「静かな大地」を遠く離れて
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2004年05月18日(火) もっと静かな大地

5月は自分の誕生月でもあり、好きな季節だ。北海道に住んでいた時は、桜の
時期だった。『静かな大地』が連載されていた年の5月には奈良の三輪山の麓
で忘れがたい一日を過ごした。“さみどり”の気配に充たされた五月の記憶。
今年の五月満月祭(ウエサク祭)は5月5日だったとの由、今年も鞍馬山には
行けず、代わりに鈴鹿の山稜の上に浮かぶ円い銀盤のような月を見上げていた。

下手な考え休むに似たり…、そう念じつつも、ふと自分が弱ると日常を生きて
いることにすら息苦しさを感じさせられる。暮らしの範囲だけを聖域のように
して、ノイズに晒されないように注意していても、つけこまれるように疲労が
積もる。アレックス・カー『犬と鬼 知られざる日本の肖像』(講談社)など
読むにつけ、何かが根本的におかしくなって久しい、この国の文化的、そして
社会的環境に原因を押しつけたくなる。せめて聖域だけは死守したいと願う。
佐々木譲さんの名作『武揚伝』(中公文庫)の蝦夷共和国にまで想いを馳せる。

どんな日常を過ごしていても有効な“自己調律”の方法だったら知っている。
「たとえば星を見るとかして…」。このフレーズの軽みが、懐かしく愛しい。

■ ニート彗星、流れ星と競演=珍しい同時撮影に成功−兵庫
兵庫県立西はりま天文台公園(佐用町、黒田武彦園長)は14日、同園の太井
義真研究員が西の空に現れたニート彗星(すいせい)と流れ星を同時撮影する
ことに成功したと発表した。同時撮影は極めて珍しいという。(中略)
「流れ星は一瞬で消えてしまう。撮影するだけでも難しく、彗星との同時撮影
は奇跡的」(同園)としている。 (時事通信)

奇跡的。“ゆうり”という名前の10歳の男の子としばしの時を共に過ごして
別れ際『小惑星美術館』と『星兎』(寮美千子作・パロル舎)を渡してみた、
そんな出来事の直後にこの記事を読んだ。彼方を見ることの持つ限りない力。

『静かな大地』と星。三郎が山に籠もった時に見た妻恋星の描写を想い出す。
単行本版『静かな大地』を読んだあと、連載時にあったエカリアンのシーンが
大幅に削除されていたのをひどく残念に思った。それについては以前書いた。
その後、さらなる改訂の機会があるのなら、こういう形で復活できないか…、
という試案まで勝手に考えた。いつか本当に贋作、二次創作として執筆して
ここに掲載しようかとまで考えたくらいだ。私案だが中身に自信はある(笑)

「いつか北海道全体がチコロトイのようになると信じることにしたのよ。」
というセリフもそのまま生かせる。タイトルは「もっと静かな大地」ね(笑)
ついでに果たされなかった、例のハレー彗星ネタも入れてしまおうかしら♪

■「ピクチャレスクな明治東京とハレー彗星」(2001年7月3日)より
>明治43年、すなわち1910年。
>「日韓併合」というポストコロニアル文脈なトピック(なんじゃ、それ?)
>とともに眼に飛び込む、「ハレー彗星」の文字!
>1986年の76年前の回のハレー彗星は、かなり派手に接近したという
>記録が残っている。彗星の尾のガスに包まれて窒息するのでは、とパニック
>も起こったとか。天体現象にやたらと関心を示す御大が、これを考えずに
>時代設定をしているとは思いづらい。
>由良さんは、きっと天を覆わんばかりのハレー彗星を見るだろう、
(中略)
>ついでに年譜を見る目を少し下に送る。そうすると3年後の大正2年には、
>17歳の宮澤賢治その人が修学旅行で北海道を訪れるのだ!(笑)
>由良さんの年齢が 上で類推したとおりなら、ほとんど同世代である。

大正ではなく明治の話。梨木香歩さんが『考える人』の連載「ぐるりのこと」
で「ラストサムライ」に言及していたが、ほとんど同じような関心を起点に、
年明けから松岡正剛の歴史ビデオや司馬遼太郎『翔ぶが如く』に手をつけたり、
ずっと明治を気にしてきた。その過程で手をつけたのが、下記の本。

■『坊ちゃんの時代 第4部 明治流星雨』(双葉文庫)
第1部は夏目漱石、第2部が森鴎外、第3部で石川啄木というメインキャラ
の変遷を経て、第4部は幸徳秋水ら「大逆事件」に関わった群像を描いた巻。

1〜3部は過去に単行本で読んでいたのだが、最近になって文庫版で頭から
ちびちび再読しつつ4部に達した。作風は違うが安彦良和『王道の狗』など
思い出しつつ、明治末のテロリストたちの動向を読むと興趣が募ってくる。
この巻の終盤に1910年のハレー彗星が禍々しく全天の半分を覆う描写が
登場する。2004年5月17日の深夜、そのページを開いて戦慄を憶えた。

明治43年5月18日!すなわち今日が前々回のハレー彗星の地球最接近の
日だったのだ。この本で「日本近代の凶兆」として描かれたハレー彗星を、
「もっと静かな大地」では由良の未来への視線を導くものとして描きうる。
連載終了間際に訪れた“遠別”の、あの静けさの記憶も織り込めないものか?

…だんだん本気になってきたりしつつ、そんな妄想を吹き飛ばすような御大
の講演会の情報をひとつ。戦争の話ではない。

■「宇宙の中心に立つ知里幸恵と宮澤賢治の姿勢」
立命館大学人文学会学術講演会
日時 6月11日(金)16:15〜17:30
講師 池澤夏樹(作家)

“ケンジさん”と正面から向き合った自著に『言葉の流星群』という題名を
付した御大が、大作『静かな大地』で今一歩迫りきれなかったのかもしれない
「宇宙の中心」をめぐって何を語るのか、その「姿勢」を見届けたいものだ。
もう昔のことになるが、北海道の鹿追町でホシノミチオ没後まもなく行われた
講演会に匹敵する期待と切実さをもって、どうにかして京都に駆けつけたい。


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