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バタバタしているうちに今日で4月が終わりです。1年の3分の1が終わった事になります。ここからゴールデンウィークが終わるともうあっという間に1年の半分が過ぎてしまいます。1年が終わった時にしっかりと自分の中に何かが積み上がっていて欲しいと思います。今日もトレーニングに稽古に指導に明け暮れていました。考えてみれば完全に1日がお休みというのは1年のなかでほとんどありませんが、かと言って毎日を四苦八苦として働いている感じもありません。好きな事をしているから、働いている感じがしていないのだと思います。
本日の稽古を持って、私の運営する極真会館東京城南京浜支部の2026年春季通い強化合宿の全日程が終了しました。昨年ぐらいから通い強化合宿の参加者が減っていましたが、一昨年と昨年に入門した生徒達が通い強化合宿に参加し始めて来た事で、また参加者が増えて、今回は参加者が15名となりました。一番多い頃は30名を超えるぐらいでしたので、それでも半分にも満たないですが、一昨年と昨年と今年に入門した人達が帯が上がってくれば、また自然と参加者が増えて来ると思います。今回はベテランの参加者と初心者の参加者がよい具合の割合でいたので、いろんな事が引き継がれていて、とても良かったと思います。六年周期ぐらいで世代交代していくので、今はその過渡期にあると思います。来年ぐらいから、また新たな世代の人達がたくさん育って来て、道場のイベントにも活気が出てくるだろうと思います。
次男が野球部に入部しました。ポジションはサードをやりたいと言っていました。野球部が終わった後に空手の稽古にもちゃんと来るので、なかなか体力はあるんだなと思いました。長男は野球部に入ってからは、疲れて空手の稽古は出来ないと言っていました。次男はよく食べてよく体を動かしているので、強い身体と心が身に付いて行くと思います。野球部のない日は1日だけ茶道部に兼部したいと言っていました。どうやら彼女に一緒に茶道部に入ろうと誘われたようです。青春してんなーと思います。何でも好きな事を思いっきりやって自分の人生を楽しくして行って欲しいと思います。
本日は極真会館東京城南京浜支部に所属した前橋妙子初段の10回目の命日でした。大森道場で1人で自主トレしている時に前橋初段の事を思っていました。前橋さんはあの場所でよくミットを蹴っていたなとか、私と組手をしている時に必死に食らいついてくる表情とか、黒帯を渡した時の顔や最後に話した時の顔を棺で眠っている前橋さんに私が帯を締めてあげた時の顔とか、いろんな事を思っていました。あれからもう十年が経つなんて本当に本当に時が過ぎるのは早いです。無常を感じずにはいられません。前橋さんも生きていたら、きっと今でも頑張って稽古していただろうと思います。だから今日は前橋さんの分も思いを込めて稽古をしました。前橋さんと最後にこんな約束をしました。「前橋さんが情熱を込めて稽古をした極真会館東京城南京浜支部と言う道場を必ず私達がいなくなった100年後の未来に残してみせる。極真会館がある限り、東京城南京浜支部がある限り、前橋の情熱は誰かに引き継がれていきます。だから私達が情熱を込めて頑張って稽古した事はずっとずっと残って行きます。」前橋さんは笑っていました。その事を思い出し改めて必ず実現させると心に誓いました。
本日は大山倍達総裁の命日でした。大山倍達総裁が極真会館を創設しなければ、私は夢を持てずに人生が終わったかもしれません。本当に感謝しています。だから極真会館に貢献するためにも私の運営する東京城南京浜支部を次の世代にしっかりと引き継ぎをしたいと思います。
私が運営する極真会館東京城南京浜支部の2026年春季通い強化合宿初日でした。8名の生徒が参加しました。高校生の4人は長距離坂道ダッシュを4本走りました。斗夢と陽生は凄い記録を出しました。譲と琥白も根性を見せてくれました。芽生、柚葵、頼、紡生も頑張って走っていました。
今日も自分の身体が脳に出す「疲れた」と言う信号を私は、魂の力で跳ね除けて頑張ってトレーニングしました。私の身体がキツイと私の脳に信号を出して来ても、それを魂の力(情熱)で跳ね除けて頑張れると25歳の頃に学びました。あの経験がなければ今日を頑張ることは出来なかったと思います。ただこれを人に強要する気はもうとうありません。
私が尊敬する人は、情熱がある人、生きる事に目的を持っている人、夢を持っている人、目標を持っている人、諦めない人、です。若い人はそれを持っている人が多いのですが、歳を取っても、それを持っている人の事は特に尊敬します。
黒澤浩樹先生が第6位に入賞した第25回全日本空手道選手権大会で私はセコンドにつかせて頂きました。この大会の前に黒澤先生が個人的に行った強化合宿にも同行させて頂きましたし、ウエイトトレーニングや先生が道場で行う自主トレも一緒にやらせて頂いていたので、大会でもセコンドにつかせて頂けたのだと思います。先生と一緒に関係者口から東京体育館に入った時は、それまではチケットを購入してお客さんとして列に並んで、東京体育館に入っていたので、極真会館の一員になれた気がしてとても嬉しかったです。この時に始めて東京体育館の控室や選手のアップ場になっているサブアリーナにも入る事が出来ました。開会式の前に選手はここにが集まって整列するんだとか、ここでテーピングのチェックをするんだとか、大会の裏側を見る事が出来たのもとても嬉しかったです。黒澤先生の隣を歩いているだけで自分も皆から「黒澤選手のセコンドだ。」みたいな感じでジロジロ見られているのが分かって少し誇らしかったです。その時にハッキリと自分も必ずこの全日本の舞台に立つと心に誓ったのを覚えています。今、私がウエイトトレーニングを頑張っているのも、やっぱりあの頃の黒澤先生を今でも追いかけているからなのかもしれません。明日も先生に近づけるように頑張ろうと思います。
長男は高校で2年生と3年生の出ている授業を受けているそうです。長男は高校ではギターを専攻しています。普通の高校に入学していたら落ちこぼれの部類にはいるだろう長男が好きなギターを学ぶ高校では、どうやら優等生で一足飛びで2年生3年生と同じ授業を受けているそうです。自分が優等生になる場に行くか、落ちこぼれになる場に行くかを決める事が出来るなら、自分が優等生になれる自分に向いている道を選択した方が良いと私は思います。長男も妻もそれを選択したのだから勇気があると思います。長男は学校がとても楽しいらしく、妻にいろんな事を話しているそうです。その話を妻から聞くのが、私の楽しみになっています。1番面白かったのはジョーンズ事件でした。夢にときめいて今を煌めいた物にして欲しいと思います。
廣重毅師範から口を酸っぱくして言われた事は、苦しいのが当たり前だと思え、腰を落とせ、お腹で呼吸をしろ、スナップを効かせるろ、背中を使え、下ろす足を考えろ、どこに体重が乗っているんだ、などなどです。考えてみると空手の基本になることばかりでした。これからもそれを念頭において稽古に励みたいと思います。
今日は個人レッスンを4回指導させて頂きました。個人レッスンを受けてくれる生徒がいるから休みの日も指導が出来るので本当に感謝しています。私は頭は良くありません。それは自分の事だから誰よりもそれを理解しています。そして頭が悪い事で本当に苦労して来た人生でした。努力が足りないと言われれば、それまでですが、努力をした事もあったのですが、努力ではどうにもなりませんでした。ある意味で言えば県大会で優勝した水泳よりも、全校生で1位になったマラソンよりも頑張った時期もありました。でもダメでした。そんな馬鹿な私でも空手だけは38年頑張って来たから、38年の経験で生徒が求める事を教える事も出来るのだと思います。個人レッスンを始めてから、自分の引き出しの多さに自分で驚いているぐらいです。だから私が言いたい事はどんな馬鹿な人間だろうと本当に好きな事を情熱と夢と目標を持って30年頑張れば、人に物を教える事が出来るようになるんだと言う事です。子供達には本当に好きな事を見つけて欲しいと思います。好きな事ならきっと頑張れると思います。
廣重毅師範の命日でした。廣重毅師範から指導を受けていた時間は約8年です。1番長い時間、指導を受けた先生と言う事になります。誰かの下で14年指導を受けていた期間の8年を廣重毅師範に指導を受けていたと言う事もそうですが、指導を受けていた期間の長さだけではなく、やはり生徒に空手を教える指導方法や教え方は廣重毅師範が私のお手本です。自分で道場を出して24年目なので、教えを受けていた時間より、教える側に立ってからの時間の方が長くなってしまいました。習うより慣れ、教える事は最大の学びと言うように、廣重毅師範に教えを受けていた時より、自分で考えて人に教えるようになってからの方が技術も人間的にも成長したと思います。その原点は廣重毅師範の指導方法だったと思います。本当に方法感謝しております。
最近、小さい子供達がたくさん入門してくれています。「よく生まれて来てくれたね!よくこの道場へ入門して来てくれたね!本当にありがとう!」と入門した道場生にも、私の道場を選んでくれたご父兄様にも心から感謝しています。私は空手を教えるのが大好きです。子供達の事も大好きです。もちろん一般の道場生達の事も大好きです。一生懸命に稽古している姿に尊敬の念を抱いています。私の道場に入門した事で自分の望んでいる物を是非、手にして自分の思い描く自分になって行って欲しいと思います。私は、それを提供する側ですが、私が思う事は、その人が極真空手をやって得られる事は、その人が望んだ事だと思っています。礼儀を身に付けたいと思って稽古している人は礼儀が身に付きます。強くなりたいと思って稽古している人は強くなります。カッコイイ男になりたいと思って稽古している人はカッコイイ男になります。そう思い描いて稽古に取り組めばそうなって行くものです。でもそうなろうと思わなければ、いくらそれを指導されても、そうはなりません。例えば礼儀なんてどうでも良いと思って稽古していたら、道場では叱られるから仕方なく礼儀正しくしているけれど、道場の外に出たら礼儀も何も無い人に戻ってしまいますし、空手を辞めたらなおそうなるでしょう。生じっか空手で強くなってしまったぶん、その礼儀の悪さが人に不快感を与え、自分の人生を不幸にしてしまうと思います。空手を始める入口は人それぞれ違って良いと思います。でも空手の稽古をする目的は1つであって欲しいと思います。子供達は特に試合で勝ちたいと言う事が目的になってしまいます。試合で勝とう、試合で勝とうとすればするほど自分本位になって行ってしまいます。試合で勝つのを目標にするのはとても良いです。でも目的は素晴らしい人になる事だと忘れないで欲しいと思います。自分が素晴らしい人間になるために空手をやっているのだといつも念頭において欲しいと思います。そうすれば必ず空手をやった事で自分の人生を輝かせ、周りの人達を幸せにする事が出来ます。そんな事を念頭に私は生徒達に指導して行きたいと思います。
自分が非日常的な状況になると、今までは普通に思えていた事が特別に感じたり、ふとした事がキラキラと輝いて見えたり、当たり前と思っていた事に感謝を感じたりします。私も約2年半前に受けた股関節の手術の後にそんな事がありました。でも人間と言うのは喉元を過ぎてしまうとその体験した気持を忘れてしまいます。だからたまにはその事を思い出す作業をしければいけないと思います。私は股関節が人工関節になったので普段から気を付けなければいけない事があります。それと大きな傷跡があるので、結構その時の事を思い出したりします。そのおかげで、あの時に感じた事を今も忘れずにいる事が出来ているような気がしています。
長男の琥白が湘南ミュージックハイスクールに入学しました。入学式での先生方の話はとても情熱を感じ感動しました。この学校に入学する人達は自分のやりたい事をやるために入学したのだと思います。この高校は皆が通う普通の高校ではないので、ある意味で言えば、良い大学に進学したり良い会社に入社すると言うレールからは外れた人達だと言っても良いのかもしれません。なかにはよい高校に入学する事が可能だった人もいたかもしれません。だから自分のやりたい事をやるという事はリスクも伴うとても怖い事です。彼らは若さという最大の武器である「自分のやりたい事をやる、夢を追いかける」と言う力を持っていたから、リスクの高い自分の道を選択できたのだと思います。若い人が持つ最大の武器を手にして入学式に臨む子供達の姿がピカピカに光って見えました。でも私だって普通の感覚を持った親です。一生懸命に勉強して少しでも学力を上げで少しでも学力の高い高校に入学して欲しいと思わないわけではありません。しかし琥白のギタリストになるという夢を側でずっと支え続けて来た妻の姿や琥白を思う妻の姿を私は見てきましたし、琥白の進路を妻と話しあった時に妻の話を聞いていて、私が口を挟む必要はないと感じました。琥白と妻が話し合って出した答えに私が口を挟む余地がないほど2人の考えは正しいと思いました。琥白の最大の理解者は妻だと思います。悔しい気持ちもあるけれど2人の絆のなかには私も入り込む余地はないように感じています。ここまで琥白を陰に日向に見守り支えて来た妻には本当に本当に感謝しています。この決断の結末がどうなろうと私は妻と琥白の選択は間違っていないと思っています。琥白には1流のギタリストになって妻に孝行して欲しいと思います。
この時期は環境の変化と共に自分の生きて行く道を選択する時期なので空手を辞めてしまう人も多い時期です。そして逆に新しい事を始める時期でもあるので空手を始める人も多い時期です。空手を辞めてしまう人に対しても、空手を始める人に対しても「空手を始めようと思いってくれたこと、そして私の道場を選んでくれたこと、私と出会ってくれたことに心から感謝をしています。本当にありがとうございます。」と思っています。本当は毎回の稽古のなかで、その気持を伝えなくてはならないのだと思います。私が至らなくて、もう辞めてしまった人のなかには、私のその気持を伝える事が出来ずに辞めてしまった人もいると思います。本当に申し訳なく思っています。なのでこの場を借りて感謝の気持を伝えさせて頂きます。このブログを見てくれる事を祈りたいと思います。「私の道場に入門してくれて本当にありがとうございました。私と出会ってくれて本当にありがとうございました。またどこかでお会いできる日を楽しみにしています。」極真空手を始めた事でたくさんの素晴らしい出会いがありました。もっともっとその出会いを大切にすれば良かったと反省しています。これからは感謝の気持をちゃんと自分の口で伝えて行きたいと思います。
長男の琥白が入学する湘南ミュージックハイスクールの入学式に参列して来ました。先生方の話を聞いていて、とても情熱が伝わって来て感動する入学式でした。音楽の学校なだけに入学式でかかる演奏の全てが生演奏でした。入学式のあとに新入生歓迎演奏会があり、それもとても感動しました。自分が本当にやりたい事を習える学校って素晴らしいなと思いました。自分のやりたい事が習える学校があったと言う事は本当に幸運だと思います。「琥白、おもいっきり青春を楽しんでくれ!自分が本当にやりたい事をやって、なりたい自分になってくれ!人生をおもいっきり楽しんでくれ!今日はありがとう!琥白の成長を見ていつも楽しんでいるよ!琥白の成長を見ていつも幸せをいっぱいもらっているよ!」
初めて極真会と書いてある道着に手を通した時はとても嬉しかった。あの松井章圭選手や黒澤浩樹選手や増田章選手やアンディ・フグ選手やマイケル・トンプソン選手やピーター・スミット選手と同じ道着を着てるんだと思うとそれだけで強くなった気持になれました。極真空手は私の中では地上最強の空手、地上最強の格闘技だと思っていました。1番厳しい稽古をしているのが極真空手だと思っていました。この世の暴力の頂点を経験したいと思い極真空手の道場の門を叩きました。今でもその思いは変わっていません。誰よりも強くなりたいと思っています。
私は約3年前に受けた手術で危険な状況になりました。悔いが残らないように手術の前日まで稽古やトレーニングをしました。そして手術が終わり目を覚まし自分が生きていたと言う事が理解出来た時に「また頑張って生きよう」と思いました。そこから数日間は生きているだけで精一杯な状態でした。1番苦しい時は極真空手の試合の動画を見て「自分も頑張ろう!」と思いました。松井館長や数見先輩や黒澤先生の試合の動画を見ました。そして少しずつ元気になった時に思った事は稽古やトレーニングをしたいでした。自分は極真空手が大好きなんだなー!と思いました。そんな事は極真空手を始める前から分かっていた事ですが、自分が死を身近に感じた時も自分の身体が動かない時もずっと稽古やトレーニングの事を考えていた時に、改めて自分がどれだけ極真空手が好きかを再確認しました。そんなに好きな事を自分の生業に出来たのだから、自分の選択も自分の歩んで来た人生も間違っていなかったんだと思いました。極真空手大好き選手権大会があったら私は、きっと優勝出来るんじゃないかと思っています。
私がこの空手の世界で先生だと思っている方はたくさんいるのですが、私に大きな影響を与えてくれた私が先生と呼べる方々を書きたいと思います。魏桜流拳法時代の菊地信弘先生、極真会館福島県北支部時代の三瓶啓二師範、梶川裕史先輩、滝嶋邦彦先輩、堀江崇先輩、城西支部阿佐ヶ谷道場時代の黒澤浩樹先生、根本清志先輩、島端明先輩、極真会館城南川崎支部時代の廣重毅師範、川原奈穂樹先輩、数見肇先輩、佐伯健徳先輩、岩崎達也先輩、高久昌義先輩、竹石修先輩、阪田徹先輩、木浪利紀先輩です。この方達以外にも出稽古などでお世話になり大きな影響を受けた師範や先生もいらっしゃいますが、道場に所属して教えを頂き大きな影響を受けた方々を先生とさせて頂きました。
私は左上段回し蹴りが得意で現役時代は結構一本勝ちや技有りを取りました。そのなかで相手が倒れて失神させた完全な一本勝ちは6回でした。18歳から34歳まで16年で約130試合して完全な一本勝ちは6回なので、そんなに凄く多くはありませんが、左上段回し蹴りは稽古の組手や試合でも狙って当てる事が出来ました。あの感覚はいったい何だったのだろうと思います。当たる瞬間に相手も自分も少しスローになる不思議な感じでした。偶然ではなく蹴る前に当たる事がハッキリと予測出来ている感覚でした。その当たる事が予測出来ている感覚で蹴ると相手に上段回し蹴りが当たる瞬間から相手が倒れる瞬間までがスローになりました。たぶん狙って一本勝ち出来る人には分かると思います。
今日は妻の誕生日でした。5日に前倒しで誕生日会はしたのですが、今日は誕生日ケーキでお祝いをしました。長男と次男に私からの2つのお願いをしました。「何十年経って、琥白と真白が仕事をしたり結婚して、皆がバラバラに生活するようになったとしても、弥生ちゃんの誕生日の時だけは、家族みんなで集まって誕生日会をやろう。もしパパが死んだとしても琥白と真白で弥生ちゃんの誕生日会をやってあげてくれ。」と言う私の遺言として2人に言っておきました。妻は本当に大変です。家事や子育てもそうですが、私も長男も次男も妻と話がしたいので、皆で妻に話をするので妻は1人で皆の話を聞かなくてはいけません。だから妻の誕生日会を家族の1番大切な日として、皆が集まる日にして行きたいと思っています。
次男の真白の中学校の入学式でした。3年後には真白も義務教育が終わり、琥白は高校を卒業し、その3年後には真白が高校を卒業して、琥白はもう成人しています。その時には私は59歳になっています。そこから2年経てば真白も成人して、私も子育て卒業です。その時は私は61歳です。それまでは絶対2死ぬ事は出来ないなと思っていますいます。そんな事をふと考えながら真白の姿を見ていました。真白はニコニコして良い顔で入学式に入場して来ました。この光景を一生忘れないように目に焼き付けようと思いました。名前を呼ばれた時も明るい大きな声で返事が出来ていました。桜もギリギリ残ってくれていて良かったです。「真白、中学校入学おめでとう!入学式での真白のにこやかな顔を見て本当に幸せな気持になったよ。ありがとう!」
妻の誕生日会をお台場のフライデーズで行いました。妻の誕生日会だけはフライデーズで必ず行うようにしています。フライデーズは妻と初めて食事をしたお店と言う事もあるのですが、その時に誕生日を祝われている人を見て、当時は友達だった妻が「あんなふうに誕生日を祝ってもらえたら幸せだろうね!」と言っていたので、妻の誕生日会はフライデーズで行うようにしています。妻の誕生日会だけは何十年経っても、皆がどこにいても、必ず皆で集まってフライデーズで美味しい物を食べて、皆で弥生ちゃんの誕生日を祝おうと思っています。もし私が先にこの世からいなくなったら、子供達にそれを託したいと思います。
今日は前園さんの個人レッスンを行いました。ストレッチと呼吸法から站椿功を4種類行い三戦をやりました。前園さんはヘルニアを患ってしまったため、腰に負担をかけないように出来る稽古を行いました。前園さんが空手を始めた理由を聞いたら、友達に私の道場を勧められたとの事でした。その方を聞いたら、私が25歳の頃に指導をしていた方でした。なので前園さんは、28年経っての口コミで入門してくれた事になります。私が出会った、どれだけの人に善い行いを出来たかは分かりません。悪い事もしてしまったと思いますし、現在も私に悪い印象を持っている方もたくさんいると思います。その方々には本当に申し訳ないと自分の至らなさを詫びたいと思います。ですが少なくともその方は私に悪い印象は持っていなかったから、私の道場を勧めてくれたのだと思います。心から感謝を申し上げます。そしてその方に好印象を持ってもらえた事にも感謝したいと思います。私が指導員になる時に私の師匠の廣重師範に「人に優しく接しなさい。親切に指導しなさい。恩返しをしてもらうためにそれをするわけではないけれど、その人達が必ず自分に恩返しをしてけれるよ。」と言われました。その言葉を30年後になってしみじみと感じています。人に優しくして得をする事はそんなにないかもしれません。でも人に優しくして損する事は絶対にありません。それだけは強く思います。だから私は人に優しくしたいと思います。人に優しく出来ないのなら、自分がこの世に生まれて来た事に価値なんてありません。それこそ自分が生きるために働いて、自分が生きるために食べて、ただそれだけで自分の人生が終わってしまいます。自分が生きていた事でどれだけの人に良い影響を与える事が出来たか?それだけが自分がこの世に生きた事に価値があったと言える事なのではないのかと私は思います。私ももう53歳です。誰かに何かをもらう事よりも、少しだけでも多く誰に何かを与えられるよう努力したいと思っています。
城南支部には、朝練と言われる内弟子の選手稽古と帯研と言われる通の道場生の選手稽古と寮生稽古と言う寮に入っている道場生の選手稽古がありました。私はその全ての稽古に参加していました。寮生稽古は川原奈穂樹先輩を頭にして、塚本徳臣先輩、鈴木由一先輩、重盛先輩、志田さんと私で稽古していました。帯研は阪田徹先輩、川原奈穂樹先輩、小井泰三先輩、佐伯健徳先輩、木浪利紀先輩、塚本徳臣先輩、鳴海沖人先輩、鈴木由一先輩、錦城誘策先輩、古賀裕和先輩、原田先輩、重盛先輩、国枝さん、矢島さん、井上さん、佐々木さんとよく一緒に稽古をさせて頂来ました。参加していた人はもっといたのですが、入れ替わりが激しく来てもすぐいなくなってしまったりだったと思います。朝練は岩崎達也先輩、数見肇先輩、竹石修先輩、高久昌義先輩、志田清之さん、進藤広樹さん、橋本義明さん、廣直明さんと一緒に稽古していました。引退していましたが、たまに八巻建志先輩もいらしていました。本当にたくさんの人と稽古させて頂きました。岩崎達也先輩は、私の人生のターニングポイントで結構お世話になっています。数見肇先輩には結婚式に来て頂いたり道場の20周年のパーティーに来て頂いたりととてもお世話になっています。でも1番は今でも同じ組織にいる竹石修先輩と鈴木由一先輩にはもう恩返し出来ないほどお世話になっています。高久昌義先輩と志田清之さんとも長く同じ組織にいたので一緒に仕事したり食事をしたりしてお世話になりました。またいつか先輩方にお会いした時に恥ずかしくないよう自分を鍛えて行きたいと思います。
本日で2026年の春季短期集中セミナーが終了しました。参加者は真白と紗綾佳と柚葵の3名でした。回し蹴りの基本から始まり、下段回し蹴り、スイッチの中段回し蹴り、回転の上段回し蹴り、後ろ蹴り、後ろ回し蹴り、胴回し回転蹴り、二段蹴りを行いました。みんな良く頑張って稽古していました。最終的に全員が自分の顔の高さに胴回し回転蹴りを当てる事が出来るようになりました。明日から稽古が始まりますので、覚えた技をしっかりと試して見て欲しいと思います。
その時その時で、自分の身体の感覚という物は微妙に変化して行きます。昨日やっていた事は今日の正解ではない事もあります。同じ重さでも軽いと感じる日もあれば、重いと感じる日もあります。時間も長く感じる事もあれば、短く感じる事もあります。絶好調と思ったのに動かない日もあれば、少し身体が重いと感じていたのに凄く良い動きが出来る日もあります。昨日の自分の感覚でも違うのですから、1年前の感覚なんて信じる事は出来ません。20代の頃の感覚を元にトレーニングしていたら身体が壊れてしまいます。だから毎日が初めましての感じで自分の身体の感覚を確かめながらストレッチをし、呼吸法をし、基本稽古をし型を行い、トレーニングをします。最近は自分の身体の事を良く分かって来ているなと思います。この痛みは止めたほうが良い、この痛みならこうやると痛くない、と言う感覚です。私は24時間365日、どこも痛くないなどと言う事はもう数十年ありません。なので痛いからやらないと言ったら、24時間365日、何もやる事は出来ません。もちろん絶対にやってはいけない時もあります。でも痛くない角度ややり方が必ずあります。それを探しながらストレッチや稽古やトレーニングをして行きます。その時は自分の身体と会話するようにやります。何かを思い、何かを感じ、何かを考えて自分の身体を動かして行きます。最近、私の身体はとても調子が良いです。ウエイトトレーニングの1週間のメニューを変えました。因みに今の1週間のメニューは、月曜日はメインが胸でサブで背中、火曜日はメインが肩でサブで腕、水曜日は腹と背中と首と言う体幹、木曜日はメインが背中でサブが胸、金曜日はメインが腕でサブが肩、土曜日は足、と言う感じです。私は肩と背中が1番発達しにくい部分なのですが、この歳になり肩が凄く発達するようになりました。たぶんトレーニングの仕方が上手になったのだと思います。
今日から4月が始まります。あいにくの雨ですが新年度と言う事で、皆さん気持ちを新たに「ヨシッ!頑張ろう!」と1日を始めた事と思います。私も元気に4月をスタートさせました。4月から新しい試みで親子空手クラスが始まります。少年部と一般部の交流の場になってくれたら嬉しいです。また子供と大人が一緒に稽古出来るクラスなので親子で稽古に参加する事も可能なクラスです。ご父兄様も子供達と一緒に稽古する事で、同じ体験をして、難しさ苦しさ痛さなども共有して頂ければと思います。話は変わりますが、今日はエイプリルフールなので、帰宅してから長男に「今日の朝の地震で西六郷小学校が倒壊したらしいぞ!」と言ったら「エイプリルフールでしょ!」と冷静に返されました。
kanno
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