(仮)耽奇館主人の日記
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| 2006年01月31日(火) |
犬神博士のお見合い、結婚バトンのこと。 |
ふいうち食らって、父方の親戚のおばさんに、無理やりお見合いをセッティングされた。 またかよ。 実は、お見合いをするのは、今回で二十八回目である。 おばさんの毎度おなじみの言い分はこうだ。 「あんたもいい歳なんだから、ちゃっちゃと身を固めなさい!」 で、私は決まって、こう答える。 「おりゃあ、もう晩年なんだから、もういいよ。娘もいることだし」 回数を無駄に重ねただけあって、全員とは破談になったわけなのだが、その理由が、私という人間が「刺激的すぎる」。 でも、中にはお友達としてなら、おつきあいしたいというお嬢さんが何人かいたけれども、一回か二回くらいしか食事を一緒にしていないから、多分社交辞令であろう。 で、知り合いの女性から、結婚バトンなるものを頂いたので、思うがままに答えて、自己分析をしてみよう。
Q1:結婚したい?
したい時もあるし、しなくてもいい時もある。
Q2:何歳でしたい?
最初は、皇太子様くらいの御歳にはしたいと思ってたけど、志村けんさんくらいでもいいかな。笑。
Q3:結婚相手に求めるものは?
すると仮定した上で、求めるのは、あうんの呼吸だね。ボケとツッコミ。そういえば、私と仲のいい女の子って、みんなツッコミがうまいな。笑。逆に、私がツッコミかます壮絶なボケもいるけど。
Q4:子供は何人欲しい?
昔、百人くらい、あちこちの現地に作ったら最高だなと野望を抱いていたことがあるけど、今は結婚相手のみで、そこそこってことで。
Q5:結婚後、相手の浮気がばれたらどうする?
見て見ぬふりをするね、浮気もまた倦怠期の薬だから。 Q6:夫婦円満の秘訣は何だと思う?
腐れ縁という名の愛情と友情、そして「努力」の積み重ね。 Q7:結婚したら仕事やめる?または相手にやめて欲しい?
私は大黒柱だから当然やめないけど、主夫というの、すごく憧れるんだよなあー。笑。 相手が仕事を愛していれば、仕事もまた人生のうちだからね。
Q8:結婚生活に求めるものは?
甘える時は甘え、甘えない時は甘えない。依存性のない、凛とした「愛」。
Q9:新婚旅行はどこ行きたい?
南米。アマゾンなんか最高ですなぁー。ニヤッ。
Q10:お見合いはあり?なし?
あっても、成立したことないからねぇー。
Q11:結婚したい人と、恋人にしたい人は同じタイプ?違うならどう違う?
こっちは同じでも、恋人からが向こうにとっての大問題。苦笑。 Q12:結婚しなきゃできないものってなーんだ。
ハネムーンだべ、そりゃ。
Q13&14:自分で自由に作って答える問題。
Q13:結婚してお互いの食事における嗜好が違うことに気づいてしまったら?
私はキュウリとスイカを仇敵のように忌み嫌ってる女の子たちを知ってますが、もし結婚してから気づいてしまったなら、何とか好物になってもらうように頑張ります。ヘビとか虫でも。
Q14:夫婦生活に刺激は必要か?
当然。私は昔、柳橋で同棲生活をしていた時、ベッドの下に隠れて相手の足首をつかんだり、トイレや風呂から出てきたところを異様なポーズで待ち伏せしたりして、悲鳴とリアクションを愉しんだものです。笑。 それが原因で別れたんだけどさ・・・苦笑。 なので、やりすぎないよう、お互い楽しめればいいんじゃないかな。
Q15:これを答える五人は??
答えたい人はご自由に。笑。
確かに、「刺激的すぎる」わな、こんなダンナ。 ハネムーンにアマゾンて。 自分ツッコミ。 そういえば、前に新婚旅行にどこ行きたいですかって、お相手から質問されて、アマゾンですって答えて、座ったまま後ずさりされたことあったよ。 いいじゃん、アマゾン。 ワニと格闘して、ピラニア食って、ピラルク釣って。 一生忘れられないハネムーンになること請け合いです。
・・・・・・
日にちは二月三日。場所は赤坂の料亭。 お相手はレストランチェーン店の社長の次女。 何でも、おばさんが熱心にアピールした私の羽織紋袴の写真見て、お見合いしたいとのたまったらしい。 物好きってか、一体どんなアピールしたんだ。 こないだは、いらんこと言ったそうだし・・・ 子供大好きだから、子作りは任せろってアピールしたんだってよ。 はっきりしていることは。 今回も破談になるだろうと。 確実にそう言える理由は、私にその気がないからだ。 結婚どころじゃねーよ、今。 オレの貴重な時間を一日分奪いやがって、というのが正直な気持ちである。 今日はここまで。
ある小説にこんなのがある。 そこの店での「特別料理」を目当てに、連日通い詰めるグルメ。 でもなかなか食べさせてもらえない。 代わりに、他の、それでも十分素晴らしい料理を食べて、これよりも天上の味わいとされる「特別料理」とは一体どんなものだろう、と夢想する。 そして、何年か後。 グルメにいよいよチャンスが巡ってきた。 「特別料理」を食べる資格を得られたというのだ。 オーナーシェフはいつも以上に愛想のいい、慈愛たっぷりの笑みを浮かべて、グルメを厨房へと連れていく。 その肩に手を置いて、肉の感触を確かめるように柔らかく力を込めて。
・・・・・・
この一遍は、確か、スタンリイ・エリンの「特別料理」だったと記憶しているのだが、グルメの運命をわざわざ説明するまでもなかろう。 この作品を思い出しながら、私は記念すべきご馳走を食べた日は、こうして「特別料理」と銘打って書き残すことにした。 今夜は、フミ先生からの愛の贈り物、飛騨牛の牛肉セット。 国産の肉牛、しかも霜降りである。 おまけに、ロースのうすぎりの盛り合わせに、分厚いステーキが四百ポンド前後。 最近、風邪で体調を激しく崩したのを心配してくれて、おニクを送って下さったわけなのだが、大変感激しましたでございます。 早速、ステーキはそのまま、熱したステーキパンでさっと焼いて、レアに。 摩り下ろしたにんにくを乗せて、ステーキソースをたらたらと。 付け合せに、にんにくの芽とたまねぎを炒めたのを。 うすぎりは、冷凍かまして、近々焼肉で。 我ながら、極上の、ステーキを焼き上げて、長崎方面に向かって合掌した後、ニヤッと笑って、フォークとナイフで切り分けてみる。 レアだけに、血の滴るような、美しい赤色が現れ、それを凝視したまま、ぱくり。 ナイフで切った時も肉の柔らかさに感動したのだが、噛みしめた時もとろけるような歯ざわりに、ちょっと目が潤んだくらいである。 レーズン入りのクロワッサンを食いちぎって、神の河の水割りで口を洗う。
美味い・・・
私も色々なステーキを食べてきたけれども、自分の手料理ながら、こんなに美味いステーキはちょっとここんとこなかったくらいである。 素材が素晴らしいんだな、うん。 オージービーフや、アメリカものと比べて、国産の何という、品の良さ。 脂がしつこくないし、肉の味もそんなにいつまでも残らない。 水割りを飲む度に、霧散して、またまっさらな肉の味わいが楽しめるという嬉しさ。 そして、グルメはあまり表立ってやらないが、私はあえて書こう。 食べきった皿の、肉汁をきれいに腹の中におさめるために。 クロワッサンで拭き拭きしながら、食べるのである。 実は、ステーキの真のうまみは、この肉汁なのだ。 それゆえに、レストランではあまり出来ないだけに、自宅で思う存分味わえて、私は非常にゆったりとした笑みを浮かべられた。 さあ、「特別料理」も食ったことだし、明日も頑張るぞ。 今日はここまで。
| 2006年01月29日(日) |
愛について語らない映画なんてない。 |
今日お会いした、聴覚障害の少女、まだ芸名がない子なので仮に「メグちゃん」としておこう、メグちゃんは、私の映画のストーリーを一読して、自分が演ずるに当たって、多少勇気がいるところがあると感じたようだが、出演依頼に対してOKの返事をしてくれた。 私の、聴覚障害の女優、忍足亜希子さんのような感じにしたくないというのも、それなりに分かってもらえた。 これは、同席していた、やはり聴覚障害ではあるが、プロの映画人を目指して勉強しているコトちゃんの存在が大きい。 最初は、スタッフのお手伝いとして誘った女の子なのだが、はっきり言って、お手伝いどころではなく、今すぐにでも現場でブイブイいわせられる実力の持ち主だった。 その実力のほどを、彼女が持参したDVDプレーヤーで、彼女自身の短編映画で十分思い知った。 昔の学生映画にありがちの、「暑苦しさ」が全くなく、映画として完璧なまでにモチーフも、キエチーフも見事に表現されていた。 ほんとうに嫉妬をおぼえるほどに。 で、ひとつの作品に、コトちゃんが主演を果たしているのだが、忍足さんみたいに手話を全く使っておらず、表情、身振り、目の力だけで演じていた。 これが、そもそも私が求めていることだったので、メグちゃんには大いに参考になったようだ。 私はほんとうに、世間で言う、聴覚障害=手話というカテゴリーを嫌悪していて、そんな甘々なオブラートに包まず、苛烈な現実にあって、普通の感覚にあって、障害者だからというのではなく、その人個人の人間性のみを抽出するというやり方を目指している。 だからこそ、柴田剛監督の「おそいひと」に涙したのだし、アレハンドロ・ホドロフスキー監督、デビッド・リンチ監督、ヴェルナー・ヘルツォーク監督のセンスを敬愛するのである。 私は思うのだが、コトちゃんの映画作品が人間愛、友愛を描いていたように、私のようなホラー、アングラ、カルト的感覚も、とどのつまり、愛について語らずにはいられないと確信している。 第一、愛について語らない映画なんて存在するだろうか? やり方が異なるだけなのだ。 そんなわけで、私が単に、興味本位だけでエロティシズムや、破壊と狂気、地獄を描くわけではないことを分かってもらえて、お二人の協力依頼へのOKを得られて、ほんとうに幸福感に包まれた、暖かいお昼を過ごせた。 最後に、メグちゃんが、私が学んだ国府台の聾学校の遠い後輩だということを知って、ちょっとびっくりするとともに、ある種の因縁を感じてしまった。 私とメグちゃんが早速交わした共通の話題は・・・ 国府台の幽霊であった。 それを傍で聞いていたコトちゃんの表情がおかしかったのだが、国府台の縁には常に幽霊がついてまわるということ自体、何か微笑ましさを感じる。
・・・・・・
帰宅して食事をしながら、エドワード・ゴーリーのインタビュー集を読んでいたら、今日の私にぴったりの言葉があったので、以下に引用する。
「・・・それに、本当のところ、わたしが人間より興味を抱いているのは日常の生活です。どうもわたしという人間は、日常生活とは殺人に満ち満ちたものだと考えているみたいに思われているらしいですね。でも、わたしにしてみれば、毎日がほかの日とぜんぜん違うんですよ。たとえ何も起こらなかった日でもね。日本文学が魅力的なのも、まさにその点なんです。個々の人間にとって生きることとは何かという問題について、これほど強く認識している文学は他に見当たらない。『源氏物語』は、西洋文学でほとんど扱われることのない、存在についての感情の機微を表現しているんです」
今日はここまで。
| 2006年01月28日(土) |
映画を撮る静機のこと。 |
昨夜は動機(モチーフ)について書いたけれど、今夜は静機(キエチーフ)について。 海を走る船を動機のシンボルとするなら、静機のシンボルは海である。 動機はそのまま、表現になるから分かりやすいのだが、表現に深みを与える言葉の意味合い、響き、絵の具の色合い、濃度、照明のコントラストからの光と影の濃度・・・からなるそれらは、動機だけでは操れない。 知識、技術以上に、人生経験なのだ。 従って、当然、子供より老人の方が、何かについて語るボキャブラリーが多いわけだ。 今回、市川崑監督が三十年ぶりに「犬神家の一族」をリメークする真意もそこにあるのかもしれない。 私は三十代とまだ若輩者だが、誰よりも経験を積んでいるものがある。 それは、うねりだ。 心のうねり。 今度、今やってる作品が終わったら、山の老人と、その孫娘、聴覚障害者の少女が山に憑依されて、エネルギッシュで生命力溢れる「自殺」を遂げる映画作品を製作するのだが、この物語は原作も担当しているだけに、より燃え上がるようなモチーフ熱に炙られている。 しかし、オレ自身のダークサイドを食らえ!という気持ちで撮るわけではない。 そんなオレの、オレの、なんていう暑苦しい映画なんて、私自身観たくない。 映画を撮る価値というのは、あくまでも観客に対するエンターテイメントであり、同時に問題提起でなければならない。 それゆえに、この作品のキエチーフは、私がずっと経験してきた、心のうねりの中に漂わせたわけだ。 山に憑依されて自殺をはかると書けば、死霊か怨念の虜になったと読者は連想するであろう。 しかし、そうではないのだ。 山にあって、山よりもさらに暗く盛り上がる、「隆起する山」を心の中に持って、その膨張に引っ張られて、破滅するのである。 三島由紀夫で言えば、その著作「太陽と鉄」で述べている「暗い太陽」であり、柳田國男の著作「山の人生」で言えば、貧困に苦しむ樵が子供たちを斧で打ち殺した際、見た夕日の光である。 そういう人間の謎を背景に置いて、私は老人と孫娘の生命の饗宴を撮りたいのだ。 明日、出演をお願いするつもりで、聴覚障害の少女と会うのだが、少なくとも、手話がメインのような忍足亜希子さんのような女優にはしたくないので、うまく私の想いを説明したい。 破壊と狂気と地獄が私のモチーフならば、その中で明確になる人間性こそが私のキエチーフなのだ。 泥濘から天上へと駆け上がるために、私は映画を撮る。 今日はここまで。
| 2006年01月27日(金) |
映画を撮る動機のこと。 |
絵を描く時も、小説を書く時も、そして映画を撮る時も、唯一無比の動機となるのが、衝動である。 人間を殺人や戦争に駆り立てる、血なまぐさい衝動と全く同じ種類のものだ。 銃や剣の代わりに、絵筆やペン、カメラを手にするのだ。 例え、平和なものをテーマにしようとも、その行為はアンドレイ・タルコフスキーがそうであったように、たったワンシーンの、静かな風景のためなら、世界が滅んでも構わないというファナティシズムに支配されるのである。 私が初めて、そういう衝動に駆られたのは、映画仲間たちと宮崎勤事件について話し合っていた時だった。 当時は、その衝撃的な全容に、メディア全体が狂想曲を奏でていた。 興奮したコメンテーターが、「おまえは人間じゃない!」と叫んでいたことについて、仲間の一人が宮崎が人間じゃないとすれば一体何者なのかを追求するために、映画を撮ろうと言い出した。 「『誘拐報道』みたいな犯罪映画にするのかい?」と私。 「そうさ、こいつはテーマが美味しいぜ。ただ、『復讐するは我にあり』よりもエキセントリックな演技が必要になるのがミソだな」 それで、私はコメンテーター以上に興奮したそいつに、仲間たちとともに、ストーリーボード担当としてついていったのだが、私なりに宮崎勤を追えば追うほど、ひとつのシーンだけが大きく膨らんできた。 まず、音楽は執拗なまでに・・・ テレビアニメ「赤毛のアン」のエンディング・テーマ、「さめない夢」が流れてきた。
はしっても はしっても おわらない 花の波 みずうみは遠く もえるくもは もっと遠く 花の中で 一日は終わる さめない 夢みたいに さめない 夢みたいに
・・・・・・
何かが降りてきて、宮崎事件を扱った映画のタイトルは、是非「醒めない夢」にしようと提案した。 理由は説明しなかったが、監督の言いだしっぺは、快諾してくれた。 そして・・・ 私はみんなに、自分が思い描いている、こだわりのワンシーンを説明した。
真っ暗な中に、スポットライトが当たるようにして、ゴミためが浮かび上がる。 ゴミための真ん中には、ダンボール。 そこへ、宮崎役の主人公がゆっくりと近づいていく。 ダンボールからの視点で、主人公のミドルショットのまま、風景が三重に回転していく。 闇がうっすらと晴れていって、コバルトブルーの暗い青空があらわれる。 そこで、主人公の視点から、ダンボールのふたがゆっくり開いていって、中から幼女が手を嬉しそうに組み合わせて、ゆっくりと立ち上がる。 満面の笑み。 そこから、身体を上下に揺らして歌い始める。 マザーグースの、「What are little boys made of?」だ。
What are little boys made of,made of? What are little boys made of? Frogs and snails and puppy dogs`tails, And such are little boys made of. Frogs and snails and puppy dogs`tails, And such are little boys made of.
What are little girls made of,made of? What are little girls made of? Sugar and spice and all things nice, And such are little girls made of. Sugar and spice and all things nice, And such are little girls made of.
男の子は何で作られてるの、作られてるの? 男の子は何で作られてるの? かえるとかたつむりと子犬の尻尾と そういうもので男の子は作られてる かえるとかたつむりと子犬の尻尾と そういうもので男の子は作られてる
女の子は何で作られてるの、作られてるの? 女の子は何で作られてるの? お砂糖と香味料とすてきなものすべてで そういうもので女の子は作られてる お砂糖と香味料とすてきなものすべてで そういうもので女の子は作られてる
・・・説明を終えた後、監督をはじめ、仲間たちは、宮崎がそんなステキなイメージを抱くはずがないと、私のアイディアを退けた。もっとドロドロで行こうぜ、おめえはそういうの得意だろ? だが、当時の私は、このシーンに固執するあまり、映画仲間たちと決別してしまった。 確かに、私はドロドロが得意である。十八番だ。 だからこそ、ストレートにぶつけずに、宮崎がこういうピュアなイメージをも抱いていたと描くことで、かえって人間の恐ろしさ、悲しさを描けると思ったのだ。 かなりの映画通なら、私が固執していたシーンを見て、何に影響されたか容易に想像がつくであろう。 そう、デビッド・リンチ監督の「イレイザーヘッド」だ。
・・・・・・
犯人が何をしたかを描く映画なんて、もうすでに報道でみんな知ってるんだから、誰も観たがらないだろう。 重要なのは、犯人の心理風景を解き明かすことで、人間のダークサイドに対する知識と防御手段を身につけることではないだろうか。 そのためならば、私は宮崎事件の映画を撮る価値があると思うのだ。 あれから十七年。 仲間たちは結局、撮れなかった模様だが、はっきりしたこだわりのシーンを持たずに、美味しいテーマばかりを追い求めているだけでは、撮れないに決まっている。 私は脚本などの骨組みを重要視するタイプだが、それ以上に、このシーンだけは何としても撮りたいという気持ちを最重要視する。 こだわりなくしては、いい作品が作れないからだ。 ファーストフードを作る作家もいることはいるが、私はちゃんとした料理しか食べないし、またそれしか作らないことにしている。 今日はここまで。
| 2006年01月26日(木) |
伴侶としてのにゃんこのこと。 |
教え子の紅胡蝶が、猫を飼いたいというので、お目当てのスコティッシュ・フォールドの飼い主である藤沢の知り合いに当たったり、ペットショップ、友人、知人と連絡をとったりしている。 ただ今、布団の中で静養中だが、「おそいひと」でダークサイドにすっかり火がついて、ただでさえひどい癖の歯軋りがさらにエスカレートして、枕に血痕を残すほどになったので、心機一転、頭を明るい方向へ持っていくことにした。 犬もいいが、猫はもっといい。 私が猫の方を特に好むのは、犬のようにベタベタしてこないことだ。 気まぐれで、甘える時はこれでもかというくらい、男心をくすぐる。 私が初めて飼った猫は、高知市の女の子からもらった雑種の黒猫で、羽田空港のロビーが初対面だった。 まだ子猫で、市川の実家で運搬用ケースから出したら、それこそ、ものすごい勢いで、天井まで駆け回り、本棚の後ろに隠れてしまった。 で、私は相手が落ち着くまで、じっと待って、エサと猫用ミルクの入った二つの皿を部屋の真ん中に置いて、またじっと待ち続けた。 そのうち、空腹に耐えられなくなったのか、子猫はそろそろと出てきて、私の顔をじっと、用心深く見つめたまま、上目遣いでミルクをぴちゃぴちゃ舐め始めた。 「おまえの名前は何にしようかね?」と私。「メスだってえから、女の子らしい名前にしないとな」 当時まだ生きていたオヤジは、黒猫だから、クロと勝手に呼んでいたが、そのうち、ロクと呼ぶようになった。いたずらばかりするので、ロクデナシのロクとして、ロクと呼んだわけである。 私はオヤジのセンスを頭から拒否していたので、オヤジの呼び方を消去するつもりで、心を込めて、ニーナと呼んだ。 今思うと、ニーナはどっちの名前でも反応していたが、最初はほんとうに、私たちに慣れるのに時間がかかった。 まず、ミルクを舐めているところを、頭を撫でようとしたら、もうザンコクに、ザックリと引っかかれた。 四針も縫ったくらいで、現在でもうっすらと傷跡が残っている。 で、私は妙案を思いついて、エサとミルクの皿を、一週間着通したTシャツの上に置いて、私の匂いに慣れてもらおうとした。 このアイディアはうまくいって、だんだん、ニーナは寝る場所を私に近づけていった。最初は布団の足元、次は股のくぼみ、そして、胸の上。 最後に、一緒に布団の中で眠るようになった。 一緒に暮らすようになって、まず困ったのが、トイレのしつけ。 ちゃんとトイレではするのだが、性格が私に似てきて、興奮すると布団の上でおしっこを盛大に噴出するのである。 その度に、布団を買いなおすのだが、何回もやるので、とうとう一年以上もおしっこだらけの布団で寝とおした。 そこで、さすがに、ニーナはその臭さに耐えられず、やっとトイレのみで用を足すか、外に行ってやってくるようになった。 それを確かめて、やっとこ新しい布団を買ったのだが、今度は私が臭いのない布団になじめなくてなかなか眠れなかった。 腹が減ると、ニーナはほんとうにうるさかった。 これも私にそっくりで、ストレートに、猫パンチを食らわす。 寝ている私の顔をぺちぺちと叩き続けて、それでもなかなか起きないとみるや、おでこにザックリと爪を食い込ませる。 そのうち、子猫だったニーナの胴体がやたら長くなって、女っぽくなってきたので、赤い鈴つきの首輪をつけてやった。 のみ除けの首輪は、首がかぶれると聞いていたので、薬を垂らす程度にとどめておいた。 さて、成長したニーナがまずやったことといえば。 ハンティングである。 猫の飼い主の皆さんも覚えがあるだろう、とった獲物を見てくれと見せびらかしにくるあれだ。 その日も早い朝で、何か生臭い匂いがするなと思ったら、枕元でニーナがおすわりしていて、前足で何かをコロコロさせている。 よくよく見たら、雀の生首だった。 ウヒッと悲鳴を上げて、後頭部を本棚に激しくぶつけて、こめかみに、落ちてきた国書刊行会のハードカバーの本の直撃を食らってしまった。 それ以来、ヤモリだの、ゴキブリだの、半分に千切れたドブネズミだの、あまつさえ、当時飼っていたハトまで見せびらかしに来た。 教え子の紅胡蝶は、そういう「残骸」を崖の上から投げ落としていたそうだが、私は全部ちゃんと庭の片隅に埋めてやった。 現在はその埋めたところに、グミの木が植わっている。 そんなニーナの猫としての本能を少しでも発散させようと、私はこんな遊びをした。毛布ごしに手をモゴモゴさせながら、ニーナに飛びかからせるというやつである。 ニーナ、ニーナと呼んで、毛布ごしに手と指でモゴモゴ。 ニーナはハッとして、毛布の一点をじっと見つめつつ、体勢を入れ替えて、おしりをフリフリさせて、くわっと飛びかかる。 しかし、その瞬間、手を引っ込めたので、ニーナにとって「何か」は消えてしまっている。 しかし、この遊びはある日の惨劇をきっかけに、終わってしまった。 ある日の朝。 私は突然、チンコに猛烈な痛みを覚えて、ウギャー!と悲鳴をあげてしまった。 飛び起きてみると、毛布ごしに、朝立ちしたチンコにニーナが噛みついた挙句に、爪をザックリ立てている。 このバッ・・・とうめいて、ニーナをはらいのけて、トイレにこもって、チンコに赤チンを塗った。 それ以来、私はうつぶせに寝るようになった。 現在でもうつぶせに寝るが、こういうことがあったからである。 そんなこんなで、ニーナが車にはねられて逝くまで、実に楽しく暮らしたものだ。 猫は伴侶である。 犬と違って、ベタベタせず、甘える時は甘える。 そういう関係が一番望ましい。 紅胡蝶の伴侶は、じっくり選ぼう。 今日はここまで。

| 2006年01月25日(水) |
Folie paisible. |
柴田剛さんの映画「おそいひと」をモニターで観ながら、水曜日をゆっくり絞め殺した。 「おそいひと」はもう何度繰り返して観たことだろう。 何度観ても、心がざわざわしてきて、目と鼻の奥がじりじりしてくる。 介護者の世話になって日々を暮らしている、重度障害者の住田さんが殺人を犯すに至る物語なのだが、そのショッキングな内容にも関わらず、安らかな詩的感覚が住田さんの表情を通して、画面全体に漂っていること自体が、剛さんの視点の、「優しさ」を感じさせてくれる。 剛さんから聞いたエピソードに、「おそいひと」が完成した時、周囲の一人によく三年間も住田さんとつきあえたなと言われたというのがあるが、そんなことを言う方が、世間一般の見方の浅はかさを自分も持っていると告白しているようなものだ。 単なるものめずらしさ、興味本位だけで、こういう映画が撮れるわけがないのだ。 剛さんのお母さんは、障害者の介護の仕事をされていて、この映画をごらんになったという。 感想は・・・ やはり、「過激」そのものだったそうだ。 確かに、重度障害者が殺人を犯すなんて、「過激」もいいところだろう。 しかし。 剛さんは知っていたのだ、障害者の内なる衝動、殺人にまで至る衝動の苛烈さを。 私自身も知っているどころか、聴覚障害者という立場上、何度も殺人を夢想したくらいである。 好奇の目で見られるのはもう慣れた。 自分で補聴器をつけないと聞こえないと断るのも慣れた。 ところが、私が見た目で補聴器をつけているからって、もう全部分かってるというような顔をして、得意げな顔で手話をしてくる人には、いまだに慣れない。 住田さんが抱えるものには遠く及ばないが、「おそいひと」で繰り返し表現されている、そういう種類の「違和感」に、心が暗く沸騰するのだ。 バカにされたという悔しさではない。 そんな感情はすでに達観した。 ただ、何か・・・邪魔されているような気分になるのだ。 自分が自分らしく生きるのを。
余計なお世話。
そう、まったくもって余計なお世話なのである。住田さんも、私やせむしの社長、ヘレンたちと同じように、介護されたり、支援されたりするよりは、片輪として疎外される方がよっぽど「まし」だと思うに違いない。いや、絶対そう思っているはずなのだ。 せむしの社長の言葉を借りれば、優しい言葉よりは、石をぶつけられる方が安らかな気分になれるというやつだ。 この言葉ほど、「違和感」に対する私たちの気持ちを代弁したものはないだろう。 いずれ、私は剛さんの紹介で、住田さんに出会う。 その時、私が住田さんに対して、取る態度は、「Folie paisible」である。 「おそいひと」の音楽で使われている、ワールドズ・エンド・ガールフレンドの音楽性にも通じる表現なのだが、フランス語で「安らかな狂気」という意味だ。 私は「おそいひと」を観て、常に思い出す。 もし、私が小学校時代に、聾学校から普通の学校へ移らずに、障害者のみで作り上げる社会の、コロニーへ閉じ込められていたとしたら、どうなっていただろうかと。 剛さんとも笑いあいながら、告白したのだが、コロニーを破壊するために虐殺を展開していただろう。 その時の私を想像すると。 不思議と、怒りも悲しみも、高揚感もない、安らかな気持ちなのだ。 ラストで警察に逮捕されて、手錠をかけられる住田さんの表情がそうであるように。
・・・・・・
私の気持ちを正直、吐露すると、手話というものにはものすごく不快を覚える。わざわざそんなことをしなくても、聴覚障害者と健常者の間には、てっとりばやいコミュニケーション方法があるのだ。 なぜ、それを使わない? 分かっている、それが社会性を脅かすものだからだ。 絶叫と悲鳴・・・ それこそが、障害者を問わず、原始的なコミュニケーション方法なのだが、言語社会においては、混乱と恐怖を招くだけだろう。 しかし、私は言語社会においても、絶叫と悲鳴をうまく扱える方法を知っている。 それがどんな方法かは、これからの私の映画という手段での「虐殺」を見れば分かるだろう。 今日はここまで。

十九日の金曜の夜、剛さんちに行って、常磐線からの帰り道に雪に降られてから、最悪の五日間がスタートした。 まず、風邪が悪化して、完全ダウン。 しかも、ネットがトラブって、つなげられないという状況(たった今、やっと復旧)。 おまけに、夢の中に、九人の女の首。 目を閉じたのと、開いたのがいたのだが、このように、うつし世でもかくり世でも散々な目にあったわけである。 今は大丈夫なのかって? 正直、フラフラしてはいるが、蛇善から取り寄せたシマヘビの刺身と生き血、蜂の子の缶詰、山芋、納豆、にんにくの芽といった食事療法で、何とか電話に出る元気くらいは取り戻せた。 会社の上司からは、おめえはハッキリ言って働きすぎなんだよ、たまには有給使えと、木曜日まで強制的に休暇を言い渡された。 お寺も、ミスラ君が直々に見舞いに来てくれて、お勤めと檀家の世話は当分休んで下さいと言われた。 携帯メールも返せないまま、ずっと一人、布団の中で死んだように眠っていると、つけっぱなしのテレビ画面が閉じた目の中に入ってきた。 画面の中では、どこかの子供が大人たちに向かって、笑顔を見せている。 すれ違う大人たちの中には、笑いあうのもいれば、無表情のままでそっぽを向くのもいる。 時には、悪意を込めて睨みつけるのもいる。 そういえば、私は大人の条件として、酒の席で以下の持論をブチ上げたことがある。
どんな時でも、大人は子供に笑顔をみせてやらなくちゃいけねえ。 けったくそ悪いことがあった時でも、 やり切れねえ時でも、 エロエロな妄想に走ってる時でも、 すっからかんになって呆然としている時でも、 何かに集中しまくっている時でも、 子供の目をまっすぐに見て、笑え。 子供にてめえの現実をぶつけるな。 子供には昨日今日ではなく、常に明日をぶつけろ。
世の中には、子供が嫌いな人がいる。 私の周囲にも何人かいる。 理由はそれぞれだが、私に言わせれば、子供の目をまっすぐに見られないからだろう。 それだけ、自分自身にコンプレックスを感じているわけだ。 だが。 コンプレックスを感じていない人間なんているわけがない。 私なんて、見ての通り、コンプレックスの権化だ。 それでも、子供と笑いあえるのは、子供が好きとか嫌いとかではなく、大人として当たり前のことだからだ。 大人としての自覚があれば、コンプレックスなど問題ではない。 従って、いかなる理由であれ、子供が嫌いなどとのたまう輩は、大人になりきれていない、精神的なガキというわけだ。 てめえのコンプレックスさえ、克服出来ないガキ。 そんなのが多い世の中、ただでさえ笑顔が減りつつある子供たちに、自然な笑顔を見せなければ、どうしていい大人が育つだろうか。 私は雪でずっこけて肘を強打した時でも、登校途中の近所の小学生たちの挨拶に笑顔で応えた。 ミスラ君は一番嫌な、「ナマステ」を言われた時でも、近所の子供たちに笑顔を見せる。 剛さんも恐らく、プロデューサーともめた上、泥酔している時でも、子供たちに笑顔を見せるだろう。
・・・・・・
子供たちの目をまっすぐに見つめて、笑え。 自分が立派な大人ならば。
そういうこと。 今日はここまで。
失恋の思い出話で鬱ってるバヤイじゃねえ。 新年早々、しかも、数年ぶりに奇怪な事件ときたもんだ。 うちの檀家の緊急呼び出しで、錦糸町のお宅へ駆けつけたら、孫息子さんがひきつけを起こして、医者でも手に負えないから何とかしてくれという。 で、檀家のおじいさんたち、ご家族も落ち着きを取り戻してもらいながら、事情を聞くと・・・ 孫息子さんが夜な夜な妙なものに怯えてるようだが、それが一体何なのかさっぱり分からんとのこと。 「夢に決まってんでしょ、そりゃあ。悪夢でひきつけ起こしたくらいで呼ばんで下さい。私ゃあ、これでも忙しい身なんですから」と私。 「わしもそう思ったよ、だけどねぇ、悪夢ってやつぁ、何日もたてつづけに見るもんなのかね?もう四日もこんな状態なんだよ」とおじいさん。 「四日!マジっすか。ううーん・・・お孫さん本人から聞くのは無理でしょうから、知ってることをすっかり聞かせてもらえませんか?」 そこで、おじいさんはエヘンと湿った咳払いをして、私を廊下に引っ張り出して、低い声で言ってきた。 「夢なのか、ほんとに見たのか知らんがね、毎晩毎晩、女の首がやってくるんだそうだ」 そこで私は思わずニヤッと笑ってしまった。 つられておじいさんは、苦笑いという形で唇を吊り上げたが、すぐに真面目な、困った表情に戻った。 「笑うのも無理ないわな、こんな時代にお化け騒ぎもないだろうからな。だけど、あの怯え方はただ事じゃないな。・・・その女の首がね、目を閉じたまま、窓からするすると伸びてきて、布団の中に入ってくるんだと」 「ろくろっ首ですかい?」 「さあ、どうなんだろう?それで、あんたにおいで願ったわけだよ」 「私ゃあ、ゲゲゲの鬼太郎じゃありませんよ。太郎だけは合ってますがね。女の首が目を閉じてたと言いましたね?」 「うん」 「中国の何とかいう志怪の本で、目を閉じた霊怪は生霊であることが多いってありましたな。逆に、死霊は目をぱっちり見開いてるんですよ、生者を恨めしく、羨ましく見つめるために」 「生霊って・・・」 「お孫さんの悪い夢でなきゃあ、誰かがお孫さんにえらく執着してるってことですな。生霊になってまでね」 「顔が分かれば・・・」 「そう、誰だか分かる。でもそれを見てるのがお孫さんしかいないわけなんです。結局は本人次第ですよ」 「それにしても・・・こんなことって、ほんとうにあるのか?なんでこんなことが?」 「私ゃあ、お化けに詳しいですがね、お化けがほんとうにいるなんて、これっぽちも思ってやござんせんよ。要はね、お化けを産み出す、人間の心が恐ろしいんでね・・・いいですかい、はっきり申し上げましょう」 ここで私もエヘンと湿った咳払いをした。 さっきから気づいているのだが、この家はやたら空気が澱んでいる。 「今回の原因は九十パーセント、お孫さんの悪い夢です。子供だけに、ちっと想像力がたくましいだけですよ。私も子供の頃は丸々一ヶ月もお化けに追われる夢見たくらいですからね」 「残りの十パーセントは?」 「お孫さんに生きながら取り憑いてる、『誰か』の執着心です」 そこでおじいさんは、ぐっと息を飲み込んだ。 「後でどんな顔だったか聞いてみるよ」 「名前が分かるような顔じゃないことを祈ってますぜ」
・・・・・・
そうして、私は錦糸町のお宅を後にしたのだが、百パーセント、お孫さんの想像力と言い切れなかったのは、子供の感受性が、大人の妄念をもろに食らって、ひきつけを起こすというケースを何度も見てきているし、私自身も体験しているからだ。 幼児期に、新潟に預けられていた時に、癲癇持ちの大叔母の「影」を嫌というほど見ている。 足が萎えてしまって、寝たきりだったのだが、時々廊下を歩いてきて、私と従姉が寝ている部屋へやってきていた。 その「影」の顔は、恐ろしくてまともに見ていなかったのだが、やはり目を閉じていたに違いない。 生きている本体が目を閉じていれば、生霊も見えるはずがないのだ。 それでも記憶を頼りに、うろついてくるのだから、その妄念ぶりがこの上もなく恐ろしい。 それにしても。 窓から目を閉じた女の首がするすると伸びてきて、布団の中に潜り込んでくるのを想像したまえ。 ほんとうにゾッとする。
現在、これを書いている今、私は再度の呼び出しに備えて、調伏の準備をしているところである。気休めなのだが、雰囲気たっぷりの演出ならそれなりの効果はあるだろう。 今日はここまで。
| 2006年01月18日(水) |
犬神博士の失恋の思い出話�� |
小学校を卒業した次の日、一番好きだった女の子から別れの手紙をもらった。「キミのことは、LOVEというより、LIKEだったよ」。これだけで、もう、英語が嫌いになるところだった。 気取った物の言い方しやがって、こんチクショー! でも、当時の私はすでに図太い神経を持ち合わせていたので、中学での新しい恋愛ごっこに胸をときめかせていた。 恋愛ごっこ。 そう、ほんとうに「ごっこ」だったのだ。 まだ恋愛というものを知らず、全身がひっくり返りそうな胸の痛みを知らず、恋に恋していたという感じだから、誰もが「ごっこ」から始めるのは当然だ。 実を言うと、その「ごっこ」こそが一番切ないのだが。 思えば、中学生は一番ドキドキした年頃だった。 私はすでに従姉と初体験をすまして、女の肌の匂いと味を知ってはいたが、女心の味はまだ知らなかった。 そう、女心を知るために、やりすぎないよう、凝りすぎないよう、自分を抑えるのに苦労したのが、私の中学時代だった。 少なくとも、スカートめくりはやめよう。 そういう子供じみたことはもう卒業! しかし、私の欲求は新たなはけ口を求める。 しかも、例えば、小学校の時はブスで乱暴者だと思っていた子が、やたらに胸が膨らんで、何だかもじもじする時が目立つようになるのが、他の子と一緒にどんどん目につくようになった。 はらわたがねじれるような感覚。 胸が締め付けられるような感覚。 もう、子供の時のように、気軽に肩を組めないおまえ。 男の子どうしなら、いつもどおりにプロレスごっこをしたりして、バカみたいに楽しい日々を送れたが、女の子はどっか遠いところへいっちまう・・・ それが淋しくて仕方のない中学一年だった。 で、当時はなかった美術部をたった一人で創設して、同好会レベルからコツコツと絵を描いたり、図書室にこもって本を読んだりする内向的な面も広げていったのだが、私の本好きなところにひかれたと言って、近寄ってきた女の子がいた。 一個上の先輩で、星新一のファンというSFマニアだった。 彼女の勧めで、まだ未開拓のSFをほんとうに幅広く知った。 教えてもらった代わりに、こちらからは江戸川乱歩と横溝正史を教えてあげた。 つまり、本を礎としたいい関係に発展して・・・お互い交換ノートをするようになって・・・いわゆる、お互い彼氏彼女と認め合う仲になった。 今では思いっきり死語で、笑ってしまうが、当時はABCといって、Aがキス、Bがオッパイ、Cがアソコと、どこまで行ったかをみんなで話題にしたものだ。ちなみに、Dは妊娠である。 そこで、私はつきあっている先輩に対して、Zまで行きたいと言った。 Dが妊娠なら、その果ては一体どんなものなのか、一緒に知ろうよと。 とんでもないことを言ったと思うが、先輩はいいよと言ってくれた。 それで、キチンと順番どおりに、キス、オッパイ、アソコとクリアしたのだが、妊娠のDをパスして、E以降がクリア出来なかった。 想像出来なかったからだ。 それで、来る日も来る日も、Cまでしか出来ないという有様で、マンネリになり、先輩とは冷えてしまい、先輩が卒業すると同時に別れてしまった。 「信じられねえ」と同僚。「今の犬神なら、簡単に想像しちゃうだろうに。へえー、妊娠の次が想像出来なかったってのかい?」 「そうさ」と私。「経験不足ってか、経験が足りないのはあたりめえだろ。まだまだガキだったんだ」 キスして、オッパイもんで、アソコに硬くなったチンチンを入れる。 これだけではセックスとはいえない。 ただの交尾だ。 それにしても、さんざんナマでやったというのに、妊娠しなかったというのは今思うと幸運だったのかもしれないが、一時期子種がないのかなと鬱になった。 それでちょっとグレて、中学生の分際で、裏ビデオを買ったり、あらゆるポルノを観たりして、知識を深めた。 そんな中で、私はサドやバタイユを知ったのだが、ここでまた私は本好きの女の子といい仲になった。 図書委員の子で、私とは隣どうしのクラスだった。 その子の前では、プラトニックに行こう、交尾じみたセックスなんてこりごりだと、我ながら気持ち悪いほど、爽やかさを演じた。 ここで。 私はいよいよ女心というものを知ることになる。 「おおっ、どんな風に知ったの?」 「うん、戯れにね、『おまえって美味そうだよな、食っちゃいたいぜ』って言ったんだよ」 「うはー。その子もかわいそうに。やらしい意味に聞こえるだろ、それ」 「いや。実はね、カニバリズムについて色々話し合った後だったから、そのままの意味に受け取ったんだよ。で、そう言ったら、『やーだ』って言うのね」 「まあ、そう言うわな。それで?」 「『あっそう。やっぱり食うのやめた。よく考えたらまずそうだし』って言ったんだよ。そしたら・・・怒りやがった」 「なーるほどねえ、それが女心?」 「そう。食べたいと言えば拒否されるし、まずそうだと言えば怒るし。当時のオレはほんとに悟った気分になれたぜ」 「いい中学時代だよなぁー。その子とも別れたの?」 そう、別れた。 その理由は。 私が過剰なまでに爽やかさを演じていたからだ。 つまり、本心、本性を決して悟られまいと、仮面をかぶり続けていたからだ。 そりゃ、心が離れるに決まってる。 でも、当時の私は、私自身の欲求が一般的に認められるものじゃないと分かっていた。 例え、カニバリズムだの、サドだの何だのと話し合ったその子の前でも。 私は私の欲求をさらけ出すわけにはいかなかったのだ。 私の欲求とは。 全く子供じみたことなのだが、妊娠の後に来る、男女関係を考えることだった。EからZまでを考えて、コンプリートを果たす。 そんなことを堂々と公言するほど、私は痴れ者ではなかったので、いつも笑ってごまかしていた。 そんな私の前で、彼女はある日突然、本気で泣きじゃくった。 その泣きっぷりときたら、全く猛烈もいいところで、私の頑固な心を決壊させるには十分だった。 その壊れっぷりから立ち直るのに、たっぷり三ヶ月はかかった。 それで、われとわが身を振り返って、大いに反省して、次はもっとうまくやろうと誓った。 その時、すでに私は志望した高校に受かっていた。
・・・・・・
今、中学時代の私自身に歌を贈るとしたら、当時聴いていたバービーボーイズの「おやすみ よそもの」だろう。
赤い目して眠たそうだな 探してるのは誰かな 濡れたコートは邪魔になんだよ 泣いていたいなら よそいきな
おやすみ よそもの おやすみ よそもの
仲間はずれ 不服そうだな ほかの連中を見てみな けむたそうだろ おまえを見る目 俺のせいだと恨むなよ
おやすみ よそもの おやすみ よそもの 場違いだぜ
どうか 教えて 欲しいものはなんなの ぜんぶ あげるよ 合い言葉は なあに
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いくつになっても、人間ってバカみたいだ。 笑える。 しかし、そこがまた切なくて愛しい。 今日はここまで。
| 2006年01月17日(火) |
犬神博士の失恋の思い出話�� |
同僚によると、私の失恋の思い出話が非常に面白いとのことなので、ここでも披露することにした。 個人的には、複雑な気持ちなのだが、確かに第三者の目から見たら、抱腹絶倒ものである。苦笑。 まずは。 小学校の頃。 卒業するまでに、実に二十数回も失恋した。 ただし、恋愛が実ったのは、三回だったからまずまずだろう。 で、失恋の理由というのが。 隣の席の女の子の気を引こうと、女の子の、匂いつきのかわいらしい消しゴムを食ってみせて、せっかくそれまで築き上げてきたいい関係をだいなしにしてしまったという。 後、似たような理由で、折れた鉛筆の芯を、歯で削って出してあげたのも、ふられた理由になった。 そうそう、ベルサイユのばらの真似をして、女の子の差し出した手にキスするというのを、途中で我慢出来なくなって、指を猛烈な勢いでしゃぶったというのも。 「は、腹がいてぇー」と同僚。 「おかしいか、え?これでも、当時はけっこう真面目な気持ちだったんだよ」と私。 「それだけに、コワイっての。でもさ、そんな犬神を女の子たちが完全に嫌わなかったのもなんか分かるような気がするよ」 「スカートめくりもしてたのにねぇ」 「そんなこともしてたのかよ!この鬼畜めー」 後、大人の女性にも恋して、音楽の若い新任の先生に、ルーズリーフのラブレターを出したことがある。 しかし、先生は残念ながら不器用で、私の凝りに凝った折り方のラブレターを開くことが出来ず、差出人を知らないまま、転任してしまった。 「うわー、それは切ねぇー。一体どんな折り方したんだよ?当時、ヘンな折り方の手紙が流行ったのは知ってるけどさ」 「誰でも知ってるやつだよ、『やっこさん』さ」 「ああ、折り紙の?あれって難しいよな、確かに。それにしても・・・なんでそんなに、たくさんの女の子に恋したんだい?」 そこで私はニヤッと笑った。 「オレが女の子になりたかったからだよ」 「やめてくれよ、マジで」 でも、当時の気持ちを思い返してみると、そうとしか言いようのない、自分でも理解しがたい欲求に突き動かされていた。 男の子である私自身の立場、ものの考え方、見方、感じ方に満足出来ずに、女の子である私自身も手に入れたかったのだ。 つまり、陰と陽、どちらかにとどまるのが嫌だったわけだ。 「ちょっと待てよ」と同僚。「それが犬神がただの気持ち悪い男の子として完全に嫌われなかった理由か?」 「うん、ほんとうに、真面目に、女の子の立場を研究していたからね。例えば・・・スカートめくりにしたって、いたずら心じゃなくて、相手の女の子としての反応をじっくり見るためだったんだから」 「うへっ。何かツッコミ入れたいけどな。それで?」 「『何すんの!』と言われたら、オレは必ずこう言い返してたんだ。『おまえさんがあまりにカワイイんで、中身も見てみたくなったんだ』って」 「それで相手は?」 「何も言わなかったよ。でも、次の日、給食のプリンとかバナナをくれたね」 そこで、ほんとうに久しぶりに、同僚の口から、ヒューヒューという子供っぽい口調を聞いた。
・・・・・・
小学生の頃は、とにかく手探りというか、手当たり次第という感じだった。普通の男の子のように、異性への興味という基本的欲求ではなく、あくまでも私自身の欠けた部分を埋めるための欲求だったから、女の子からすれば、どこか安心出来たのだろう。 そう思うフシはたくさんある。 しかし、やりすぎと凝りすぎは、さすがにふられる原因となる。 小学生の頃は、まだ痛い目にあいはじめたという感じだから、中学生になってからが本番だったのだ。 中学生編はまた明日。 今日はここまで。
| 2006年01月16日(月) |
Together with you in the end of the world. |
プールに漂って 君と泳ぐのを想像する時 一体なにが見えるのだろう 青い空 真っ白な太陽 だけど もうなにも見えない
世界の終わりに君とともに
砂浜に座って 君と海を眺めるのを想像する時 一体なにが聞こえるのだろう 打ち寄せる波の音 カモメの鳴き声 だけど もうなにも聞こえない
世界の終わりに君とともに
闇の中に横たわって 君と一緒に眠るのを想像する時 一体なにを感じるのだろう お互いの体温 お互いの気持ち だけど もうなにも感じない
世界の終わりに君とともに

・・・・・・
将来完成の日を迎えるであろう、 魔女ヴィイの処女作に捧ぐ。
今日はここまで。
| 2006年01月15日(日) |
熱に浮かされながら、コックリさんのこと。 |
本日、三十九度の高熱のため、新年会パート2は延期。 すまん、皆の衆。 それに加えて、この狂ったような土砂降りはどうだ。 最悪だよな、ほんと。 灯油が切れたってのに、車にも乗る元気がねーから、買いに行けやしねえ。 だんだん寒くなってきた。 神の河をサイダーで割って飲む。 晩飯代わりに、ゆで玉子を三個。 日曜は久しぶりのオフだから、ゆっくり眠りたい。 昨夜も本当はちゃんと寝てるはずだったのだが、セレクトをあやまった。 というわけで、これから韓国ホラーの「コックリさん」。 友人はオレ好みだと勧めてくれるが、韓国でさえ、日本をうまく表現しきれてないんだよな。 心配だ。 オレの知ってるコックリさんとは。 誰もが知ってるように、紙に書いた五十音の文字の上を、二人ないしは三人で、十円玉を同時に指で滑らせるというものだ。 これはほんとに何回やっただろう。 新潟じゃ、ほとんど毎日やった。 こっちでは、一回、オレがキツネに憑かれたふりをして、奇声をあげて身体をカクカクさせたことがあるけど、その時のみんなの仰天ぶりときたら、全くこたえられなかったぜ。 当時の会話がよみがえってくる。 「ほんとに、おまえ、演技だったのかよ?」とクラスメートのひとり。 「あたぼうよ、何をそんなにビクビクしてやがる。ジョークだよ、ジョーク」と私。 「バッカ・・・シャレにもほどがあらあ。相手はコックリさんだぜ?ほんとに取り憑かれたらどうすんだよ?」
・・・・・・
こんにちに至るまで。 オレはこれっぽちも取り憑かれたという実感はない。 オレが知らないだけで、そう見える時はあったかもしれないだろうが。 とにかく、そういうものを信じたがる気持ちは分かる。 これまた、興奮するからだ。 ヤバイ、これも興奮して夜中に騒ぐかも。 いやいや、そんなことのないように、風邪薬に加えて、焼酎のサイダー割りをガブ飲みしているではないか。 では、コックリさんと会ってきます。 おやすみ。 今日はここまで。

| 2006年01月14日(土) |
パイロットたちのこと。 |
ヤバイ、「ハイウェイ・マン」を観終わったら、メチャクチャ興奮した! 風邪ひいてんのに、夜中の高速をかっ飛ばしてえ。 ていうか、オレもああいうのを撮りてえと、じたばた。 しかし。 オレが大好きな、元祖サイバーパンクのシチュエーションで、今の時点で、最高だと思う作品は他にある。 扶桑社ミステリーの、「罠」という海外短編集だ。 クーンツとか、マキャモンとか。 その中に収録されている、ジョー・R・ランズデイル&ダン・ラウリーの「パイロットたち」という短編が、私にとって、ほんとうにじたばたするほど興奮する作品である。 これは、パイロットとしての未来をコンボイとの衝突で断ち切られた四人組が、サンダーバードを改造した「ブラックバード」に乗り込み、夜のハイウェイを疾走して、コンボイを次々と「撃墜」するという内容だ。 「ハイウェイ・マン」と同じく、失った手足の代わりに、車のパーツを組み込んで、車と一体化した四人組のパイロットたちと対決するのは、ベトナム帰りのヘリパイロットだったコンボイトラッカー。 この息詰まるカーチェイスを、この短編は活字なのに、鮮やかに映像として想像させてくれる。 最高。 初めて読んだのは、92年だったと記憶しているが、その時走った湾岸道路では、ほんとうに「ブラックバード」のつもりで、トレーラーを執拗に追跡したりしていた。 その時流していた曲は、イーグルスの「呪われた夜」。 最高に興奮した夜だった。
パイロットはにやっと笑った。その気持ちはわかる。彼は死のにおいを嗅いだ。燃えるガソリンと焦げるゴムと飛び散るクソのにおい。
生死をかけたチェイスの果てには、ある種の恍惚がある。 これは車やバイクを運転したことがあるものなら、誰でも分かることだ。 追うものも、追われるものも興奮するのだ。 それは原始的な感情に基づくものだろう、獲物を狩るものと、狩られる獲物の生き残りをかけた闘い。 思い出し・・・ 反芻しながら・・・ ニヤッと笑って、もう一度風邪薬を飲んで寝ることにする。 今度こそおやすみ。 今日はここまで。
| 2006年01月13日(金) |
13日の金曜日の風邪のこと。 |
不吉な日に、風邪ひきました。 軽く雨が降ったとはいえ、そんな中をバイクで渋谷、浅草、市川と走り回っちゃあ、えらい冷えるわな。 歯の根もあわなかったぜ。 大丈夫か、明日、新年会パート2なのに。 みんなには悪いけど、ニンニクをたっぷり使わせて頂きます。 蛇は・・・春菊使っても、何の肉かバレるからやめとこう。 とにかく、ゆっくり寝よう。 借りてきたDVDの「ハイウェイ・マン」観ながら。 これは女をひき殺すのが趣味のシリアル・キラーに妻を殺された主人公が、改造車を駆使して復讐をねらうという内容だ。 オレのハートにズシリときたのが、バラードの「クラッシュ」にも通じる元祖サイバーパンクの醍醐味が見え隠れするところ。 即ち、交通事故で、義手、車椅子とメタリックな身体障害者となったシリアル・キラーが、改造車と「一体化」して、ひとつの生命体と化しているところだ。 この「融合」こそが、元祖サイバーパンクの醍醐味なのである。 不吉な日にふさわしい映画だ、そして、不吉さそのものが明日への活力につながるという稀な作品でもある。 興奮するからだ。 では、おやすみ。 今日はここまで。
| 2006年01月12日(木) |
犬神博士、クラシック・バレエと格闘するのこと。 |
今、会社に帰ってきたところだが、はっきり言って死んだ。 新宿のスタジオで、仕事の関係でクラシック・バレエの練習を見学していたのだが、無謀にも興味と好奇心のままに、私も練習につきあったのである。 そこのクラシック・バレエはロシア仕込みで、ワガノワ・メソードというそうだが、見てるだけで武道にも通じる、ピリピリした緊張感が漂っていた。そんな空気に感化されたのかもしれない。 まず。 アンデオールといって、両足を百八十度、外に開くという基本中の基本から。 つまり、第一ポジション、アームスアンバー。 両かかとをぴったりくっつけて、左右のつま先をぴったり両端に向ける。 私は当然、こんな足つきをするのは、生まれて初めてである。 ちっちゃい女の子まで、軽々とこなしているのに比べて、私はガクガクとO脚になりながら悪戦苦闘していた。 そこへ、最近来日した、ジョディ・フォスターそっくりのロシア人女性の先生が、ツカツカと歩み寄って、私のお尻を思いっきり引っぱたいた。それから、水色の瞳を大きく見開いて、私の鼻にキス出来るくらいに、顔を近づけて、「やるからには、きちっとやりなさい!」ときれいな発音で叱責した。 私は「ダー!」とロシア語で返事した。「はい!」という意味である。 先生は片眉を吊り上げて、ニヤッと笑うと、こっくり頷いて、前の方へ帰っていった。 お次は、トゥーシューズでの第四ポジション。 ご存知の、つま先立ちのあれである。 私はトゥーシューズははいてないし、持ってもいないが、靴下だけで一応おっかなびっくり、真似をしてみた。 つま先の、足の親指がグリッと変な音を立てて、そこから激痛が脳を直撃したので、ぐわっと声をあげてうずくまってしまった。 「主任、大丈夫ですか?」と同行した部下のひとり。 部下たちは、みんなでパイプ椅子に座って、ニヤニヤしながら私の苦闘ぶりを眺めていたのだが、後で覚えてろよ、このー。 それから、色々なポジションを繰り返しつつ、アラベスクも様々な型を見よう見まねでやってみた。 第一アラベスクは何とか出来たのだが、アラベスクパンシェは無理だった。 右足で立ちつつ、上体を前に傾けながら、左足をキレイに後方へ差し伸ばすのである。 昔、護身術で学んだ、伏せ蹴り、足刀の型に似ていたので、出来るかなと思ったのだが、身体は昔のように軽々と動いてはくれなかった。 そして、ギブアップというか、タップしてしまったのが、第五ポジションのアームスアンオー。 さっきのアームスアンバーの型から、両足を交差するだけのものなのだが、これは中学校の頃、友達に四の字固めを本気で極められてしまった時より、足がどうにかなってしまいそうなほどの激痛を覚えた。 さらに、最悪なことに、両足ともつってしまった。 部下たち四人で、両腕と両足をそれぞれ抱え上げてもらって、退場したのだが、全く見られたもんじゃなかった。
・・・・・・
見学終了後、バレエの先生がにこにこしながら、私にこう言った。 「初めての割には、頑張った方ですよ。みんな、たいてい、最初のアームスアンバーでまいりますから」 「いやあ、あれもキツかったですよ・・・」と私。 「でも、身体はガチガチだったけど、昔は柔らかかったみたいだから、今から鍛えなおしません?そうすれば・・・」 先生はニヤッと笑った。 「キャラクテール・ダンサーにはなれますよ」 部下たちは、意味が分からなかったので、?という顔をしたが、私は分かったので、はははと苦笑いをしてみせた。 バレエの主役をプリマというのは、みんな知ってることだが、キャラクテールというのは、バレエのアクセントみたいな感じで、個性的な踊り手のことである。 とにかく。 鍛えなおすのは検討しますと言って、帰ってきたのだが、クラシック・バレエはキツイ。やっている方からすれば、当たり前のことなのだが、一朝一夕ではとても真似すら出来ない。 それなのに、私がなにゆえに、挑戦したのかというと。 武道に通じる、精神的な「張り」を感じて、それを体感したかったからだ。 それに、何事も修行、勉強である。 しばらくの間、うちでもアラベスクを練習してみよう。 今日はここまで。

| 2006年01月11日(水) |
おしること物件下見のこと。 |
今日は鏡開き。 大の甘党である私は、朝っぱらからおしるこ。 お昼はぜんざい。 そして、先ほどのおやつは、二回目のおしるこ。 で。 さっきまで、水元公園近くのと、向島のと、物件の下見をしてきたのだが、どちらも悩ましいほどいい物件だった。 私が将来、永住するための物件なのだが、水元公園は私が生まれて初めて、水と緑に親しんだところだし、それなりに思い入れのある場所なので、ここを窓から眺めて晩年を過ごすのも悪くない。 水元公園のは自由設計の土地だから、新築を建てるわけだが、向島のは中古一戸建てである。 いや、中古というより・・・ 実は、オヤジの生家なのだ。 関東大震災、東京大空襲を生き延びた、かなりの年代ものの木造の長屋で、オヤジはここで産婆さんの助けを借りて生まれ、祖父の周囲の女たちに囲まれて育った。 現在は、親戚が管理しているが、私が買う気なら、タダ同然で譲るという。 四畳半の部屋が一階、二階と合わせて十部屋、そして中二階の三畳の部屋が二部屋。トイレと風呂は共同。 ボロいなんてもんじゃないが、黒光りした板の間やあちこちにシミが浮き出た漆喰の壁を眺めているうちに、なぜか、涙が出てきた。 感傷的になったわけではない。 しかし、私はほんとうに、こういう生活臭あふれる空間が大好きなのだ。 私がまだ二十歳を過ぎたばかりの頃、上野桜木に住んでいた漫画家の丸尾末広さんのアパートに遊びに行ったことがあるが、連れ込み旅館を改造しただけあって、やはり独特の生活臭と、いかがわしさが、いい感じで混ざり合ってて、いい味を出していた。 心はほとんど、新築より、オヤジのオンボロ長屋に傾きかけているのだが、ビフォー・アフターみたいに、ヤバイところが果たしてどこまで修繕、改造出来るかだろう。 改造ついでに、地下室も作りたいし。 そして、この長屋がちゃんといい形で再建したら、私は永井荷風翁の「偏奇館」にならって、「耽奇館」と看板を掲げよう。 さあ、明日からもっと頑張って稼ぐぞ! 今日はここまで。
今日は魔女ヴィイの誕生日である。 18歳になった。 おめでとう!
色々悩んだ挙句、泉谷しげるの「流れゆく君へ」を。
流れゆく君の 粒のひとつまで つかんでみたい 河の流れは 血よりもはやい 流れゆく 君のからだ うねりにまかれて 君はちらばる 変わりすぎるより たしかにひびく 生きる ことばの 速さがいいぜ
二度と出会えない 流れを見たら 時へ お前が始まる つきぬける気持ちの 果てしない意志 ゆれる水と耳鳴り うねりにまかれて 君は過ぎてゆく 転がるだけより たしかにとどく 生きる ことばの 速さがいいぜ
・・・・・・
もうすぐ卒業する魔女ヴィイ、君にとって高校はどんなところだった? 燃やしたいくらいクソだった? だけど、いつか必ず、美しく「思い出す」時が来るんだ。 例え、それがクソまみれの、消し去りたい過去であろうともな。 なぜ思い出すのか? なぜ思い出すことが美しいのか? それは、過去が生きていく上で、「整理」されるからだ。 分かるかね、人間はどんな形であれ、すべてを乗り越えるように出来ているんだ。 鉛のように思い出したくないそれは、自然にふわりと軽くなるんだ。 今はその時じゃないけどな。 その時を想像することも出来ないだろう。 でも、オレは知ってる。 思い出すという行為そのものが、自分自身を常に新しくすることだと。 だから、今はただ、流れていきたまえ。 速く、ゆっくり、漂いつつ、また速く・・・ 流れの果てに、君は見るだろう、
地を這いうねるものほど、天を仰ぎ見、天の果てを思い描くのを。
そこまで行き着けたら、君もまた、天の果てを手に入れてるさ。 それは素晴らしく、真っ白な世界・・・ 君自身の宇宙だ。 今日はここまで。
| 2006年01月09日(月) |
ブックバトン、あるいは奇想の果てのこと。 |
フミ先生から唯一無比のバトンを受け取りました。 まず。 私にとって本とは。 幼少時からの、最大の話し相手、友達でした。 人並みに会話が出来るようになって、血肉を備えた友達が出来るまで、私は文字通り、本で世界を知ったわけです。 それゆえに、読んできた本の量は、我ながら呆れるくらい膨大の一言につきます。
●持っている本の冊数
去年、二年かけて、お寺、実家、ここと蔵書の正確な数量を把握したんだけど、十六万二千七百八冊でした。雑誌も含む。
●今読みかけの本 or 読もうと思っている本(既読、未読問わず)
<読みかけ>
・「魔術はささやく」(宮部みゆき著 新潮文庫) →魔女ヴィイから借りた本のひとつ。宮部みゆきは、今まで食わず嫌いで敬遠していたんだけど、これは面白い。こんなにそわそわしながら読み進められるのは、高村薫の「マークスの山」以来。宮部みゆきを侮っていたぜ。
・「死刑執行」(ルイ・アラゴン著 新集世界の文学第三十四巻収録 中央公論社) →ブニュエルの「昇天峠」のプラスαとして、フミ先生に用意していた本。しかし、注文先のネットビデオショップからの連絡で在庫切れとの悲しい知らせが。それでも送るつもりだけど、それまで拾い読み。同時収録されているブルトンの「ナジャ」は幻想的ではあるが、アラゴンの本作は現実的な立場からシュールレアリスムを描いた物語で、なかなか読みごたえがある。
・「エレキング・第六巻」(大橋ツヨシ著 講談社) →週刊モーニング連載中の四コマ漫画を収録した六冊目の単行本。私は大橋ツヨシの熱烈なファンで、彼の単行本は全部そろえているくらいである。デビュー作は、宮沢賢治の童話(しかも発表先があのガロ)という異色な出だしの人で、デビュー以来、ずっと独特のスタンスでほのぼのと笑わせるのがたまらなくいい。
・「すぐ役立つ家事のコツ・家内安心・暮らしの便利事典」(小学館) →私は血液型がA型。それをずばり示しているようなセレクト。笑。小さい頃から家事はけっこう好きで、友達の家に遊びに行くと必ず台所の洗いものなどをしていたくらいである。これは最近寝る前に必ず目を通していて、一通り頭に入っていても、おさらいをしながら、明日はあれをやっておこうと気分を引き締める。これが実は私の精神的な健康の秘訣なのである。
<読む予定>
読みたい本・読み返したい本・読まなくちゃいけない本・・・ありすぎて書ききれない。 これはフミ先生の回答だけど、私も全くその通り。 例え読破した本でも、今の年齢で読んだら、全然違う印象になる作品もあることだし。 今度再挑戦したいのが、三島由紀夫の「豊饒の海」四部作。 で、三島文学のあく抜きとして、必ず読んでるのが、開高文学。 私的に、古典文学の峰が三島、現代文学の峰を開高と考えているため。 ベトナム戦争のルポを元にした「輝ける闇」(新潮文庫)は、自分自身をもさまよわずにはいられない現代人に通じるものがあるので、そういう意味でも、開高文学はあまりにも現代的なのである。
●最後に買った本
・「時代劇漫画ジン(刃)2006年2号」(小池書院) →定期購読している雑誌のひとつ。私は小池一夫の大ファンで、小池ものはほとんど持っていて、現在もコレクション中。この雑誌の目玉は、「レイザー」という漫画作品。主人公が「御用牙」で七十年代を沸かせた板見半蔵。老いた半蔵が、アメリカに渡って、マーカスという名前で相変わらずの、名刀(チンポ)ぶりとかみそり(頭の切れ)ぶりを展開させている。
●特別な思い入れのある本、心に残っている本5冊(まで)
あくまでも、今現在では、ということで。 ・「世界の恐怖怪談」(荒俣宏・竹内孝夫著 学研ユアコースシリーズ) →犬神博士こと私自身の人格形成に決定的な影響を与えた、ルーツ中のルーツ。私が持っていた本は中学にあがる前に紛失、長年探し求めたが、去年になってフミ先生とのプレゼント交換で、感激の再会を果たす。ちなみに定価四百八十円がレア価格で、三万近く。レ・ファニュ、ラヴクラフト、ビアスなどの海外の名だたる怪奇と幻想の作家たちを子供向けに書き直したオムニバスで、七十年代独特の濃い挿絵やエッシャーの版画とともに、豪華絢爛の一言につきる本。現在ではこんな本はもう出版不可能。で、私は、それぞれの作品世界に耽りつつ、オリジナルを読もうと、あれこれと収集を始めて、現在のようなマニアに成長したわけである。
・「マルペルチュイ」(ジャン・レイ著 妖精文庫・月刊ペン社) →私にとって、世界最高の幻想文学作品。この内容に比べたら、あのロード・オブ・ザ・リングもナルニア物語もゲド戦記もかすんでしまうほど。なにしろ、発想が凄い。古代ギリシャの落ちぶれた神々を生け捕りにして、人間の皮に詰めて、マルペルチュイと呼ばれる館に幽閉するという物語である。ここで展開される、主人公とゴルゴーンの娘の恐ろしく、そして悲しい恋愛は非常に私の心を打った。 ヨーロッパ映画界が、ハリウッドに対抗して、本物の幻想映画作品を作るとしたら、この作品が究極のものとなるはず。
・「パンの大神」(アーサー・マッケン著・平井呈一訳 怪奇小説傑作集第一巻 創元推理文庫) →私が初めて読んだオリジナルの怪奇小説が、創元の怪奇小説傑作集五巻組みだった。その中でも、何回も読み返すほど耽溺したのが、本作。小学生の頃、下手くそながら、水木しげる調に漫画化したくらいである。笑。平井呈一大先生の独特の語り口がたまらない。古代の神に憑依された妖女が、次々と男を篭絡して殺していくという物語だが、それだけではすまない読後感が首筋を撫でるという恐るべき名編。
・「妖虫」(古賀新一著 秋田書店) →従姉はその昔、ひばり書房からの怪奇コミックスを全部持ってて、私が日野日出志や古賀新一などを知るきっかけになったのだが、古賀新一は「エコエコアザラク」の影響もあって、私の非常に大好きな作家のひとりになった。その中でも、「妖虫」は、マジで映画化を狙っているほど、ベタ惚れに惚れた作品である。蝶々などを採集する孤独な主人公が、「突然変異」を起こして、奇怪な生物に変身を遂げ、周囲に様々な影響を与えつつ、究極の進化を遂げるという、Xファイルも真っ青な内容だ。特に、主人公が「逆成長」を遂げ、胎児に変わっていきながら、絶望と快楽の入り混じった高笑いをあげるシーンが忘れられない。
・「火星人ゴーホーム」(フレドリック・ブラウン著・稲葉明雄訳 ハヤカワSF文庫) →私のお茶目さ、しゃれっ気、ユーモアぶりの原点が、フレドリック・ブラウンである。シニカルな笑いを好むのも、ブラウンの影響が大きい。ブラウンと出会っていなかったら、私は恐らく、嫌味たっぷりの、意地悪な、根暗なオタクになっていたに違いない。それくらい、ブラウンの本作は、ほんとうに私の精神的成長に貢献してくれた。ティム・バートン監督の「マーズ・アタック!」よりもシニカルな内容で、火星から瞬時移動してきた、人を食った緑色の小人の群れが、人類を大混乱に陥れるという内容で、その結末はあまりにも衝撃的である。
●バトンをまわす人
今、ここエンピツにおいて、本を読む量とそれにともなう知識のマニアックさにかけては、私とフミ先生しか見当たらないので、残念ながらまわせる人はおりません。
今日はここまで。
| 2006年01月08日(日) |
19歳の被爆者のこと。 |
今日は教え子の紅胡蝶の誕生日である。 19歳になった。 誕生日おめでとう、そして、想像したまえ。 君自身がグラウンド・ゼロにいると。 頭上の、まさに頭上の何メートルか真上で、原爆が爆発したと。 周囲は一瞬にして、消滅、焼け野原の地獄絵図。 それでも君は生きている。 なぜか? 君自身が「想像している」からだ。 分かるかね、想像する限り、君は肉体的に滅んでも、精神的には不滅なのだよ。 その不滅性をより確固としたものにするために、君はもっともっと経験を積まなければならないし、嫌でも色々な目にあうだろう。 創作と表現を生業とするならば、例え、宇宙が滅亡しても、決して色あせない花とその回りを飛び交う蝶々を思い出すことの出来る、想像力が必要なのは君も分かっているはずだ。 だから、どんどん、自分自身を壊したまえ。 そこから何度も再生したまえ。 再生するたびに、何かを身に帯びているはずだから、一段階ごとに君は変わるはずさ。 確かに、私は優しいし、君もそれを喜んではいるけれども、そろそろ君の頭上で核爆発を起こす頃合だ。 原子レベルで蒸発しても、しっかり生き延びろ! 今日はここまで。

| 2006年01月07日(土) |
雪に生き、雪に死すのこと。 |
母方の親戚の一人が、ニュース沙汰になった。 津南町の、屋根で雪下ろしをしていた男性が、屋根からの崩落とともに崖下まで落ちて、亡くなったというあれである。 真っ先に知らせてきたのは、はとこのささらだった。 携帯メールでYahooニュースを見て、見てというので、見たら、見覚えのある名前が出たというわけだ。 例の、見附のイエアゴー伯父より、遠い血縁なのだが、私には非常にいい感じの人物だった。 確か、昭和五十年代も、今回に勝るとも劣らずの豪雪だったのだが、信号機よりもはるかに高く積もった、三メートルクラスの積雪の中、親戚の結婚式に駆けつけた際、幼かった私に雪玉の握り方などを教えてくれたのが最初の出会いだったと記憶している。 ほんとうに雪にまみれた人だった。 だから、雪で死んだというのは、かえって本望なのかもしれない。 おふくろは雪国に見切りをつけて東京へ逃げ出したクチだが、いつも私に雪の恐ろしさを語っているあたり、生まれ育った雪国への憧憬が見え隠れしていた。 私自身も、雪下ろしをしている最中、三回くらい屋根から落ちたことがあるので、それなりに雪の恐怖を体験している。 凍った雪の塊を屋根からまともに顔に食らったこともあるし、間違って雪道を踏み外して、崖下へ転落しかけたこともある。 雪はほんとうに恐ろしい。 ささらと電話で話して・・・ 「妙高はどうだ、そっちもひどいもんだろ?」と私。 「うん、ひどいよー、雪かきにきてー」とささら。 「行けたら行きたいけど、今は交通手段がにっちもさっちもいかねえだろ」 「そうだねー、特急もヤバイらしいし」 「まあ、自衛隊も出動したようだから、ピークは何とか耐え忍んで、春はスキーに行くから、そん時いつものように雪かきしてやるよ」 「うん、ほんとにこっち、若いのがいてもみんな手伝う以前に、やり方知らないから、おじいさんしか頼りにならないんだよー」 そうなのである。 報道では、高齢化のために、雪国は今までとは違った不安を抱えているというが、よほど家族と絆の深い若いものでない限り、今の雪国の若者は雪かきをやらないし、やり方すら知らない。 それで、危なくて見てられんと、おじいさんがやり出すというパターンもあるだろう。 高齢者は確かに経験があるだろうが、雪かきをやれるほどの体力があるわけがない。 やらせんな、じい様に。 だから、小さい頃から、いかに家族とどれだけつきあうかだろう。 おふくろや私の代までは、どれだけ子供であっても、雪かきを手伝うのは当然だった。 雪で怪我するのも経験だったのだ。 それが今では子供を甘やかして、大人の仕事にしちゃってるから、今回のような死亡事件が続出したとも言えるだろう。 私がこんなことを言うまでもなく、今回はほんとうにシャレにならない豪雪なので、ささらよりも幼い子供たちまで、雪かき用のスコップを手に、近所総出で雪かきをしている。 そうしなければ、ほんとうに死んでしまうからだ。 津南町の親戚のご冥福を祈りつつ、雪による精神的な絆の深まりを喜びつつ、私は合掌する。 今日はここまで。
| 2006年01月06日(金) |
暖房なしでこの冬を乗り切るのこと。 |
会社で同僚にいきなり土下座されたので、何事かと思ったら、「頼むから、犬神んちに暖房を入れてくれ!」とのことだった。 失礼な、一応、オレんちにも暖房あるわ。 石油ストーブがひとつだけだけどな。 しかし、彼らの言う暖房とは。 ホットカーペットに、こたつ、エアコン、ファンヒーター、それらが揃ってはじめて、「暖房」と言うらしい。 そう言えば、去年のクリスマス前に、うちに鍋焼きうどんを食いに来た会社の部下たちが、何でエアコンつけないんですかと文句言って、勝手にリモコンを作動させたことがある。 別に壊れているわけではないのだが、エアコンの中にコウモリが棲みついてしまって、作動させると、中から飛び出して、部屋中を飛び回ってうるさいから使わないだけなのだ。 で、鍋焼きうどん食ってる最中に、二匹のコウモリの襲撃を食らい、みんなでキャーキャー大騒ぎを展開し、私が二匹とも、人差し指と親指で首をひねってお陀仏にしてしまうまでは、あっちこっちと逃げ回っていた。 そこで、私はニヤッと笑って、「あったまっただろ?」。 とにかく。 戦後最大の寒波といわれる今冬。 石油ストーブひとつだけじゃあ、私だってしんどい。 金がないわけじゃないんだから、ここはひとつ、エアコンから何から買い換えたり、買い足したりしてもいいのだが、今ひとつその気になれないのは、私自身が生命の危機を感じるほど寒いと思っていないからだ。 新潟でさんざんヤバイ目にあってきているので、凍死しない程度であれば、大丈夫だとたかをくくっている。 第一、お寺では、子供の頃から暖房が最低限の設備しかなく、いつも足の指がもげてなくなってしまいそうな、凍てついた板の間、廊下を歩いてきたし、水垢離で、氷の張ったタライを割りながら、その水を頭からかぶったりしてきた。
心頭滅却すれば火もまた涼し。
祖父はこの言葉がほんとうに大好きで、夏は扇風機すら回さず、冬は火鉢すら出さなかった。何事も精神の鍛錬だってことで、私もさんざんしごかれてきたので、追い詰められなければ腰をあげないくらいに、図太く、鈍くなったわけである。 実際、これを打っている早朝の今、私はオリンピックで買ったトレーナー姿に裸足という格好で、ストーブはつけておらず、熱いお茶で暖をとっているという現状である。 寒くないのか?と問われたら、寒いと答える。 しかし、我慢出来る寒さかと問われたら、何とか我慢出来ると答えるだろう。 でも。 同僚や部下たちは、精神鍛錬の名目上、私と同じく我慢してもらうが、お客さんとなるとそうもいかないだろう。 実際、初対面のお客さんが来宅した時、ずっと外にいるのと同じ格好をしていたくらいなのだから。 しょうがない、お客さんが来た時だけ、こたつ出すか。 とにかく、二月が終わるまでの辛抱だ。 三月になれば春。 寒さを風物詩として楽しむだけ楽しんでやる。 今日はここまで。
| 2006年01月05日(木) |
読者の皆様にお願い�� |
ルイス・ブニュエル監督の「昇天峠」をお持ちの方がいらっしゃったら、是非ご連絡下さいませ。 こちらは、アレッホ・カルペンティエール原作の「バロック」の映画作品などを持ってますので、それらとコピーの交換をしましょう。 もしくは、そちらのご希望の金額にプラスαを乗せて買わせて頂きます。
・・・・・・
「昇天峠」! あの、主人公の口から伸びた、リンゴの皮が、主人公の母親につながっていくという強烈なイメージ! 是非もう一度観たい!
今日はここまで。
| 2006年01月04日(水) |
エロスバトンのこと。 |
エロスバトン
■エロイと思うセリフを5つあげて下さい
「観音様を拝む」 「プリプリした貝が食べたい」 「抜き差しならぬ」 「ここ、噛んで」 「こんなとこまで入ってる」
■エロイと思うシチュエーションを5つあげて下さい。
☆神社の境内に座っているセーラー服の少女。季節は真夏が最高。顔や首筋に汗の玉が光っていれば、なお最高。 ☆蚊帳の中で下着をつけたり、脱いだりしている女。見えそうで見えないというのがいい。 ☆体育館の舞台裏の通路の、真っ暗な空間で、クラスメートの女の子と内緒の逢引。お互い手触りで触りあう。 ☆夜這いで、布団の中で色々なことをされて、布団から突き出た女の顔、その表情が悶えまくって歪む。 ☆髪の毛を垂らして、こちらの顔をさらさらと撫で回す。髪の毛の匂いと感触が恍惚へといざなう。
■エロイと思う服装
まず、セーラー服。 雪国のセーラー服は、黒か紺のストッキングなので、幼少時の私は従姉がストッキングをはいたり、脱いだりするのを眺めて、萌えてました。 セーラー服こそが、私にとっての王道です。
■ぶっちゃけあなたはどれぐらいエロイですか?
普通は射精すれば終わりなんだけど、私には想像力があるから、精神的にも肉体的にも果てるということを知りません。それくらいエロいです。
■回す人
ハズイので回せねーよ。ニヤッ。
今日はここまで。
お寺から、年始回りで入谷、吉原、三ノ輪と回って、浄閑寺の辺りまで来て、祖父の愛人だった、老婦人と会った。 彼女は、遊郭で生まれ育って、昭和の遊郭たる赤線で客を取って暮らしていた、プロ中のプロである。 祖父が彼女を抱いた時は、祖父が五十いくつで、彼女は十いくつだったそうだ。 「あんたのおじいちゃんが初めてだったんだよ」と彼女。 「おや、そうなんですか」と私。 「あたしに“影太夫”と名づけてくれたのも、おじいちゃんさ」 「かげ・・・ですかい」 「そう、影のように男にぴったりくっついて、離れないからなんだって」 そうして、品よく、ほほほと口に手を当てて笑う彼女の、しわくちゃの顔の中に埋没した、瞳の眼光をじっと眺めていると、おんなの情念と艶っぽさはいまだ枯れずという印象を与えた。 「それで、なんでまた、久々にあたしに会いに来ておくれなのだえ?」 「いやあ、うちの子がね、美術面で花魁になりてえってんでね、その際は色々面倒見てもらえねえかと」 「へええ、ずいぶんまた奇特な子だこと。ようござんすよ、もちろん。あんたの頼みはなんでも聞きますよ」 「いや、どうもありがとうございます」 「おっと、その代わり、あたしの頼みごとも聞いておくれよ」 「ああ、いいですよ、なんですかい?」 彼女の瞳がキラリと光るのを見て、私はゾクゾクするような感じを覚えた。まさか、このばあさん、オレと姫始めをするつもりじゃないだろうな。 しかし、その懸念は杞憂に終わった。 「あたしの孫娘ね、高校を卒業したら、吉原で働くんだけど、何かいい源氏名考えておくれよ。そして、最初の客になっておくれ」 それで、また日をあらためて、孫娘さんと会うことになった。 帰る途中・・・ ほんとにあのばあさん、影だと思った。 それも、妖怪でいう影女である。 見かけはよぼよぼのしわくちゃなのに、影のように、いい女が漂ってやがる。 色々な意味でドキドキしてしまった。 でも、女がおんなというものを極めると、誰でも影のようになるのかもしれない。 それを祖父は見切って、影と名づけたのだろうか。
幽霊に 憑かれてこそや 男冥利
字余りだが、祖父は男女関係についてこんな句を残している。 私はなぜかニヤッと笑ってしまう。
・・・・・・
そして。 初夢は、お寺のいたる暗きところ、廊下の曲がり角や縁側の下、押入れ、天井裏、トイレ、風呂場などなど・・・ 黒光りしたところに、傘つきの裸電球のやわらかい光が投げかけられて出来る、淡い影のなかに・・・ 正体不明の、顔を髪で垂らし隠した裸の女が潜んでいるというものだった。 私は別に怖いとは思わなかったが、起きて、うとうとした夢うつつの状態で、布団のなかをもごもごとしていたら、布団の上をやわらかい女の肌がおおいかぶさってきた感触があったので、ほんとうに肝を潰してしまった。 すっかり目が覚めて、がばと飛び起きて、辺りを見回したが、何もいなかった。 今日はここまで。

俺は元旦か二日はいつもここに来る。 市川の近所の神社だ。 朝三時頃、誰もいないここへ、一人でやってきて、じっと佇み・・・ そして、お賽銭を投げて、手を合わせる。 今回もまた、いつものクセで、南無阿弥陀仏と口走ってしまった。 それから狛犬を丹念に撫でさすり・・・ 性器のついてる方を特に丁寧に撫で回す。 そうして、ひしゃくで、唇が凍るくらい冷たい水を飲み・・・ 境内に腰掛けて、提灯の輝きを眺めつつ、無心に浸る。
ここの、闇と、凍てついた空気と水、そして提灯の光と影が好きだ。
ここに来る度に、俺は何かを取り戻せるような、実にいい気分になれる。 どこかで、鶏が鳴いている。 夜明けも近い。 闇が去るとともに、俺も家に帰ろう。 今日はここまで。
| 2006年01月01日(日) |
Dig No Me Grave. |
Happy New Year! 一年の計は元旦にあり(書くのは二日だけど)ということで、俺の本当の気持ちをここに書こう。 俺は後三年で、今の仕事と、お寺、家族を捨て去って、もっと自由な身になる。 そのために、住職のケンタにミスラ君をつけたのだし、俺になついている檀家のじいさまばあさまたちを言いくるめているし、家族たちはもっと自立心を持てるように鍛え上げている。 俺はもう俺自身のためだけに生きたいのだ。 もう三十半ばも過ぎたし、残りの人生は好きなようにやらせてもらう。 自由になる俺の姿を思い浮かべる度に・・・ なぜか、フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」のシーンが浮かんでくる。 荒野を一人で歩く聖人の姿だ。 そこから、連想でつながって、ぼろぼろの僧衣を着て、晴天の下、人ごみの中を歩く俺自身。 俺にとって仏教とは宗教ではない。 そもそも宗教とは、本来、複雑になり過ぎた人間の心をまっさらにするものだ。 多くの人間を利用するものではなく、一個人が利用するものであるべきだ。 だから、俺にとっては「教え」ですらない。 墓も念仏もいらない、いるのは、俺自身だけだ。 生きようと、荒野、もしくは人ごみの中を一人ででも進む俺自身。 ケンタよ、じいさんがおめえに後を継がせたのは、俺もいい思いつきだったと思うぜ。つくづくな。 俺は生まれつき、せっかちな性分だから、歩くのははええんだ。 本山から、あのヘンなやつはどうしたって言ってきたら、頭がどうかして、どっかいっちまったって言っときな。 それで十分、納得するさ。 俺はいつでも俺の脚を厳しく動かしていたい。 じっとしてられねえんだ、ほんとうに。 俺は俺自身にも執着したくねえんだ。 常に、流れていきたい。
俺はもっと広い世界へ歩いていくのだ。
そのために、昨日、今日、明日と歩き続けている。 今日はここまで。
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