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2002年11月30日(土) マスコミが煽る政治不信の虚実

北朝鮮問題に気を取られがちだが、国内の政局も慌しくなっている。
民主・自由両党合流による新党構想だ。

今現在は反鳩山感情や小沢アレルギーから民主党の分裂含みだが、
でも総選挙を睨めば結局、中期的には野党結集しかないのではないか。
その過程で自民予備軍が出ていくのは勝手だし、
旧社会党横路一派が付いてこなくても仕方ない(勿論社民党はオヨビでない)。
いずれにしろ政党政治の下では二大政党もしくは勢力制以外の選択肢はない。
そうでなければ自民党政権が永久に続くし、やがて小泉も引き摺り下ろされて
守旧派が復活するだけだろう。

さて、新党問題の急浮上で考えが狂ってしまったが、本当は、マスコミが煽る政党不信
ついて少し書きたかった。

先週の日曜日(24日)の朝日新聞社説で取りあげられていたし、
筑紫哲也も同じ事を26日の「多事争論」で述べていたが、
地方の市長選挙で無党派候補の勝利が相次ぎ、有権者の「政党嫌い」が広がっているという話である。
これには若干疑問がある。

まず、地方の一首長選挙を国政に結びつける事への疑問だ。
無党派勝利の波は、3月の横浜市長選挙から先日の尼崎市長選に続いている。
しかし横浜にしろ尼崎にしろ、単に多選・高齢の現職が批判を浴び若い新人候補に敗れたものだ。
これは国政や政局に必ずしも直結しない。地方はあくまで地方自治の問題に過ぎないのである。

また、横浜の中田氏は元々政党に所属していた国会議員だし、尼崎の白井氏にしろ
共産党の支持は得ている。にもかかわらず「無党派大勝利」と言うのは大袈裟だろう。
しかも彼等は、たかだか40%前後の投票率の選挙で、その半分強の得票率に過ぎない。
つまり全有権者の20%以下の支持しかないのである。
その程度で、「無党派の風が吹いている」と言えるのだろうか?

筑紫は、政党や組織に有利な低投票率にもかかわらず無党派が勝った事が重要であるかのように強調している。
しかしこれは詭弁である。
政党や組織さえ不信なら投票率が低くても問題ないのだろうか?
先の統一補欠選挙の時は、低投票率そのものを問題視していたくせに、
無党派さえ勝てば低投票率で良かったかのような論調は、全くのご都合主義だろう。

そもそも無党派や無所属なぞ、中央の政治では何の役にも立たない。
知事や市長ならそれでもいいが、しかし国政は議会制民主主義なのである。
つまり、政党政治なのだ。
もし政党を否定したら、それこそ筑紫の危惧する「大政翼賛会」か軍事政権にしかならないのだが、
それでもいいのだろうか?

まあ、筑紫はそれを内心望んでいるのかもしれないが…実態はそう簡単ではない。
つまり、右であれ左であれマスコミにとって、政治不信や政党不信の状況は実に都合が良いと言う事だ。
マスコミが直接影響力を行使できるからである。
だから無党派に加担し、やたら政党不信を炊きつけている次第である。

マスコミによる政党不信や政治不信は、所詮、自分たちのご都合主義による無責任な煽りに過ぎない。
政治不信は不信で構わないが、、、しかしそれを煽るマスコミのその意図も疑ってかかる必要がある。
国民の僅かな政治参加の機会である、有権者の1票は無駄にしたくないものだ。


2002年11月29日(金) 抱腹絶倒?!朝鮮半島の不思議な「慣習」

すっかり朝日ウォッチ日記になってしまったが、これはやはり書かずにはおられまい。
本日の朝日新聞、総合面、
一昨日に続いて
日朝交渉の行方を検証する記事である。
前回は日本側の、そして今回は北朝鮮側の事情を取りあげている。

>■《日朝どうなる》糸口見えず、苦しむ北朝鮮
> ●対日――拉致でハードル次々

>5人の日本人拉致被害者の「帰国」を日本に求めて譲らない朝鮮民主主義人民共和
>国(北朝鮮)。平壌のメディアが伝える外務省報道官の発言は、日増しにエスカレートし、
>脅しがこもる。

> 「日本は拉致問題だけを大騒ぎしている。生存者の一時帰国を認めるなど
誠意を尽くせば尽くすほど、誹謗(ひぼう)中傷がなされる」
>(北朝鮮外務省アジア局・朴龍淵副局長)といういら立ちが背景にある。

> 今後、どう出てくるのか。ソウルの北朝鮮研究者、金南植氏は言う。
> 「北朝鮮は対米関係打開のためにも日朝交渉を進めたいが、日本が拉致問題で
>ハードルを高めるので泥沼にはまった気持ちだろう
。このままでは交渉を続けて
>も仕方がないという気持ちになってもおかしくはない」
> 拉致問題で北朝鮮が強調する「誠意」は、日本社会に受け入れられているとは言
>い難い。
>ある韓国紙の東京特派員は、日朝の慣習の違いも対話の溝を深くしている
>とも感じている。
> 「被害者の墓が流されたとか、ガス中毒死したとか、北朝鮮の言い分を信じない
>日本人が多いようだが、個々のケースの真偽はともかく、あり得ない話ではない。
ソウルの市立墓地では98年夏の水害で4千以上の墓が流されたし
>韓国ではオンドル(床暖房)の床から漏れたガスによる中毒死も珍しくない」

いったい正気か。
北朝鮮の言い分をそっくりそのままなぞっただけの垂れ流し。
前回の日本側を検証する記事では、
「交渉が行き詰まっているのは、拉致問題で5人を戻す約束を日本政府が破り、
それに対する北の出方を読み間違えたからだ」と分析していたが、
今回は、それを受けて「全くその通り」と鸚鵡返しの内容に過ぎない。
何の事はない、
単に北朝鮮の立場から自問自答、自作自演しているだけである。
つまり、「『誠意』を見せたのをいい事に、頭に乗って日本政府が次々ハードルを高
めるので北朝鮮は苦しんでいる」と、まるで北朝鮮を被害者扱いである。
「誠意」。
盗っ人猛々しいとは、この事である。
誘拐犯が人質を返す事を「誠意」とは言わないのは、改めて言うまでもない。
その分かり切った事を「日本社会に受け入れられているとは言い難い」と
同情たっぷりな朝日は、更に第三者(しかも半島の同胞)の口を借りて、
あたかもそれが客観的な意見であるように見せかけながら、言わせている事は
北朝鮮に都合のいい解釈。
しかも滅茶苦茶だ。
「慣習の違い」。
身元をわからなくするために遺骨をニ度焼いたり、他人の骨を混ぜるのも「慣習の違い」か?
そもそも、「洪水で墓が流され」る事を「慣習」というのだろうか??
ならば朝鮮半島の慣習は、確かに理解不能である。

余計なお世話だが、こういう朝鮮の文化慣習を誹謗するような記事には、
いくらなんでも韓国人や在日は抗議した方が良くはないだろうか。
誘拐した人質を返す事を「誠意」と呼ぶのも朝鮮民族の「慣習」なのかと、思われかねないのだが。


さて、「野党よ−党首に聞く−」(聞き手・早野透)は、
お待ちかねの(?)土井たか子社民党党首が登場。
案の定、言わせている。

――なぜ社民党がけしからんと言われるんでしょう。
「北朝鮮と交渉を重ねて、国交正常化を実現しようという方針を好ましいと
思わない立場から作った政治状況と感じます。 今は北朝鮮に行くことが悪い、
北朝鮮の方を見るだけで悪いといわんばかり。
そういう世論づくりは、尋常とは思えないですね

早野が、我が意を得たりとばかりに満面の笑みを浮かべて、大きく頷いたであろう
様子が目に浮かぶようである。

また、土井にも全く反省の色のカケラもない。
「社民党がけしからんと言われる」のは、そのように作られた「世論」のせいだそうである。
お題目の上だけでも「市民との絆」を掲げる党が、世論を否定する壊れっぷり。
かつて消費税・マドンナブームで大勝したのは何処の党だったのか。
もっとも、社民党のいう「市民」とはプロ市民=左翼(中核派・赤軍派)の事らしいから、
大多数の日本国民は含まれないのだろう。
いっその事、「人民(中華人民・北朝鮮人民)との絆」に変えてはいかがか。


2002年11月28日(木) 「声なき世論」を捏造する水戸黄門気取りの欺瞞

11月26日付朝日新聞のコラム
「早野透のポリティカにっぽん」


先週、秋田市での集会に日帰りで出掛けて、私は最近の日本政治の話をし
>お会いした人たちからは昨今の町の様子を聞いてきた。

どこも不景気をかこつ話ばかりである。みんなつらいよねと感じながら空港に戻る
>道すがら、大きな満月がのぼるのを見た。「

何の集会に出かけたものやら知らないが、高給取りの朝日コラムニストが
原稿を書き散す片手間に地方に出かけて庶民の味方面。まるで水戸黄門気取りか。

>それにしても、「このごろのテレビ見ていられませんねえ」という声をあちこちで聞く。
>「北朝鮮の拉致問題」のことである。みんなが口をもごもごさせて言いづらそうに
>している話をまとめれば、こういうことである。

「国民の『声なき声』は私を支持している」――
最近の朝日新聞は、60年安保の岸信介首相の心境だろうか。
北朝鮮の拉致問題で国民の大多数世論から孤立する自らの立場を正当化する事に必死である。
しかし、どうせ「声なき世論」を捏造するならもう少し上手にやった方がいい。
「あちこちで」「みんなが」言ったというが、

隣近所の在日の人の困った顔を日々見ている

ような日本人が何処にそんなにたくさんいるのか。「語るに落ちる」とは、この事である。
「声なき世論」に支持されている証拠として「巨人戦で毎晩満員の後楽園球場」を挙げた
岸首相の巧みなレトリックに、現代の朝日コラムニストは遥かに劣るようだ。

>そんな居丈高な雰囲気の中で「相手は無法の北朝鮮だから国民一丸となって立ち向
>かえ」といわれるとちょっと待ってくださいと言いたくなるんですよ。

> 以上のような話をなぜ口をもごもごさせるかといえば、そんなこと言えば自分も
「非国民」のように思われやしないかと恐れるからである。

筑紫哲也も「この国には『大政翼賛会』的な風が吹き荒れている」などと言っていたが、
しかし筑紫や早野が60年や70年安保の時には全く逆の事を言っていたであろう事は確実である。
或いは72年、78年の日中国交回復や日中条約の時でもいい、
反対意見を袋叩きにしたのは親中派翼賛会のこの朝日の連中である。
安保のような反米ナショナリズムならもろ手を挙げて賛成だが、
反朝ナショナリズムは大政翼賛会というのは、彼らの政治的立場を丸出しにした、
ただの卑劣な詭弁に過ぎない。
自分たちの気に入らない世論が多数を占めれば大政翼賛会呼ばわりとは、
本家・翼賛会だった岸首相でもびっくりの素晴らしい民主主義である。
政治的ご都合主義で民主主義を平気で捻じ曲げる、彼等の本質こそ大政翼賛会であろう。


追加:

朝日に連載中の「野党よ─党首に聞く─」(聞き手 早野透) での志位共産党委員長への質問。

国民一丸となって朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と対決というムードがある。
なんかおかしいと思いませんか


…(笑)
同調して欲しかったのだろうが、しかし答えではサラリとかわされている。
残念だが、共産党は大人だから無用に世論と喧嘩はしない。早野は聞く相手を間違えた。
代りに、朝日ともども世論から見放された同志である社民党の愚鈍な土井氏が、
さぞお気に召する答えを出してくれるだろう。


2002年11月27日(水) 「オモニ(母)」朝日の奇妙な言語世界

27日の朝日新聞は朝刊1面に、膠着状態に陥っている日朝交渉の行方を検証する
記事を掲げた。

>■《日朝どうなる》原則貫くか、まず交渉か 揺れる政府
> 日本、交渉戦術描ききれず 
> ●北朝鮮「いま交渉、無意味」

> 中国・大連。外務省の田中均アジア大洋州局長は23、24の両日、冷たい海風
>が吹き付けるこの町で、久しぶりに旧知の人物と再会した。食事をしながらの会談
>だったが、相手の反応は予想以上に厳しかった。

> 「拉致問題で日本は約束を破った。核開発は米国と話す問題だ。いま日本と
>国交正常化交渉をやっても、意味はない」

(中略) 
> ●北朝鮮の反発、誤算

> 日朝間の歯車が狂い始めたきっかけは、日本側の方針転換だった。
>北朝鮮側と「1、2週間」との約束で帰国させた拉致被害者5人について、首相が
>10月24日、「北朝鮮には戻さず、(北朝鮮に残る5人らの)家族の帰国を北朝鮮に
>求めていく」と決断した。
(中略)
>日本政府は、5人を無事に取り戻すことには成功したものの、次のシナリオを描け
>ないまま、「5人の家族」という新たな交渉カードを北朝鮮側に与えてしまった。

結局、内容を一言で言えば、「悪いのは5人の拉致被害者を戻す約束を破った日本側」と
いう北朝鮮の言い分をベースに、例によって例の如く交渉を北に有利に運ぶために世論誘導
する事を意図した記事である。

ちなみに朝日にこの記事の掲載された同日、北朝鮮は「関係改善を妨げる行為」
なる論評を発表し、「日本の右翼・反動勢力が反共和国(反北朝鮮)騒動に狂奔している」
「過去の清算を行わず拉致問題などで刺激していると、何が起きるか分からない」
などと恫喝をしている。
http://japanese.joins.com/php/article.php?sv=jnews&src=nk&cont=nk0&aid=20021
127121259500


そういえば先日、5人の拉致被害者が北に戻されなければ安保協議を無期延期すると
揺さぶりを賭けてきたのは、曽我さん夫娘のインタビューを掲載した「週刊金曜日」
の発売日だった。

「週刊金曜日」が家族と会見 曽我さん動揺し会見中止(11/14)


5人戻さなければ安保協議無期延期も 北朝鮮外務省(11/14)


つまり朝日一派が世論を誘導・動揺させた上で北がブラフ(脅し)をかける…
いつもながらの「連携プレイ」がまた今回も行われたというわけである。


さて、朝日の朝刊1面には、デカデカとカラー写真付きで
「キムチは笑顔仕込み」なる見出しの、韓国ヨイショ記事も掲載されている。

>朝の気温が0度を下回る街に、キムチづくりの季節がやってきた。
>「キムジャン」と呼ばれ、初冬の風物詩だ。各家庭でオモニ(母)が漬け込むほか、
>老人ホームや貧しい人たちのためにボランティアが集まって、漬け込んだりする。
キムチ好きの日本に向け、韓国産キムチの輸出は昨年1年間で約2万2千邸
キムチは日本の漬物全体の3割近くを占めるともいわれている

「だからどうした?」と言うほかはない、1面に載せる価値もない下らない記事だが、
北朝鮮を援護する一方で韓国(南)への親近感も喚起しようという、
実に朝日らしい配慮に満ち満ちた演出なのであろう。

それにしても「オモニ(母)」とわざわざ記す朝日の言語感覚はいささか気色が悪い。
朝日は韓国・朝鮮だけは特別扱いで、いつもオモニだのオボジだのと朝鮮語を散りばめる。
仮にアメリカ人についての記事にいちいちマミー(母)やダディ(父)と表記する事を連想すれば、
これがいかに奇妙な事かわかるだろう。
もし近隣アジア諸国への友好のためだとでもいうのなら、例えば今もっとも日本に馴染み深い、
相撲の朝青龍の記事にもモンゴル語を付けてはと思うのだが、
先日の優勝で両親来日の際にも、勿論そんな扱いは見られなかった。
そもそも朝日の「宗主国」中国様についての場合ですら、ニイハオぐらいは一般化しているが
母だの叔母だのまで中国語で記す事はないのだから、この朝鮮語優遇は突出してかなり異常である。
ひょっとしたら朝日の編集部では日常、朝鮮語がごく当り前に飛び交わされているのだろうか。
さすがは「朝日(チョンイル)」新聞である。


2002年11月26日(火) 「ゴジラ対ガメラ」=座頭市と用心棒」?

テレビで「ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃」を眠気を催しながらも
つい見てしまった。
「東宝チャンピオン祭り」世代には昔の「怪獣総進撃」を彷彿させるタイトルだが、
無論何の関係もない。
ただ、単体の怪獣ものから対決もの、そして総花的複数怪獣ものへの移行は、
なんだか昭和ゴジラの衰退の歴史を思い出させる。
それはともかく最近のゴジラ映画の世界観はオールドファンには理解しにくいものに
なっている。
そもそも悪役怪獣の代名詞だったキングギドラが善玉になっている事からして不可解なのだが、
この映画上では初代ゴジラからリセットしており、従ってモスラもキングギドラも
この世に初めて登場する設定らしい。
そんな事を言ってもモスラはモスラなのだから、インファント島と小美人が出て来ないのは
何とも気が抜ける。
昔から親しまれているキャラをリセットして使い回すのはご都合主義に思えてしまう。
また、今回のテレビ放映は間もなく公開される新作「ゴジラ×メカゴジラ」の宣伝のためのようだが、
ややこしい事に、数年前に「ゴジラVSメカゴジラ」があったし、更に昭和版の
「ゴジラ対メカゴジラ」も存在する。
しかも、これが3度目(「メカゴジラの逆襲」もあるから正確には4度目)の対決かと思えば、
実はこれらのゴジラはそれぞれ別のゴジラらしい。
つまり何度もリセットを繰り返しているので、名前は同じゴジラでも実態は2代目
だったり4代目だったりするようだ。
何代目って・・・、落語家や歌舞伎役者じゃあるまいし。
でも、「モスラ対ゴジラ」のゴジラが良かったとか言っている昭和のゴジラファンは
「菊五郎は六代目の芸が最高だった」等々の、所謂「歌舞伎じじい」に確かに似てい
なくもない。

ところで、角川書店が買収した新生大映が「ゴジラ対ガメラ」を製作する企画があるという。
http://www.zakzak.co.jp/top/t-2002_11/2t2002111304.html


プロレスの「馬場対猪木」並みに実現不可能だった見果てぬ夢の対決に、
多少の現実味が出てきたわけだ。
しかし大映・東宝のヒーロー共演と言えば、かつての「座頭市と用心棒」を連想させ
られる。
勝新太郎の「座頭市」シリーズに三船敏郎が当り役の用心棒役で出演したものだが、
「座頭市と用心棒」と、「対」ではなく「と」で結ばれているように、対決ではなく
単なる共演に過ぎなかった。
まあ、二大スターの何れも傷付けまいとすればそれしかないわけで、
「ゴジラ対ガメラ」もそのパターンか、あるいはせえぜえ「キングコング対ゴジラ」
パターンでの両者引分けが予想される。
どうせ「ヒーロー夢の共演」で終るならいっその事、
三船・勝新・中村錦之助・石原裕次郎の四大スター豪華共演のように、
ゴジラ・ガメラに加えてギララ(松竹)・ガッパ(日活)の四大怪獣共演は
いかがなものか。
もっとも、四大スター豪華共演作品が邦画衰退期の最後のあだ花だったように
四大怪獣もその時点で日本の怪獣映画史そのものがフィナーレしそうなラインナップだが。


2002年11月24日(日) 野中を受難者に仕立てる朝日の手口

昨日(23日)の朝日新聞朝刊の政治総合面に、自民党の野中広務が拉致事件報道を
批判した事が掲載されていた。同じ記事が、更にWeb版にはより詳しく出ている。

>標的つくる怖さを遺言に 野中氏、拉致事件報道を批判

> 自民党の野中広務元幹事長は22日の講演で、朝鮮民主主義人民共和国
>(北朝鮮)による拉致事件をめぐり、一部報道が議員外交を進めてきた野中氏
>を批判したことに触れ、「だれか一人をターゲットにしつつある。身の危険も含
>めて感じている」と語った。

> 野中氏は講演で、拉致被害者の家族がテレビ番組などで「野中はひどいやつだ」
>「会ってもくれなかった」と非難していたことを紹介。「面会を求められたこともないし、
>冷たい言葉をかけたこともない」と反論した。

>そのうえで野中氏は「私が命を絶たれ た時には、
>メディアとしての責任を明らかにしてもらいたい。標的をつくる昨今の怖さ
>を、ゆうべ遺言に書き加えた」とも語った。
http://www.asahi.com/politics/update/1123/005.html


念のために付言すれば、私の見た朝日本紙(東京本社12版)の記事では
「野中はひどいやつだ」 の文句が欠けており、さらに「そのうえで野中氏は…」
以下の文章も載っていない。これらはWeb版でのみ確認できるものである。

それはともかくこの記事だが、一応、野中にも反論権はある事だから、
彼の発言自体はここでは問わない。むしろ問題なのは、朝日の扱い方である。
つまり、野中の言い分だけを一方的に垂れ流し、「一部報道」の中で
拉致被害者の家族側が実際に野中を如何に非難したのかを全く触れていないのだ。

「一部報道」.とは件の野中の講演の前日、民放(テレビ朝日だ)の朝のワイドショー
番組に出演した地村さん父が、野中ら複数の政治家を名指し非難した事を
指していると思われる。
しかし、平日の午前中の時間帯の番組なぞ、大半の読者には見られるわけもなく、
従って知る由もない事である。
にもかかわらずその内容に全く言及せず、そして無論、家族が非難するような野中の
言動が事実あったのか否かの確認もせず、野中の言い分だけを報じる・・・
この記事だけ読めば、いかにも野中がいわれなき不当な非難を浴びせられて、
身の危険に晒されている「被害者」のようではないか。実に意図的である。

事実はどうなのか、
野中が拉致被害者の家族に対して何を言ったか…
例えば次のようなものである。

>野中広務氏について 

>平成12年(2000)3月、10万トンのコメ支援が決定された。
>家族と我々は、外務省前と自民党本部前で抗議の座り込みを行った。
> 野中氏は、自民党本部裏口から逃げ出した上、「日本国内で一生懸命吠えても
>横田めぐみさんは返ってこない」(3月29日島根県での講演)と、
>家族の涙の訴えを動物と同じ「吠える」という表現を使って貶めた。
>このような人物は、国会議員としての適性を欠くものと考える。
(救う会全国協議会」 佐藤勝巳)
http://www.asahi-net.or.jp/~lj7k-ark/20000604.html


見られるように、「日本国内で一生懸命吠えても横田めぐみさんは返ってこない」
なる野中の発言は、「(平成12年)3月29日島根県での講演」という、
公けの場での発言であるとされている。従って別に、確認できないようなものではあるまい。
これについて朝日は当時報道した事実は無論ないだろうし、そして今回も全く触れない。
しかし野中の「受難」だけはわざわざ記事にする。
つまり、朝鮮総連やら在日への嫌がらせは報じるくせに、
総連の犯罪的行為に関しては全く記事にしないのと同じ手口である。
被害者を逆に加害者、そして加害者を被害者に仕立て上げる悪質な姿勢は
北朝鮮、在日、そして北のシンパ政治家擁護に至るまで手厚く、一貫しているわけである。

ちなみに、同じ朝日の23日朝刊の第3社会面には、
「北朝鮮報道を批判/在日作家ら集会/『多様な見方提示を』」
なる記事も掲載されている。
辛淑玉やら金石範やらの在日韓国・朝鮮人、そのシンパのジャーナリストらが
「在日社会への嫌がらせや北朝鮮をめぐる報道について考える集会を開いた」
事を報じたものだ。
北朝鮮非難の報道はしないくせに、「北朝鮮非難の報道」を非難する集会は
取り上げるダブスタで、世論操作せんとする朝日の姿勢がよく現れている。
この集会の参加者(日本人ジャーナリスト)の発言として
「メディア規制法がなくても国家の統制は簡単にできるんだと思った」とあるが、
この言葉は、むしろ朝日にこそ捧げてもらいたいものだ。


2002年11月22日(金) 「訪朝議員に金塊と女性」元工作員証言

下品なタイトルだが、事実だから仕方がない。
20日、衆議院外務委員会で参考人招致される予定でありながら、
土壇場で自民党の反対により見送られた元北朝鮮工作員が
民主党が独自に開いた「北朝鮮問題プロジェクトチーム」で証言、
日本の国会議員が訪朝した際、.金日成が金塊を与え、女を抱かせていた事を
証言した。
http://www.sponichi.co.jp/society/kiji/2002/11/21/01.html
>「日本の大物国会議員が訪朝した際「金日成(主席)は彼のすべてを知っていた。
>工作員がすべて調査して報告していたからだ」と指摘。証明は難しいものの
>「(北朝鮮側が)金塊を与え、女性を抱かせた」との証言も飛び出した。

自民党元副総裁の金丸信(故人)が脱税で国税庁の検査を受けたとき
金庫の中から金塊が出てきたものだが、これはやはり北朝鮮土産だったわけだ。
1990年に金丸は自民・社会両党の訪朝団団長をしている.。
この事のメンバーには、悪名高いあの野中広務もいる。
勿論国会議員の訪朝団はこの時だけではなく、村山富市もいれば森喜朗もいるし
そして言うまでも無く、土井たか子は再三訪朝している。
みんな「金塊と女」を宛がわれてたらしこまれていたわけだ。
女の土井の場合は男を宛がわれたのかなかったのか不明だが、金塊はちゃっかり貰ったのだろう。
社民党はカネがないなんて言っているが、土井はその金塊を党に拠出したのか?
小泉訪朝の際のマツタケどころの話ではない。
他にも、地村さん父が名指しした石井一、亀井静香、中山正暉も同罪だ。
先の秋の叙勲で野中は勲一等を授かった。
衆議院議長まで務めた土井もやがては勲一等は確実である。
いずれ皆、国家から栄誉で飾られるわけだ。
売国奴に勲章、か…(はぁ)
全く、日本も素晴らしい国である。


2002年11月21日(木) 「影の車」(松本清張)

松本清張の連作小説(中公文庫)。
野村芳太郎の同名松竹映画は、この中の「潜在光景」のみ原作。
映画は昔見たが、原作をはじめて読んだので記す。

偶然、バスの中で幼なじみ(映画では岩下志麻)に再会した平凡なサラリーマンの主人公(同じく、加藤剛)は、彼女と愛人関係になる。
幼なじみは今は未亡人で、小学生の子供がいるが、その子は主人公に全くになつかない。、
あまつさえその子が自分に殺意を抱いている妄想に苛まれる。
何故なら彼は昔・・・(その真相は最後に明らかになる)

「砂の器」を清張は「映画は原作越えた」と絶賛したが(ちなみに清張は、「砂の器」以外の自分の原作のドラマ化を評価していない)、
映画「影の車」も原作をうまく映像化している傑作。
心理サスペンスだけで引っ張る手腕は見事。
加藤剛は「大岡越前」で有名だが、松本清張作品での演技は素晴らしい。


2002年11月15日(金) 筑紫哲也こそ「北朝鮮」だ

普遍的な言説に対しては、そこで「何」が語られているのかではなく、
「誰」が語っているのかを読み取る事が重要である、とニーチェは言っている。
例えば昨夜のTBS「ニュース23」の筑紫哲也の「多事争論」は一見
あたかも普遍的で中立な立場からジャーナリズム一般を論じているかのような
装いをもって語られていた。
だが実は筑紫は「週刊金曜日」の編集委員であり、その「金曜日」の正体は
札付きの左翼雑誌である。
従って週金=筑紫が金正日の走狗であり確信犯である事は歴然としているのである。
「国の方針に水を差すようなことは取材すべきでないと、こういう議論にな
ると、自由な報道や言論というのは死んでしまって、北朝鮮と何ら変わりのない国に
私たちはなってしまいます。私はこの国が北朝鮮のようになってしまうのは
決してよいこととは思いません。」
などと筑紫は澄ました顔で平然と述べている.。
しかし、言論の自由やジャーナリズム客観性の美名の欺瞞の蔭に隠れて
醜悪な党派的プロパガンダを行って恥じない筑紫哲也よ、
あなたこそ「北朝鮮」そのものなのである。


2002年11月08日(金) 思い通りにならぬ世論に苛立つ朝日

「日朝交渉 リードする世論/『民意重視』か『合意形成』か」

連チャンの朝日ネタになるが(ナンだカンだ言いながら朝日を読んでいる私もイタイが)、
今日の朝日の朝刊にこのような見出しで、日朝交渉が対北朝鮮強硬論の世論に後押し
されている事に懸念を示す署名記事が掲載された。
冒頭から一部引用すると
「ようやく再開した日朝国交正常化交渉で、拉致被害者やその家族を後押しする
「世論」が大きな決定権を握っている。政府は世論の圧力を感じて強硬姿勢に転じたが、
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)側も態度を硬化させ、交渉は膠着状態に入った。
外交交渉で重視すべきなのは、自国の民意なのか、相手国との合意形成なのか−。
政府はいずれ、ジレンマに直面する。」云々(朝日新聞 11月8日朝刊総合面)

「民意重視か合意形成か」などと、あたかもその両方の等距離に立っているかのように
提起しながら、実際にはそれ以前に「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)側も態度を硬化させ」と、
悪いのは強硬世論に後押しされた日本側であるとの結論が出ている。
つまり世論を無視して北朝鮮の言いなりに早く国交正常化しろという、トンデモない主張である。
このような記事を掲げたのは、世論が思う通りならない事に対する朝日の苛立ち
の表れであろうか。

ちなみに、同じ朝日の今日の朝刊の第2社会面に「市民団体、訪朝団派遣へ」という
記事が掲載されている。内容は、「反核団体」のピースデポとピースボートが
来年1月に訪朝し非核条約を提案する、などという愚にもつかぬもので、
要するに市民を僭称する左翼団体が北朝鮮と合作で演ずるパフォーマンスへの提灯記
事に過ぎない。
何のニュース価値もないこのようなどうでもいい記事をわざわざ報じていながら、
一方で対北朝鮮への大多数世論を否定する朝日の頭の構造はどうなっているのであろうか。

朝日の投書欄である「声」には、連日のように在日朝鮮人からの投稿が掲載されている。
全掲載投稿の10に一つは在日からのものなのだから、
この割合から逆算すれば日本には在日が1000万人ぐらいいるのかと思われてくる
偏重振りである。
その内容も例によって「チマチョゴリへのいやがらせ」だの「過去の日本の植民地支配」だの
被害者振りを前面に押しだしながら日朝友好を促すもの。
勿論投書は在日のものばかりではない。
本当に実在する朝日信者の投書なのか、それとも朝日編集部の作文なのかわからないが
北朝鮮寄りの立場からなす意見が専らである。
つまり、これが朝日の支持する「正しい世論」のあり方というものなのだろう。

これらを見るに、近々社論の「大転換」を意図している新聞の姿勢とはやはり到底思えない。
むしろ、かつて新左翼運動が破綻する過程で、追い詰められた一部が赤軍派のように
極左過激化して行った如く、朝日もなりふりかまわず反日路線をより先鋭化させていくのでは、
とさえ思えてくる。

まあ、それはそれで、朝日が世論に背理してまで自滅への道を加速するのならば、
結構な話ではあるが。


2002年11月07日(木) 朝日新聞が社論を大転換?!

近々朝日新聞が社論を大転換し、改憲容認へと踏み出す、という一部情報があるそうだ。
(テーミス2002年11月号http://www.e-themis.net/search/mokuji/0211.html#d-4
理由は部数の激減。しかも、「社論が気に入らない」「おたくは左だから」という理由での
読者離れが多いとの事で、実売500万部割れは時間の問題であるらしい。
販売現場の悲鳴に営業・広告が共感し、三者一体での突き上げで社上層部が重い腰を動かし、
「社論大転換」の大号令につながったという。
編集サイドは今、「社論を少しずつニュートラルに戻し、違和感のない形で憲法改正容認を打ち出す」
事に腐心している…らしい。

俄には信じ難い話で、はっきり言ってこれは多分ガセネタ、ヨタ記事だろうと思う。
改憲に社論を転換したところで、従来の左がかった朝日信者の読者は離れ、
かと言って今更右寄りの読者がついて来るとは思えず、
結果的に損得収支はマイナスになると思われるからだ。
また、朝日が不信を買っているのは憲法云々よりもむしろ、
中国・朝鮮ベッタリの誤報・捏造記事を書き散して来た点にある。
この点も含めて大転換するのだろうか?そこまで踏み切るとは思えない。
今後も辻褄の合わない反日路線は継続するものと思われる。

もっとも、:憲法や安全保障問題の面では若干現実路線に修正する事はあり得るし、
現に既にその傾向は表れている。
例えば昨年のアフガン攻撃、そしてイラク制裁でも武力行使容認をほのめかすかのような
論調が混じっており、これには、朝日にそそのかされてきた平和憲法信者は
梯子を外されたな思いを時々味あわされているようだ。
所詮は大衆迎合が本旨の商業新聞であり、思想的一貫性なぞ望むべくもない。
戦争を煽り捲くっていたくせに戦後大転向した前科はもとより、
北朝鮮讃美から親韓に乗り替えたり、ソ連崩壊後は親ソ派の前歴を頬っかむりしたり、
朝日の節操のなさは折り紙付きだ。
ドラスチックな大転換はアテにならないが、いずれにしてもこのままジリ貧であるなら、
世論の様子を窺いつつ小出しに路線転換する事はあり得るだろう。


2002年11月02日(土) 拉致問題の今後の方向性

先日、2日間にわたって行われた日朝国交正常化交渉は、何ら進展なく終った。
とりあえず今のところは、従来になく強気な日本の外交姿勢が評価されている。
しかし拉致問題の解決が長引くにつれ、やがて日本政府への風当りが強くなる事が予想される。
つまり、北朝鮮に残して来た子供たちと5人の拉致被害者が引き離されたままの状態が続けば、
情緒的に同情論が巻き起こる事は必至なのである。
彼らの子供たちのためにも一旦、5人を北朝鮮に還した方がいいのではないか?!、という声が、
ちらほら聞える。既にワイドショーではそのような傾向が見られるようだ。
そして、思わぬナショナリズムの高まりに攻め手を失っていた反日の頭目・朝日新聞あたりは、
手ぐすねを引いてそのような世論の台頭を待ちうけているように思える。
彼等・国内の反日勢力が北に連携して、一気に反転攻勢の機会を窺っている事は
先日のキム・ヘギョンへのインタビューでもあきらかだ。
だが、騙されてはいけない。

そもそもの非は、日本人を拉致した北朝鮮側に、一方的にある。
従って、北朝鮮が家族分断を招いた張本人なのだ。
北を非難こそすれ、日本には何の非もない。
むしろ子供たちを拉致被害者の親元から引き離し、人質カードに使っている事こそ糾弾されるべきだ。
今後もあくまで、世論をこの方向に統一して行くべきだろう。

朝日新聞の、反日を意図した情緒的な宣伝に惑わされてはならない。


2002年11月01日(金) 松井メジャー行きで日本球界はどうなる?

かねて予想されていた通り、巨人の松井秀喜選手がFAメジャー行きを表明した。
この件に最も苦虫を噛み潰しているのがナベツネこと讀賣の渡辺恒雄オーナーだろう。
何しろ、讀賣の面子は丸潰れだ。
しかも、FA制度を提唱してこれを強引に導入したのもナベツネその人である。
まさか自分で自分の首を絞める結果になるとは思わなかっただろう。

FA制度が施行されたのは、松井の入団1年目である93年。
この年は長嶋茂雄の監督復帰1年目でもあった。
ナベツネが長嶋の無能さに不安を抱いた結果なのか、
単なる巨人大国主義的なエゴなのかは知らないが、
要するに球界の戦力を巨人が一人占めしようというのがFA制の魂胆だ。
現に、落合、広澤、清原、江藤、工藤らが次々巨人入りした。
逆に、落合に押し出された駒田以外は、巨人からFAで出ていった者はいない。
つまり、日本球界に巨人以上の存在がない限りは、FAで最も得をするのは巨人である。
従ってドラフトの逆指名制度と併せて、巨人一人勝ちの構図は揺るがないかに見えた。

ところがここに、思わぬ方向に事態は進展した。
それまではかなわぬ遠い夢だった、日本人選手のメジャーリーグ進出である。
この道は95年、野茂英雄が近鉄球団との軋轢の結果、強引にメジャー行きを
果たした事で開けた。
更に97年末には初めてFAを利用して吉井理人がメジャー入りし、
FA→メジャーは決して特異な出来事ではなくなった。
2001年には松井に並ぶ日本球界の最実力者イチローもメジャー入りし、
残るのはパンドラの函の最後の出し物…
つまり球界の盟主・巨人からのFA→メジャー入り(=松井)だったのだ。

おそらく巨人は松井引き留めにあらゆる手段を講じたに違いない。
何十億円も積んだろうし、或いは、政財界も動員し、おどしすかしもしたかもしれない。
それでも松井は引き留められなかったわけだ。
讀賣のメンツ丸潰れは実に小気味いいが、しかし、そう喜んでばかりもいられまい。

今後も続々スター選手のメジャー流出が続き、おそらく早晩、日本球界は崩壊する。
少なくとも古色蒼然たる巨人中心主義を続ける限りは、行きつく所まで行きつかねば収まらないだろう。
しかしそれも、やむをえないのかもしれない。

一旦、全てが枯れ果てた挙句、荒涼たる大地から再び種を蒔き水をやり、始める以外には。


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