毎日毎日進路だとか、体調をよくするにはどうしたらいいのかとか、仕事とか、考えてばかりでベクトルが内向きっぱなしだったようだ。
だいすきな夏なのに、暑いよーでもクーラー寒いよーだから体調悪いんだよーとかそんなことばっかり思っていて、太陽のことなんて考えもしなかった。
近所の小学校から子供の声がしていないことや、みなとみらいに人があふれていることや、電車がちょっとすいていることに、気が付きもしなかった。
きょうの帰り道、コスモクロックとみなとみらいのたくさんの人を見ていて、あ、夏なんだ、と思った。
このままじゃ、暑いよーってうだっているうちにわたしのだいすきな夏が終わってしまう、と思った。
こんなんじゃいけない。
いつも夏の色に憧れるだけ憧れて、いざ夏が目の前にあっても、見向きもしないで「自分の中の夏」に憧れ続けている、そんなつまらない人間になっている気がした。
それこそ、cry for the moonってやつではないか。

恋がしたくなってきちゃった。
やっぱり夏といえば恋なのかしら。
ほんとうにわたしの思考回路って短絡的だなあ。


2002年08月02日(金)→→→tomboy

昨日のすごい花火の人手のせいで、かねてから残業帰りに実行しようと思って出来なかった「スタバでフラペチーノを買って歩きながら飲む」を実行。
昨日の暑さに比べて、雨の後涼しくなってしまい帰りの電車で寒くなっていて、あまりフラペチーノ日和ではなかったのが誤算だったけれど。
ま、とにかくクロスゲートのスタバ(ここはこの観光地でも比較的すいていておすすめ)で「ランバフラペチーノ」を買う。
最近出たオレンジジュースと緑茶のフラペチーノ、にもちょっとこころが揺れたけれど、やっぱり仕事帰りの疲れた身体にはあまーいあまーいオレオ風味のランバフラペッチーノでしょ。
駅から家までは徒歩20分くらいかかるのだが、わたしはそこを歩いて帰るのが好きだ。
考え事をしたり、歌を歌ったり(小声でね)、散歩中の犬を観察したり、そんなことをしていると20分なんてあっという間。
その時間に、歩きながら大好きな甘いフラペチーノを飲めるなんて、とても素敵。
わたしはお嬢さんなので(冗談ですよ?)、お行儀の悪いことをするととってもわくわくする。
歩きながらものを食べたり飲んだりするのなんて、お転婆な女の子みたいで素敵じゃない?
車の助手席のシートで膝を立てて座ったり、明治神宮の階段にスカートのまま座ってみたり(これは明治神宮の人に怒られてしまった…)、教室の机に座っておしゃべりをしてみたり、そういうのが好きだ。
もちろん、いつもやるわけじゃない。
たまーにね。
美輪明宏がわたしはお転婆さんだから自分で車を運転してどこへでも行ってしまうのよ、って言っていたのがとってもかわいくって、わたしも“お転婆さん”になりたいなあと思ったりしている。
だから、マリや萃やつぐみに憧れちゃうのだ。
お転婆さん、は時には傍若無人だったりもするけれど、いつだって自分の心に正直で、いつだって縛られていない。
くだらないことに縛られて自分で自分を制限してそれを他人のせいになんてしたりしない。
やりたいことがあったら、やればいいのだ。
そんなことやってられる身分じゃないとか、そんな呑気じゃないとか、もっと現実を見ないととか、そういうくだらない考え方はしない。
そしてそういう考え方をしている人って、お転婆さんにくらべてとっても窮屈そうで退屈そうだ。
なんでもやりたいからやるなんて子供だ、とそういう人たちは言うだろうけど、それってお転婆さんに対する単なる嫉妬じゃないのかしら。
現実、とか人生、って人それぞれ。
人生を貪欲に楽しもうとするお転婆さんは、きっとその分たくさん努力とかをしていて、でもそれを「努力」だなんて思っていないのじゃないかしら。
自分が欲しいものを手に入れるための努力は、しなければならないもの、ではなくて必然とか、当然、だから。
そんな素敵なお転婆さんになりたいなあと思うきょうこの頃。

---出典元をいちおう。
マリ-->「放課後の音符(山田詠美)」収録「Crystal Silence」
萃-->「N・P(吉本ばなな)」
つぐみ-->「TUGUMI(吉本ばなな)」 


2002年08月01日(木)→→→夏の夜に咲く花火が僕達を繋ぐ最後の絆だと誰かが言った

8月になってしまった。早い。
きょうは横浜は神奈川新聞の花火だった。
神奈川新聞の花火とは、わたしにとって特別な花火だ。
絶対に、友達とは行かない花火だ。
従って、特別な年にしか行かれない。
今年はもちろん行かなかった。残業残業!
(というより定時の17:30から2時間にわたってミーティングが繰り広げられてしまい、行く予定だったとしても行かれなかったんだけど)
そして帰り道にたくさんのカップルに囲まれて、ああ失うものがないって平穏だなあと思ってしまい、ちょっと苦笑してしまった。
失うものがないのは楽だけれど、そのぬるま湯から抜け出せずにずるずると、気が付いたらあーらあなたいくつ?みたいなことになりそうだ。
だって自分の好きなことや夢を叶えるための努力(努力ってことばをあえて発するのはすきじゃないけども)とかに夢中になっていると、ついついぬるま湯から出ることを忘れてしまうのだもの。
つくづく、メモリの少ない人間だわ…
本当に最近、研究のこととか博物館のこととか音楽のこととか野球のこととか、そういうことで頭がいっぱい。
っていうかむしろ科学に恋してるからなー。
ばかばかしいけれど、それって人間に恋することから逃げてるってわけでもなくて、けっこう生活楽しいから困ったものだ。
きっと独身体質なんだわ。

「素敵な夢を叶えましょう」




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