愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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2015年09月28日(月) |
ティラノしか知らなかった |
運動会の予行疲れたー。それはともかく、最近、もっちゃんが、恐竜好きです。クラスで仲良しの子の影響です。そんで、DVD付きの図鑑を買ったんです。私、アンパンマンでもトーマスでもそれなりに萌えを見付けられたし、ミスドでだってCP組めたんで、恐竜もいけるかなって思ってました。でも、全然いけなかった。そこに萌えはなかった。一ミリたりとも、やましい気持ちは起こらなかった。恐竜、迫力ありました…。まあ、迫力のある美人攻めとか、迫力のある男らしい受けとかは好きですが、何かもうそういうんじゃない。その手の妄想とか差し込めない。凄みがありすぎたわ。それでもなお、ステゴサウルス受けー、とか思える私でありたかった。いや、それはどうか…。
2015年09月27日(日) |
しんどいことはしたくない |
疲れたー。やっぱ週6は疲れるわ…。でも、やり切った感があるよ。来週末は、運動会なんです。もっちゃんが、「運動会の練習がしんどいから、幼稚園やめたい」と言ってます。さすが私の子。「まあがんばれー」と適当に励ましたら、「ママが運動会に出たらええんや!」と怒り出しました。その間、もっちゃんは何をする気か聞いてみたら、家でテレビを見ているそうです。すげー。応援もしてくれないんだ。そんなわけで、我が子は元気に育っております。 どうでもいいけど、明日の夕飯はカレーです。もっちゃんは、「カレーなんかいらん。お茶漬けにして」って言っとる。見た目は受けなんですが(丸々しとる)、発言は攻めなんですよね☆
若菜は、コンビニでバイトしつつ、教習所通い。真田は、家庭教師のバイトは週一くらいだけど、1月下旬からテストが始まる。お互いまあまあ忙しく、特に連絡も取らないまま、2月半ば。2/14は日曜日。真田から、「うちの母親がチョコレートケーキ作ったから持ってっていい?」と連絡があり、届けに来ることに。ちょっとくらい上がってくかと思ったが、渡しに行くだけだし車で行くし(来客用駐車スペースはない)、ってことで、マンションの下で受け渡し。 「おー、すげー」 チョコレートケーキがワンホール入った箱は、バレンタインらしくラッピングされてる。 「ありがとな」 「うん。あ、教習所はどう?」 「仮免取れたから路上出た。学科も、何とか大丈夫そう」 「そうなんだ、よかった。じゃあ、もう帰るから」 「あ、」 「何?」 「お前個人から俺個人へのチョコはないわけ」 「ケーキがあるからいらないだろ」 「それは、一馬のお母さんからじゃん。お前から俺にあるなら、貰うけど?」 両手で抱えてたケーキの箱を左手で持ち替え、右手を、頂戴するように差し出した。 「図々しい」 と、言いながら、真田は鞄から小さな包みを取り出し、若菜へ。市販のチョコです。 「はい、ありがとよ」 「何故あると思うのか…」 「実際あったろ。ていうか、俺が言わなきゃ渡さんつもりだったのか。そっちのが何故だよ」 「一応用意してみたものの、いらないかと思って」 「いるわい」 「何であるって思ったんだ?」 「ん? だって、お前、真面目じゃん」 「何その理由。そこは『だって、お前、俺のこと好きじゃん』とか」 「えー。さすがにそこまでは図太くない。そんなふうには思ってねーし。ともかく、お前は真面目だから、きっと別に用意してるって。なのに、渡さない方がいいかも、って迷ってるんじゃないかと思ってな。ほんと真面目なんだから。当たってるし」 「うるさい。真面目って何回も言うな」 「真面目以外の何ものでもないです。そういうところも好きです」 「ああそうですか。ホワイトデーが楽しみだな」 「せいぜい楽しみにしとくがいーわ。考えとけよ、まじで、何がいいか」 「冗談だよ。別に何もいらないし。じゃあ、ほんと帰るから」 「おー、じゃあな」 背を向けて、車に乗ろうとする真田に、 「ほんとに考えといてよ。別に何もいらんとか、傷付くわ」 割と真剣に声をかけると、 「勝手に傷付いとけ」 だってさ。 真田を見送ってから、エレベーターに乗ろうとするも、思い直して階段で上る。今更なんだよな、と若菜はしみじみ思う。悲しくなる、とか、傷付く、とか、何言ってんだか、って感じだよ。何のアピールだよ。気を引きたいのか? 俺が悪かったすまん、で終了でいいじゃないか。ずっと謝りたかった。そして謝った。だからそれでいい。もう好きじゃないのかとか、そういうとこも好きとか、冗談でも言うべきじゃないのに、本気だし。 『別に何もいらない』 (…そうか。まあ、うん、そうだよな) 自分から真田にあげられるものなんて、きっともう何もないのだ。と、ネガティブに考えてみたり。責任取る、なんてさ。そんなの、どうやって。取るのは、責任じゃなくて、免許だろうが、とりあえず。 「あ、」 そういや、ハンカチ返し忘れた。
2015年09月22日(火) |
まあまあ活動的だよー |
シルバーウィーク…? 私、水曜以外はバイトなんです…。今週、週6ですよ。こないだは、6連勤があったりで、まあまあバイトしとる。私の意思です! ほんとに? 分からない…。私には、私の意思が分からないんです。さてさて、すっかり秋ですが、夏にやりそびれたことを、寒くなる前にやっておきたいという気持ちになったりします。それは、流しそうめんです。去年の夏、流しそうめん屋さんに行き、意外と楽しかったので、今年も行ってきました。うん。意外と楽しい(同じ感想)。来年も行きたいです。あと、そういや、今月の初めに、旅行に行ってきたんですよ。名古屋と福井です。二泊三日で、名古屋市科学館、リニア鉄道館、東山動植物園、恐竜博物館に行きました。楽しかったですよ。もう既に記憶がおぼろげですが。記憶のおぼろげ化が早い。これは加齢のせいではありません。昔からそうなんです。東尋坊にも行ってきました。迫力ですね。観光地で人がいっぱいでしたが、人気がなかったら怖そうだな。その怖い感じを味わってみたいような。 なんか、割と毎日やることがあって、バイトだけで忙しいなら、精神的に滅入りそうなんですが、他にも色々あったりで、心があっちこっちなんで、疲れはしても滅入ったりはしないです。小人閑居して不全をなすので、私は今くらいのスケジュール感でやってくのがいいのだろうと思います。私、暇だったらほんとだらけちゃうんで。どうでもいいこと考えて落ち込むし。まあ、それが、私の特徴というか、ある意味では良さでもあるので(そうか?)、それはそれでいいんですが。 若真ネタは、終わりそうにない予感がしていたけど、そのうち終われそうです。改めて、あー若菜くんが好きー、という思いでいます。ハマったばかりの頃は、Sっぽい若菜に萌えを感じてたんですが、すぐに、いい奴な若菜萌えに転向しました。でも、Sっぽいのも好きですよ。CP(若真)的には、若菜がSっぽい方が面白みがある気がするし。
帰りの車の中での会話。 「みやもとりゅうじ」 「誰それ? さっきの同級生が言ってたテニス部の?」 「違う。でも、その宮本で思い出したんだけど、幼稚園のとき、同じクラスだった宮本りゅうじだよ。覚えてないか、りゅーじ。って俺も忘れてたんだけど。なんか急に思い出した。お前によくちょっかい出してたじゃん」 真田は、年中のときに転園してきたんだけど、同じクラスに、真田のことをからかう男子がいた。服が女の子みたいとか、女の子と折り紙ばかりしてるとか、いちいち言ってきてた。それが、宮本りゅうじ。真田は、母親の趣味で、いかにも男子って感じの服装ではなく、お上品な装いでした。あと、外で皆で追いかけっことかして遊ぶより、教室の中で工作する方が好きだった。ある日、りゅーじが、折り紙してた真田の腕を引っ張り、「そとにいこう」って、遊びに誘う。そしたら、真田は、手を振り払って、「おりがみしてるから」と断った。りゅーじはカッとなって、真田が折ってた折り紙を取り上げて、ぐちゃぐちゃにして投げ捨てる。周りにいた女子は、「りゅーじくん、わるい!」とかって、大騒ぎ。誰かが、園庭にいる先生を呼びに行った。そのとき、若菜がちょうどトイレから戻ってきて、事態を知り、折り紙を拾って、「もとにもどせ!」と、りゅーじに詰め寄る。「うるさい!」と、りゅーじは若菜を押し、そこから、掴み合いのケンカに。りゅーじは日頃から真田にちょっかい出してたので、その度に若菜は腹が立ってた。 「かずまは、かっこいいおとこだ! ふくもかっこいいし、おりがみめいじんでひらがなめいじんだ!」 若菜の手が、りゅーじの顔に当たり、りゅーじは少し出血してしまう。わざとではないが、爪で傷付けてしまった。そしたら、りゅーじは、わーっと泣いて。嘘泣き違うよ。そんなに痛くはなかったが、自分から血が出てるのを知って怖くなった。若菜は、りゅーじを怪我させたことで、動揺。そこで、やっと先生が来た。りゅーじは、痛いよーって、先生に抱き付く。先生は、全然大した傷じゃなかったことに安心し、宥めながらまずは手当て。その後、落ち着くのを少し待って、何があったの? って話になるんだけど、りゅーじが怪我しちゃって、しかもへこんでるので、先生は、若菜を問い詰める感じになってしまう。先生的には、若菜を責めてるつもりはなく、何があったか知りたいだけなんだけど、若菜は自分だけが責められてる感じがした。若菜は先生が大好きだったので、悲しかった。そのとき、真田が、 「せんせい、ゆうとをおこらないで!」 真田の大きな声を初めて聞いた先生は、驚いて、咄嗟には言葉を返せない。 「ゆうとは、ぼくをたすけようとした。さきにおしたのはりゅうじくんだし、けがをさせたのはわざとじゃない。わるいのは、りゅうじくんとぼくだ。りゅうじくんは、いじわるしてきたし、ぼくは、ちゃんとたたかえなかったから。ゆうとはかんけいないのに、どうして? せんせい、わかる? わからないなら、せんせい、きらい!」 悲鳴のような訴えだった。いつもは大人しい真田の激昂に、先生だけでなく、若菜も、クラスのみんなが呆然とした。
「ああ、言われてみれば、そんなことがあったような気も」 「りゅーじは、お前のことが好きだったのかもな」 「どうでもいい」 「お前ほんと可愛かったもんな。りゅーじでなくても好きになるわ。女子よか可愛かっただろ。それがまあたくましく成長してさ。面影もないじゃん」 「どこかで入れ替わってたりしてな。それで、ある日、真田一馬を名乗る美女が現れて、『私が本当の真田一馬です』って、結人に迫るとか」 「何それ怖い。お前はどーなんの」 「『偽物は消します』って、そいつに命を狙われる」 「あらら。そりゃ大変。とりあえず、俺は、できるだけ守るよ、偽物疑惑をかけられた一馬のことを。入れ替わったりなんかしてないんだよ、絶対に。お前は、ある日突然可愛くなくなったわけじゃない。月日の流れと共に徐々に可愛くなくなっていったんだ。だから、偽物なのは、その美女だ」 「……あ、夕焼け、綺麗」 「おい、変なネタ振っといて、真面目な返しをスルーか。まあ、夕焼けは綺麗だけどな。海で見たらもっと綺麗だったと思うけど」 「それはまた今度」 「うん」 それからしばらくは無言で。若菜は窓から夕日を見ていた。 「なあ、結人。俺は、お前が、今更、あんなふうに謝ったり、責任感じたりする理由が分からない」 「え」 (だって、中二のとき、考えとくって言ったのに放置してたし、その後、高校で、何事も無かったかのように振る舞って、流れでみーこと付き合うことになったし、別れたことも言わなかったし) 「何も悪いことなんかしてないのに。ドライなふりして、色々気にしてるんだな。そんなんじゃ、身動き取れなくなるぞ。俺はお前が心配だ。変な女に騙されたりしそう」 「余計なお世話。色々は気にしてねーわ。お前のことを気にしてるんじゃ」 「海で俺が言ったことなんか、独り言みたいなもんだから、受け流せよ。今更、気にしたって、」 「あーもー、今更今更言うなや。悲しくなる!」 「だって、今更だろ」 「もう好きじゃないのかよ」 「事故るぞ」 「は!?」 「今ちょっと動揺した」 「つーか、スピード出し過ぎでは?」 「大丈夫。そういや、来週から教習所だっけ? 頑張って。学科が心配」 「大丈夫。俺はやればできるんだよ」
「…これは、どこに向かって行ってるんだ。あ、バス停?」 真田への問いかけだったが、独り言のように声が小さくなる。 「一旦、家に帰る。そして車を出す。海を見に行きたくなった」 急に海を見たくなった、とか、そんな、映画的な、ドラマ的な。 「はー、海か。寒そー」 「どうする?」 「ん? どうするとは?」 「一緒に行くのかやめとくのか」 「行くよ」 どこへでも。 「じゃあ、車取ってくるから、どっか本屋とか、そのへんで時間潰してて」 「はーい」 ちょうど近くに本屋があったので、そこに入って待つことにする。何気なく目にしたタウン誌の表紙には、「寒くても平気! 冬のデート!」とあった。パラパラめくると、イルミネーションやらスノボやら温泉やら。ふーん。意外なことに、海も候補に挙がっていた。誰もいない浜辺。容赦なく冷たい海風。彼のコートにくるまれて。沈む夕日を静かに見つめる。 (やってろやってろ。まあ、寒い海で酔いしれていよーが、家でごろごろいちゃいちゃしてよーが、幸せな人々は幸せ、って、ただそれだけのことなんだよな) 適当に立ち読みしてるうちに、真田が車で迎えに来たので、乗り込んで海へ。どこの海? そんなの、決まってる。中二の夏に行った海だ。このへんで気軽に行ける海っていったら、そこしかないし。あれ以来、真田と一緒に行ったことはないが、海には何度か行った。でも、海の記憶は、中二の夏休みのだけが鮮明だ。 「なあ、一馬、さっきのことなんだけど」 車内では、しばらく二人とも無言だった。普段なら気にならない沈黙も、今は違う。 「望月さんとのこと?」 「そう。11月、いや10月だったかな。別れたっていうか、ふられたっていうか。言おうと思ってたんだけど、なんか、つい、言いそびれて。すまん。今回、このような形で知られることとなり、まことに遺憾です」 「知ってた」 「えっ。あー、母さんから聞いたんだな」 若菜の母親と真田の母親は仲がいいから、若菜母が真田母に言い、そこから真田に伝わったと。 「そうだよ」 「いつ?」 「10月」 「はやっ。何だよもー、そんな早くから知ってたんなら、ちょっとは突っ込めよー」 「人がせっかく気を遣って、そっとしといてやったっていうのに」 「はー、情な。へこむわ。そっとしとくって、俺は腫れ物かよ」 「腫れ物」 真田がちょっと笑った。笑うとこか? 何で別れたのかとか、聞かないんだ。 「着いた」 夏は混み合って、警備員が誘導していた駐車場は、当然だが、ガラガラで閑散としていた。かなりの寒さを覚悟して車から降り、砂浜に向かう。思ったより寒くなくて拍子抜けした。風があまり吹いてないせいか。潮はかなり引いていて、遠くに見える海には波は立たず、海面は凪いでいた。それでもやはり、冬の海は荒涼としている。人気がなく、ただ足元に砂浜が広がっている。 (海が遠い。遠いな) 引ききれば、寄ってくる。今は遠くても、また近くなる。そして、再び、遠ざかる。茫漠と広がる砂浜。そこに愛の言葉を書き記したとしても、そのうち波にかき消される。一旦波にさらわれてしまえば、以前本当にそこにあったのかどうかがあやふやになる。確かにあったはずなのに。確かに? 確かなものなんて、あるのだろうか。あってほしい、という思いだけが、この胸の中にある。それすらも、確かではなく。右手には、岩場が見える。昔、そこは、探検の場で、子供にとっては魅力的だった。中二の夏以来、その場所は、思い出したくないような、でも大切な、苦くも甘いイメージとなった。岩場は、夏と冬では趣きが違い過ぎる。今見ると、絶望した人の死に場所のようだ。殺伐としている。真田は、海でも岩場でもなく、砂浜を見ていた。 「後悔なんかしても、意味がない」 視線はそのままで、真田が言葉を発した。砂浜に着いてから、二人の間にほとんど会話はなかった。真田の声は、低く小さかったが、静かな砂浜に、こだまするようだった。言葉の意味を計りかね、若菜は何とも返せない。 「言わなければよかった、って、何度も思った」 それは、中二の夏のことだろう。 「でも、言わなかったからって、何なんだ。その後、避けられることはなかっただろうけど、根本的には変わらない。言っても、言わなくても、結局は同じなんだ。どっにちしろ報われない。だから、言わなきゃよかった、なんて思っても意味がない。でも、こんなふうに思うのは、結人が、高校に入ってから、普通に接してきたからだよ。もし、避けられ続けてたら、言わなきゃよかった、って、もっとすごく後悔するだろうし、後悔しても意味ないって分かってても言い切れないと思う。つまり、これで、よかったってことなんだ。結果的には。これで、いいんだ」 真田は、やっと若菜を振り返った。 「もう、帰るか」 「泣くなよ」 真田は、泣いてなどいなかったが、若菜には、泣いてるように思えたのだ。だからって、もっと他に言いようがあるだろって感じだが。 「泣くかよ。中二で告ったら避けられて、高二で望月さんと付き合うって報告されて。もう、そのとき、部屋で一人、声を殺して泣いて終わったんだよ。心がズタズタなんだ。今更、お前の前で泣いたところで」 「…ズタズタて…」 「でも、ズタズタなのは、結人のせいじゃない。お前には関係ない。俺が、勝手に、一方的に、闇雲に、自分の意志でもって、ズタズタになってるだけなんだ。だから、そんなことで泣くのは違うし、泣くにしたって、家に帰ってから一人で、って、おい! なんでお前が泣くんだ…」 若菜の目から、知らず知らず、涙がボロボロ零れていた。鼻水まで出てくる。 「あー、いかん、止まらんなった。ハンカチかせ」 呆れた様子で差し出されたハンカチを奪うように取って、涙を拭って、鼻水も拭き取る。 「はい、どーも」 平然と返そうとすると、 「汚い。洗って返せ」 「へーへー」 「全く、お前って奴は」 呆れてる。でも、仕方ないなー、って感じでいるのが伝わってくる。許されている。受け入れられている。誰が、家族以外の他に誰が、掛け値なしに、自分を許し、受け入れてくれるというんだ。 (全くお前って奴は、だと。そんなん、そのままそっちに返すわ) 「一馬、」 一歩踏み出して、真田の両腕を掴んだ。真田の目が、驚きで見開かれる。抱き締めるのか? あわよくばキスも? 口付けて、抱き締めて、「ほんとはずっとお前のことが好きだった」とかなんとか? まさか。若菜は、急に足から力が抜けて立っていられなくなったように、そのままずるずると崩れ落ち、砂浜に跪いた。真田の腕を掴んでいた手も滑り落ち、砂に手を付く。 「俺が悪かった。すんませんでした…」 「ええっ、土下座!? ちょっと、結人、やめろって」 真田は慌ててしゃがみ込み、若菜の肩を掴む。土下座するつもりはなかったんだけど、なんかそういう感じになっちゃった。 「顔上げろよ」 真田に言われて、素直に顔を上げ、手に付いた砂を払った。立ち上がる気にはなれず、砂浜に座り直した。まだ一度しか着ていない新しいスーツが砂だらけだ。 「取るよ、責任」 「責任?」 「ズタズタの責任だよ。俺のせいじゃん。なんやかんや言ったってさ、俺のせいだろ」 真田は無言で若菜の目をしばらく見つめ、すっと逸らし、 「そんなのいい。責任なんて感じる必要ない。これからも友達でいてくれるならそれでいい」 言うだけ言って、立ち上がった。 「帰ろう、結人」 真田が手を差し出した。大きな掌だった。 (夕焼けを見てないのに帰るのかよ。海に沈む夕日を見たかったのに) 「一人で立てれるわ」 言いながらも、真田の手を取る。 (あったかい…。なんかまた泣けてきそうなんだけど…)
成人式当日。映画館で待ち合わせ。真田は、成人式に行くと言って出てきてるから、スーツ着てる。若菜は、嘘をつく必要性を感じてないんだけど、真田が嘘を言うのに自分は本当のことを言う、というのがなんとなく引っかかり、成人式に出ると言ってきたので、スーツ姿だ。 「あれ、結人、スーツ?」 「かっこよかろう」 「意外と似合ってる」 「意外と言うなや。お前は、イラッとするほど普通に着こなしてんな」 「イラッとって」 真田の希望でホラー映画を観ることに。真田、怖いの結構好きなんだよ。若菜は苦手なんだけど、まあ大丈夫だろって感じでいる。そんなに怖くないかもー、と思いながら見てたら、終盤、畳み掛けるように恐ろしいシーンの連続で、冷や汗をかく。 (ちょ、ちょっと、これ…) 隣を見やると、真田は、真剣な表情でスクリーンに見入っている。 (こんなのよく凝視できるな。あー、いかん。無理。目を閉じて、心を閉ざそう…) そしてやっと上映が終わる。若菜にとっては長くきつい時間だった。 「お前、終わりの方、寝てただろ。どんでん返しだったんだぞ。そうくるかっていう。いい意味じゃなく悪い意味で。あんな引っ張り方しといてそれがオチなのか? そんな伏線なかったぞ? って、このモヤモヤを共有したかったのに」 「一馬よ、俺は寝てたのではない。なんとか恐怖をやり過ごそうと、瞑想していたのだ」 「はあ?」 「いやもうほんとに。やばかったわ」 「怖いのダメだっけ? というか、そんな怖かったか?」 「お化け出てきたじゃん。昔から苦手なんだよな。幼稚園の頃、夏祭りで、商店街のお化け屋敷に入ったんだけど、それがほんと怖かったんだよ。商店街の店の人らがお化け役やってたんだけど、追いかけられて、めっちゃ怖かった記憶ある。小さい子供相手だし、手加減して驚かしてたんだろうけど、殺されると思ったんだよ、まじで。そして、俺は心に決めたんだ。もう二度とお化け屋敷には入らないと」 「へえ…」 「ちなみに、お前もお化け屋敷入ったんだよ。で、全然怖がってなかった。『あ、あのおばけ、さかなやのおじさんだ』とか言ってた」 「覚えてない」 「怖くなかったから覚えてないんだよ」 「違う映画にすればよかったな。怖いの嫌ならそう言ってくれたらよかったのに」 「こんな怖いと思ってなかった」 その後、どこで昼ご飯食べようか、となる。真田が、美味しいとこ知ってる、って、大学の近くの定食屋へ。昔からやっているのだろうと思われる店構え。年季の入った看板の文字は擦り切れている。間口が狭かったので、中も狭いのを想像していたら、意外なくらい奥行きがあり、思ったより多くの客が入れる。席は八割方埋まっていた。カウンターに並んで座る。どこか昭和の雰囲気が漂っていたが、清潔感があり、落ち着く。 「何でも美味しいけど、煮込みハンバーグが美味しいって評判」 と言った真田は、肉野菜炒め定食に決めた。煮込みハンバーグ定食は、こないだ食べたらしい。おすすめ通り、煮込みハンバーグにする。 「うまー。あったまるし」 素朴で、家庭的な味だ。昔どこかで食べたような、今度家で作ってみようと思うような、舌にも心にもじんわり染みる感じ。 「そうだろ」 「ここ、よく来るのか」 「よく、ってわけじゃない。たまにな」 こういう店で、隣り合って、美味しいものを食べてる。なんだか幸せで、でも、少し寂しい? もし、ちゃんと勉強して成績が良かったとしたら、同じ大学の同級生として並んでランチする、なんてことがありえたのだろうか。今までそんなこと考えたことなかったけど。 (いやー、ありえねーな。 今度の夕飯、煮込みハンバーグにしよ) 「一馬の好きな食べ物って何なの?」 「ん?」 「昔、たまごサンド好きって言ってた気がするけど」 「それは今も普通に好きだけど」 「夜ご飯のメニュー的なもんでは何が好き?」 「俺、好き嫌いないから何でも食べるけど」 「ふーん」 いつか真田に自分の作ったものを食べてもらう機会があるだろうか、と考えてみる。別に得意じゃないし、趣味でもないし、真田母は料理が上手だし、口に合うかどうかなんて分からないけど、いつかそういう機会があってもいいかと。 「あ、刺し身とか」 「刺し身…」 「寿司とか」 「寿司…。握ったことないわ」 「俺だってないよ」 「それはともかく、この後どうする?」 「もう一本観たい映画があるんだけど。この近くに、映画館があるんだ」 さっきのホラー映画は、シネコンで観たんです。今、真田が言ってる映画館は、ミニシアター。 「怖いやつはもういい。具合が悪くなる」 「怖くないやつ」 「どんなんよ」 「恋愛もの?」 恋愛ものだと? 男二人でか。と、突っ込んでもいいところだが、それもできずに。 「いいよ。怖くないなら」 それで、ミニシアターで映画を観る。恋愛ものといっても、ベタベタな感じではなく、すごく淡々としている。男と女が出会って、惹かれ合うが、どちらもアクションを起こさず、それぞれが普段通り生活する。たまに相手のことを思い出す。でも、会いに行ったり連絡したりするわけでもなく。 (進展しねーな…) 眠くなってきた。真田の様子を窺うと、やはり真剣な眼差しで画面を見ていた。 (あー、いかん、心の底から眠い…) しばらく眠気と戦ってみるも、すぐに負けて、寝てしまう。いつのまにか上映終了。 「中盤から寝てたな」 「すまん。退屈だった」 「まあ確かに」 「それで、結局どうなったんだ? あの二人はくっついたのか?」 「いいや」 「後半、どういう流れになったんだ?」 「どういう流れにもなってない」 「何それ。ずっと最初の方と同じ感じなのか」 「そう。何も起こらず。そのまま静かに終わった」 「それは面白いのか?」 「分からない」 そのへんのコーヒーショップで一休みしてから、真田が靴を見たいっていうから、靴屋行ったり、ついでに服見たり。そしたら、 「お、若菜! 久しぶりー。お前も同窓会帰りか?」 高校の同級生に遭遇。二年のときに同じクラスだった男子だ。連れが二人いたが、そっちは知らなかった。真田は、誰? と問うように若菜を見る。真田とその同級生は、お互い面識なくて知らない。同級生は、真田のことも自分の連れのことも気にせず、若菜に近寄って雑談する気満々ぽい。若菜は、その男子と全然親しくなかったので、名前がすぐには出てこない。真田に、高校んとき同じクラスだった、と答えてから、 「おお、久しぶり」 と、返す。まだ名前が出てくる気配はない。 「お前、望月と別れたんだってな」 いきなりそれか。この同級生は、みーこと同じ成人式会場だったので、そこで、若菜とみーこの破局を知ったのだろう。 「あー、うん、そう。そうです」 (あーあ、言っちゃった。一馬、聞いてるよな。びっくりしてるかな) 「望月、早速、宮本といい感じになってたぜー」 「誰よ、宮本って」 それ以前に、目の前の男子の名前が思い出せないのだが。 「ほら、テニス部で、背が高くてさ、」 「あー、はいはい」 全然思い出せないけど、適当に調子を合わす。 「女って切り替えはえーよな。あ、そういやさー、」 もうどうでもいいから早く会話を切り上げたい。若菜が話を納めるタイミングを見計らっていると、 「結人、時間が」 真田が、毅然とした口調で話の腰を折った。 「あー、そうだった。この後ちょっと用事あって。というわけで、またな!」 まだ何か話そうとしてる同級生に言い残して、足早に立ち去る。その間にも、真田は大股でどんどん先に歩いていく。追いかけるようについて行き、 「一馬、」 呼んだら、真田は歩くペースを落とした。若菜は横に並んで歩く。 「…さっきは、どーも」 「あれ、友達?」 あれ呼ばわりかよ。 「うーん、名前が思い出せん」 「不躾な奴だった」 淡々と真田が言った。 (あ、怒ってる…。そりゃそうだ。でも、みーことのこと、聞かないんだな)
そういや、夏休み明けに久しぶりに会ったママ友に、「バイト辞めれた?」って聞かれました。辞めようと思えばいつでも辞めれるんですよ。でも、自分の意志で続けています。わ、私は、働きたいから働いているんだ。や、辞めるって言えないから働き続けるはめになってるわけではないんだ。週二〜三だったはずが、最近は四〜五になってきつつある。それも私の意志なんです! こないだ、ここ一年半くらい連絡取り合ってなかった高校時代からの友達と久しぶりに電話で話して、去年からコンビニでバイトしてるって伝えたら、「あんた、コンビニ好っきゃな〜」って笑われた。ええっ…。全然好きじゃないです。むしろ嫌いなんですが。好きではない、と否定したところ、「だって、大学のときもやってたやん」と返された。好きでやってるわけじゃない。好きじゃないんだから! でも、続ける…。ツンデレ…?
年末に姉は引っ越し。近いからいつでも来れるので、いかにもいなくなった、という感じではないけど、ほんとに結婚したんだなー、と改めて思う。母は、つわりがきついようで、すっかり食欲がなくなった。夕飯は、若菜が作ることが多くなった。ところで、居酒屋のバイトはどうなったかというと、案の定、店長にしつこく引き止められたが、きっぱり断ると、もうそれ以上は何も言われなくなった。無理なシフトを組まれたり、変に避けられたりするかと思ったが、それもなかったので、若菜は一安心。バイト仲間は、残念がったり、あとに続きたがったりしていたが、まあ仕方ないよねー、というムードだ。元々、結構入れ替わりがある店なので。それはコンビニもだけど。 『居酒屋のバイト、辞めるんだって?』 ある日、牧から連絡がきた。牧は以前、若菜と同じ居酒屋でバイトしてたんだ。短期間だけど。バイト仲間だった一人と今でも連絡を取り合ってて、その人から聞いたらしい。 『辞めたら、こっちの店に来ない?』 真田と行ったことがある、個室のあるオシャレカフェだ。 「人手足りてないのか?」 『俺、辞めようと思って。それで、俺の後に若菜が入ってくれたらいいなーと思って』 「せっかくだけど遠慮しとくわ。わりーな。ていうか、お前また辞めんの」 『そう。飽きっぽくて。次は何しようかな』 「頭いいんだから、家庭教師は。一馬やってるぞ。時給いいだろ」 『家庭教師なんて。一対一でしょ。嫌だね。俺は、人間が嫌いなんだよ』 「人間嫌いなのに接客業かよ」 『一対一じゃないから。適当に愛想笑いしとけばいいだけなのはいける』 「人間が嫌い、か」 『嫌いだねー。自分も含めて』 言いながら、牧が笑った。 (俺は、嫌いじゃない)
大晦日。朝から夕方までコンビニでバイト。客は少なく、普段ならゆったり働けるところだが、地味に大掃除期間中。何日か前から、いつもは掃除しないような場所を、ぼちぼちと綺麗にしていってる。なので、それなりに忙しい。夕方、バイトが上がって帰ろうとすると、 「おつかれさま」 真田が来た。 「おー、どうした」 「いや、ちょっと、いるかな、と思って見に来ただけ」 「いるいる。土日祝とかお盆とか年末年始とか、そういうときは基本いる」 「居酒屋は休み?」 「店自体がな。大晦日と元旦は休み」 「そうか」 「お前、暇なの?」 「暇ではない」 「ちょっと散歩でもする?」 「する」 寒いけど、二人並んでそのへんを歩きます。 「うちの母さんから聞いたけど、結人のお母さん、赤ちゃんできたんだって?」 「そうそう」 「20歳下か。すごいな」 「21歳下になるな。予定日がさ、8月25日なんだよ。お前の誕生日と近い。同じ日に産まれるかもな」 「20日に産まれたらしし座だけど、25日に産まれたらおとめ座だ。どうでもいいけど」 「うん、どっちでもいーわ。それにしても年離れてんなー。連れて歩いてたら父親だと思われる」 「いいや、甥っ子か姪っ子に見えるんじゃないか。結人が父親って。見えない見えない。ないない」 「お前、もしかして馬鹿にしてるな?」 「してない。でも、見えないんだから仕方ない」 「なんか、圭人が産まれるときのこと思い出したわ。圭人って名前、俺と姉ちゃんが考えたんだ」 「うん。圭人から聞いたことある」 「母さんの妊娠が分かったとき、姉ちゃんは妹がほしいから女の子がいいって言って、俺は、弟がほしいから男がいいってな、女の子だー男の子だーって、ケンカになっちゃって。そしたら、母さんに怒られて、結局、妹でも弟でもどっちでも嬉しいよね、ってなったんだけど。それで、姉ちゃんと、男でも女でもどっちでもいけるいい名前を考えようって、勝手に盛り上がって。その夜、金曜ロードショーで、タイタニックをやってたんだけど、ヒロイン役がケイト・ウィンスレットなんだよな。けいと、って名前いいね、ってなったんだ。男の名前だと思ってたけど、女でもいけるんだって。そしたら、それが、採用されたというわけ」 「へえ、そういう経緯があったんだ」 「うん」 「いいな、きょうだいって。俺は一人っ子で寂しいなんて思ったことないけど、そういう話を聞くと、いいなって思う」 「そう」 (お前には俺がいるよ。兄弟みたいなもんだろ) なんて。ちょっと思っても、本気では言えないし、冗談でも言えない。 「そういや、居酒屋のバイト辞めることにした。来月辞める」 「何かあったのか?」 「まー、色々。いや、色々あるといえばあるけど、別に色々はないかも。まあとにかく、もういいや、って感じになったんで辞めますわ」 「ふーん…。まあ、とにかく、おつかれさま…」 「そんで、時間空くし、教習所通うことにした」 「あ、そうなんだ」 「そう」 「…じゃあ、いつか乗せてくれる?」 「当たり前だろ。どこへでも連れてってやる」 どこに行けばいいのか分からないとか言っちゃって、どこにも行けないとか沈んでたくせに。どこへでも連れてくだと。 そんなことを話しているうちに、その辺りを一周して、コンビニに戻って来た。結構歩いたな。 「あ、そうだ、結人。成人式、行く?」 「あー、行かないなー。多分、バイトだし」 「行かないのか? ほんとに?」 「うん、行かない。どうすんの、行って」 「どうすんのって。じゃあ、俺もやめとこ」 「じゃあって何だよ。お前は行っとけよ」 「いい。もう決めた。行かないと決めた」 「いやいや、俺が行かないから行かないとか。俺、一馬の母さんに恨まれないだろか…」 「大丈夫。親には行かないとは言わない。成人式出るって行って外出するから」 「それ、多分後でバレるぞ」 「その時はその時」 「俺は多分バイトだけど、お前は、式の間、どこにいる気?」 「映画でも観ようかな」 「一人で?」 「悪いか?」 成人式は再来週の月曜日(祝日)。まだコンビニのシフトは出てないが、何も言わなければ、祝日なので多分入れられる。居酒屋の方は、もうシフトが出ていて、そっちには入ってなかった。若菜は、コンビニの前で真田と別れてから、店の中に戻り、休みの希望を書いて出しておいた。これで成人の日は休みを取れるはずだ。 (一馬、ほんとに行かないのかよ、成人式。何でだよ。行けばいいのに) 自分のことを棚に上げて。ちなみに、星野は仕事の都合で式には出れないらしい。みーこは、地区が違うから、会場が別なので、出席したとしても会うことはない。 成人式の前夜、若菜は真田に電話する。 「もしもーし、こんばんはー」 『何』 「明日の成人式、どうすんの? 俺は行かないよ」 『俺も行かない』 「あーそう。俺、明日、バイトじゃなくなった。久しぶりに映画でも観ようかな」 電話の向こうで、真田が息を呑むのが分かった。 「よかったら、一緒に観よーぜ。一馬が観たいやつでいいから」 『…うん』
25日。クリスマスです。コンビニでバイトの後、居酒屋へ。この日はキッチン担当。忘年会シーズンなんで大忙し。ホールにいたバイトが、慌てた様子で事務所に入っていく。酔ったお客さんに、接客態度が悪い、愛想が無い、って文句言われて、すみません、と謝ったものの、「何だ、その謝り方は! 悪いと思ってないだろ! 店長呼んで来い!」ってなっちゃって、どう対処したらいいか分からず、言われた通り店長を呼びに行った。この店の店長は、このくらいのことでは出てこない。そんなことで呼びに来るな、って怒られる。イライラした様子で店長が出てきたかと思うと、すぐキッチンに入ってきて、 「若菜、ちょっとトラブル。一緒に行って解決してきて。得意だよな、こういうの」 だと。言っとくけど、キッチンだって地獄の忙しさだ。キッチンのバイトの一人が、 「抜けられたら困ります」 非難する口調で店長に言うが、 「ちょっとの間だし、俺がいるから大丈夫」 と、気にもかけない。ていうかお前が行けや! と誰もが突っ込みたいが、実際に面と向かって言える者はいない。 (なーにが、得意だよな、だ。ふざけんなよ) と思いつつ、もうこれ以上時間を無駄にできないので、言いに来たバイトと一緒にホールへ。客は、待たされた挙句に、店長ではなく若いバイトが出てきたことで益々怒ったが、ひたすら謝り倒して何とか気を静めてもらう。ここで難癖つけて仕事のストレス発散してんじゃないかというくらいネチネチ言ってくる客に対して、「いい加減にしろ!」と怒鳴ってやったら、すっとするだろう。その後、揉めるし、店長にも怒られるに決まってるが、それで辞めることになったら、もっとすっきりだ。せいせいする。でも、面倒だったけど、とりあえず解決した。キッチンに戻ると、「お、早く済んでよかったな」と店長が気軽に言い、若菜の肩を叩いて、事務所に戻って行った。 (よかったのか? そりゃよかっただろう。でも、) 「大丈夫か?」 先ほど店長に意見したキッチンのバイトが、小声で若菜に声をかけた。はい、と小さく答える。 バイトが終わった後、事務所に寄って、 「おつかれさまです。突然ですが、来月の15日で辞めます」 と、店長に言った。15日が給料の締め日なんだ。店長は、驚きで、すぐには反応できないようだった。その後、想像通りの押し問答があり、最初は冗談で流そうとしていた店長だが、徐々に問い詰める口調になり、説教したり、怒ったりして、それでも効果がないことが分かると、最終的には懇願の調子になった。 「あ、俺、今から予定があるんで。とにかく、辞めますから。すみません。それでは、失礼します」 と、一方的に言って、店を出る。 (遅くなったな。次のシフトのとき言えばよかったか) はー、と吐いた息が、白く染まる。風のない、冬の冷たい夜。空を見上げると、月も星も綺麗だった。せいせいするかと思ったが、そうでもなかった。かといって、後悔なんて微塵もないが。若菜に辞められたら本当に困る、と店長は言った。そりゃ、今日で辞めるというなら、しばらくは困るだろう。でも、そうだったとしても、しばらくを凌げば何とかなる。誰が辞めたって、何とでもなる。店は回る。 (早く次のバイト見つけにゃ。コンビニのシフト入れられちゃう) 「ただいまー」 若菜が帰ると、「遅い!」や「おつかれさまー」の声が飛んできた。父と姉は酔っていて、母は普段通りの様子で、弟は眠そうだった。 「ごめん、バイト長引いた」 コートを掛け、手を洗って、席につく。改めて、乾杯した。夕方に軽く食べただけだが、ちっともお腹が空いてない。取り分けてくれてた料理を、少し口にしただけで、もうこれ以上は入らないと感じる。乾杯してから一口飲んだスパークリングワインは、思ったより美味しかったが、続けて飲む気にはなれない。コーラやサイダーの方がよっぽど美味しい。 もう時間が時間だし、ぐだぐだになってる。若菜が弟を見遣ると、母が気付いて口を開いた。 「じゃ、そろそろ、お開きにしますか。それでは、ここで、家族から真奈美にプレゼントを。圭人、代表して渡して」 「うん!」 うとうとしていた弟は、はっとなって立ち上がる。 「姉ちゃん、結婚おめでとう! はい、これ、家族皆から」 弟が姉に手渡したのは、祝儀袋だった。 「えっ、何、お金?」 「そうそう」 「見ての通り」 若菜と弟は頷き、母は微笑みながら、 「色々考えたのよ。自分では買わないけど人に貰ったら嬉しいものって何だろうって。食器とか家電とか、色々考えた結果、貰って嬉しいもの、現ナマに勝るものなし、ってなったの」 と。 「父さんと母さんからだけじゃなくて、結人はバイト代から、圭人は小遣いからだ」 父は、弟の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 「実用的! ありがとー」 「あっ、あと、これも」 弟は、姉に、一冊のアルバムを差し出した。 「家族の写真。最後に、みんなからそれぞれメッセージも」 「えーっ」 アイボリーの表紙のアルバムをめくると、まず初めに、姉が生まれたときの写真。 「あんた、大きく生まれたのよ。ほぼ4kgだよ」 「丸々してるなー」 その後は、赤ちゃんの姉を抱っこして幸せそうに微笑む、若くて初々しい母親と、同じく若い父親。若菜や弟の生まれたときの写真、家族の写真が、時系列に貼られている。 「えー、もー、やめてよー。泣けるわー」 姉は、泣ける、なんて言ったくせに、笑いながらページをめくっている。 「真奈美、幸せになれよ」 父が言った。 「幸せじゃん、既に。昔からね。そして、酒臭いよ、お父さん。みんな、ありがと。お父さんお母さん、大切に育ててくれて、ありがとうね。圭ちゃん、水泳頑張って、オリンピックに行ってね」 「えっ。オリンピック? ないない」 「結人は、まあ、体壊さないようにね」 「何だそりゃ」 母が、ふと、思い出したように言った。 「妊娠したみたい」 ん? 若菜が姉を見ると、姉は首を横に振る。 「みたいっていうか、してたの。お姉ちゃんじゃないよ。私だよ。来年の夏、若菜家に赤ちゃんがやってきます」 「えーっ!」 「まじか」 「おー、俺、兄ちゃんになるんだな。楽しみ」 「まさかこんなことになるとはなあ。でも、めでたいことだよ」 「結人、免許取る気ない? あんたがたまに車乗せてくれたら便利だわ。でも、忙しいから教習所通うの無理かー」 「いや、忙しくなくなりそー。居酒屋辞めるし。来月の半ばから通うわ。でも、取っていきなり妊婦乗せるとかはハードル高いな」 「居酒屋、辞めるの?」 「うん」 受け入れられたかどうかは別として。 「何で?」 と、聞いてきたのは姉。 「店長が尊敬できないから」 「お、意外な答え。だるくなった、とか言うのかと思った」 「それもある」 「尊敬できないから辞めるって、分かるかも。だって俺も、コーチのこと全然尊敬できないと頑張れないもん」 「圭人が言うと説得力がある」 「まあ、いいじゃないか。なんとかなるさ」 父が大雑把にまとめ、母は、さっさと切り替わって、 「教習所の申し込みしないと。結人、ちゃんとお金あるの?」 「あるよ。俺、意外と貯めてるよ?」 とかそんな感じで、クリスマスの夜は終わる。次回からは真田が出ます。
そういや、真田は、家庭教師のバイトを始めたんだよ。なので、それなりに忙しくなって、若菜とあんまり会えなくなった。今までは、とにかく真田が若菜の都合に合わせてたんだけど、そういうわけにもいかなくなってしまった。街はクリスマスムード一色。姉は、ぼちぼち引っ越し準備を始めてる。家電とか大型家具は新しく買うし、ちょっとした物は引っ越し後にでも取りに来れるしで、荷造りはそんなに大変ではないはずなんだけど、片付けが苦手な姉は四苦八苦している。姉は、クリスマス・イヴに入籍して、その日はけんちゃんと過ごすけど、25日は実家にいて、家族でクリスマス会をしたいらしい。若菜は24日も25日も当然のようにバイトなので、かなり遅れてからクリスマス会に参加ということになる。 24日、コンビニのバイトが終わって、携帯を見ると、着信があったのに気付く。同じ居酒屋でバイトしてる、二つ年上のフリーターだ。着信の後に、LINEが入っていて、『今晩のシフト、かわって』だと。代わるったって、こっちだってシフトが入っているから無理だ。店を出てから、近くの公園のベンチに座り、電話をした。 「おつかれ。LINE見た」 『おつかれー、ごめんごめん』 「俺、今日シフト入ってるよ。代われない。だから、」 『そうじゃなくてー。俺はシフト入ってないんだよ。入らせて、ってこと。その代わりにどこかで入ってほしい、ってわけじゃないから。単に、今日、入りたいの』 「ほー。それは初めてのケースたわ。いいけど、何で?」 今日は他に誰が入ってたっけ。狙ってる女子でもいるのか? とか考えてみる。 『それがさー、聞いてくれよ、若菜。可哀相な話。昨日、彼女にふられた』 「あー、それはそれは」 『クリスマス目前にふるってひどくないか?』 「クリスマス終わった途端にふる方がひどいだろ」 『どっちにしろひどい』 「どっちにしろしゃーない」 『はー、クールだなー。俺はさ、家に一人で居たくないんだよ。色々考えちゃって落ち込むわ。友達は誰も掴まんないし、バイトして気を紛らわすんだよ。お前、今夜空いたし、どうすんの? 彼女と会えるな。いいなー』 「いやいや、彼女いないから。こないだふられたから。帰って寝るわ」 『ふられたんだ!? おおっ、同士! 今度飲みに行こうぜ!』 「嬉しそうだな。あ、俺、基本的に飲めないから。まあいいわ。また今度な。じゃー、今晩よろしくー」 こんなこともあるんだな。突然訪れた自由時間。若菜って、コミュニケーション能力があって、誰とでも話せるので、友達が多いと思われてるんだけど、知り合いが多いだけで、浅く広いんだ。友達といってすぐに思い浮かぶのは、郭と真田と星野の三人くらい。 (急に暇になってしまった。英士って、クリスマス・イヴ何してるんだろ。どうでもいいけど、ちょっと連絡してみよ) 「何してんの? ひま?」 と、LINEを送ってみる。すぐに、 『暇じゃない。雑談はしない』 と返ってきた。面白くなって、電話をかけてみる。 「何が、暇じゃない、だよ。そっこー返信してるし、暇じゃん」 『結人と雑談する暇はない』 「クリスマス・イヴに何してんの?」 『通常通り。切るよ』 ほんとに切られるし。郭は、若菜の調子から、何となくかけてきただけだと感じ取ってから切ったんだ。若菜がほんとに聞いてほしいことがあるときは、まあまあ聞いてあげてます。若菜はぼんやり携帯を眺める。 (星野は仕事中だしなー。帰ったら優しくて綺麗で賢い奥さんがいるし。一馬は何してるかな。学校は終わったかな。誰かと何か予定あんのかな) ほんとは、真田のことが一番最初に思い浮かんだんだよ。でもなんか、あえて意識から外したというか。真田とはしばらく会ってない。 (よし、連絡してみるか。不自然じゃないよな。普通、普通) とか、何でこんなこと考えちゃうの。もっと気軽に連絡したらいいのに。 「久しぶり。元気?」 『元気だよ。どうしたんだ?』 「今日、夜のバイトが急になくなったんだけど。今から暇?」 問うた後、しばらく間があった。予定があるのかな。何かあるならいいよ、って言おうとしたところで、 『うん、大丈夫。今、どこ? 迎えに行くけど』 「コンビニの近くの公園。迎えはいらない。家に行っていい? それとも、どっか行きたいとこがあるのか? 俺は、特に、行きたいところがない。行くところがない。どこに行けばいいのか分からない」 どこにも行けない。 深い意味はなく、何となく言葉を繋いだだけ。なのに、切実な響きを持ってしまうことがある。思いがけず、自身の心の脆い部分に直面してしまう。そうじゃない。弱ってなんかない。ちょっとした感傷なんだと、打ち消そうとして、実際、大半は打ち消せて、でも、欠片は残るし、突き刺さるし、直面したときの動揺が、まだ胸を震わせてる。きっとこの震えは、電話を通して、相手にも伝わってしまっている。 『分かった。今、家にいるから。いつでも来ればいい』 茶化さず、追及せず、戸惑いを表に出さず、ただ受け入れる。低く、静かな声。ぶっきらぼうなようだけど、根底に、優しさが、温かさがあることを知ってる。痛いほどに。 「じゃー、今から行くから、よろしくー」 本当は、「すぐ行く」とだけ言って電話を切り、急いで向かいたい。一刻も早く会いたい。それを抑えて、のんびりした口調で言い、慌てないよう真田家に向かう。 真田は、寒い中、門の前で待っていた。 「中で待ってたらいいのに」 「待ってたわけじゃない。そろそろ着くかと思って出てきてみたら、ちょうど来たんだ」 「あ、そう」 ほんとに? 鼻の頭と頬が赤かった。手を握れば分かるだろう。きっと冷え切ってる。握らないけど。乗ってきた原付を駐め、門をくぐる。玄関までのアプローチが長い。 「髪切った?」 こちらをちらりと見ながら、真田が言った。 「あー、一ヶ月以上前だけど。そんなに会ってなかったっけ」 一ヶ月なんてすぐ経ってしまう。一週間ごとの感覚で生活しているから、普段は意識してないけど、月の終わりや初めになると、えっ、となる。もう12月の終わりなんて。今年が終わってしまう。来年が、始まってしまう。 真田の母親は、若菜の来訪を歓迎した。 「いらっしゃい。家に遊びに来てくれるなんて、久しぶりね。ケーキ、食べってってくれる?」 「いいんですか? ありがとうございます」 ケーキを食べてから、真田の部屋へ。 「家庭教師のバイトどう?」 若菜が聞くと、 「普通」 「何だよ、普通って。適当だな。なあ、お前って、将来、何になりたいとかあんの?」 「教員。中学の数学の先生」 「今思い出したけど、小6のとき、学校の先生になりたいって言ってたな」 「ああ、うん」 結人は将来どうすんの、って聞き返されるかもと思ったが、それはなかった。聞かれても困るけど、聞かれなかったら聞かれなかったで、なんか哀しい。 「いい先生になりそう」 素直な感想だった。真田は将来のことをちゃんと考えてた。やっぱりな、という感じだ。確認したら、二人の差を改めて感じて落ち込む気がしていたけど、そうでもなかった。 「生徒からも、他の先生からも信頼されそう」 「はあ?」 「そんで、綺麗で賢い同期の女性教師と結婚したりとか」 「何、その妄想」 呆れたように真田が言うのに、笑って返す。 「横になっていい?」 「いいけど」 あー、と声を出しながら、人の家で遠慮なく寝そべった。ご丁寧に差し出されたクッションを受け取って、頭に敷く。 「大丈夫か?」 真田が、若菜の額にそっと手を置いた。ひんやりしてるかと思ったが、温かい手だった。 (…おい、触れるのか。そんな、簡単に。俺は、触れないのに) 熱はない、と言って引こうとする手を、思わず掴んで引き止めてしまった。思いの外、強い力で。 「もうちょい、このままで。落ち着くわ、なんか」 本当に言葉通りで、気持ちが穏やかになっていく。しばらくこのままでいさせてほしい。そこには、欲望も駆け引きもない。と思う。でも、ためらいはあって、胸の奥がヒリヒリする。掴んだ手首から、相手のためらいも伝わってくる気がする。 (ああ、もう、どこにも行きたくない。どこにも行ってはいけない、という世界に行きたい。って、何だそれ) 意識がぼんやりとしてくる。大きな波のように、眠気が襲ってくる。 「結人」 優しい声。 (なに?) 「もうすぐ成人式だな」 (成人式? いやいや、俺、行かないよ) 「…寝てる?」 そう。若菜は寝てしまった。 目が覚めたら、夜になってた。毛布が掛けられている。 「うわ、ごめん、本気で寝てたわ。あ、毛布ありがと。今何時?」 「7時半」 「あー、一時間も寝てたか。わりーな」 「いや、別に」 「寝顔、可愛かっただろ?」 そんな冗談を、真田は否定も肯定もせず、軽く笑って流した。 (…あ、 なんか、今更ドキドキしてきた…) 額に当てられていた掌の感覚が蘇ってくる。 「夜ご飯、食べて帰ったら?」 「…あー、うーん、どうしようかな。いいの?」 「うん。喜ぶよ」 真田の母親が。お言葉に甘えて、久々に真田家で夕飯を一緒に食べる。クリスマス・イヴだから、食卓にはクリスマスに相応しいごちそうが並んでる。クリスマスじゃなくても、いいもの食べてそうだけど。真田の母は、若菜が食卓を共にすることを本当に喜んだ。もし自分が遠慮して帰ったら、この食卓を真田と母の二人で囲むのか、と思うと、それはそれで幸せなはずだろうに、少し息苦しい感じがした。そんなことを思うなんて、失礼だけど。
前回から間が空きすぎて、あれなんですが…。若真が好きという方がいらっしゃったので、頑張って終わらそうという気になりました。始めたことは最後までちゃんと終わらせるべきと思いつつも、若真の需要がないなら、若真ネタやるより、日記書く方がいいかなって気もしていて、ちょっと日記を見にきてみたらよく分からんネタやってて残念…、ってなったら申し訳ないな、とか、いらんことを考えてたんです。好きにやったらいいのだろうし、誰も何も期待してないのは分かってるんですが、せっかくだから、自分だけじゃなくて、誰か他に一人でも面白がってくれる人がいたらいいな、って思っちゃうんですよね…。以下続き。 11月になりました。けんちゃんちとの顔合わせの日程も決まった。 「なあ、その日、普段着でもいいの?」 姉に聞いてみる。 「カジュアル過ぎないなら、きれいめの普段着でいいよ。でも、スーツにしたら? 大人だし。食事会の後、記念撮影するよ」 「スーツ持ってない」 「今後のために一着くらいあった方がいいよ。あ、成人式あるじゃん。私が買ってあげる」 「えっ。姉ちゃんが俺に何か買ってくれるとか。しかもスーツ。嘘だろ。ありえない」 「あんたねー。私、結婚して引っ越すし、そしたらあんまり会えなくなるし。まあ、プレゼントくらい、するよ。圭人にも服買ってあげよっと」 「引っ越すっても、すぐ近くだよな」 「まあね。でも、多分、4月に中国行くよ。海外赴任だよ。一年くらいで帰ってくるけどさ」 「…まじか」 「うん。ふふふ」 「何、その笑い」 「心配だけど、楽しみだよ。不安のが大きいけど、でも、大丈夫」 (姉ちゃん、変わったな) 年が近くて、仲良かったり、ケンカしたり、顔も性格も似てる、って、昔からよく言われてた。似てるって言われると、イラッとするんだけど、ちょっとは嬉しかった。 (遠いな) 中国って、遠いよな。というか、姉自体が遠い。高校時代はチャラチャラしてたのに、そんなのはもう過去のこと。若菜の前には、まだ若いが意外としっかりとした、結婚を控えた女がいる。遠い。姉だけじゃない。水泳を頑張ってる弟も。別れた彼女も。結婚した同級生も。いい大学に通ってる幼馴染みも。みんな変わっていく。自分だけが取り残されている気がする。 (なーんて) 他愛もない感傷。でも、同じようなことを、十年後も考えてたりしたらどうしよう、とか思うと、ちょっと怖い。 (でも、まあ、それはそれで、) いいんじゃない? というか、それはもう、しょうがないっていうか。 色んな店を回ってる余裕などないので、姉が下見してきて店を決め、若菜と弟を連れて、服を買いに行く。あ、髪も切りに行きました。 「圭ちゃん、かっこいい! 結人も意外と似合うよ!」 「意外とって」 「なんか照れるなー」 そんなこんなで、11月下旬、顔合わせの日。駅の近くのホテルでランチです。若菜家は、家族全員五人で出席。今井(けんちゃんの姓)家は、けんちゃんと両親の三人。けんちゃんの両親は、若菜の両親よりかなり年上に見える。60歳は過ぎているだろう。若菜の父母は若くして結婚したから、まだ40ちょっとです。けんちゃんって一人っ子だったんだな、妹とかいそうなのに、と思っていたら、 「健三は三男で、上には兄が二人おります。長男とは色々ありまして、何年も前から一切連絡を取り合っていません。もう戻ってくることもないでしょうから、そちらにご迷惑をかけるようなことは決してありませんので、心配なさいませんよう。次男は、なんというか、子供のときから自由でして。大学を出てから、あちこちと旅をしながら、自活していました。年に一度くらいは帰ってきていましたが、何をやっているのか、どうやって生計を立てているのかも分からず…。それが、最近になって、こっちに戻って来たんです。でも、何やらバタバタしていて、今日の集まりのことも伝えてはいたんですが、忙しいから無理だと…。いや、本当にお恥ずかしいことです」 とのことだった。今井家、色々あるんだな。けんちゃんの温厚そうな雰囲気から、何の問題もない穏やかな家庭を想像していたので、ちょっと驚いた。若菜がフリーターだと言ったところで、「まだまだ若いから、これから何でもできるね」と笑顔で返されただけだ。けんちゃんの兄の話が出たときは、少し気まずい空気になったものの、それからは和やかなムードで食事会は終了し、別の場所に移動して記念撮影してから、解散となった。帰り道、ご飯美味しかったね、とか、けんちゃんって三男だったんだね、とか、若菜家で会話。 「けんちゃんのお兄さんの話、あんた、知ってたの?」 と母。 「うん、聞いてたよ」 「ちょっと心配だね」 「大丈夫。心配なんて、しだしたらキリないよ。お父さんとお母さんだって、結婚するとき、色々心配だったでしょ」 「そりゃそうだけどさ」 「妊娠が分かったとき、父さんも母さんも10代だったからなあ」 父がしみじみと言った。 「父さんが、二十歳のときには、もう父親になってたんだな」 若菜は言ってみて、ありえないな、と思った。別に悪い意味ではなく、単純に、想像もつかない。特に珍しい話でもないのだが、自分の身に置き換えてみると、ありえない、になるのだ。 「どうなることかと思ったけど、何とかなるもんだな」 「案ずるより産むが易し?」 圭人が、ふと思い付いたように言った。 「合ってる?」 「合ってる合ってる。圭人は賢いねー」 姉が笑った。いつもの豪快な笑い方ではなかった。控えめで、どこか寂しそうな感じだった。 「真奈美がいなくなると、寂しくなるね」 母が言った。 「やめてよー。いなくなるとか。あ、結人はこの後バイト?」 姉に聞かれ、うん、とだけ答える。 「頑張ってね」 「頑張ってるよ」 「知ってる」
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