stray notes

氷砂糖

My追加

こころのこり。
2003年04月29日(火)

いつもどこかに、忘れ物をしている気がする。何度も振り返る。そのときは思い出せない。人と別れてから、何か言い残したことがあるような気がする。立ち止まって考える。答えは出ない。

* * *

実際、現実によく忘れ物はするんですよね。通勤途中にハンカチがなかったり腕時計がなかったりに気づくことは多いし、今日は何も忘れてないだろうと思ったらコンタクトケースを忘れていたりするし。GW前には、職場に歯ブラシと櫛の入ったポーチを忘れていたし。だから「何か忘れてるのでは……」と反射的に思ってしまうのは、仕方がないようなところもあるのですが。

最近実家に行って、ああ、わたしはいろいろなものを置いてきてるんだな、と思いました。それらがなくても生活は成り立っているので、絶対必要、というわけでもなさそうなもの。それでも今実家が焼失でもしたら、その喪失感は耐えがたいだろうもの。だけどすべてを持ち込むことは不可能だし、もし運べたとしても、すべてを実用はできないだろう、わたしがふだん忘れているものたち。

記憶においても、感情においても、人付き合いにおいても。そういうものがわたしには、たくさんある気がするのです。


なぜこの時期に
2003年04月28日(月)

喉が痛い。どうやら風邪をひいたらしい。土曜に弟と実家に行き、家の掃除をしたのだが、そのときに彼は「風邪気味だ」と言っていたので、もらってしまったのだろう。わたしにうつって、彼の風邪が治るならいいのだが。まぁ4月1日からずっと、新しい仕事と職場と人間関係と環境で気を張っていたので、「あーGWだー」と気が抜けて、ひいてしまったような気がしないでもない。でも、基礎体力とか免疫力のあるひとは簡単に風邪をひかないものかもしれないので、基本的にわたしが軟弱だから、ということなのかも。しょっちゅう風邪をひいたとここに書いてるような気もするし。

今回のGWは、珍しく連休がとれた(今までの職場は暦どおりのことが多かった)のだけれど、もともと大きな予定は入っていない(小さいのはいくつかある)から、今風邪をひいても困らないといえば困らない。ただ、どことなく(風邪の時期でもないように思うし)間抜けな気はしますね。一応薬を飲んで、早く寝ようと思います。

ここを読んでいる皆様が、よい日々を過ごされることを祈りつつ。


初歩の初歩からつまずいて
2003年04月21日(月)

「雨っていやですねー」と言われ、言葉に詰まる。わたしは雨も嫌いじゃないんですが、かといってこのひとだってべつにロッカー室でたまたま一緒になっちゃって、黙ってるのもなんだし話題が天気のことくらいしかなさそうだしで口にしただけで、べつだん雨が嫌いで仕方ないってわけでもないだろうし、少ししか一緒にいないのに晴れと雨の論戦がしたいわけでもないだろうし、まあわたしも晴れのほうがいいといえばいいし、ときには雨で困ることもあるんだけど、どちらかといえば雨にぬれるのも雨を眺めるのも雨の中傘をさして歩くのも大好きで、ここでいやといってしまうと嘘つくみたいだし、それだけじゃなくてこれからも雨のたびにそういわなくちゃいけないことになっちゃうかもしれないし、とかなんとか考えつつ「それもそうですねー」みたいなことを感情のこもらないまま言ってしまった。こういうことをいちいち言葉にしながら考えるからテンポがずれるんですよね、たぶん。もっと回転を早くするか、あまり考えず口先だけで合わすとかできればいいのかな……。しかしこの日の午後はきれいに晴れていたなぁ。夕方やけに風が強かったけど。

少し歩くと、外では藤の花房が重くなっていたり、ハナミズキが花開いていい香りがおりてきたり。桜はほとんど葉っぱになって、しかも青々としているけれど、八重のはまだ咲いてますね。これも散るときは花吹雪になるのかな?

意識が遠くへ飛びたがるのは、現実がつらいからなのかな、と漫画喫茶で思う存分逃避しながら思う。この程度でつらいとしたら、本当に大変な人からは怒られてしまいそうだけれども、こういうものは相対的なものでなく、絶対的なものなのかもしれないし。深刻で重大な辛さではなくとも、漠然と緩やかな、それでいて確かな辛さがあるのだ。


春のせいならいいのだが
2003年04月20日(日)

どうしてこんなに眠いのだろう? 最近、きちんと睡眠時間をとったはずの日にも、夕方から夜のあいだに無性に眠くなり、30分から1時間半くらいがーっと寝てしまうことが増えている。しかも夜眠れないことはないあたり、今までと違って不気味だ。以前は日中に寝ると、夜、寝付けないことが多かったのに。

仕事が変わって、環境や内容や人間関係が新しくなって、疲れてるのかな……それならしばらくして元に戻るのだろうけれども。からだやこころが弱っていて、眠りを異様に必要としているのなら、困るなぁと思う。春で寝心地良くてひきこまれる、というだけなら平和でいいのだが。

* * *

先日、耳の不自由なかたに施設の説明をすることがあった。最初はわからずに、普通の声の大きさとペースで話してしまったのだけれど、途中で申し訳なさそうに言われ、やっと気付き、ゆっくりはっきり丁寧に、少し大きめの声で話した。はじめから、こちらがもっと気を配っていればわかったのかもしれない。もっとよく見て感じなければ、と思う。その方はわたしの口元を見ていたようなので、ふだんからきちんと口を動かすようにしたほうがいいのかな、とも思う。気を使いすぎるのもよくないらしいが、たいしたことではないので、できることはこころがけたい。

* * *

人と付き合うとき、まずわたしはそのひとをぼんやりした雰囲気でとらえているらしい。判別や区分が苦手なので、カテゴリ分けもあまりできていない、というかしようとしても大雑把にしかくくれない。それでも外面は悪いほうではないから、こころ開かなくても、わけもわからないまま愛想よく応対していると思う。そのうち付き合いが長くなると、輪郭がさだまり、色が鮮明になり、形が把握できるようになる。そこから多少の合う合わないとか、あまり好きでないとか妙に惹かれるとかのふりわけが可能になる。そしてやがて大好きになったり、気に入ったりすると、こころの大事な場所にしまわれる。あたまのほうはあまり覚える力が強くないので、離れたり疎遠になったりすると加速つきで忘れていくか、忘れなくてもひきだせなくなるが、こころに残っていれば引き出せることが多い。

現実に会っていても、心通い合うまでいかなかったひとは、あまり記憶にとどまらない。実際は会っていなくても、心の一端にふれたことのあるひとは、比較的長く記憶を維持できる。わたしはそんな風に記憶を処理している気がする。


わたしがわたしであるかぎり
2003年04月18日(金)

「お給料が入ったらやりたいことリスト」を、HPのMemo欄にあれこれ書いておいたのだが、ここ数日で少しずつ消化している。髪は切ったし、クリーニングやさんにも行ったし。あーそういえば服を出すだけ出して取りに行ってないな。明日くらいには行かないと。ちなみにパスケースは給料が入る前にカードで買ってしまった(そんなに高いものではないです。それすら現金では買えないほど困窮していたのでしょう)し、あとは歯医者。嫌なものが残ってるなぁ。

今日は暑くて上着がいらないくらいだった(それどころか半袖の人もいた)けれど、きっちり制服を着たまま働いていた。いつ、夏物に切り替えればいいのか悩む。しかしまだ春を楽しみたいのにな、とも思う。道沿いの木々もだいぶ緑が濃くなり、下手すると初夏みたいな雰囲気。週末天気は崩れるという話もあるし、どういうスピードで今年の季節が巡っていくかはわからないのだけれど。わたしが植物だったら、いつ咲いていつ散っていつ芽を出しいつ葉を茂らせ枯れていけばよいのか、周りを見て必死でついていかなくれはならないだろうと思う。動物であっても植物になっても無機物になっても、「わたしがわたしであるかぎり」、やはりとろくて気がきかなくて要領が悪い存在だろうなと思う。

昨日は久しぶりに3月までいた職場に行き、たてかえてもらっていたお金をわたしに行った、のだが。15日に会った人と話したことが、もうそちらにいる人たちにまで届いていて、ひっくりかえりそうになった。なんという伝達の早さ! わたしは自分が忘れていく人たちに顔や名前を覚えられていると、指名手配されてるようでいやなのだなと気づく。わたしは向こうを知らないのに、向こうはわたしを知っている、というのはあまりよい気分ではない。とくべつよい風に記憶されてるとは限らないし。自分のデータは、自分が好いていたり親しくしたりしている人たちにしか渡したくないな、という気がするのだ。こういう考え方は変なのかな?

昨日は10時半に寝たので、今日はすこしだけ調子がいい。といっても、ほんのすこしだけれど。体調が悪いことも多いので、ほんのり嬉しいなと思う。


備えあれば憂いなし?
2003年04月15日(火)

Days、というタイトルはどうもよくないな。毎日は更新できなさそうなのに、書かないとなんだか義務を果たしてないような気がしてしまう。でも、とりあえず他に適当なことばが思いつかないので、しばらくこのままです。say to myself、は気に入ってましたが、向かうときの気分が多少違うので、戻すことはしません。一度形を決めると、そこにはまらなくては居心地が悪くなる、というのはいつものこと。こういうのも自縄自縛というのかな……。

* * *

仕事帰りに寄った場所の近くで、昔の職場の人と会う。会釈だけして通り過ぎたかったが、話し掛けられたので少し立ち話。ふいに聞かれたので、うまく話をそらすことができず、今の職場のことも話してしまう。向こうに悪意はないし、むしろ善意のかたまりのようなかたなのだが、分かれた後がっくりした。わたしはその場所を離れると、関わった人たちの記憶から薄れ、やがて消えていきたいと思っている。ものすごく気が合ったり、話が合ったりしていれば別だけれども。思い出されたり、話題にのぼったりもしたくないなと思う。なぜならば、わたしは忘れていくから。覚えていることができないから。

夜、眠かったけれどワードのおさらい。仕事で「使える?」と聞かれ、「どのくらいのレベルでしょうか」と言うと、「いや、単に文がローマ字入力で打てればいいんだけど」と言われ、「あ、それくらいなら」とつい答えてしまったのだ。よくよく考えてみると、使っていたのはかなり前だし、どういう文を打つかによっては全然使えないことになるのでは、と焦ってこのPCであれこれ試してみた。大丈夫かな……どうだろう……。悩みながらもひとつ気づく。画面だけ見て、文字を打つことができてる。おや? いつのまにタッチタイピングOKに? 昔は母音の位置と、よく使う子音の位置しか覚えてなかったのだが。夫にそう言ってみると、「そのスピードで打ってるんだったら、当然できてると思うよ」とのこと。でも真面目に勉強したこととかないので、かなり自己流で変かも。いまいち色々不安だし。

* * *

今日(4/16)は、その仕事がまわってきませんでした。よかった……のかな、やっぱり。でももうすこしちゃんと勉強しておこう。何があるかわからないし。


あるブティック(旧コラム+α)
2003年04月14日(月)

その道を通るたびに、あ・いいな、と思うブティックがある。質の良い素材を、丁寧に仕立てた感じで、デザインもベーシックで、色や柄も派手過ぎず地味すぎず、全体に抑えた華やぎがあるような服・小物たちが並んでる。値段はまあ妥当かな、という高さ。ときどき安くしていることもある。

なんとなく、販売員さんの雰囲気もいい。でも、ターゲットは30代くらいかな、
という気がどことなくする。落ち着いた、大人の女性に似合いそうな。もうすこしうまく年を取れたら、一度買って着てみたいなーと思う。しかし精神的・経済的に成長度は遅いほうなので、40代になっても、似合う自信はできず、眺めるだけで終わってしまうかもしれない。

* * *

という文も昨日の欄にコピペした内容と同じ時期に書いていた。このブティックは(店先に出ていたものについて聞きたいことがあり)、去年、中に入った。そして実際は、イメージより年配の方向けだったようで、40代半ばくらいがちょうどいいのかな、と少しがっかりした。

* * *

日常をそのまま書く気にならないとき、ネタ帳が残ってるのは便利だな。ただ、前にもここへ転載してないか(重複していないか)が気になるけど。


29・30(旧コラム+α)
2003年04月13日(日)

図書館の棚を見ているとき、29歳と30歳を題材やタイトルにした女流作家の作品がちらほらあることに気付いた。わたしは、2002年3月で28歳になる。28歳になったら、29を、29歳になったら、30を読んでみようかな。

こっそりとそんなことを思ったが、必ずしも無事その年齢になっているかはわからない。でも、無事にその年を迎えていたら、とひそかに楽しみにしている。

しかし内容がはずればっかりだったらどうしよう..

* * *

という文章を、27歳あたりで書いていたことを思い出す。実際に最近29歳になったが、現実に28のときに29、29になって30、という年齢の女性を書いた本を読んだか、というとそんなことはない。

今は20代最後の年だし、次は30になるのだから、なんとかもうすこし成長して、20代の自分よりは大人になっていなければ、と日々努力中ではあるけれど。時間を大事に使おうと思っているけれど。子供がいるわけでもなく、家事が得意でもなく、うちこんでいる趣味もなく、仕事ができるわけでもないわたしは、どう考えても同年代の女性に比べて、公私共に劣っている気がするので。周りと比べても意味がないし、参考にもできない気がするのだ。

というわけで、そういった本を読むことなく、ひたすら自分の中でだけ模索していくことになりそうだ。願わくば、40くらいになったとき振り返って、よかったと思える自分でいたい。時間的にも経済的にも肉体的にも余裕があり、安らかな心地で、そういった本を読める程度に。


見えるものしか見えなくて
2003年04月11日(金)

昨夜、昔の職場の人から電話があった。1・2回会ったことはあるらしいのだが、それくらいで「人の名前や顔を覚えるのが大の苦手、忘れるのは大得意」のわたしが思い出せるわけがない。一体何の話があって電話がかかってきたのか、相手は何を求めてかけているのか、さっぱりわからないまま話をした。途中でなぜ電話をかけてきたのかはわかったが、わたしのような役に立ちそうもない人間に聞いてどうするのだろう、と思いながら答えた。あちこちで世間話が混じっていたが、それにもどう相槌をうてばよいかわからず、しどろもどろになりながら会話をした。

用件が解明したら早く切りたかった(ネット中だったし)のだが、どこで切ったらよいのか、どこが区切りなのかさっぱりわからず、それでもなんとか終わったときにはとてもほっとした。普段ほとんど電話を使わない、というよりものすごーく親しい人としか喋っていないので、こういうときにかなり困る。学生時代は、長電話もそれなりにしていたけれど、その頃はこんなに疲れなかったんだけどな、と思う。相手がどんな人で何を考えていて、話をどこに運びたがっているかが皆目わからないこと、そしてその相手に対し話したいことも聞きたいこともとくにないこと、などが原因だろうけど、こういうことでただでさえ減っている時間と気力と体力を消耗するのは、なにかとても不毛な気がする。

今日職場で、いつもにこにこと話をしているひとが、実はからだが弱く、ここ数日はとても体調が悪かったことを知った。わたしは全般においてかなり鈍いほうで、基本的に「見えるものしか見えない」。だから、そのひとがまわりに気を使って元気なふりをしていることにも気付かなかった。気付かせまい、としていたならいいのかな、それとも本当は気づくべきだったのだろうか、と考えると申し訳ない気分になった。反省したところで、見えるようになるか? といわれれば、それはたぶん違うのだろうけれど。


盗み聞きするつもりはないけど
2003年04月10日(木)

昼食をとっていたとき、隣の席のひとたちの会話が、妙によく聞こえて困った。べつだん聞かれて困るような話をしている風ではないのだが、かといって周りに聞かせるために話しているわけでもないのだろうし。しかし聞こう、と思っていたわけでないにせよ、結局聞いてしまっていた。

どうやらふたりは、就職活動中の大学4年生であるらしい。男性のほうは、少し誇張がありそうだけれど、行動的な感じ。女性のほうは、素直で嘘がつけない感じだけれど、少し天然かもしれない。新宿で会社説明会の帰り、芸能人を見た、とかいう話題で盛り上がっていた。話してること自体がというより、話している雰囲気が楽しげで面白い。

いつもは食後、多少水や飲み物など飲んで休んでから店を出るのだが。今日はなんとなく、食べてすぐに席を立った。お金を払ってお店を出て、近くの本屋に入ってグイン・サーガの新刊を買って、バッグに入れ……。ようとしたところで気がついた。料理が来るまでに読んでいた、ドイツ語の本(注:ドイツ語で書かれた本ではなく、ドイツ語を勉強するための本)がない。話に気をとられて、席に忘れてしまったのだろう。急いで取りに行ったら、店員さんが笑ってカウンターを指差していた。





頭痛につき
2003年04月09日(水)

頭痛があるので早めに寝ます。

……という内容でupしていいのかなー? これだけなら更新しないほうがマシなのかなー? 悩みつつ、今回はこれで送信。それだけかよ! と思ったかたがいたらごめんなさい。次回どうするかは考えます(^^;


さくらさくら
2003年04月07日(月)

昨日は四ツ谷〜九段下間の桜を見るため歩き回ったので、くたびれてとっとと寝てしまった。美味しいお酒を飲むと、しばらくは安くて適当なお酒が物足りなく感じるように、沢山の桜を見た直後は、地元の小さい桜を見ても、感じるものが少なくなってしまった。しかし昨日は、体力ないのに歩きすぎたな。おなかが減ってるとき、いつもより余計に注文したけど、実際食べられる量はいつもと同じ、という場合のつらさを思い出す(たくさん桜が見たかったので、歩けるような気がしたけれど、体力はいつもと変わらないので、限界はすぐに来た、みたいな感じ)。

写真を撮っている人が沢山いた。抱き合ったり、キスしたりしてるカップルも結構見かけた。団体で、火器を持ち込み、キャンプのようになっている場所もあった。大学の入学式が近くであったらしく、新入生も山ほど見た。携帯で話してる人が多いな、とか、頭の毛が黒いひとって少ないな、と思う。わたしは写真を撮るのも撮られるのもそんなに興味がないほうだけれど、撮りたくなる気持ちはゼロではないので、うまくとれてるといいねと思う。スキンシップは好きなほうなので、恋人達はしあわせだといいなと思う。団体でのんでるひとたちも楽しそうだなと思う(火のしまつは、気をつけてほしいけれども)。新入生のひとたちは、うれししそうだなと思う。桜が咲いててよかったねと思う(去年はもう散っていたような気がするし)。晴れているし、本当にこの世の春、を謳歌する感じかな、と思う。

いつか消えてしまう命だから。だから適当に、勝手に生きていいというものではなく。必ず限りある命だからこそ、大事に懸命に、精一杯生きたほうがいいのだろう 。次の瞬間、解明されていない病気に感染してしまうかもしれない。通り魔に刺されるかもしれない。交通事故にあうかもしれない。いつ、終わりがくるかはわからない。そういうことを知ってからは、桜も、その下で写真を撮る人も、騒ぐ人も、抱き合う人も、みな、いとしく思えてしまうようになった。

* * *

ちょっといいかげんだけど、昨日のことを今日の日付で書きとめておきました。ちなみに今日は、近所の夜桜を見られて嬉しかったです。わたしは夜桜が一番好きなので。


サクラチル?
2003年04月05日(土)

昨夜はコーンフレークしか食べなかったので、空腹のため目がさめた。外は雨。でも雲は冬のようにどよーんとしてなくて、ぼんやり明るい。軽い朝食をとってから、山本文緒「ファースト・プライオリティー」を読みはじめる。これは図書館で予約をかけていて、2回順番が来たのだけれど、当時公共図書館でバイトしていたため(一般の人を優先して)、見送っていた本。4月に転職したから、もういいかな、と3回目にまわってきたのを借りたもの。

途中で紅茶をいれる。わたしはお茶をいれるのもあまりうまくないのだが、これは茶葉がよいので、それなりに美味しい。この本は31歳の女性にまつわる31の短編集。この作者の作品はだいたいどれも好きだけれど、この本もとても面白かった。読後は、心あたたまるのもあり、心苦しくなるものもあり。でもどれも不快ではなく、文を追うのが楽しかった。文庫になったら絶対買おう(すみません、扶養範囲内で働いてるんで、ハードカバーを買うお金も、おく場所もないんです……)。楽しみに待っていよう。それまで生きてるかはわからないけど、待つのはあまり苦にならないほうだから。

午後は起きてきた夫と、車でファミレスに行く。清算には、以前わたしがプレゼントキャンペーンで当選した無料券を使う。こういうのって、早めに使わないと存在を忘れてしまい、期限がすぎてしまうことが多いので。ちゃんと使えてよかったと思う。券は全店有効で、そのファミレスは家からいける範囲に幾つかの店があるのだけれど、夫は桜並木近くのファミレスに連れて行ってくれた。食事中、窓から桜が見えた。雨も風も強い。満開一歩手前くらいだったのか、ある程度もちこたえているけれど、やはり花が重そうになっている。風でちぎれて、まだ落ちる時期ではなさそうなものまで散っていく。植物としては、雨も風もそんなに辛くないのかもしれないけど。見ていてちょっと痛々しいな、と思ったりする。

スーパーで夕食や、明日の朝食の買い物をして帰宅。雑誌を眺めたり、通勤用の文庫本を一気に読みおえてしまったりする。雨は強くなったり弱くなったりしながらも、やむ気配があまりない。今年は花見に行けないかな、とぼんやり思う。


若く見られても嬉しくないのは。
2003年04月04日(金)

本日は、愚痴や弱音や泣き言もでてくるかもしれません。そういうのが苦手な方は、戻るボタンで戻ってもらえるとありがたいです。

うーん。今日は仕事でふたつ恥ずかしいことがありまして。ひとつは計算間違い。もともと数字扱うのは得意じゃないんですが(文字を扱うほうがまし)、丁寧に落ち着いてやればなんとかなる内容でした。が。カウンタで応対しながらだと、どーしても集中できなくって、その結果両方ともぼろぼろでした。確かめはべつのひとがしてくださるし、間違ったら殺されるというものでもないですが。人として恥ずかしかったです。

もうひとつ。電話、保留押すの遅れて、うまく事務室の方につなげられなかたんです。しばらくして気付いてかけなおしてつながりましたが、かなり辛かったですね。うー。はじめて使う電話だったけど、簡単な説明はされていたのに、あがったり焦ったりしてぜーんぶすっ飛んじゃったんだと思います。最近は就職も激戦だから、新人さんだってこんなに間違わないでしょうに、あーあー。一応社会経験あるはずなのに、何も学んでないんだなー。29にもなってこんなにぱーだと、生きてて恥ずかしいです。

生活経験値が人よりかなり低くて、学習能力や記憶力も少なくて、それでも無理やり働いているし、なんとか生きていってますが。スタートラインが皆よりずっと後ろにあるんだから、本当はもっとうんと努力しなきゃなんだなーと、はるかかなたをみて溜息ついてるような感じです。

またもうひとつ心苦しい、というか二重に罪悪感がわくのは。どうも見た目と中身にけっこうギャップがあるらしいんですね。しっかりしてそうにみえるとか、落ち着いてみえるとか言われましたが、本当に全然、まるっきりそんなことはないんですよ。顔に出てなくても、心は不安と恐怖であふれてて、すーぐちいさなことでパニックに陥ってるんです。仕事できそうでできない、ってそれならできなさそうでできるほうがいい、あるいはできなさそうでできないほうがましだと思う……。

実年齢より若く見られて(新卒の人に同い年かと思った、研修でタメ口きいてごめんなさいといわれてひっくり返りそうになりましたが)も少しも嬉しくないのは。皮膚とか、体つきとかはちゃんと年相応に老けているので。おそらく立ち居振舞いとか言葉遣いとか礼儀とか雰囲気とか……そういう内面からにじみでるものが、おそろしく年相応でないのだろうと思われるからです。

少しずつでもギャップを埋めるため、経験や知識を積み上げていかなきゃいけないんだよなーと考えていますが、いまこんなこと考えてるのも情けないんだろうなーとぐったりしてしまいました。


昨日より抜けてる
2003年04月03日(木)

朝、背筋が寒くなるような夢を見たので、しっかりと布団をまきつけて、もう一度眠りに入りそうになった。が、時計を見たら起きないと不味い時間になっていたので、ぐにぐにと体をよじって起きた。ばたばたと食べて歯を磨いて着替えて化粧をして、荷物をつかんで外に出る。

駅までの道を歩きながら、今何分かな、と腕を見たら時計がない。指輪もするのを忘れていた(ちなみにこの時点ではわからなかったが、コンタクトケースも洗面所に忘れていた)。うー、と思うが戻る余裕はないので、歩く速度を上げる。結局昨日より数本速い快速に乗れた。ラッシュにもまれてるんだから、少しはやせたらいいのにな、と頭の片隅で思う。どうもコンタクトをしてると、周囲の人と目があいやすくて困る。できるだけ車内吊りを見て過ごそうと思うのだが、大体同じような位置の車両にいるのか、何度も同じ雑誌の見出しを読んでいる気がする。ターゲットとなっている年齢層と違うので、あまり面白くはないが、惰性で眺めてしまう。

今日は仕事で少しほめられたので、ほんのり嬉しい。帰りに最寄駅の桜をちらっと見る。人が凄いな。写真を撮っている人がたくさんいる。外人さんも多い。たしかに本当にきれいだけど、なんだか悲しくなってきた。来年も会えるはずなのに、いつまでもとどめられないことがせつなさを呼ぶのだろう。春夏秋冬、いつでも桜が見られたらいいかといわれればそれは違うのだけれど。

ほかには寄り道せずまっすぐ帰る。昨日ここに書いておいたのに、図書券の補充を忘れたので、本屋に寄る気になれないし。少しずつ懐が淋しくなっていることもあるし。それに何より、家事がたまっているので。今日は夕食作りが免除になったから、こういうときにしたほうがいい気がしたのだ。

洗濯をして、コインランドリーに持っていく。今日晴れてたのにな、と思うと勿体無い気もするが仕方ない。慣れたらもう少しうまく時間を使えるかもしれないし、使えなくてべつの方法を考えるかもしれないし。布巾を洗浄したり、アイロンがけをしたり、合間にネットをしたり。かわいたものをとりに行く途中、近くの小学校の桜を見た。こういうところの桜も可愛くていいなと思う。なぜかあまり淋しくない。間隔や種類がまちまちだからだろうか? 美しくないもののほうがほっとする?

昨日買った文庫は、珍しくゆっくり読んでいる。先が気になるというより、少しずつ楽しみたいタイプの本なのか、わたしが疲れてるのかはよくわからない。のってくると一気に読んでしまうほうだし。時間がかかるのは勉強系の本だし。そういえば図書館の本がたまっている。期限は2週間なのだけれど、どうもぎりぎりに読むくせがあっていけない。返さなくてはいけない本ほど先に読むべきなのに、つい買った本から読んでしまう。そう言うと、買いたくなるほど読みたい本なのだから、借りるまで待てる本より読みたくなるのは仕方ないのでは、といわれたことがある。なるほど。


魚座最悪の日。
2003年04月02日(水)

朝、時計がわりにつけていたTVで、占いが流れていた。食べたり着替えたりしながら、ふーんこの時間の占いは、運勢のいい順に発表するのか、魚座はなかなか出てこないなーと思っていたら。魚座は最後に出てきて、「今までの努力が水の泡になるかも」とかなんとか女性のアナウンサーがにこやかに喋ってる。えーと。占いを心底信じてるかといえば違うけど、そういわれると気になってしまう。

だから、というわけでもないが、玄関を出て道路を渡って50mくらい歩いたあたりで、忘れ物を思い出した。制服や書類の入った紙袋! あれがないと仕事にならない! 急いで引き返して、とってくる。遅刻したらどうしよう、と早足で歩いたら、雨の中、昨日に比べかなり寒いのに、うっすら汗をかいてきた。

なんとかのりこんだ電車は、ひとがいっぱいで暑くてたまらなかった。うあー化粧が落ちるーと思いながら顔をポケットティッシュでおさえていたが、途中で冷房(!)が入ってくれたのでとても助かった。こういうときの風は、人工のものだとうとなんだろうと気持ちがいい。

仕事が終わって、今日はまたべつの方向に歩いてみた。職場の、もうひとつの最寄駅近くに出た。古本屋さんがあるあたりも通る。雨が似合うね、と思う。もっと歩いていくと、普通の本屋さんに出会う。そういえば今日、読む本きらしてるんだった、と思い出し、ふらりと立ち寄る。手前につまれている文庫の新刊から、ひとつ選んで買う。手持ちの図書券が切れたので、帰ったら補充しなければ。

またしばらく歩くと、川の近くにある駅がみえた。たしかここからも乗り継いで帰れたはず。川と周りの緑を見ながら、そちらに向かう。すこしだけ、薄ピンクのかたまりも見られる。川の一部に、ピンクの粉を撒いたようになっている場所があった。画材をとかしたみたいだな、と思う。眺めながらも立ち止まることなく進み、駅の中に入る。

週末まで桜はもつのだろうか。やわらかくてしずかな雨だから、そんなに激しくは散らないといいが。座れてしまったので、せっかく買った本もあまり読めず、緩やかに眠りにひきこまれていった。


見切り発車・お試し版
2003年04月01日(火)

朝、暖かそうなのでコートを着ずに、スーツで出かけた。駅前の駐輪場で、警備員もしくは管理人らしき男性が、「いってらっしゃいませ」とか「お気をつけて」とか声をかけている。わたしはそういうとき、妙に気恥ずかしくなって、足早に通り過ぎてしまうのだけれど。ああいうひとがいなくなると、あれ、なんか違う、と思いそうだ。そして何、が違うのかは思い出せないかもしれない。

仕事が終わってから、ふらふらと紫木蓮の咲いている並木道に入る。そういえば、紫木蓮はよく見かけるのに、白木蓮はあまり見ないなと思う。逝くときは……とenpituでも書いていた女性がいるけれど、どういう花だろう、と思う。気がつくと、隣駅の近くまで来ていた。JR一駅ぶんはそうでもないのだろうけれど、地下鉄一駅ぶんは、簡単に歩けてしまうなぁと思う。

見知った駅につき、昔(学生の頃)行ったことのある漫画喫茶に入る。かなり年月が経って、周りのお店も変わっているのに、まだちゃんと生き残っていて嬉しい。昔7巻くらいまで読んでいたのを、12巻くらいまで読む。絵はそんなに上手いと思わないけれど、好感のもてる話。舞台が平安なので、そういう関係の本も読みたいな、と微かに思う。家のどこかにあるのは確かだけど、発掘が大変なので。

駅に入る前、桜を見る。川に向かって、柔らかに連なる薄いピンクのかたまり。独身の頃は、仕事の後ひとりで桜を見ても、それなりに楽しかったのに。最近駄目になったな、と思う。一緒にこの景色を分かち合いたい人が、どうしていまここにいないのだろう、と悲しくなるから。

食後、消耗品の買出しにドラッグストアへ。車だったので、夫は地元の桜並木の通りまでまわってくれた。2キロあるらしい。明かりのある部分が綺麗だ。買い物をして、戻る。駐車場近くには、ハイツ××、という建物のそばに、大き目の桜が一本ある。××桜、と呼んでいる。そこだけゆっくり歩く。

昼は汗をかくほど暑かったのに、外は寒い。明日は雨だという。桜の時期ってよく雨が降っている気がする。そのたびに嘆いている気がする。



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