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氷砂糖

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切りたかったもの
2004年11月30日(火)

11月初めに髪を切った。毛先も痛んでいたし、ロングにも飽きたし、というのが主な理由だ。が、実を言うとすこしだけ、別な理由もあった。髪を切ることで、自分のなかの甘えや依存も、外に出さないようにしたかったのだ。かたちから入ればいずれ中身もついてくるか、ということには懐疑的だけれど、心構えとして意識したかったのだと思う。

わたしは25歳のとき、3年くらいしたら大人らしい女性になりたい、と夫に言っていたらしい。しかし28歳になっても、あまり大人らしい女性にはなれなかった。30歳くらいには、大人になってなきゃ不味いよなぁ、と思ったものの、次の誕生日で31になろうという今も、やはりどうも「大人」という感じはしない。もともとのパーソナリティも子供っぽい部分が多いうえ、第一本当に大人になりたいと思っているのか? といわれれば即答できない。

人間には精神年齢と社会年齢と肉体年齢があるという。わたしの場合、肉体年齢はごく普通に年をとっているが、社会年齢は(かろうじてパートをしている程度なので)さほど進歩がない。そして精神年齢は、どう考えてもとても幼い。せめてかたちだけでも、大人として振舞わなければ……という発想自体、あまり大人のものではないかもしれない。

それでも。大人のふりくらいできるようになりたいし、なるべく大人として生きなくては、という決意を短い髪に対してもった。これはわたしだけかもしれないが、髪が長いと、言動が緩くなり、周囲に依存するところが出てくるのだ(勿論ロングヘアでも自立していてしっかりしてるひともたくさんいると思われるし、そういうことに左右されないひとも多いのだろう)。短くしたことで甘えを断ち、洗ったり乾かしたり手入れしたりする時間も短縮し、外見にあわせて言動も落ち着いていくよう願い、こころがけた。

1ヶ月くらいたって、髪はだいぶ伸びてきた。髪が伸びるのは早いほうなので、また切りにいかなくては、と思うとすこし面倒だ。そして内面のほうは変わったか、というと、残念ながらそんなに伸びていない。しかし気持ちは変わらない。大人に少しでも近づけるよう、少しずつでも努力したいと思う。

家では甘えたいなとか、好きな人に依存してしまう部分は消えそうにないけれど。



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