フォーリアの日記
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2008年03月31日(月) 郵便局など

今日は冷たい雨でした。
止むと思っていたのに昼にはまだ降っていました。
午後になって雨が止んできましたが、北風が吹いて寒くて暖かくなりません。

午前中に郵便局に行ったり、注文していた化粧品を取りに行ったり買い物したりしました。
郵便局には振り込みにいく用事があったのですが、
おばあちゃんにお金を下ろしてくるように頼まれたので、それもついでに済ませようと出かけました。
キャッシュカードではないので本人でなくても受け付けてくれるかどうかわからないのですが、
最低限証明するものは必要だろうと、おばあちゃんの保険証や、自分の免許証や、
住所が変わっているので住民票の写しなども持って出かけました。

幸いこれだけ揃えたら受け付けてくれて、住所変更の手続きをしたあと下ろすことができました。
住所変更したらゆうちょ銀行になったからといって通帳が変わりました。
おばあちゃんには大金を下ろすことを頼まれていましたが、
委任状がない場合には金額の制限があり、それ未満のキリのいい金額下ろしてきました。

昼を食べてから、今度は銀行の住所変更の書類を書いていました。
用紙はもらってきていたのですが、おばあちゃんが退院してこないと印鑑がわからなかったのです。
ついでに、自分の口座のインターネット取引申し込みの書類も書いて。
明日(あさってになるかも)出してこようと思います。


2008年03月30日(日) 息子がゴルフ

今日は午前中はまだよかったのですが、午後から雨が降り出しました。

息子がゴルフに行くのに車を使いたいといって昨夜から来ていて、
今朝早く出かけていきました。
ゴルフ場が熊谷だそうで、寮から行くよりもうちから行く方が便利かもしれません。
しかし雨のゴルフは大変だったでしょう。

夕方高速が混んだとかで比較的遅く戻ってきました。
みんなで遅くなるのも困るので、息子が戻る頃にはすでに夕食を食べ始めていました。
夕食を食べたのち、息子は寮へ帰っていきました。

傘を持たずに来たようで、ビニール傘1本もっていきました。


2008年03月29日(土) お花見日和

今日あたりがお花見日よりでしょうか。

朝食前、夫がおばあちゃんを連れて別所沼公園へ行きました。
車で公園まで行って、降りて少し歩いたそうです。
私はもう30分遅かったらついていったのですが、眠くて行きませんでした。
私が残れば帰ってすぐに朝食を食べられるだけよしとしましょう。

別所沼公園の桜は満開で、人もたくさん出ていて
早朝から花見の席取りをしている人もいたそうです。

おばあちゃんが退院してからの初めての土日ですが、
病院に行かない分時間に余裕があり、なんとなくゆっくりしました。
昼寝もしました。

夜、明日ゴルフに行くから車を使いたいという息子が着ました。
明日早朝ここから出発するそうです。


2008年03月28日(金) 桜が満開

雨が降る降ると天気予報に脅されていましたが、
昼間は幸いうっすらと晴れ間も出る天気で、パラパラと雨が降り出したのは夕方でした。

今日は仕事でした。
今日出られないかと思って、先週大慌てで今日の分までいろいろ仕事をやりだめしたので、
今日はせっぱつまったものがなく、その分普段手が回らないこともできました。
昼休みには日比谷公園方面まで桜を見に出かけました。
桜はほぼ満開で暖かく、外を歩くと本当に幸せな気分になります。
春はいいなあ、本当にいいなあと思いました。

夕方家に帰るとき遠くからおばあちゃんの部屋に明かりが見えます。
入院中はずっと暗かったので、外から来ると寂しい雰囲気でした。
人が1人いるってことは家の中が明るくなります。


2008年03月27日(木) おばあちゃん慣れてくる

今日も暖かく、出歩かないうちに桜が満開になってしまいそうです。
もう来週では散り始めるでしょうか。

ところで何でこんなに眠いんでしょう。
やっぱり2ヶ月間ボディブローのように徐々に効いてきた疲れが出たのでしょうか。
今日は午前中昼寝してしまいました。

午後はいろいろ雑用がありましたが、
財布の中にたまったレシートを整理していて、買ったものをみていると
先週退院が決まってから多少でも買い物して準備していたことが思い出されました。
家に帰ってまだ3日目、丸2日しか経っていませんが、
おばあちゃんが入院中病院に通っていたのが夢のようです。

おばあちゃんは、だんだん立ち上がるときにつかまる場所にも慣れてきて
徐々にいろいろ工夫して自分でできるようになってきています。
たとえばお風呂も、事前に手元にタオルや石鹸や洗面器やひしゃく(?)を準備して
手すりにつかまっても届くところに置けば、かなり自分でできるのです。
そういう工夫も自発的にするようになったので、何も考えていなかった入院中とは大違いです。

これなら留守番してもらっても大丈夫そうだし、
私が休むというと却って気を使うようなので、明日は仕事に行きます。


2008年03月26日(水) 通所サービスの話を聞く

今日も暖かでした。

おばあちゃんは比較的問題なく過ごしています。
まだあちこちつかまって歩くので、お皿を持って歩いたりはできませんが、
片手で持てて、薬のような落としてもかまわないものなら持って歩いたりはできます。

今日はコーラスを休んで家にいましたが、
これなら昼食を置く場所を工夫すれば家を空けても大丈夫そうです。

朝、運動を兼ねて、階下マンションのエントランスにある郵便受けまで歩いて(エレベーター利用)、
新聞を取りに行こうと誘いました。
前は私がゴミの日にゴミを出すついでに取ってこない時は、おばあちゃんが取ってきていたので、
誘ったら自然に取りに行く気になったようです。
片手で杖を突いて、さらに新聞を持って歩くことはできないようで、新聞は私が持って上がりました。
もし、一人で来るなら手提げ袋か何かが必要なようです。
夕方も新聞を取りに行くと言うので付き添いました。

ひとりで出歩けないとどうしても寝ている時間が増えるので
当面の間でも通所リハビリのようなものを利用できないかと
地域包括支援センターに電話してみました。
担当者がすぐ来てくれて話をしてくれました。
体験通所ができるそうなので、1回行ってみるといいようです。

お昼を食べた後、私はものすごく眠くなってしまいました。
あまりに眠かったので昼寝しました。
先週風邪引いたときは延々と寝ていましたが、
それ以外に土日にもあまり昼寝していなかったので疲れが出たのかもしれません。


2008年03月25日(火) おばあちゃん退院

今日は昼間はかなり暖かくなり、桜もどんどん開いていくようです。

今日はおばあちゃんの退院日です。
おばあちゃんの部屋も立ち居振る舞いできるように整えて着替えを用意し、
昼食を早めに食べて病院に出かけました。
1時半に介護認定の調査に来ることになっているのでそれまでに病院に行かなければなりません。
退院は3時の予定ですが調査を受けて普通に片付けていたらそんな時間になるでしょう。

早めに行くつもりが運転用の度の強いメガネを忘れて家に戻ったりしていたのであまり余裕はありませんでした。
まず1階の受付に行って、交通災害保険のための治療証明書をお願いしていたら、意外と時間を食いました。
病室のある2階へ上がった時にはほとんど1時半になるところで、もう調査員の方が来ていました。
心配したおばあちゃんが家へ電話しようとしたようなのですが、
おばあちゃんは昔ながらのダイヤル電話なら電話をかけられうのですが、
プッシュホンで電話をかけられないので、気持ちばかりでうろうろしていたようです。

すぐに奥の食堂(正式には作業室)に行って、話をしました。
調査員の方はすでに歩行器ですいすい歩いてきたのを見ていたのでだいたいのからだの状態はわかったようです。
あとは日常の動作をいろいろ聞かれましたが、結構自分でできることも多く、
爪切りやお風呂や電話などに一部補助が必要ぐらいです。

認知症の質問もありましたが、認知証と認められるような項目には該当していないなと思いました。
手術後にはおかしいこともありましたが、治るにしたがっておかしな言動は減ってきているので、
現在の時点では認知症に関してはほとんど問題ないように思えます。
今の時点で心配なのは、夜中に寝ぼけてトイレへ行く時に迷子になるくらいでしょうか。
確かにとなりの元気なおばあちゃんのように何でも覚えていたり理解して人に説明できるような確かさはありませんが、
通常の80代なら若い者のように行かないのが普通でしょう。

さて、調査が終った頃、計算が終って支払いができるというので
おばあちゃんに帰る時の洋服に着替えてもらいつつ、私は下の受付へ清算に行ってきました。
清算中に午後会社を休んだ夫が到着しました。
支払いと引き換えに、退院許可証(ナースセンターに出して必要なものをもらうための引換券?)をもらいました。

病室に戻って荷物を片付けていると、退院後に飲む薬を持ってきてくれました。
荷物はあまりないほうだと思ったのに、洗面器などあるのでやっぱりかさばります。
荷物が片付いたところでナースセンターに行って、次回の外来予約や診察券などをもらいました。
ナースセンターで挨拶して、通りがかりの看護婦さんにも挨拶して、病室の人に挨拶したりしました。
隣の元気なおばあちゃんは、先にリハビリに行くと言って下に下りるところだったので、
エスカレーターに乗ろうとしていたときに挨拶しました。
このおばあちゃんには大変お世話になりました。

さて、いよいよ帰ります。
おばあちゃんは杖を突いて下へ降りて、外を歩いて車に乗りました。
途中、皆がつまづく段差でちょいとつまづいたので大変あわてて私も手を出しましたが、たいしたこともなく無事でした。
車にも無事乗れました。

夫はわざわざ少し遠回りして桜並木の遊歩道のある道を通りました。
長らく世間と隔絶されていたので新鮮だったかもしれません。

家に帰ると病院より狭いので意外とどこでも手が届き、部屋にいる分には心配ないようですし、
トイレも手を付くところがあるので困らないようです。
廊下も壁に手を付けば問題なく歩けるので居間まで来られます。
居間の低いテーブルに座ることも無事できました。
私はこまごまとした荷物を片付けるのに時間をとられましたが、おばあちゃんは家に帰って落ち着けたようです。
私が落ち着いてからお茶など飲んだら、こんなゆったりした夕方は久しぶりだと思いました。

さて、病院の食事に生ものがでることはないので、夕食は刺身にしようかと思いましたが、
買い物に出たら夕方はどんどん冷えて北風が吹いて寒かったので、うどんの鍋に変更しました。
刺身も一柵買いました。
うどんのようなものも病院では出ないのでは?

買い物に行ったときに思いのほか寒くて、首が冷えて風邪を引きそうに寒気がしてしまったので、
家に帰ってから30分ほど布団にもぐりこんで寝ていました。
その間に夫がマカロニサラダを作っておいてくれました。

食後はおばあちゃんは久しぶりにお風呂に入りました。見張りと補助つきです。
見張っていれば手すりにつかまって湯船に入ることはできたので、本当に久しぶりに湯船に浸かって気持ちよかったと思います。
洗髪と背中を洗うのと、足先を洗うのが自分では無理だったので手伝いました。
着替えなどは自分でできます。

お風呂に入ってすぐおばあちゃんは寝てしまったので、バイトに行って帰りが遅い娘と対面するのは明日になるでしょう。


2008年03月24日(月) CT検査

今日は雨です。かなりよく降っています。

今日はCT検査の予約をしていたので、行ってきました。
午後からの予約ですが、昼までにヤボ用を済ませ、少し早めに出かけました。

少し早めについたのが偶然にも正解で、
地下のレントゲン室の受付へ行ったら造影剤を使うための承諾書が必要とのことで、
今度は検査をオーダーした高血圧・腎臓内科へ行って、その場で書く羽目になりました。
本来ならCTを予約した時点で書かせて、担当の医師がサインもするもののようです。
受付で複写式の紙をもらって私がまず問診票と承諾サインを書いて、
こんどは医師のサインをもらうために受付の人が奥へ持っていきました。

以前に造影剤を使ったことがあるか、何か異常があったか、
アレルギーがあるかという問診票なのですが、そういえば・・・
以前子宮卵管造影の検査をしたことがあり、その時には高熱を発したのです。
でもその時は熱が出ることがあると言われていたような・・・?
今回は普通に熱が出るものだということもなさそうなので、
どうもそれとは感じが違うような気がします。

一応それでも承諾と言うことでサイン押印して、検査を受けました。
造影剤は体が熱くなるという感じがするといわれたのですが本当で
それ自体はなんだか変な感じですが特に異常はなく終了し、
帰ってからもとくになんともないので大丈夫でしょう。

さて、終了の受付をして清算しようとすると、あれ?
自動清算機がすべて新しくなっています。
今までのような壁のように聳え立つ機械でなく(←中にWindows入ってる)
銀行のATMのような操作画面が低い位置にある機械になっています。
カードの挿入の手ごたえや領収書を取る時の手ごたえが違って手間取ってしまいました。
どうりで案内のお兄さんがずっと立っているわけです。
いつから変わったのでしょう。

さて、清算も済ませて帰るまえにトイレに行って気づきました。
何か荷物が少ない・・・傘がない!
電車に乗っているときに持っていた覚えがあるし、途中でどこかへよっていないので
病院までは持ってきたと思うのだけど。
でもどこへ置いたのだろう。
検査の時の更衣室に置いてきてしまったのだろうか?
地下の放射線科に行って聞いてみたけれどありません。
高血圧・腎臓内科の前の椅子のあたりや、思いつく限り歩き回った先を調べてみましたがありません。
どうしよう・・・。もう雨はほとんど降っていないので帰ることはできます。
電車に乗るときには持っていたと思うけど、その前にどこかへ置いただろうか?
どこかへ電話すればわかるだろうか?
考えながら玄関の方へ向かっていて、玄関の様子が目に入ったとたんに思い出しました!
玄関の外の傘立てに置いたのです。
鍵をポケットに入れていたらもっとすぐに気づいたのでしょうが、
CT検査を受ける時にポケットのものは落ちやすいので出して置くように言われ、
かばんの中にしまいこんでいたのです。

ずいぶんしょうもないことで時間を食ってしまいました。
家に帰ると6時すぎていました。
なんとなく造影剤を代謝するのに体が疲れているのか、ちょっと疲労感もあり、
この時間からおばあちゃんの病院に行く元気はなく、今日はやめにしました。
一応検査が遅くなったら行けないかもしれないと言ってあるので大丈夫でしょう。


2008年03月23日(日) 明るいうちに病院から帰る

今日は昼間は大変暖かく、桜が咲き始めました。
昨日からこのあたりの桜も開き始めていたとのことですが、
今日は昼ごろには1、2輪でもなく開いてきていて、
昼前に出かけて午後1時ごろ帰るときに見たら、明らかに開いている花の数が増えていました。

今日はおばあちゃんの病院にはあ夕食時までいないで早めに帰るつもりで出ました。
土日まで毎日自分たちの夕食が遅くなると夜忙しくて大変つらいのです。
日曜くらいは夕食を早めに食べて夜ゆっくりできればかなり楽です。
ずいぶん日が長くなったので、病院を出た5時台はまだ明るく、
久しぶりに明るいうちに帰ってきました。

おばあちゃんもずいぶん元気で、窓際まで行って駐車場を眺めて
出入りする車や人を見ていたりしています。
歩きも日に日にしっかりしているように見えます。

同じ病室には新しい人が一人入っていました。
ひったくりに倒されて頭を打ったそうです。
そのひったくりはまだつかまっていないそうです。

隣のげんきなおばあちゃんは松葉杖から進んで、1本杖になっていました。
さすがに1本杖のほうが大変そうではありますが、強いです。


2008年03月22日(土) おばあちゃんリハビリで階段を上る

今日はまた天気よくなって、暖かくなりましたね。

今日は夫は午後インドから来ている知人に会うために都内へでかけました。
私はそれについていくと病院にいけなくなるので別行動で夕方病院へ行きました。

おばあちゃんは、今日は土曜日だけど午前中リハビリがあって、
病棟の玄関を出て外を歩いたといっていました。
玄関から敷地内の道を何回か往復したそうです。

となりの元気なおばあちゃんに聞くと、
病室に戻る時には階段を上ってきたそうです。
リハビリの先生に「どこでも好きなところを通って」といわれて見守られながら杖を突いてきたそうです。
その前にお風呂に入る練習もしたらしいのですが、本人の話は聞き出せませんでした。

となりのおばあちゃんはまだ再手術から10日めですが、
手術の次の日には車椅子でトイレへ行っていたし、
4日目ぐらいにはもう歩行器で歩いていたし、
7日めからもう松葉杖で歩いていて強いのです。
本人は4月半ば以後退院が目安のつもりのようですが、
3月末に退院できるんじゃないかとリハビリの先生などに冗談とも本気ともつかず言われているようです。

ところでおばあちゃんによると、おとといの夜夫の弟一家がきたそうです。
甥っ子が都内の大学に入学したので、その引越しの帰りだそうです。
どこに住むのか聞きたかったのですが、都内の地理にまったく疎いおばあちゃんには無理です。


2008年03月21日(金) 靴のかかと修理など

朝はわずかに昨日の雨が残っていましたが、だいたい止みました。

今日は仕事でした。
朝、いつものとおり新橋で降りようとしたら、
電車がブレーキをかけてから、静かに止まるはずの最後の瞬間に急にガクッと止まりました。
もう降りようとドアの方に歩いていましたが、ドアが開きません。
緊急停止信号を受信したという放送があり、そのまま止まってしまいました。
最後尾の車両がホームから出ているためドアが開けられないそうです。
向かいの山手線はドアが開いたまま止まっています。
幸い5分程度で動き出したので、遅刻はしませんでした。

先日から気になっている靴のかかと、
2週間前ぐらいに交換すればちょうどでした。
先週だと端のゴムがなくなりかけて、ちょっとかかとを削ることになってしまうくらいかも。
今週はもう、かかとをつくとすべって危ないくらいになっていました。
でもなかなか忙しくて修理してもらう時間がとれなかったのですが、今日いいことを思いつきました。
駅前のニュー新橋ビル内の靴修理屋に昼休みに出して、そのままサンダルを借りてまた仕事に戻り(室内は上履きなので)
帰りに靴を引き取ってサンダルを返せば、預けに行く時間があれば修理してもらえます。

久しぶりにまともなかかとのついた靴は大変歩きやすくなりました。

来週は仕事を休むかもしれないと言ってあるので
できるだけ写真の印刷などはすませてきたので忙しかったし少し遅くなりました。


2008年03月20日(木) 「マタイ受難曲」のコンサート

今日は雨です。
ここのところの暖かさからしたら、かなり寒くなっています。

おばあちゃんが入院する前からチケットを買っていたコンサートに行ってきました。
彩の国さいたま劇場で、バッハ・コレギウム・ジャパンの「マタイ受難曲」です。
これで前の文京シビック、その前の川口リリアと3回連続コンサートに雨(雪)に降られています。

彩の国さいたま劇場の音楽ホールはこじんまりとしたホールで、
これくらいの構成の音楽にはちょうどいい大きさです。
チケットを買ったときすでに席が埋まっていて1階は端しかなく、S席ですが2階(2列)の正面の席です。
2列しかない2階席ですがロビーにはゆとりがあり、オーチャードホールより居心地がいいのです。

曲がはじまると、出だしはソプラノの音程が低めで、少し重く感じました。
しかしエバンゲリストが出てくると、素晴らしい声で、すっかり役にはまり込んで感情豊かに語るので引き込まれました。
前回(2年前)にこんなことはなかったので違う人だと思って、思わずプログラムを確認しました。
(といっても会場では前回の人が誰だか覚えていないのでわかりません。)
ドイツ人なので(当然でしょうが)ドイツ語が滑らかで、日本人がイメージするドイツ語とは違う感じがしました。
でもイエス役の人もドイツ人でしたが、そちらはイメージするドイツ語に近かったので、個性かもしれません。

もう1人のバスの人も非常にいい低音で、いくつかの役を演じ分けて、素晴らしかったです。
それでもはじめは高い音が鼻をつまんだような音になっていましたが、
時間が経つと声が出てきて全音域でいい音になってきていました。

合唱もだんだん声が出てきて、声が抜けると音程も合ってきて、初めのような重さは感じなくなりました。

チェコ人のソプラノもいい声で、大変よかったと思います。
男性アルトは音が時々引っ込むのでフレーズが途切れ途切れになり、2年前の人の方がよかったと思いました。

こういう小さなホールでのコンサートは早く売り切れるし、音楽好きな人がほとんどのようなので
とても雰囲気のいいコンサートでした。

休憩中に夫が私と同学年の同窓生を見かけたので声をかけたそうですが気づいてもらえなかったそうです。
私がいればわかったかもしれないのですが、トイレへ行っていました。

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帰ってから俗世に戻ってTVをつけたらテレビ埼玉でサッカーをやっていました。
全日本メンバーの抜けた浦和レッズ弱すぎです。


2008年03月19日(水) おばあちゃん、退院日決定

今日はお天気はあまりよくないです。
午後から雨が降り出しました。
昨日までほど暖かくなくて平年並みだそうですが、
昨日まで風邪を引いていた身には、昨日までの暖かさが実感できません。

今日夫が早く帰ってきて(3時退社ぐらい)病院に行きました。
リハビリの先生に現状や今後の見込みなどの話を聞き、退院日を決める参考にするためです。
現状病室内をなんとか杖なしで歩ける程度、目を離しているときには歩行器使用。
外は杖を使って付き添いがあれば歩ける程度。

これから1人で外を歩けるようになっても、再度の転倒などを防ぐ意味でも
杖か老人車は必要だろうということ。

その他我が家の低い机での生活などの話もして、いろいろ総合して
夫が25日に半休(?)を取って帰ってきて
25日に退院と言うことに決めました。

25日には要介護認定のための調査にきてもらうことになっていますが
それが終ったあとの午後に退院の予定です。

昨日はすっかり忘れていたのですが、私は24日にCTの検査に出かけることになっているので
25日の方が助かります。
とにかく退院の日が決まって安心しました。


2008年03月18日(火) 退院許可がでました。

今日は午前中はまだ熱っぽく、昼にもまだ本調子ではなかったのですが、
夕方からほぼ元気になりました。
もう少し早く元気だったら買い物に出たのですが・・・。
(買うものリスト・・味噌、ハム)

今日は主治医の先生から病状説明があるということでした。
ちょうどお姉さんがきているのでいっしょに説明を聞くつもりでした。
5時からということでしたが、手術が長引いて少し遅くなると看護婦さんが知らせに来ました。

看護婦さんが呼びに来て外来の診察室へ3家族まとめて案内され、
1家族ずつ呼ばれて話を聞きました。

端的に言って、もう退院できるそうです。
たしかに歩くことに関してはこの1週間の進歩はめざましく、かなりしっかりしてきています。
勝手に外を出歩くことはできなくても、室内を歩くことはできるでしょう。
あとは家で過ごした方が本人のためにもリハビリとしてもいいということはよくわかります。
後は夫がなんと言うかですが。

夫に聞いてから返答すると、退院日を決めるのは保留してきました。


2008年03月17日(月) ほとんど寝ていた

今日は風邪でほとんど寝ていました。

朝起きて朝食の用意をして皆が食べてから片付けて寝ていました。
幸い不燃物と新聞などの日なのでゴミ出しに行かなくても来週まで持ちそうです。
昼にちょっと起きて牛乳飲んでパンなどかじってまた寝ていました。

4時半に目覚ましをかけて起き出して車で病院に行きました。
さすがに自転車をこいで行く元気はありません。

おばあちゃんはまた一段と足元はしっかりしてきて、
杖もなしで少しなら歩くし、
歩行器にもあまりしがみつかずに歩けるようになっています。
夜も歩行器でトイレに行く許可が出たそうです。
寝ぼけて変なところへ行ったりしてまた禁止されなければ
もうオムツとおさらばできそうです。
ただ、思考力が少し落ちているようで心配です。
でもそれは家に帰って薬を減らしたりすればなおるかもしれません。

家に帰ったら夫が帰っていました。
私が調子悪かったので早く帰ってきたそうですが、
病院に直接行こうと思ったら連絡つかなかったので家へ帰ったそうです。
私が電話を持って出るのを忘れていたのでした。

夫もちょっと風邪気味かもしれないといって
私が夕食の後片付けをしている間に寝てしまいました。
娘がまだ帰ってきていませんが、私ももう寝ます。(8時半)


2008年03月16日(日) 風邪引いたみたい

今日も大変暖かい日ですが、私は体調悪くて感覚がおかしくなっています。

朝からのどが痛かった・・というか夜中にのどが痛くて何度も起きています。
それでも昼過ぎまでは普通に活動できました。

夜あわただしいので、おばあちゃんの病院に行く前に風呂に入ってしまおうと
2時半ごろ風呂にはいったあと、もうボーっとしてしまいました。
夫が床屋に行くと言うのでその間しばらく眠りました。
起きた時は少し熱っぽい感じがしました。
37度代ぐらいの熱があると思われます。

まあ、動けないほどではないけれど、病院に病原菌をばらまいてはいけないので
抗菌フィルター入りのマスクをして5時前ぐらいに病院に出かけました。

今日は娘が外食してくると言うので、病院の帰りに食事をしてきても大丈夫です。
始めて入ってみたイタリアンレストランで食事をしました。
病院帰りの服装で入るのは恥ずかしいような、なかなか洒落たレストランで
今度元気な時にコース料理でも食べてみたいと思います。
家に帰ってすぐ寝ました。(8時ごろ)


2008年03月15日(土) 池袋へ

今日は晴れています。
昨日に引き続き大変暖かくなっていて、桜が咲く頃でももっと寒いと思うくらいです。

昼前から池袋へ出かけました。
夫のブレザーとCD(DVD)と一眼レフデジカメを見に行きました。
買ったのはCD(DVD)だけです。あとは見ただけ。
ニコンのD60

でも時間を食ったので一旦帰っておばあちゃんの病院についたのは6時ごろでした。
もう夕食を食べているところでした。

水曜日に手術をした隣のおばあちゃんは、もう車椅子で動いていました。
うちのおばあちゃんは、何もなしで歩いてトイレへ行ったとか。
ゆっくりでも何もなしで歩けるほど足がしっかりしたのはいいことなのですが、
まだ危ないので勝手に歩行器で歩いてはいけない、勝手に杖で歩いてもいけないと制限をかけられているのに
車椅子は面倒だから歩いていくと言う発想は、思考力が働いていないようで心配です。

帰りは遅くなったので、そのまま車に乗って家の前で娘を拾って
リンガーハットで長崎ちゃんぽんを食べてきました。


2008年03月14日(金) 駅は混んでいる

今日は雨ですが、大変暖かです。

今日は仕事でした。
写真やら文章やらなんやらかんやらやることがいっぱいあって忙しい一日でした。
昼休みに銀行に行って、キャッシュコーナーで現金を下ろして
そのあとに振込みがあったので待っていたのですが、ずいぶん時間がかかってしまいました。
同じ銀行で済ませようとしたのが時間がかかる元でした。
下ろすのはみずほ銀行から下ろして、空いているりそな銀行に振込みに行けばよかった。

昼には一時的に雨はやんでいましたが、帰るころにはかなり降りだしました。
今日はなぜか知らないけれど、駅構内も電車も混んでいて
なんでこんなに人がいるんでしょう、と思ってしまいます。
そりゃ、都心の駅が帰りの時刻に空いているわけはありませんが、普通じゃない混み方です。
雨だから余計に混むのでしょうか。


2008年03月13日(木) 人間ドック

大変暖かな日でしたが、暖かい室内にずっといたのです。

今日は人間ドック(1日コース)。
朝8時集合ということで(何と早い!)家を7時15分ごろ出ました。
お天気がよいのですが、こんな早くから出るとそれなりに寒いのです。

この病院の検診センターでもう9年も前に人間ドックを受けたのですが、
9年ぶりだとずいぶん様子が変わっています。
まず、降りた駅が改装されていて、階段の位置が違うので道を1本間違えました。
でも病院はそびえているので、そんなに遠回りせずに迷わずにつきました。

個人情報保護の観点から検診室に入るときに名前を呼ばないで番号で呼ぶそうです。
(中では本人確認のため名前を確認します。)
番号は今日の先着順ではなくあらかじめつけられています。
最初に受ける検査は1つの場所に集中しないように番号で分散されていて、
その後は各検査項目ごとに受ける人の番号の控えがあって、空いている人からどんどん呼ばれます。
前のように受付順に番号を振られて、みんなでぞろぞろ規定の項目順に受けるより効率よくなっています。
そのかわり、同じ人とはほとんど顔をあわせないので、
「次はこっちですかね」などと知らない人と自然に話し合ったりはしません。

胃のX線写真ってあんなにバリウムを飲んだでしょうか。(前はどうだったか覚えてない)
マックのMサイズのドリンクぐらいのコップのバリウムを飲まされました。
逆さになったときに口の中に残っていたバリウムがのどに当たってひりひりして
ゴホゴホ咳が出てしまいました。

一通り検査が終ってから食事が出て、そのあと昼休みを挟んで
先生から今日出た結果のお話がありました。

心配だった高血圧は、今日の血圧そのものはまったく高くなかったのですが、
高血圧があっただろうとおもわれる心電図の所見(心肥大)があるそうです。
ただ、このくらいだと(心電図は)正常の範囲内だそうです。

さて帰りは・・・
以前の人間ドックは12月に受けたので、
暖かな病院内に長時間いて体がすっかりなまった後に外の寒風にさらされ、
すっかりかぜをひいてしまったのですが、
今日は外も暖かくて助かりましたが、外は花粉かも。

家に帰って一休みしてからおばあちゃんの病院へ行きました。
バリウムを飲んだ後に渡される下剤はいつも大変効きすぎて
以前トイレからしばらく離れられなくなってしまったことがあるのですが、
今日はしばらくすると落ち着いたので出かけることができました。

おばあちゃんはまあ普通でした。
昨日持って行った杖は、あれでいいので使うそうです。
杖で歩く練習はしているそうです。
ただ、まだ1人でかってに杖で歩かれては困るので、預かられてしまったそうです。
昨日と同じように、私がいる間は歩行器でトイレへ行ったり歯を磨いたり顔を洗ったりしに行ってきました。
私が帰るときは車椅子に戻してきました。

昨日再手術を受けた隣のおばあちゃんは、
管がつながれているし輸血を受けているし、まだまだ不自由なのですがさすがです。
もうベッドの縁へ腰掛けて夕食を食べました。
ベッドの頭側をハンドルを回して起こしたり、
点滴のポールを起き上がっても届くところへ移動させたりは手伝いましたが、
自力で起き上がってベッドの縁へ腰掛けました。

この方が静かだと部屋全体が沈むのですが、今日はかなり明るさを取り戻していました。


2008年03月12日(水) 「さくら」・おばあちゃん歩行器順調・人間ドック準備

今日はまた冷たい北風が吹いています。
しかし気温は真冬のようには下がっていないと思います。
朝はくしゃみ鼻水だったので、市販の鼻炎薬を飲んだら30分程度でおさまりました。

コーラスで最近歌い始めた「さくら」(作詞 御木白日 作曲 大熊崇子)と言う曲、
とてもきれいな曲ですが、音取りもこれからというところです。
先週初めて歌ってみたら難しかったと言って、皆さん意欲的に覚えようとして
録音などして帰りました。
最後にピアニストに一度伴奏を通して弾いてほしいと頼んだ人がいて、
ピアニストは快く引き受けてくださり、皆でそれを録音して帰ったので、
たいへんありがたいことにいきなり伴奏録音が手に入ったので練習に便利です。

病院へでかける寸前に病院から電話があり、18日(火)午後5時に
主治医の先生から病状説明があるとのことです。
だいたいその時間帯は病室にいるので、呼ばれたら指定のところに行けばいいそうです。

今日のおばあちゃんは昨日に引き続き順調に車椅子でトイレに行き、
私がいるときは歩行器でトイレに行き、食後は歯を磨いて顔を洗ってきました。
車椅子は前から乗り降りしますが、歩行器は前がふさがっているので後ろから乗り降りします。
昨日はトイレの中で右に回れ左に回れと指示されて混乱していましたが、
車椅子と違って後ろから出るのだから注意するように言ったらわかったようです。
だって、右回り左回りなんて理由もわからず言われても覚えられません。
昨日言われた杖を持って行って置いてきましたが、使うのかどうか?

さて、夜ですが、明日は私が1日人間ドックを受診するのです。
今夜9時から絶食だし、問診表も書かなくてはならない。
問診票大変すぎです。
私は十二指腸潰瘍で2週間入院したことがあるし、再発もしたので
胃の内視鏡検査を何回受けたかなんてわかりません。
胃カメラは前回の人間ドック以来かもしれないけれど、いつだったっけ?
古い病院の領収書や検査の結果票などを引っ張り出して調べてわかるところは書きましたが。

明日、人間ドックは8時集合ということでやたら早いので
頑張って行ってきます。


2008年03月11日(火) 支払い・おばあちゃん歩行器でトイレへ

今日は大変暖かく、4月の陽気だそうです。

夕方病院へ行って、真っ先に2月分の支払いをしてきました。
病院の請求書が3枚あったのですが、
そこに手書きで書いてある合計がどこから出てくるのかわからず悩んだのですが、
手書きのものは単なる計算間違いで、3枚の合計金額でよかったようです。
老人医療で1割負担、それにひと月の限度額があるので驚くような金額ではなかったのですが、
これを普通の人が3割負担で払ったらとんでもない金額です。
限度額を超えた高額療養費はあとから申請して払い戻されるのかと思っていたのですが、
窓口で聞いたら限度額までの支払いになっているようで、よくわかりません。

今日は病院にお姉さんが来ていて、見ている間は歩行器で歩いてもいいと許可が出ていたので、
病室に歩行器をもちこんで、トイレにも歩行器で行っていました。
結構立てるようになってきているようです。
夕食後に歩行器で歯磨きとトイレに一度に行ってもだいじょうぶだったようなので、
ちょっと歩くとつかれてしまうということでもないようです。

まだひとりで歩行器で歩く許可は出ていないので、
帰りにはベッド脇に置くものを車椅子に交換して帰ってきました。


2008年03月10日(月) 要介護申請・おばあちゃん自力でトイレへ(毎回)

今日は朝は雨でしたが、そのうち上がって晴れてきました。
今日も比較的暖かい日です。

雨が上がってから、区役所へ行って、要介護申請をしてきました。
申請書に各内容はあらかじめ調べて、
その場でわからないような必要事項(主治医の名前や病院の住所など)を控えていったので
申請そのものは1枚書類を書くだけで意外と簡単に終りましたが、
認定のための調査に来てもらえる日はすぐには空きがなく、
25日(火)の1時半からとなりました。

病院へ行くと、今日はおばあちゃんは車椅子で自力でトイレへいけるようになっていました。
昨日は初めて1回行ったのですが、それ以上自力でこいで行く元気はまだなかったのです。
となりのおばあちゃんが、今日は4回も自分で行ったと教えてくれました。
私が行ってから自力で5回目行きました。

たびたびリハビリの先生が覗きに来てくれていて、
「お、やってるな。」みたいに声をかけてくれるそうです。
私がいるときにも1回まわってきてくれていました。

歩行器の練習はリハビリ室ではしているそうですが、
まだひとりで歩行器で歩き回る許可はでないそうです。
歩きが安定しないうちは転ぶ危険があるからだそうです。
来週からかな・・というところだそうです。

「自分で動けるようになると楽しくなってくるでしょ」と、となりのおばあちゃんに言われ
「そうですね」と社交辞令でもなさそうに答えていたので、やっぱり動けるのはうれしいと思います。

今日は病院から先月分の請求が来ました。

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元気なとなりのおばあちゃん、実は再手術になってしまいました。
骨をつないだ釘が1本まがっていてやりなおさなくてはならないとか。
でも、今度は自分の骨をつなぐのではなく、人口骨頭にしてしまうのだそうです。
今まで松葉杖であるいていたのですが、手術前に足に負担をかけないようにと、
今日は歩行器になっていました。

人口骨頭ならすぐに足をついてもいいからかえって早く退院できるからありがたいよと、
となりのおばあちゃんは元気に振舞っていますが
また手術したら手術そのものの負担もあるし、
たとえ筋力があって手術後まもなく歩くようになっても
手術後数日は痛いし、いろいろ管がつながれた不便な生活をしなければならないのだから
本当はつらいこともあると思います。
いつもうちのおばあちゃんを励ましてきてくれたありがたい隣人ですから
持ち前のバイタリティで元気に乗り切ってほしいと思います。


2008年03月09日(日) 春の陽気・おばあちゃん、自力でトイレへ

今日は大変暖かく、散歩に出たくなるような春の陽気でした。
昼に買い物がてら歩いて出たら、近所の梅畑の梅を
一眼レフデジカメで撮影している年配の女性がいました。
梅も全体を見るときれいだけど、アップで花を見ると意外と奇形や縮れが多いのだとか。

毎日の病院通いは特にその時だけならきついとは思わないのですが、
だんだんボティブローのように効いてきて疲れがたまってきているので
アイロンかけやお掃除もおっくうになってるところを何とか済ませて、
夜ゆっくりする余裕を持つために先にお風呂に入って夕方顔を出しました。

おばあちゃんは今日は比較的元気で、
ちょうど着いたときには自力で車椅子をこいでトイレに行ったところでした。
初めてひとりで行ったんじゃないでしょうか。
(本当は私たちが来るのを待っていて我慢していたみたいです。)
車椅子がその距離こげるなら、あしたから歩行器で歩けるとのことなので
トイレへ行くのももっと楽になるのではないでしょうか。(順調なら)


2008年03月08日(土) もうすぐ歩行器・介護保険の話を聞いた

今日はかなり暖かくなっています。このまま春になってくれればいいのに。
先週寒い日が多かったので気分的に適応できませんが、暖かいのはいいことです。

今日のおばあちゃんはかなり元気になっていました。
食事もほとんど全部食べているようです。
リハビリ後は歩行器を使って部屋に帰ってきたそうで、
少なくともリハビリ室から部屋まで帰るくらいは歩けたということです。
まだ歩行器を自由に使う許可はでませんでしたが、
月曜日あたりからそれができるかもしれません。

車椅子をこいでトイレへ往復するような腕力は急につくはずもなく、
(転ぶ前の元気な頃でもそんなことはできなかったのではないでしょうか)
歩行器で歩けるようになれば、看護婦さんを呼ばないで自力でトイレへ行けるのでずいぶん楽になるはずです。
しばらく歩かずに衰えた脚力がトイレまで歩けるだけに回復すればですが。

まだ、尿意がわからなくなってしまったのが治っていないようなので
いつトイレに行ったらいいかわからないかもしれないので、その点は心配です。

今日はソーシャルワーカーさんに話を聞きました。
介護保険の申請をする件ですが、
自治体に介護保険を申請してから認定されるまで1ヶ月かかるそうなので、
早めに案内をしているそうなのですが、前にその話を聞かなかったのです。

なんだか、認定の制度については問題あるような感じはしますが、
しかたないのかなあ。
とにかく月曜日にでも申請に行ってきます。


2008年03月07日(金) スギ花粉症デビュー?

今日は昼間はかなり暖かかったのですが、夕方雨が降ってきました。

今日は仕事で早く帰れないので、おばあちゃんの病院には行きませんでした。
この時期学生がいないからなのか何のせいなのか、電車が比較的空いています。

しかし、今日は朝から花粉症です。
私は鼻アレルギーは、いろいろな原因で起こるので年中くしゃみ鼻水になっていますが、
今までスギ花粉には反応しなかったので、この時期は平和でした。
スギ花粉が終る4月ごろから始まるのが常なので、油断していました。
しかし、とうとうスギ花粉症デビューみたいです。

血液検査の結果では、スギにも多少アレルギーがあるという数値が出ていたので、
花粉の多いとしには花粉症になるだろうとは思っていましたが、今日はいkなりひどい。
職場で1つマスクをもらってかけていたので、直接くしゃみにはなりませんが
鼻水が出るわ、目は痒いわ、顔ははれぼったいし、歯は浮いたような気がするわ・・・。

目も鼻もこすったので顔もぐちゃぐちゃです。
お化粧しても意味がないというか・・・・

家に帰ってお化粧を落とそうとしたら、ほとんど額にしかついていませんでした。
マスカラまでつけていたはずなのに、どこに行ったのでしょう・・・
こすり落とせてしまうものでしょうか?
と思ったら、少しは目の下のくまとなっていました。


2008年03月06日(木) エコー検査・おばあちゃん少し元気

今日は昼食抜きでエコー検査の予約を入れていました。
これは定期的な検査で、半年前から予約を入れているのです。

おばあちゃんの病院とは別の、都内の病院です。
終ってからそのままおばあちゃんの病院にいくので動きやすいようにジーパンで行くのですが、
分厚いダウンのコートを着ると電車の中で暑いかと思って、少し薄いのを着て玄関を出たら、北風が吹いていて意外と寒かった。
やっぱり分厚いダウンのコートに着替えてでかけました。

血液検査とエコー検査、その後診察。
検査は特に異常はありませんでした。

そのまままた電車に乗っておばあちゃんの病院へ。

ずっと暖かい病院の中にいたので外の気候はわかりませんでしたが
その頃には風が止んで暖かくなってきていたようです。

おばあちゃんは今日は食事もある程度食べ、リハビリにも行ったそうです。
右足(痛めた方)で30kgの力をだせないといけないのに、ぜんぜん足りなかったと言っていました。
まあ、右足をついていいと許可が出てからまともにリハビリができたのは今日からのようなものですから、
だんだん力がついてくればいいと思います。

トイレを気にして、あまりにも頻繁に膀胱を空にしたせいか、
尿意がわからなくなったといっていました。
ちょうど昨日のためしてガッテンの話みたいなので、
トイレに行った時刻をメモして
あまり時間が経っていない時には我慢するのがコツなのではないかと言っておきました。

昨日言われていた手提げ袋をベッドの手すりに取り付けてきました。

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おばあちゃんが胃腸をこわしてから、夕食が済んでもしばらく病院にいるので
うちの夕食が遅くなり、毎日夕食の用意が大慌てでなんだか疲れます。
少し良くなってきたので、もうすこしの辛抱かもしれません。


2008年03月05日(水) おばあちゃん、回復の兆し

今日は北風が吹いていました。

今日は自転車で病院へ行きました。
見た目は昨日より少し元気そうです。
でも、今日はリハビリはしなかったそうです。
数日ほとんど食べていないので、まったく力がでなかったようです。

行くとすぐに、おばあちゃんが足を見てくれと言っています。
夜痛くて眠れなかったというので、いったいどこが痛かったかと見ると、
血栓防止用のきついストッキング(足先が少し出る構造)が
土踏まずあたりの位置に食い込んで段差になり、そこから先がむくんでいます。
足先ばかりに食い込むと足の指が痛むからと、昨日お姉さんが少し持ち上げて行ったのですが、
持ち上げたら持ち上げたで、またそこが痛むようです。
脱がせてマッサージして、看護婦さんを呼んで普通の靴下に変えていいか聞きました。
普通の靴下でいいと許可が出たので、普通の靴下に履き替えさせました。

夕食は半分ぐらい食べました。
これくらい食べられれば徐々に元気が出てくるでしょう。
朝昼はほとんど食べなかったと本人は言っていましたが、
看護婦さんに聞くと朝1/2昼2/3ぐらい食べたそうです。
胃腸もだんだんよくなっているような感じです。

となりのおばあちゃんが、手提げをベッドの手すりにくくりつけて
その中にすぐに取りたいものを入れておくと便利だというので、
明日持って行くことにしました。


2008年03月04日(火) おばあちゃん、気力なし

今日は娘が自転車に乗っていってしまったので
久しぶりに(←土日を除く)車で病院に行きました。

病院に行ったら、お姉さんが来ていました。
土曜日に来ると言っていたのですが、さすがに体力的にも新幹線代的にもきついようなので
週1回にしたそうです。

今日のおばあちゃんは、相変わらずほとんど何も食べていません。
でも、朝は半分くらいは食べたそうで、今日の様子は胃腸が回復していないからでもなさそうです。
体力が弱ったら気力が落ちて、精神的に何もできない病になってしまったようです。
でも、トイレは心配でしかたがなくて、今行ったと思ったらまた行きたくなったと言います。
それも精神的なものかもしれません。

昨日から両足をついてもよいと許可が出たので、
本人がその気になれば歩行器や杖でどんどん歩いていいそうなのですが、
まったく力が入らず、車椅子に移るときに少し立つのがやっとです。

まあ、もともと気力のある人ではないので
体力の落ちている時の気力は期待しませんが、
精神的に落ち込むと食べられもしないようです。

夕食を食べた後も不安感があるのか
お姉さんが新幹線の時間が決まっているので帰るというときに
(私もいつもはその時いっしょに帰っていたのですが)
今日は私には残ってほしいと言うので、少し遅くまで病院に居ました。

また、明日になれば少しは気分も変化するかもしれないので、
少しでも食事を取って体力は回復してほしいと思っています。


2008年03月03日(月) おばあちゃん、まだ元気がない

夕方一時雨が降るという予報でしたが自転車で病院へ行きました。
雨がポツポツと降り出しましたが、たいしたことはありません。

おばあちゃんがまだあまり食べられないかと思って、
途中でヨーグルトを買っていきました。

病院へ着くと、おばあちゃんは寝ていました。
何もなければ、なるだけ起きているように言われているのですが、
胃腸を壊してしまったら、体力のある普通の人でも消耗して2,3日は力が入らないので
今日当たりはまだ休んでいても仕方がないように思います。
まだほんのちょっとしか食べられないようで、更に元気をなくしているように見えました。
力もあまり出ないようで、起き上がるのにも苦労していました。
つめを切って、トイレへ連れて行って、ご飯の時の世話をして帰ってきました。

明日は食欲が戻っているといいのですが。


2008年03月02日(日) 目撃した中学生と会った・おばあちゃん、まだ元気がない。

今日は比較的穏やかな天気です。

息子は午前中には寮へ帰ると言って
11時からおばあちゃんの事故について助けてくれた中学生に話を聞くことになっているし、
それまでに、息子のPCを仕上げて持って帰れるようにしなければなりません。

今日やることはPartitionMagicでDドライブの容量を変更して
空けておいた一番後ろの領域にIBMのリカバリー情報を一応入れ(書き戻し)ることです。
朝からせっせとやったら間に合いました。

11時から近所のガストで御礼をして話を聞くことになっていたので、
きちんとした格好をして、早めに行って席を取っていました。
幸いガストはその時間は空いていました。

中学生の話は聞いてみるもので、おばあちゃんが「救急車がきたのでよけた」といっていたのは、中学生によると「パトカー」だったそうです。
消防署に問い合わせても通っていなかったはずです。
それ以外はおばあちゃんの話とだいたい一致しますが、
パトカーはゆっくり走っていて、わずかに左に寄って一時停止し、
その後交差点を左へ曲がっていった。
パトカーが行き過ぎたらそこにおばあちゃんが倒れていたなど、
詳しい様子が聞けました。

午後、病院へ行くと、おばあちゃんは昨日何も食べていないのでまだ元気がなく、
今日もほんの少し食べただけのようです。
点滴をされていて点滴のボトル(?)がまだいっぱいで当分終りそうではありませんでした。

体力消耗して弱ったのか、起き上がる動作も大変そうになっていて、時間がかかります。
元気がないとなんとなく反応も鈍く、昔のことを思い出すのも大変なようです。
しかし先週同じようにお腹を壊して食べられない日のあった97歳のおばあちゃんが
だんだん回復して、もう老人用手押し車(自分のものを持ち込んでいる)で歩いていて
昨日から夜もトイレは自分ひとりで行った、と大変うれしそうに話してくれたので
うちのおばあちゃんも、このような停滞はあってもだんだん回復していくのだと思います。


2008年03月01日(土) 息子来訪(PCつき)・おばあちゃん具合悪い

今日は昼間風が強くなって、昨日と打って変わって寒くなりましたが、
夜はそんなに風は強くなさそうです。

なんだか疲れがたまっていて午前中はのんびりしてたのですが、
昼食後お掃除をしている間に、息子が起動しなくなったPCをかかえてやってきました。
起動しかけてブルーバックになってしまいます。

息子は床屋に行って来たいというし、夕方は病院に行きたいので時間制限ありです。
ゆっくり検証している暇もなくあわてていろいろやってしまったのがよかったのかわるかったのか。

セーフモードでも起動しないので再起動してしまうのを止められず、
ブルーバックのメッセージを読むことができません。
とにかくDriveImageのバックアップを書き戻したけれど、起動しません。
これはハードウェアの問題の可能性があります。
ハードディスクを替えてみようとしましたが
あわてたせいか、他機で操作したせいか、どこで失敗したのかわかりませんが、パーティション情報が狂ってntldr missingで起動しません。

結局病院から帰ってきてからX22そのものでFDから立ち上げてパーティションを切り、
DriveImageから書き戻したらパーティション情報は直りましたが
やっぱりブルーバックになり起動しません。

息子にデジカメでブルーバックのエラーメッセージを撮影してもらって見たら
どうもメモリーのエラーらしい。
128MBのメモリーが手元にあったので、それに取り替えてみたら起動しました。

パーティションをきる時ちょっと容量を間違えたので明日また操作しよう。

おばあちゃんは昨日の晩具合が悪くなり何度も吐いて、
今日は何も食べていないそうです。
さすがに元気がなくて、元気だったおとといの動きからすれば
先週あたりの運動量に戻ってしまったぐらいです。
ちょっと微熱があったようなので風邪かもしれませんが、よくわかりません。
なぜか、入院しているほかの人たちも次々と何日目かにはそういう症状に見舞われるときがあったそうで、
一進一退、よくなるための過程なのかもしれません。


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