愛なき浜辺に新しい波が打ち寄せる
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2015年07月26日(日) 甘っちょろい日々に、とっておきのスパイスを!

 暑いですね…。暑いのはいいんです。夏は暑いものなので。何がしんどいって、バイトが、夏休み前より明らかに忙しいんですよ。なんでみんなコンビニ来るんですか。すぐ近くにドラッグストアも激安スーパーも大型スーパーもありますよ。はー。色々やることあるのに、接客でてんやわんやです。9時13時のシフトなんですが、4時間が一瞬です。こわい。前の仕事(事務)なんか、1分が長く感じられることが結構あったのにな。前の仕事がぬるま湯だとしたら、今のバイトは熱湯です。夏休み前にやめる、というのが目標だったのですが、結局続けています。ただのバイトなんだから、やめられない、ってことはありえません。やめづらいってだけで、本気でやめようと思えばすぐにやめられるはずなんです。実際、今月の締め日でやめるつもりでした。でも、ちょっとしたことがありまして、続けることになったんですが、意志を通すことは十分に可能でした。だから、やめたいくせに、やめたくなくて、続けている、という状態なんです。結局、やめたくないんですね。すごいやめたくて、それは本心なのに、実際やめるとなったら、いやしかしそれは、ってなっちゃう、そんな自分が嫌です。やめたい理由はたくさんあって、挙げていけばキリがない。でも、やめたくない理由もいくつかあって、踏み切れないんです。もう、お金の問題ではなくなっている。シフト減らしたから、月々の収入など微々たるもんだし。バイトをしていることが、一番のストレスになっています。週五なら、心身がやられそうになりますが、週二程度なんで、日々のスパイスですよね。それでも私にとっては、かなりスパイシーなんですが。でもそのスパイスが、ストレスがなくなったら、私はどうなってしまうのだろう、という不安がある。余計なことを考えちゃいますよね。とか、もう、こんな考えが、甘いんですよ。バカです。色々なめてますね。私は愚かだ…。と、思って塞ぎ込む、そんな私の状態を、「それは、ローソン症候群だね」と、ママ友が命名しました。でも、某ソン(今さら伏せても)のバイト自体に問題はないんですよ。あるといえばあるけど。19や20の若い子や、60歳過ぎた年配の人が、文句も言わずに週五週六で頑張ってるのに、なんで私は頑張れないの。なんで苦しいと思っちゃうの。私はそんなに駄目なのか。駄目だけど。知ってたけど。でも、もしかしたら、私は、いま人生で初めてくらいの勢いで、負けたくない、という気持ちになっていて、あ、もちろん、他の人にじゃないですよ、自分にですよ、弱い自分に負けたくないと感じているんですよ。こういうことを言ってると、「そんなこと言って無理して、頭おかしくなったら、取り返しがつかんよ(素)」って、同じママ友に突っこまれるんですが、大丈夫です。大丈夫じゃないわけないじゃないですか。たまに同じマンションの人とかに、「大丈夫ですか?」って聞かれるんですが、なんで大丈夫ですかって聞くんですか!? とかまあ、一週間のうち、二日間はそんな感じですよ。残りの5日は、楽しく夏休みしてますよ。夏休み、いい。幼稚園の送迎しなくていいし、お弁当作らなくていいんやで。


2015年07月21日(火) 早速海へ

 今日が誕生日なんです。めでたくもなんともないんですが、36歳になりました(*ノω・*)てへ。きゃぴきゃぴです。10代や20代の頃は、30後半の自分なんて、想像つかないどころか、「そのときまで自分は生きているのだろうか(素)」なんて思ったりもしていたのですが、生きております。元気だし。神様ありがとう。家族や友人、周りの人々ありがとう。この日記を見て下さってる方々にもありがとう。今でこそ割と頻繁に書いてる日記ですが、以前は年に一回とか数回とか、そんな時期もありました。もうやめてもいいというか、既にやめてるようなもんだと思ってたし。でも、年に一回でも更新される日記が楽しみだ、って言ってくれる友達がいて、じゃあ続けよう、ってなったんです。私なんかが年に一回書く日記を、見てくれる人がいるんか。相当どうでもいい内容の日記なのに。もっとまともに書こう、って反省したんです…。今後、やめざるをえないような事情(どんな場合か分からんけど)が発生しない限りは、今まで通り、いかにも需要のない日記を、たまに書いていきたいと思います。こんな日記だけど、もはや私の唯一の趣味になってますよ…。他に趣味ないんで…。というのは前置きで、以下が普通の日記だよ。昨日、海水浴に行ってまいりました。去年は、海の家の桟敷席を予約したのですが、今回は事前に、Amazonにてテントを購入し、やる気満々で臨みましたよ。春に、屋外のイベントに参加したとき、テント持参の家族が多かったんで、「あ、そんな感じなんだ?」って思って、以来、購入を検討していたんです。結果、買って大正解でした。テントの中で着替えられるし、寝転がれるよ。わーい。まあそんなわけで、普通に疲れたけど普通に楽しかったです。テントのことしか言ってない。他に何かないのか。去年も書いた気がするけど、ビキニのギャルが眩しかったです。あと、若いカップルが、水着ではなく普段着で砂浜を歩いていたかと思えば、二人してしゃがみこんで砂遊びをしていました。砂に「LOVE」とか「キミヲエイエンニアイス」とか書いても、波にさらわれる前に、はしゃぎ回る子供たちに蹴散らされますよ。海開きしたばかりで混み合ってますので。でも、二人の世界、いいと思います。そういう感じ、いただきますね。ホモパロネタの参考にしますね。そんな感じの海水浴でした。素敵な夏の思い出ができてよかったです。きゃぴ。


2015年07月19日(日) 若真ネタ13

 二十歳の秋に戻って、5話の続き。10月。金曜の夜。
「あ、おかえりー。結人、あんた明後日の日曜、バイト休みって言ってなかった?」
 夜、バイトから帰った若菜に、風呂上がりの母が声をかける。
「休みだったけど、夕方までコンビニ。居酒屋はなし」
「五時まで?」
「そう」
「私、明後日、日曜なんだけど出張で、帰りが八時くらいになりそうなの。夕飯お願いしていい?」
 若菜家は共働きですよ。夕飯お願いしていいか、というのは、若菜に作ってほしいってこと。昔からよく母に手伝わされてたので、料理はそれなりにできる。
「あー、うん、いいよ」
 外食でもいいじゃん、って思うけど、家族多いから高くつく。弟いっぱい食べるし。帰宅した母が何か食べるものあった方がいいし、作った方がいいな、と思い直す。
「最近、揚げ物とか、ハンバーグとかオムライスとか、洋食ばっかだから、和食にしてよ。筑前煮とか。あと、煮魚とかもたまには食べたいよ」
 リビングでテレビを見ながら、姉が言った。若菜母は、あんまり料理するのが好きじゃなく、レパートリーが少ない。姉は全く料理しないし、手伝わない。不器用だから無理、と言い張ってる。
「あんたは全然しないくせに、注文ばかりして。料理できなくて大丈夫なの? 結婚してからどうするの」
「けんちゃん、料理できるもん。共働きだし、そんなに家事頑張らなくていいもん。適当にやるよ。クックパッドあるし大丈夫」
「今井さんが気の毒だわ…」
「姉ちゃん、料理できるって嘘ついてるわけじゃないんだろ。けんちゃんがいいならいいんじゃね、別に」
「その通りだよ、結人」
「けんちゃんって、一体、姉ちゃんのどこがいいんだろうな。純粋に不思議だ」
「全部だよ。ダメなとこも含めて、私の全部がいいんだよ」
「はいはい。さっさと風呂入って寝よ」
「あ、そういや、あんたは、最近彼女とはどうなのよ」
「別れた」
「えっ」
「えー、結人、みーこちゃんと別れちゃったの? 高校から仲良かったのにねえ。残念だね」
 姉は驚いて一瞬言葉を失うが、母はあくびを一つした後、適当に言ってる。
「なんで別れたの?」
 姉の問いに、
「別れたっていうか、ふられた。将来性がないから」
 妊娠がどうとか結婚がどうとかの件は、面倒なので省いといた。
「あらら」
 相変わらず母はのんきな口調だが、姉は、若菜の答えに憤りを感じた様子だ。
「将来性がないって、あの子に言われたの? あの子だって、あんたと一緒で目的もなくフリーターでしょ。自分のこと棚に上げてその言い方はないよ。あんた、なめられてんね」
「なめてるとか、そういうことじゃなくて、俺との未来が見えなかったんだろ。俺も見えなかった。見ようともしてなかったと思う。だから、まあ、俺が悪いよ」
 そのとき思い浮かんだ通りを口にしただけなのだが、その言葉は、意外と深刻に響いた。場が一瞬だけ静まる。
「どっちが悪いとかは、ないよ」
 沈黙を破るように、きっぱりと姉が言う。
「そうよ、結人、またすぐに彼女できるよ」
 母は、空気を読まない発言です。
「うん。そーだな。というわけで、風呂入ってくるから」
 ささっとシャワーで済ませたい日と、ゆっくり湯船に浸かって長風呂したい日がある。今日は、ささっとしたいのに、ゆっくりしたい、っていう、矛盾した気分だ。
(未来が見えない…。しかし、明日は見えるぞ。9時5時コンビニ、6時10時居酒屋。学生のときは、金曜の夜って、浮かれてた。今は憂鬱だ。明後日の日曜はたまたま休みだったけど、といっても結局コンビニ入ったけど、土日祝は基本シフト入ってるもんな。浮かれた人々の相手だぜー。まあ、明日が見えてるだけでもマシか。明日どころか、来週も見えてるぞ。ガッツリ入っております。最近、ちょっとしんどい。でも、しんどいのは、俺だけじゃない。みんな同じだ)
 風呂から出ると、母が、
「じゃあ、私、寝るから。おやすみ。元気出しなさいよ。あっ、あんた、ちょっと痩せたんじゃない? お昼ちゃんと食べてんの? 夜も、適当に食べるからいらないって言うし」
「食べてるよ」
「でも、コンビニのパンとかおむすびでしょ。お弁当作って持ってったらいいのに」
「めんどくさいからいいや。おやすみー」
「うん、おやすみ」
 母は、夫婦の寝室へ。父はもう寝ている。弟も寝てるよ。姉は、まだリビングでテレビを見てた。
「結人、ちょっと」
 姉は、テレビを消して振り向き、手招きをする。
「何? ていうか、テレビ見ていい?」
 ソファに腰掛けている姉からリモコンを受け取り、ダイニングチェアに座る。テーブルの上に置いてある新聞のテレビ欄を眺めるが、大して気になる番組もない。それでも、とりあえず、テレビを点けた。
「お母さんから聞いてるかもしれないけど、私とけんちゃん、式は挙げないから。クリスマス・イブに入籍して、年末に引っ越す。来月の下旬に、けんちゃんの家族と顔合わせするから、結人も参加してね。土日祝のどこかで、両家で昼に食事会する予定だけど、場所は、駅から近いホテルになると思う。具体的な日にちとか決まったら言うから、昼間は予定空けといて」
 引っ越すのは、実家から車で30分程の場所。電車やバスでも行ける。けんちゃんの会社の社宅です。姉はそこから通勤することになる。今より遠くはなるが、充分に通える範囲だ。姉は、共働きなんだから、と言ったが、けんちゃんは転勤があるので、そうなったら、今の会社を辞めることになるだろう。以前(けんちゃんと付き合う前?)は、ハワイで挙式したいとか、披露宴は派手にしたいとか言ってたし、社宅なんて絶対嫌とか、転勤族なんてありえない、地元を離れたくないとか言ってたのに。
「分かった。ていうか、まじで結婚すんだな」
「そうだよ。あんた、顔合わせの席で、『フリーターです』って言うの」
 冷やかす口調ではなかった。見下すわけでもなく、淡々としていた。
「何だよ、『公務員です』って嘘つくわけにもいかねーだろ。『ニートです』よかマシだろ。フリーターが気に入らんなら、『非正規社員です』て言おうか」
「安心して。けんちゃんって、別にいいとこの坊っちゃんじゃないから。普通の家の人。お父さんもお母さんも穏やかな感じだから、たとえニートって言ったって、心配はしても、馬鹿にしたりはないから」
「ニートじゃねーわ」
「あんたって、コンビニと居酒屋の仕事が好きなの? おっちゃんから、社員になれば、って言われてるんでしょ? いずれは店長になってほしいって。結人、絶対無理、って答えたんだって?」
「だって、無理だろ。地獄じゃん。バイトならいいけどさ」
「他にやりたいこととかないの?」
「ないね」
「あんたが好き好んで今の生活ならいいけどさ、そうじゃないなら、心配だよ。あんた、ほんと痩せたよ。いつも疲れてるよ。昔と全然違うよ」
 実際、痩せた。たまの外食時には結構食べるけど、普段は適当。
「分かった」
「分かった、って、何よ」
「姉ちゃんが心配してくれてるのは、分かった。ありがと。考えてみるわ。将来について。姉ちゃん、幸せにな。おやすみ」
「適当に流すし!」
「流してないないー」
 翌朝。休日でも、みんなまあまあ早起き。姉はけんちゃんと予定があるし、弟はスイミング。若菜はバイトがなければ寝てるけど、今日はバイトがあるから起きてる。明日は、父は日曜だが出勤で、弟は、午前中スイミングで、その後は友達と約束があるらしく、姉は、けんちゃんの実家に行くらしい。明日何が食べたいか、姉の意見は聞いたが、弟にも聞いてみる。
「俺は、コロッケが食べたい」
 圭人は、即答。
「揚げ物じゃん」
 揚げ物はもういいよ、と姉は不満げ。
「コロッケって、工程がめんどくさいから、もう長いこと作ってないなあ。結人、作るなら、多めに作って冷凍しといてよ」
 姉、弟、母、それぞれの言い分を聞いて、若菜は、うーん、と唸る。
「…昨日、姉ちゃんは何て言ってたっけ。筑前煮、煮魚、」
「汁物は何するんだ? 豚汁は?」
 と口を挟んだのは父。
「あと、酢の物くらいあればいいんじゃない?」
 と言ったのは姉で、
「酢の物よりは、サラダがいいよ。コロッケには、サラダだよ」
 と、弟。みんな好き勝手言うので、
「めんどくさくなってきたから、カレーでいい?」
 と、提案してみるが、
「ないわ、それは」
「カレーでもいいよ。カレーとコロッケでいいよ」
「圭人、そんなにコロッケ好きだったか?」
「結人、カレーはやめてよ。明後日カレーにしようと思ってるんだから」
「分かった分かった。結局、何だ。筑前煮と煮魚とコロッケと豚汁と酢の物とサラダか。まじか。買い物メモしとかないと…」
「あ、買い物は、今日私がしとくから、メモちょうだい」
 急に申し訳なさそうになって、母が言った。今日のうちに作っておいて明日に備える、という手もあるんだけど、若菜が器用に料理をこなすので、頼る気満々です。
「あ、うん、助かる」
「コロッケいっぱい作ってね。冷凍するから」
「はいはい」
 そんな会話をしながら、朝の準備を終え、若菜と弟が家を出る時間になる。
「姉ちゃん、手伝わないのはいいけど、帰りになんかデザート買って来いよ」
「あ、デザートは父さんが買ってくるぞ」
「じゃ、姉ちゃんは洗い物だな」
「私、不器用だから皿割るもん。洗い物は圭ちゃんがするよ」
「うん、俺、する」
「じゃあ、姉ちゃんは何すんの」
「味見? あと、取り分けたり」
(こいつ…)
 で、コンビニでバイトです。今日のシフトは、午前中は二人で、昼から三人。午前から一緒に入るのは、数ヶ月前に入った女子高生です。日曜は、近くで何かイベントがあったり、月曜が祝日で休みだったりしなければ、客が少なめ。なので、雑談しやすい。でも、客が少なくてもやることあるし、少ないときにしかできないこともあるので、若菜はのんびり雑談したくはないんだけど、話を振られると、適当にはあしらえない。バイトの女子高生は、気安く話しかけてくる。
「若菜さんの彼女も、ここでバイトしてたんですよね。あ、オーナーから聞きました」
「あー、うん、そうそう。すぐ辞めたけど」
(おいおい、オーナー、個人情報を…)
「今も付き合ってるんですよね」
(え、何、この感じ。何でそんなこと聞くの。いや、ていうか、雑談する暇あるなら、品出ししてほしいっていうか)
「うん、そう」
 別れたけどね。いちいちほんとのこと言うのも。
「そうなんですねー」
「あの、品出ししてもらっていい?」
「あ、はい」
 そんな感じで、いつもよりのんびりだけど、なんかやりづらい雰囲気で午前中は終わり、昼からは専門学校生のNが加わる。午後になって結構忙しくなり、時間が過ぎるのが早く、もうすぐ5時だ。若菜が、ゴミ箱をチェックするため外に出ようとすると、
「あ、いい。俺が行くから」
 Nが何でもない調子で言った。いい人なんです。急に休んだり遅れてきたりするけど。
「おー、ありがとー」
 夕勤のバイトが来て、おつかれー、と挨拶し合う。5時になった。女子高生のバイトは、ホットの飲み物を補充している。指示されたわけではなく、「かなり減ってるので、補充してきていいですか?」と自分から言ったのだ。偉いなー、と若菜は思う。
「時間だから、もう上がってよ。俺も上がるし」
「中途半端なんで、これが終わってから上がります」
「いいよ。夕勤がやるから。俺が言っとく。ありがとう」
「はい」
 女子高生は、頬を少し赤らめた。ありがとう、と言われたのが嬉しかったのだ。
(可愛いな。可愛いけど、だからといって)
 店を出ると、真田が店の前にいた。
「おつかれ、結人」
「お、一馬」
 若菜は、すぐ後ろにいたバイトの女子高生に手を上げ、「じゃ、おつかれ」と言う。真田は、ちらりとその子を見て、軽く会釈をした。彼女も慌てて頭を下げ、早足で去っていった。若菜と真田は、店の外で立ち話。
「一馬、髪切ったんだ。さっぱりしたな」
「うん、今日切ってきた。結人、居酒屋のバイトもある?」
「あるある。6時からな。しんどー」
「忙しいな」
「こんなもんよ。何、お前、暇持て余してんの。バイト始まるまでなら付き合うけど。どっか行く? カフェとか?」
「いいよ、無理しなくて。もうそんな時間ないじゃん。帰ってご飯食べてから行くんだろ」
「そんな腹減ってないけどな。まあいいや。じゃーまた今度な」
「うん…」
「何だよ、そんな寂しそうな顔してさー。持て余してんじゃん。ちょっと待ってて。パンか何か買ってきて、そこの公園で食うわ。それに付き合って。お前、ラテでいい?」
「えっ、いや、でも、」
 真田が言い終わるのを待たず、店に戻って、パンとおむすびとコーヒーを買って戻ってくる。それで、二人で、すぐ近くの公園へ。
 真田は、お礼を言ってラテを受け取りながら、何かに気付いた様子。
「あ、」
「何?」
「いや…。結人、髪伸びたな」
「そういや最近、切りに行ってないな。たまの休みも、なんかだらだらしちゃうし」
「だらだらしてんだ。休みの日に、デートしたりしないのか?」
「…デートかー」
(ていうか、別れたから。言えばいいのに。言うべき。バイト先で言わないのはいいとしても、幼馴染みには言うだろ、普通)
 若菜の返事が微妙だったせいか、真田はすぐに話題を変える。
「圭人、元気? 来年、中学だよな」
「元気だよ。相変わらず。スイミング頑張ってる。選手コースで、週5週6で泳ぎまくり。すげーわ」
「そうなんだ。すごいな」
「圭人もたまに、一馬の話するよ。昔から懐いてたもんな。また今度遊びに来たら」
 明日の夜来たらもれなく俺の手料理も食べられますよ。とか、心の中で誘ってみる。家族以外に披露できるほどのもんでもないし、圭人以外の家族もいるから気を遣うだろうし、と思うので、気軽に誘えないけど。
「うん」
「よし、じゃあ、そろそろ行くわ」
「結人、ありがと、付き合ってくれて。貴重な合間の時間なのに…」
「まあまあ、何をそんなに遠慮して。こんなん、別に。むしろ、気分転換になってよかったわ。はー、バイトがんばろ」
「頑張って」
「おー。変な客来ないよう祈っといて」
「祈っとく。連絡くれたら、捩じ伏せに行くけど、変な客」
 素の感じで言うから、冗談なんだろうけど、本気に聞こえる。
「やめて、怖いから。本気で捩じ伏せそうで」
 真田が微笑んだ。
(笑うと可愛い。可愛いて。どうなの、それ。でもまあ可愛いものは可愛いのだから仕方ない。ということで)
 翌日、バイト終わってから速やかに帰宅。誰もいないので、家の中は静かだ。この後ちょっと休憩してそんなにお腹空いてないのにささっとご飯食べて次のバイトへ…、行かないでもいい! という幸せ。テレビでも見てゴロゴロしたいところだけど、そんな暇はない。手を洗って、早速、夕飯の支度に取りかかる。
(料理って、めんどくさいし、そんな楽しいもんでもないけど、苦ではないな。バイトしてるより全然いいし。そりゃそうか。これは手伝い。金にならない。バイトは仕事。時給もらう。はー、世知辛い…)
 大体準備が整って、コロッケを次から次へと揚げてる途中で、まずは姉が帰ってきた。
「あー、いい匂いー。お腹空いたー。できたできた? 味見してあげるよ」
「手を洗って、着替えてこい」
「はーい。あ、私、お酒買ってきたよ。今夜は飲もう。結人の失恋を癒す会だよ」
「そんな会にせんでいい。あと、俺、酒弱いし、好きじゃないから。ほとんど飲まない」
「知ってる。私が飲みたいだけ」
 姉が一足先にビールを飲みながら、モリモリ味見していると、父が帰ってくる。
「ただいまー。って、おい、真奈美、飲んでる!? 既に食べてるし!」
「味見だよ」
「こらこら待て待て。あ、ケーキ、ホールで買ってきたぞ。結人、彼女と別れたんだってな。食後に甘いもん食って元気だせ。チョコレートケーキだぞ。好きだろ?」
「姉ちゃん、早速ばらしたな」
「うん。みんな慰めモードだよ。結人ー、元気だせー。みーこよりいい女はいっぱいいるぞー。あはははは」
「真奈美、もう酔ってんのか?」
「ビール一本で酔わないよ。筑前煮が美味しくて機嫌がいいだけ。結人は、経済力のある女を掴まえて、主夫になるといいよ。料理できるし、顔は私に似て可愛いしね」
 とかやってるうちに、弟も帰ってきた。
「ただいま! 腹減ったー。えっ、もう慰めパーティー始まってんの!? 俺を待ってくれないなんてひでー!」
「慰めパーティーて」
「兄ちゃん、今日は風呂で背中流そうか?」
「いらんいらん。いいから手を洗って来い」
 まあそんな感じで、家族仲良く、若菜の手料理を、うまいうまいと食べます。途中で、母も帰宅し、団欒タイムは続く。
 真田と今日会ったときに圭人の話題になった、って話したら、
「一馬も呼べばよかったのに」
 と、圭人。
「いやいや、こんな感じ、居づらいだろ。家族でぐだぐたじゃん」
「幼馴染みだし、いいんじゃない? こっちも別に気ぃ遣わないしさー」
 姉は完全に出来上がっている。
「こっちは遣わんでも、向こうが遣うわ」
「まあ、たまには、遊びに来てもらいなさいよ」
 と母。
「一馬君、長いこと見てないなあ。中学生のイメージのままで止まってる」
 と父。
「中学のときからだと、かなり背が高くなってるよね」
 母の言葉に、姉が続けて、
「結人はあんまり伸びなかったよねー。圭ちゃんに抜かれる日も近いね」
「うるさいわ」
 家族皆で、わーわー言って、食べて、飲んで、時間が過ぎ。そういや明日は月曜だけどみんな大丈夫か、って心配になってきた頃、
「えー、宴もたけなわではございますが、そろそろ閉会の時間が近付いてまいりました。それでは、皆様、お手を拝借、三本締め。若菜結人の〜前途を祝して〜」
 酔った姉が立ち上がり、若菜と母は呆れる。父は、いいぞ! とはやしたて、弟は不思議顔。
(姉ちゃん、おっさんかよ…)
「何これ?」
 首を傾げる弟に、
「適当に合わして手ぇ叩いとけ」
 と伝える。
「よ〜〜お!」
 姉が景気よく発声して、みんなで手を打ち、お開きです。片付けが大変だね。


2015年07月17日(金) 夏休みです

 台風、きましたね…。子供の頃は、台風が近付いてくると、少し怖いながらもワクワクしていたものですが、今は普通に不安なだけです。でもまあ大丈夫だろ、と思っていたら、警報が出て、途中で幼稚園にお迎えに行くことになりました。それは昨日の話。そのまま警報が出っぱなしだったので、今日が終業式の予定だったんですが、休みになりました。そんなわけで、夏休みに突入しました。夏休み、長過ぎだよ、何しよう!? って、周りの人達と話題になったりしますが、特に何もしません。ぐだぐだだらだらします。去年もそんな感じだった。ぐだぐだしてる最中は、「こんなんでいいのか…いや、だめだ…」って思ってるんですが、後から振り返ると、「まあ、あんなもんだよな。あんな感じになっちゃうよな…」って納得します。だって、私だし。アクティブに、有意義に、過ごせるわけない。すまん、もっちゃん。もっちゃんは、今、四歳で年中なんですが、今の先生にも、年少時の先生にも、「ものすごくマイペースです」って言われています。去年の先生には、「マイペース過ぎてびっくりする。お母さんに似たんですかね?」とまで言われた。えっ…、先生、私のこと、責めていらっしゃる? 私、何かご迷惑おかけしましたか!? って、心がざわめいた。私は昔から、マイペースだったことは一時期たりともありません。いつも周りのペースや、あるべきであろうペースに惑わされて、自分のペースを掴めず、右往左往ですよ。好き好んで右往左往してるように見えることもあるんでしょうか。それがマイペースに見えるのか? 違います困ります。私、ほんと、周りに左右されるんで…。結果、自分のペースを掴めないどころか、自分がどうしたいのかさえ分からなくなるっていう。分からないことだらけですよ。そういうとこは、おばちゃんになったって、変わんないです。もういいんです。それでも生きていけるんだぜ。幼稚園絡みでも、バイト先でも、地域でも。失敗はしますが、自分なりに何とかやってってます。そうする他ない。やれと言われたら、やれることは、やれる範囲で何でもやりますよ。何でも来るがいいですよ(やけくそ)


2015年07月15日(水) 若真ネタ12

 前回の若菜とみーこのやりとりは、放課後のことです。みーこは若菜と付き合い始めたことを早速言いふらしそうだったので、他の誰かから真田の耳に入る前に自分から言わなきゃ、と思い、家に報告しに行くことにする。わざわざ家に行ってまで言うことか? メールとかでいいんじゃないか? いや、今日わざわざ連絡しなくても、明日会ったら、さらっと言えばいいだけの話じゃないか? 別に、他の誰かから先に聞いたって問題ない気もするけど。いやしかしそれは…。という葛藤があったんだけど、とりあえず向かう。真田家に着き、自転車を駐めて、しばらく躊躇する。覚悟を決めてインターホンを鳴らそうとしたところで、
「結人? 何?」
 後ろから真田に声をかけられ、
「ぎゃっ!」
 心臓が縮み上がった。
「おー、ビビった。もう帰ってるかと思ってた」
「帰りに本屋寄ってたから」
「あ、そう」
 真田は自転車を押して、門に入る。若菜がついてくる気配がないのを不思議に思って振り返った。
「どうしたんだ? 上がってくだろ?」
「いや、ちょっとだけ、話したいっていうか、言っとくことがあって来ただけだから。ここでいいや」
「…何?」
 真田はその場に自転車を駐め、若菜と向き合った。
「俺、望月と付き合うことになった」
「へー。そうか。分かった。それだけ? それだけのことを言うためにわざわざ来たのか。それはどうもご丁寧に」
(あー…、怒ってる怒ってる。怖い…)
「いいんじゃない? 元から仲良いみたいだったし。よかったな。おめでとう。じゃあまたな」
 くるりと背を向けて、立ち去ろうとする真田。
「あ、ちょっと待って」
「まだ何かあるのか」
「やっぱ上がってっていい? ついでに宿題教えてもらってから帰るわ」
「何なんだ、お前は。自分でやれ。または彼女とやれ。帰れ帰れ。今すぐ帰れ」
 真田は門を閉める。
「ひでー。彼女とやれって、望月は、俺を上回るアホなんだぞ?」
 若菜は、みーこから、みーこと呼べ、と言われ続けてますが、「みーこて。どうなのそれ。ていうか、みえこだし」って感じで拒否してる。でも、そのうち根負けして、呼ぶようになるけどね。
 帰り道、若菜は、
(怒ってたなー。あれはかなり怒ってた)
 と、しみじみ思う。気持ちが塞ぐんだけど、これで状況が変わるかもしれない、という思いもあった。でも、状況が変わる、ってどういうこと? 今がどんな状況かもあやふやなのに?
(今でも好きなんだろうか。恋愛的な意味で。もう、そういうのはないんだろうか。あったとしても、これで、なくなったよな、きっと)
 ホッとして、なのに、がっかりして、傷付けてしまった、という気持ち、そして、自分自身も傷付いてるような。
 翌日、真田はごく普通に若菜に接する。それ以降もずっと。なので、若菜も普通にする。疎遠になることもなく、今まで通り、家を行き来したりもする。あ、そうそう、中二の夏から高校入学(前の説明会)までは空白の期間でしたが、同じ高校入ってからは、二人は仲良くしてたよ。みーこと付き合うことで、真田から避けられるかも、という不安があったけど、そういうことにはならず、若菜は安心したけど、やっぱりもやもやする。でも、これでいいんだよな、って思いです。若菜とみーこはうまくいってるよ。
 というわけで、こんな感じの高校時代でした。次回からは、多分、5話の続き(二十歳の秋)に戻って、後はもうあんまり話を前後させずにいきたいです。分からんけど。というか、自分の中でちょっと区切りがついた感じなんで、あまり急がずに、日記と交互くらいでやっていこうかと。


2015年07月14日(火) 若真ネタ11

 高校生編。いきなりですが↓こういうことです。
 みーこ→星野→久米→真田→若菜
 みーこは星野が好き、星野は久米さんが好き、久米さんは真田が好き、真田は若菜が好き。最終的には、久米さんは真田への想いを断ち切って星野とくっつき、みーこは星野を諦めて若菜を好きになり、若菜は流されるようにみーことくっついちゃう。というのが概要です。真田、余った…。
 まず、久米さん以外はみんなE高です。久米さんは頭いいのでD高。中学は、若菜と星野が一緒。真田とみーこと久米さんが一緒。久米さんは、中学時代、真田が好きだった。それで、卒業前に告白して手紙を渡すんだけど、受け取ってもらえなかった。久米さんは仕方ないって思うんだけど、友達のみーこは、「手紙くらい読んでくれてもいいじゃない!」って腹を立てる。そもそも、みーこは最初から、「真田のどこがいいの? あんな無愛想な奴。久米っちは、めっちゃ可愛くて優しくて賢くていい子なのに、真田とじゃ全然釣り合わない」と思ってて、でも久米さんが一年のときからずっと真田を好きなので、水を差すようなことは言わずに応援してたんだけど、ここにきて、真田の対応に不満爆発。一人で真田家に訪問までして、真田に文句を言う(そしてとても冷静に応対される)、なんてことをやらかす。そういう一件があったので、同じ高校なのは気まずいんですよね、みーこも真田も。一年のときのクラスは、若菜とみーこが同じ。真田と星野が同じ(選抜クラス。二人は三年まで同じだった)。若菜とみーこは、普通に友達として仲良くなる。みーこは、星野に恋をするよ。星野は運動神経がよくて、球技大会だか体育祭だかで活躍する。そんで、星野君かっこいい! ってなる。スポーツだけでなく、勉強しなくてもそこそこできるタイプで、成績も常に上位です。あと、いい奴。なので、みーこだけじゃなく、星野は女子に人気がある。若菜は星野と同中で仲良いからってことで、みーこに、応援してよ、と頼まれるんだ。みーこ以外にも頼まれるけど。でも、応援しづらい。なんでかというと、星野には好きな人がいるから。ある日、星野は若菜に、「俺、こないだ、一目惚れした!」って、興奮気味に言う。若菜は、はあ? って感じだった。一目惚れなんて信じないというか、単に見た目がもろ好みってだけの話だろ、って。命の恩人とか、そこまではいかなくても、ピンチを救われたりでもしなけりゃ、初対面でいきなり好きにならんだろう、という考え。星野は、図書館で久米さんに会った。ドラマや漫画で使い古された出会い方で、「あ、この本」って手を伸ばしたら、久米さんもその本を取ろうとしてて、「あっ」となる、っていう。「運命だよ」と、星野は言う。運命の相手は、「地上に舞い降りた天使のよう」だと。その天使が、久米さんです。
 若菜は、一年の夏から、コンビニでバイトを始める。そしたら、みーこも、「私もバイトしたい」とか言い出して、一ヶ月遅れで同じコンビニで働き出す。みーこは三ヶ月で辞めるけど。そのコンビニで、若菜は、久米さんを知ることになる。みーこと一緒に入ってたときに、久米さんが客として来るんです。久米さんが帰った後、「さっきの可愛い子が、真田のこと好きだった子だよ」って、みーこは言う。みーこは、若菜と真田が幼馴染みだと知ったとき、若菜に中学のときのことを話したんだ。自分の友達が真田に告白して手紙を渡したけど読んでもらえず、それが納得いかなくて家に文句言いに行った、って。若菜は、久米さんがめっちゃ可愛かったことに、なんかちょっと、もやっとする。あんな可愛くて頭良くて性格も良いらしい子に告白されて、手紙も受け取らずにふったんだ、と思うと、なんか…。でもまあそれはいいんだけど、問題はその先で、後日、若菜がバイト中(みーこはシフト入ってない)に、星野が来て、たまたま暇だったのでちょっと雑談してたら、また久米さんが来て、星野が、あーー! ってなるっていう。それで、若菜は、星野の一目惚れの相手=みーこの友達(中学時代、真田にふられた)、だと知る。しかも、みーこは星野を好きだし、これはややこしいことになったぞ、って。ところで、若菜は、みーこのことは異性として意識してません。普通に友達。いい子だとは思ってるけど。
 若菜と真田の関係は、普通だけど、若菜は、二人きりになるとなんとなく意識してしまう。でも、どうしたらいいか分からないし、それ以前に、その気持ちの正体も掴めずもやもやして、そういうもやもやを振り払いたい気持ちもあって、バイトを頑張ってる。もやもやするといっても、欲情はないよ。文字通りのもやもや。それを勉強や部活に打ち込んで発散できるならいいけど、勉強も部活もやる気ないので、バイトにぶつけてます。ほんとは、ちょっとは、欲望みたいなものを感じることもあったかもね。でも、そんなの、受け入れ難くて押し殺しちゃうから、なかったことになる。
 若菜は、みーこに、星野の好きな子が久米さんであることを言う。言っていいものかどうか迷ったけど、いつかは知ることになる気がしたから、それなら早めに知っといた方がいいかと思って言った。みーこは、星野に好きな人がいるらしいことは知ってたけど、それが久米さんだと知って、もちろんショックなんだけど、久米さんなら仕方ない、って思う。まあ、ショックといっても、みーこ的にも、星野は無理めだな、っていうのは、結構前から感じてて。あと、色々相談に乗ってくれる若菜に惹かれ始めてたし。というかもう、若菜に心移りしてたんだろうな。それで、久米さんがまだ真田のことを引きずってるみたいなのを、みーこは心配してて、星野と付き合ったらいい、って思ったんだ。久米さんは、真田のことをなかなか忘れられないんですね。はっきりした理由があって好きになったのではないんだけど。真田は、孤立してるわけじゃないけど一人でいることが多くて、でも寂しそうには見えなくて、凛としてる。そういう様子が、久米さんを惹き付けて、なんとなく目で追ってるうちに好きになっていた。久米さんは、人付き合いが苦手なんだ。恥ずかしがり屋で口下手で。見た目が可愛いせいで、色んな男子にちょっかい出されたり、女子に遠巻きにされたり、かと思ったらちやほやされたりで、常に戸惑ってる。久米さんには、真田が孤高な感じに見えて、そこに憧れたのかも。それで、久米さんは、ずっと真田が好きで、告白したけど手紙も読んでもらえずふられて、それは辛かったんだけど、心のどこかでは、やっぱり、って思ったから、ショックではなかった。受け入れられない、って分かってた。だから別に、告白する必要もないと思ってたんだけど、気持ちを伝えるだけ伝えといてよかったとも思う。せっかく、みーこも応援してくれてたし。手紙は読んでほしかったけどね。手紙を受け取らないのも、真田なりの誠意なんだろうけど、手紙を読んだ上で断られたって、久米さんは、やっぱり、って思っただろう。久米さんは、真田と付き合いたいとか思ってなかった。ただ、好きだっただけ。ふられた後も、好きじゃなくなるわけではなく、心の中で想い続けていた。そんな久米さんですが、星野の頑張りによって、変わっていったのだろう(適当)。久米さんは星野に心を開き、付き合うようになるんです。星野は、久米さんが真田を好きだったことを知ってるよ。みーこから聞いたから。みーこは、悪気があってばらしたわけではなく、黙ってられない性格なんです。若菜と星野の間で、こんな会話があった。
「望月(みーこの姓)は、久米さんが何で真田を好きになったのか分からないって言うけど、俺には分かる。真田って、一人で生きていけそうな感じするじゃん。自立してるっていうか。そんで、裏切らないだろ。嘘つかないだろ。信頼できる」
「評価たけー」
「高いよ。でも、真田のいいとこって、目に見えるもんじゃないから、分かりにくいのかもな。久米さんが、真田をずっと好きだったって、それで、もしかしたら今でもって知って、さすが久米さん、って思ったね。見る目があるよな」
「そうだな。でもまあ、星野もいっぱいいいとこあるよ」
「そういう若菜もいいとこあるよー」
「やめやめ。慰め合いみたくなってるし」
 ところで、心移りしたみーこは、若菜にあっさり告白し、「付き合おうよ、私達」って、悪びれることなく言う。若菜は、こないだまで星野星野言ってたくせに星野が好きなのが久米さんだって知った途端にこれかよ、って、呆れるんですね。変わり身はえーな、って。
「友達だと思ってるし、そういう目では見れないっていうか」
「結人、彼女いないんでしょ?」
「いないけどさ」
「じゃあ、とりあえず付き合ってみようよ。無理なら友達に戻ればいいし」
「そんなお手軽な」
「あ、もしかして好きな人がいるの?」
「えっ」
「誰? 久米っち?」
「いやいや、ないだろ、それは。何回か見ただけで、まともに話したこともないし」
「じゃあ、誰?」
「誰って。好きな人いるとは言ってないじゃん」
「いないって言わないね。絶対いるね。誰か言ってみ。秘密にするし。応援するし」
「応援すんの? 俺と付き合いたいんじゃなかったの?」
「付き合いたいよ。でも、好きな人いるなら応援する。結人には、いっぱい相談に乗ってもらったしね。お返ししなきゃ」
「いや、いい。結構です」
「言えないような人なの? 先生とか? 彼氏持ちとか? あ、人妻?」
「いやいやいや」
「まあ誰にしろ、言えないような恋なら、それはいったん置いといて、私と付き合ってみたらいいよ、とりあえず」
「えー、いや、うーん…」
 若菜って、結構、押しに弱いんですよ。意外と受け身だし。嫌いな人から押されたら、上手くスルーできるんだけど、そうじゃない人からだと、簡単にはかわせない。優しい子なんですよ。それを、完全に見抜かれちゃってるんですね。若菜はみーこのこと、恋愛対象として見てないけど、友達としては好きだし、マイペースだけどいい子で、面白いって思ってる。そんなに言うなら、付き合ってみてもいいかな、なんて思い始めたりして。
「じゃあ、考えとく…」
 と言った後、いや、このパターンはよくない、って思った途端に、
「考えとくって。考えた結果やっぱ無理とか、言いづらくない? 考えようって気があるくらいなら、もうOKでいいと思う。決まり!」
「えっ、決まり?」
「よろしく、結人」
 そんな感じで付き合い始めたのが二年の二学期かな。もうちょっとだけ続きます。一回でまとめれんかった。そしてほんとに普通に面白くなくて、こんだけ書いといて、我ながら残念です。でも書く前からこうなることは分かってた…。


2015年07月13日(月) 若真ネタ10

 中三の秋。受験生ですな。
「一馬君もE高行くつもりみたいよ」
 と、若菜母。
「あっ、そうなんだ。もっといいとこ行くのかと思ってた」
「あっそうなんだ、って。最近会ってないみたいだけど、連絡も取り合ってないの?」
「そういや全然だな」
「ケンカでもしたの?」
「してないよ。学校違うし、あんまり会わなくなるのは仕方ないじゃん。でも、高校同じなら、会うようになるな」
「ふーん、あんた、ほんとにE高受かる気なんだ」
「それ、親の台詞かよ」
 中二の夏休みの件以来、ぱったりと親交が途絶えてしまった若菜と真田。家がまあまあ近いし、どこかで偶然出くわすこともあるだろうと思っていた。それを不安に思う反面、期待もしていた。連絡はできない。考えとく、と言ってしまったからには、回答が必要だが、結局見つからなかった。振り返ってみると、考えたけど分からなかった、と、ありのままを伝えたらよかったのだが、そうできなかった。こちらから連絡できないし、向こうからも連絡しづらいだろう。どこかでたまたま会ってしまったなら、状況が打開するかもしれない。悪化するかもしれないけど。とか考えてるうちに、一年以上経ってしまった。
(会わなきゃ会わないで、平気、っていうか、普通だな)
 なんて。ひどい。でも、こんなの、強がりなんだ。ほんとは、罪悪感があって、不安で、心配で、迷ってる。そういう思いが石のように固まって、積み重なって、壁ができてる。向かい合うのが怖くて、壁に背を向けてる。背中の後ろの壁の向こうに、真田がいる。
(一馬は、どんな気持ちでいるんだろう)
 自分自身の気持ちすら掴みかねてるのに、相手の気持ちなど。
 さらに月日は流れ、若菜はE高に合格。母は「奇跡が起こった」と驚き、姉は「ありえない」と不満げ。父と弟は素直に喜んでる。もちろん、真田も合格したよ。あと、星野君もE高です。若菜は、連絡するのにちょうどいいタイミングだって思う。「久しぶりー。E高だってな。合格おめでと。俺も奇跡的に合格したんだ。よろしくな!」とか。どうだろう。自然? 中二の夏のことは、自分からは触れずにいよう。向こうが触れてきたら、そのときは、とりあえず謝ろう。と、思いつつ、あっという間に、入学説明会の日(3月末)になる。結局、連絡できず終い。
(いかん。このままでは…。どんな感じで再会すりゃいいんだ。とりあえず、「よー、久しぶりー」? 無視されたらどうしよう)
「ああっ、もうこんな時間! 結人、早く! バスの時間が!」
 若菜も若菜母も、いつも時間ぎりぎり気味。母は慌ててる。
「間に合わなかったら自転車で行けばいいじゃん」
「しんどいからいやー!」
 E高までは近いといえば近い。自転車で20分くらい。バスでも行ける。車ならすぐだが、駐車場に限りがあるため車でのご来校は極力ご遠慮下さい、とのことなので、車では行けない。若菜は、家から近い高校に行きたかったんです。一番近いのがD高。しかし、偏差値が高いので絶対無理。二番目に近いのがE高だ。若菜の学力では厳しかったんだけど、運良く受かりました。何とか無事にバスに間に合い、E高前で降りる。校門を入ったところで、
「あ!」
 若菜母が、真田母子を見つけて手を上げた。
(あーー……)
 一年と8ヶ月ぶりに対面した。背が伸びてる。顔付きも、なんかちょっと大人びたような。
「結人、久しぶりだな」
 声は変わってない。そりゃそうか。
「おー。あー、どうも」
 って、なんだそりゃ。
(一馬、普通だな。まあ、親いるし、普通にしとくのが普通か)
 途中で、星野にも会って、適当に挨拶を交わし、説明会に参加。その後は、教科書買ったりするんですかね。まあとにかくそれらが終了し、昼前に解散。若菜母と真田母は、この後近くで何か食べてから帰ろう、なんて話してる。それでいいよね、と母に聞かれ、
「いや、俺は帰る。疲れたし。家で適当に何か食べるわ」
 と答えたら、真田も、
「俺も帰る。そんなにお腹空いてないし」
 だって。二人でバスに乗って帰ることに。
(う、二人きり、という展開。気まずい。いやいや、なんとか、普通の感じで…)
 バスを待つ間、
「お前、背、伸びた?」
「え? さあ…、どうかな」
「いやいやいや、伸びてるだろ。じゃなきゃ、俺が縮んだっていうのか」
「はは。…よかった」
「よかった?」
「普通でよかった。結構長い間、会ってなかったし、気まずい感じになったらどうしようって思ってたから、普通に話せてよかった。あ、バスきた」
 そこで、若菜は、跪いて謝りたい気持ちになる。俺が悪かった、って。でも、謝ったら、「お前の気持ちに応えられなくてごめん」って意味に取られる、って思った。そうじゃないのに。もっと単純に、「長いこと連絡しなくてごめん」ってことなんだけど。でも、そう言ったって、やっぱり、応えられずにごめん、って受け取られる気がした。そうは捉えられたくない。じゃあ、応えられるっていうのか。分からない。同性の幼馴染みからの告白に応えるって、どういうものなのか。分からない。リアリティがない。でも、嫌悪感はない。真田は自分に何を望んでいるのだろう。それを知りたいけど、知るのが怖い気もしてる。それにしたって、もう、一年半以上前の話。蒸し返さない方がいいのだろう、きっと。
 バスは、座れないほどではないが、まあまあ混んでた。二人がけの席に並んで座る。
「俺も、よかったと思ってる。普通に話せて。同じ高校だな。今更だけど。よろしく」
 なんか恥ずかしい…。真田は、しばらくの間の後、
「うん」
 とだけ。
(俺が悪かった)
 若菜はまた、改めて思い、
(でも、とりあえず、これでよかったんだよな。これって、あれはもうなかったことにするって流れなんかな。それでいいのかな。俺はそれでいいとしても、一馬はそれでいいんだろうか。ていうか、俺は、いいのか、それで。ほんとに、それでいいと思ってるのか)
 当たり障りない会話をぽつぽつとしているうちに、真田の最寄りのバス停に着く。
「じゃあ、また、入学式で」
「おー、またな」
(同じクラスになったらどうしよう。って、どうもしないだろ。いいじゃん、同じクラス。いや、でも、ならないな。選抜クラスがあるらしいから、それに入るだろ、一馬は)
 真田が降り、しばらくして、バスのドアが閉まる。なんとなく心が引っ張られるような感じがして、バスの窓から外を見ると、真田がバス停で突っ立ったままこちらを見ていた。若菜は、思わず席を立ちそうになる。降ります、って言いたくなる。
(いや、降りてどうすんだ…)
 バスが発車する。気を落ち着け、窓から見える真田に向かって、軽く手を上げてみせた。真田は、少し気まずげに、小さく笑って、手を振る。その表情が、寂しげで、悲しげで、でも、寂しさを、悲しさを、隠そうとしてるようで、
(昔からそうだった。一馬って、幼稚園のときから、こんな感じだった。成長したって、根っこは変わらないんだ)
 一年半以上かけて積み上がった壁が、がらがら崩れ落ちていく。だからって、罪悪感や不安が消え去るわけはなく、また別の形になって胸を覆うんだけど、壁は、音を立てて崩れた。なんで長いこと会わず、連絡もせず、それでも別に平気なんて、強がってたんだろう。全然平気じゃない。ずっと会いたかったのに。会いたくて、顔を見たくて、並んで話をしたくて、何も話をしなくても、何もしなくても、ただ一緒にいるだけでよかった。
 まあ、でも、友情なんですよね…、若菜は。そんな感じで、ここから高校生編になるんですが、若菜と真田の話というよりは、若菜と真田とみーこと星野君と久米さんの五人の話になっちゃうんで、面白くないんですよ(素)若菜と真田の関係も停滞してるし、結果的には、若菜とみーこ、星野君と久米さんが付き合う、ってなるんで、真田が可哀相で、そんな萌え所のない話を誰も見たくないだろう。というわけで、ざっくりいきます。次回、一回でまとめてしまいたい。でも、適当に日記も放り込んでいきたいです。だってほんとにこれいつ終わるか分からないから。というか終わらない気もしている。ここまで書いといてすみません。


2015年07月09日(木) 日記?

 たまには日記書きましょう、か? なんか日々色々ありますが。子の幼稚園がらみとか、地域の活動とか、あと、バイトとかバイトとか、バイトとか? やめるんじゃなかったのかって感じなんですが、シフト減らして続けてる…。yametai。まーそんな感じです。おすすめ漫画教えて下さい、というメッセージをいただきました。しかしお役に立てそうにありません…。私は、10年以上前からなんですが、漫画をほとんど買わなくなってしまって。身近に漫画好きな友人がいたときは、その子から漫画借りてましたけど。手元にあった漫画も手放しちゃったし。でも、どうしても手放せなかった漫画があり、それは実家のどこかに置いてあります。吉野朔実の「恋愛的瞬間」と「ぼくだけが知っている」です。特に「ぼくだけが〜」は、折に触れては読み返したくなる漫画です。実家にあるから読み返せないけど、心の中で思い出してる。これからもずっと、心に残り続ける作品です。今度実家行ったら、持って帰ろう。学生時代は、一生懸命漫画読んでましたよ。それが人生。漫画読まない人って何がたのしくて生きてるの、って思ってたくらいです。小学生のとき、りぼんとなかよしに出会ってから、私の漫画人生が始まりました。毎月、りぼんとなかよしの発売日を、どれほど楽しみにしていたことか。お小遣いを握りしめて、発売日の前の前の日くらいから、近くの商店に通うんです。発売日まだだけど、もうあるかも? という期待(妄想)。そして、本屋じゃない。本屋近くにない。近くの個人商店です。米とかお菓子とか色々売ってます。そこのおばちゃんが、やたら感じ悪いんですよ。って、あー、懐かしい。懐かし過ぎて、なんか心が震えてきたわ。よかったわー、あの頃。おっと、よかったのは、あの頃の私の日々全般ではなく、漫画に関してだけです。漫画以外は、よくないですよ、基本。あの頃の私も、陰気で弱気で、色々悩んでましたね。大人になってからの方が、まだ楽ですよ。子供のときのが苦痛度高いです。ぼんやり回想して、いいことが思い浮かんでくると、昔はよかったなんて感じちゃいそうですが、そんなことはないんですよ。辛いことのほうが圧倒的に多かったんですよ。でも、蓋をしてるんですよ。あっ、話が逸れそう。戻そう。りぼんでは、「ハンサムな彼女」が大人気でしたね。「ときめきトゥナイト(なるみ編)」や「銀色のハーモニー」「天使なんかじゃない」も。私も楽しみに読んでましたけど、コミックで買って何度も読み返したのは、「ねこねこ幻想曲」です。すごく好きだったんですが、たまたま私の周りの子達は興味がなくて、語り合えずに残念だった記憶があります。あとは、忘れてはいけない、「ちびまる子ちゃん」と「お父さんは心配性」。「ちびまる子ちゃん」は、笑いあり涙ありで、ほんとに大好きでした。「お父さんは心配性」は、最初見たとき、「何これ! 怖い!」って、本気で怯えました。すぐ好きになったけど、初見は衝撃です。りぼんってすごいですね! でも、なかよしも同じくらい好きでしたよ。「きんぎょ注意報」「Pなつ通り」「月下美人」。あと他にも色々好きなのあった。私は、作品を問わずに竹田真理子先生が好きだったのですが、ファンレターを送ったことがあります。いやほんと懐かしい。りぼんとなかよしの後は、花とゆめ。あと、別マも。未だに、なんでそっちにいったのか分からないのですが、少コミにまで手を広げてました。こんな話をしていたら、いつまでもこんな話になるくらい、少女漫画誌が好きでした。もうこれ全然、おすすめ漫画の話じゃないですね。むしろ私が、おすすめ漫画を教えてほしいくらいです。でも、BLに関しては、かなり間口が狭いので…。たとえば、表紙を見ただけで、もう無理、ってなることが大変多いです。絵柄云々ではなく、この攻めっぽいほうが攻めで、受けっぽいほうが受けなんだよね、って感じると、無理…、ってなるんです…。心が狭い…。でもこれは、理屈じゃなくて、本能的なもんなんでどうしようもないです。攻めが受けより明らかに大きいのとか、体格差なくても、受けより攻めが男らしい顔付きだと、無理、ってなっちゃう。なんで。逆なら全然いい。っていうか、むしろどんと来い。そっちを求めてる。あと、両方とも男らしい見た目ならいいよ。その場合は、リバでいいよ。ちなみに、両方とも美人とかイケメンという設定には、全く興味ないです。見た目は美人だけど、中身はとっても男らしい受け、という設定にも興味がないです。まずは中身は置いといて、ってなっちゃう。大事な中身を置いとくんかい。美人攻めなら大好物ですが。あと、ワンコ攻めとかツンデレ受けとかも興味わかないです。逆ならいいです。ツンデレ美人×大型ワンコ、見たいかも。とか、ホモに関する好みについて言い出すと、ほんとーに間口が狭くなる。だから、ホモパロになる。


2015年07月07日(火) 若真ネタ9

「ねえ、結人ってば、聞いてる?」
 19歳、春。前々回の翌日の話。若菜は、彼女の家に来てる。彼女の名前は、望月美恵子といいます。
「え、うん、聞いてる」
 若菜は、小三のときの出来事を思い出して、ちょっとボーッとしていたよ。
「ほんとに?」
「星野と久米さんの結婚お祝い会に、何着ていくかって話だろ」
「そうだよ。どうしよー。迷うー」
 友人の星野君が若くして結婚するんです。相手の久米さんは、若菜の彼女と友達。式は挙げない。入籍は6月なので、ジューンブライドだ。友達が集まって、カフェ貸し切ってお祝い会をするよ。
(星野がこんな早く結婚するとは。でもまあ、星野らしいといえばらしいかも)
「やっぱり、新しく買う」
「何を?」
「だから、服だよ!」
「うん、いいんじゃない」
「買いに行くのついてきて。一緒に選んでよ」
「いいよー」
「どうでもいいんでしょ」
「うん」
「あー、結人は正直だね。ちょっとムカつくね」
「わはは」
 ムカつく、なんて言ったけど、彼女は全然ムカついてない。ちょっと寂しげな顔になり、若菜の髪に触れる。若菜は猫っ毛なんだけど、彼女は、自分の髪質(太くて硬い直毛)とは真逆の、若菜の髪を触るのが好きなんだ。
「最近、してないね」
 と、彼女が言った。何を? と返せるほど無神経ではなく。
「そうだっけ」
 これはこれで充分過ぎるほどに無神経だが。
「そうだよ」
「ははは」
「何がおかしいの? 飽きた?」
「まさか」
 ここで、歯が浮くような愛の台詞を吐いて、抱き締めて、押し倒して、抱き合ったら。してなかった間を埋めるくらい情熱的な。変態! と罵られるくらいサービス満点の。
(うーん、しんどい…。とか思っちゃう俺って、駄目だな。ひどいな。でも、とてもそんな気にはなれない)
「結人、疲れてるんだね。可哀想に」
 彼女は、若菜の背中を撫でる。
(優しい。女神じゃん)
 彼女を大切にしなきゃ、って思う。幸せにしなきゃ。なのに、昨夜、触れそうで触れなかった、真田の手を思い出してしまう。手を繋げそうだった。でも繋げないし、繋がなくてよかった。
「結人はいつも、自分が気持ちよくなることより、私のことを考えてるね。私が気持ちよければ、別に自分はいけなくてもいいくらいに思ってるでしょ。毎回そんなんじゃ、疲れるよ。自分勝手なときも、大雑把なときも、あっていい」
 彼女は、若菜に優しく口付ける。
「結人、今日は、そんな気にはなれない?」
「いや、ちょっとそんな気になってきた」
 彼女は若菜をそっと押し倒し、
「結人は寝転がってて。何もしなくていいよ。希望があれば、言って。したいことをしてあげる。特にないなら、勝手にするけど、優しくするよ。いい? 嫌?」
「…いいよ、好きにして」
 彼女が笑った。その口元が、色っぽくて、とても好きだと若菜は思う。

『俺は、あの日の夜空も覚えてる』
(俺だって覚えてる)
 若菜が二人いればいいのに、という、バイト先で言われた言葉を思い出した。
(二人いればいいのか。みーこの俺と、一馬の俺。でも俺、一人だし。引き裂くか。真ん中から。できるもんなら。そんなアホな。できるとしても、いらねーだろ、そんなもん。みーこも、一馬も)
 みーこ、というのは彼女のあだ名だ。若菜がつけたわけじゃない。彼女が、みーこって呼んで、って言ったから呼んでる。
(俺のどこが好き?)
 そんなことを今聞いたって、今でなくても、彼女に聞いたところで、ただの睦言になってしまう。真田に聞いたとしたら、また『オニ』扱いされるだろう。聞けるわけないけど。そうじゃないのに。そういうんじゃないのに。
(一体、俺なんかの、どこをどう好きなのか。俺は、あんまり俺が好きじゃないみたい。年々好きじゃなくなっていく感じなんだ)


2015年07月06日(月) 若真ネタ8

 数回で終わるつもりだったんですが、全く終わる気配がない。あと何回くらいで終わるのかも分からない。どうしよう(素)

 小学校三年の、ある夜。若菜は、ふと夜中に目が覚める。特に喉が渇いているわけでもないが、お茶でも飲もうと部屋を出ると、リビングから話し声が微かに聞こえてくる。母親が電話をしているようだ。足音を忍ばせてリビングに近付く。閉じられたドアの前で、身を屈めて小さくなり、耳を澄ませた。もしかして、『フリン』か!? とドキドキしていた。家の中が静かなので、集中すれば、母の声ははっきりと聞き取れた。苦労なく盗み聞きできそうだ。
「うん、うん、曜子さんの気持ちは分かるよ」
 ようこさん、というのは、真田の母だ。なーんだ、と若菜はがっかりした。ただのおしゃべりか。面白くも何ともない。
「でも、いじめと決まったわけじゃない。……うん、そうね、きっと一馬君は言わないね」
 いじめ、という言葉に、ハッとなる。
(一馬、クラスでいじめられてんのか? いじめって…。どんないじめだ。無視? 物隠されたり? 最悪、かつあげとか、暴力!? いやいや、やばいだろ、暴力は!)
 電話はまだ続いていたが、母は聞き役に徹しているのか相槌ばかりで、これ以上聞いていても何も分からなさそうだ。若菜は、さっきとは別の意味で心臓がドキドキしていた。不倫だったりして、なんて思ったときは、面白そう(よく分かってないからね)でワクワクしていた。でも、今は、不安と心配で心が冷たくなっている。重い足取りで、部屋に戻った。
(無口だし、無愛想だから、誤解されることあるかもだけど…。ケンカじゃなくて、いじめかよ…)
 とても眠れそうにない。担任はどんな先生だろうか、と思う。色んな先生がいるけれど、結局は二種類だと若菜は思っていた。いざというときに役に立つ先生と、役に立たない先生だ。優しくて面白くて結構人気のある先生が、大事な場面で逃げ腰になることがあるし、キモいとか言われて馬鹿にされてる先生が、いざというとき、周りがあっと驚くほどに勇敢な言動をすることがあるのを知っていた。真田の担任が、役に立たない先生だったらどうしよう。生徒同士のちょっとした争いなら、先生の出る幕はないだろう。でも、いじめなら。出る幕があったとしても、先生に何もできない場合はあるだろう、というか、基本、何もできないんじゃないか。若菜のクラスでは、低学年のときは何の問題もなかったが、三年になって、一人、問題児というのとは違うが、悪い意味でのリーダー格の男子がいた。でも、先生の前では普通だし、誰も担任に言おうとはしないので、先生は完全に蚊帳の外だった。それが普通だと感じられたし、クラスの大多数が、担任に何かを期待してはいなかった。
 熟睡できないままに、朝がきた。寝不足だというのに、目覚ましが鳴るか鳴らないかのうちに目が覚める。
 朝食の席で、
「俺、いったん、中央小に転校するとかできる?」
 中央小学校は、真田の通ってる小学校だ。若菜は、南小学校。
「は? あんた、何言ってんの。校区違うから無理に決まってんじゃん。しかも、いったん、てどういうことよ。またこっち戻るってこと? 意味分かんない」
「姉ちゃんには聞いてねえ。お母さんに聞いてんだ」
「お母さんに聞いたって一緒だよ。じゃ、いってきまーす」
 姉のクラスでは、早く登校するのが流行ってるらしく、若菜よりもかなり早めに家を出る。とっくに準備を整え、朝ご飯を食べ終えていた。
「はーい、気をつけていってらっしゃい」
 キッチンにいる母は、若菜を見て、あとで話そうね、と頷いてから姉に手を振った。姉は、そのへんをよちよち歩き回ってる一歳の圭人をぎゅっと抱き締めて、
「けいちゃん、行ってくるね!」
 急ぎ足で家を出ていった。
「お母さん、さっきの話」
「ああ、転校って。なんで急に、そんなこと」
 母はキッチンから出て、若菜の隣の椅子に腰掛ける。
「一馬って、いじめられてんの?」
 その言葉に、母は驚きで目を見開いた。自然と声も大きくなる。
「一馬君がそう言ったの!?」
 声色に驚いたのか、圭人が、「あー!」と声を上げながら、母の方に近付いてきた。母は、圭人を抱っこする。
「違う。昨日の夜、お母さんが電話で話してたじゃん。夜、なんか目が覚めたんだよ。部屋から出たら、電話してる声が聞こえたから」
「そう…。いじめなのかどうかは、分からないのよ。一馬君のお母さんが、先生から、クラスに馴染めていないみたいだって言われたって。他所のお母さんから聞いたら、クラスに馴染めてないというよりは、一人の子と上手くいってないみたいって。その子が、リーダー格で、まあ、ちょっと、攻撃的なところがあるっていうか。でも、一馬君本人は、何も言わないらしいのよ」
 抱っこされるのに飽きた圭人がジタバタし始めたので、母は圭人を下に降ろした。圭人はまた室内をうろうろしだす。
「嫌な奴がいるってことだな。うちのクラスにいたAみたいな奴かな」
「交通事故に遭って、引っ越した子?」
 これはコンビニネタと一緒です。
「そうそう。攻撃的って、殴ったりとかすんの?」
「それはない、みたい」
「みたいって」
「結人は、一馬君が心配だから、転校なんて言い出したの?」
「いったん、な。とりあえず偵察して、解決できそうならするし。終わったら、戻るし」
「そんな簡単に言って。何も知らない結人が行って、解決なんて、できると思うの? でも、結人の気持ちは、立派だと思う。あんたがそんなこと言うなんて、びっくりしたよ。友達思いで、偉いよ」
「転校は無理? 俺に何ができるのか、夜ずっと考えてたんだけどなあ」
 母は、若菜の目をじっと見つめながら、
「結人。結人は、今まで通りにしてて。それで、一馬君には、何も聞かない方がいいと思う。もちろん、一馬君から話すのなら、ちゃんと聞いてあげて。結人は、今までと同じように、一馬君と友達でいる。それが結人にできることだと思う」
「そんなの、お母さんに言われなくたってそうするし。いじめと関係ないじゃん」
「関係なくないよ。いじめに限らず、何かあったとき、ずっと友達でいてくれる人がいるって、家族以外に味方がいるって、すごく支えになるものなんだよ」
「ふーん…」
 なんだかピンとこなかったし、結局自分にできることはない、余計なことはしない方がいい、ってことなのか、と感じたが、とりあえず頷いた。圭人が近寄ってきて、若菜の足にまとわりつき、よじ登ろうとしている。よっこいしょ、と圭人を抱き上げた。
「お前は悩みが無くていいなー」
 圭人は、あーあー言いながら、若菜の顔をべたべた触る。
「あっ、結人、時間、大丈夫なの?」
「大丈夫。遅刻しても平気」
「何それ。平気じゃないよ! 急いで急いで!」
 母に急かされ、準備して家を出る。見慣れた朝の通学路が、いつもと違って見えた。いじめられて学校に行きたくなかったとしたら、この道は、地獄への道のりだ。
(どんな気持ちで学校に行ってるんだろう)
 今日はどんよりとした曇り空。自分の気持ちと重なっていて、少しだけ落ち着く。やたら晴れた空だったら、もっとモヤモヤしてる気がした。
 ぼんやりしているうちに、学校が終わってしまった。何度か先生に注意されたが、適当に答えて、その不遜な態度が、クラスで受けたりした。担任も、結局は一緒になって笑っていた。若菜はクラスで人気があったが、担任も、若菜を気に入っていたのだ。だらしないところがあるし、乱暴な物言いをすることもあるが、心は優しいし、頼りがいがある。問題を起こすことなどなく、むしろ、問題が起こったら解決に乗り出すタイプだと、担任は評価していた。
 放課後、
「若菜、早く行くぞ!」
 クラスメイトに背中を叩かれ、
「どこへ? あと、痛いんだけど」
 やっと我に返る。いつのまにか帰る時間になってるし。クラスメイト(Qとする)は、何言ってんだよ、と呆れ果てた声を出す。
「星野んちに行くって約束だろ」
「あ、そうだっけ」
 同じくクラスメイトの星野君ちに、何人かで集まることになってたのだ。忘れてたけど。
「来るだろ?」
 と言ったのは、星野。
「あー、うん、行く行く」
 そんな気分じゃなかったが、約束してたのなら仕方ないし、若菜は星野と一番仲良いっていうか、馬が合うんだ。
 靴箱で、同じクラスの四人組の男子に会った。若菜達のグループは、活発な男子が集まってる目立つグループで、四人組男子は、地味で大人しいタイプの集まりだった。その男子のうちの一人が、明らかに怯えた表情を見せ、俯いた。他の三人は、怯えてはいないものの、会いたくない奴らに会ってしまった、というような顔をしている。お調子者のQが、彼らをしょっちゅうからかうので、嫌がられてるんだ。またQが何か言おうとしているのが分かったので、
「行くぞ」
 若菜はQの背中を鞄で思いきり叩いた。
「いてー!」
「さっきのお返し」
(今まではあんまり考えてなかったけど、からかわれる方は、嫌な気持ちになるよな)
 若菜は、逃げるように先を歩いていく男子四人組を見ながら思った。
 星野家でも、若菜はボーッとしていた。
「おい、若菜、どうしたんだよ。生理かー?」
 Qがニヤニヤしながら言った。
「バーカ」
 相手にする気も起きず、適当にあしらう。Qは悪い奴ではないが、時々めんどくさい。
 若菜は雑誌をぱらぱらめくっていて、それ以外の友人達は、ゲームで盛り上がっていた。星野は、トイレで席を立ち、戻ってから、さりげなく若菜の隣に座る。
「何かあった?」
 何でもないことを聞くような調子だったが、心配しているのが伝わってきた。星野になら、言える気がした。
(いじめって、どう思う? 自分がいじめられたらどうする? 別の学校の友達がいじめられてたらどうする?)
 でも、言えない。他の友達もいるし。
「昨日の夜、なんか途中で目が覚めて、その後寝れなくなって、寝不足。めっちゃ眠い」
「なんだ。そういうときはさ、帰って寝たらいいんだぜ。約束してたっていっても、ゲームとかして遊ぶだけなんだから」
 星野が笑顔で言った。
(いい奴…。一馬には、こんな友達、いるんだろうか。俺は、星野と一番気が合うけど、他にも友達いるし、星野は誰とでも仲良いし。一馬はどんな感じなんだろ。気が合う奴、誰もいなかったら、きつくないか)
「じゃー、俺、先帰るわ」
 若菜が言うと、星野は頷いた。しかし、他の友人達がそれを許さず、結局その後ゲームに付き合わされ、帰る頃には日が暮れかかっていた。
 そのまま帰るつもりだったが、足は真田家に向かっていた。インターホンを押して名乗ると、しばらくして、真田母が少し驚いた様子で出てくる。約束もなくこんな時間に来るなんて、どうしたのかと思っただろうが、すぐに歓迎の笑顔になり、
「こんばんは。ちょっと久しぶりね。さあ、入って」
「遅くにすいません。なんかちょっと寄りたくなって」
「いいのよ。来てくれて嬉しい。一馬も喜ぶわ。夕飯食べてく?」
「いや、それはいいです。お母さんに言ってないし」
「そうなの。じゃあまた今度、食べてってね」
「はい、ありがとうございます」
「部屋に上がって。一馬には伝えてるから」
 二階に上がり、俺だけど、と言いながら、真田の部屋をノックする。どうぞ、と聞こえたので、ドアを開けて入る。相変わらず、きちんと掃除され、整理された部屋だ。
「よー、元気?」
 軽く挨拶して、若菜のためにさっき出されたのであろう座布団の上に座る。
「元気だけど。何か用?」
「別に。通りかかったからちょっと寄ってみただけ。ていうか、用がなきゃ来ちゃいけねーのかよ」
「いや、いいけど。いきなりだからびっくりして」
「これからはなるべく連絡する」
「うん」
「なあ、学校、楽しい?」
「普通」
「仲のいい奴、いる?」
「……」
「じゃ、嫌な奴は? いる?」
「………」
 何でそんなこと聞くんだ、と聞き返すこともなく、真田は黙ってしまった。気まずい沈黙が流れた。若菜は、まだまだ答えを待っていられるという気持ちだったが、真田は耐えかねる様子だ。思いきり眉間に皺が寄っている。
「よし、俺、そろそろ帰るわ」
 真田は驚きながらも、ホッとした表情を見せた。
「お前ほんと何しに来たんだよ」
「途中まで送ってけよ。晩ごはん前のちょっとした散歩だよ。いいだろ?」
「…いいよ」
 外は既に真っ暗だった。冬は夜になるのが早い。空は雲で覆われていて、月も星も見えない。街灯のおかげで道は明るいが、暗い夜だった。
 二人とも、無言で歩く。何も会話をしないまま、若菜が決めていた「途中」まで来てしまい、足を止める。そして、やっと、口を開いた。
「一馬、何か困ってることがあるなら、俺に言えよ」
 星野みたいに、さりげなく、優しく、言いたかった。でも、深刻な調子になってしまう。真っ直ぐに見つめてしまう。真田は、ハッとした顔になり、固まるが、しばらくの間のあと、意を決したように、若菜を見返してきた。視線が合う。若菜は、緊張で心と体が張り詰めるのを感じる。きっと、真田も緊張している。
「今は、特に困ってることはないよ」
 その答えに、がっかりしたのか、安心したのか、若菜は自分の気持ちを掴みかねる。本当に? と問い詰めることはできない空気だった。真田の様子には、これ以上は入っていけない頑なさがあった。
「とにかく、何かあったら俺に言えよ。俺が何とかするから」
「…うん」
 あ、微かな光が。街灯の明るさではない、別の光が、道を照らし始めている。空を見ると、雲の切れ間から月光が差していた。ゆっくりと黒い雲が晴れていき、丸い月が姿を現し出す。教えようと思って真田に目をやると、真田は、じっと夜空を見上げていた。熱心な眼差しだった。


2015年07月02日(木) 若真ネタ7

 19歳(20歳になる年度)の春、4月。1話目は秋頃の話なので、それの半年くらい前の話。ちなみに真田は大学二年生。
 三月四月は、歓送迎会があるので、居酒屋のバイトは忙しい。若菜は、ホール・キッチンどっちもやるよ。日によって色々。忙しいときは、ホールに入ることが多く、最近はホール続きだったんだけど、キッチンが急に一人休んじゃったので、今日はキッチン。ほんとは休みだったんだけど、急遽呼び出された。店長にとって、若菜はとっても使いやすいバイトです。大体そつなくこなすし、話しやすいし、見た目は軽そうだけど意外なくらい真面目だし、シフトを割と自由に組めるから。
 忙しさがちょっと落ち着いた頃、ホールのバイト(女子大生)が一人、不安げな面持ちでキッチンにやってきた。ちょうど事務所から出てきていた店長を見つけると、すぐにそちらに走り寄り、何か話している。どうやら、別のバイトの女の子が、酔った客に絡まれてるらしい。
「そんなこと、俺に言われても。ちょっとちょっかい出されたくらいで、いちいち俺に言われちゃ、困るんだけど。ホールのことは、ホールで解決してくれなきゃ。よっぽどだったら、俺が出ていくけどさ、そんな大したことにはなってないんでしょ。俺、忙しいから、事務所戻らないと」
(何が忙しいだよ。事務所で昼寝してんの見たぞ)
 若菜は聞こえてくる会話にイライラしながら、オーダーの入ってる品を仕上げていく。
「でも、やめて下さい、って言っても、全然聞いてもらえないんです。おじさん二人連れのうちの一人がそんな感じで、もう一人は寝ちゃってるし…」
「はー。仕方ないなあ。若菜、ちょっと様子見てきてよ」
(って、俺かよ。キッチン入ってるんですけど)
「いいよな、若菜が抜けても。もう、そのままホールでいてよ」
「えっ、それは、困りますけど」
 キッチンに入ってる他のバイトが不満げに言った。
「なんだよ。じゃあ俺が代わりに入ってもいいから、若菜はそっち行ってきて」
(お前、忙しいんじゃなかったのかよ…)
「はい…」
(はー、まじか。とんでもない客だったらどーしよ)
「ごめんね、若菜君…」
 言いにきたバイトの女子は、申し訳なさそうに謝って、かなりの急ぎ足で奥の座敷に向かう。いいって、と返しながら、慌ててついていく。
 入り口から座敷に入ると、
「いてててて! 離せコラ!」
(え…!?)
 スーツを着た大柄な中年男性が、若い男に腕を捻じ上げられていた。状況そのものより、その若い男が、よく知った人物であることに驚いた。
(一馬!? 何やってんの!?)
「ど、どうなさいましたか!?」
 急いで駆け寄る。真田はぱっと手を離し、
「来るのが遅い」
 と、ぶっきらぼうに言った。
「どうもこうもあるか! 隣の席にいたこいつが、急に俺の腕を、」
「急にじゃないですよ。そのおじさんが、お店の女の子にちょっかい出してたんですよ。それで、やめるように言ってもきかないし、女の子の体を触ったから、真田が、そこの彼が、止めに入ったんですよ。おじさんが悪いですよ」
 隣の席は、大学生らしきグループで、真田はその一員のようだ。そのグループのうちの一人の男子が説明した。酔った男は、「何をー!」とか「知るかー!」とか、わめいている。対面の席で寝ていた同年代の男がやっと目を覚まし、「うるさいなあ…」と、のんきに呟いた。
 座敷の隅でうろたえている、ちょっかいを出されたバイトの女子をちらりと見ると、さっきの男の子の言った通りです、というように頷いた。顔色が青ざめている。
「大変酔っていらっしゃるようですが、大丈夫でしょうか。もうお帰りになりますか? よろしければ、出口までお供いたしましょう」
 慇懃無礼に若菜が言うと、
「こんな店、二度と来るか! おい、帰るぞ!」
「はいはい。お酒も料理も美味しかったしまた来るよ〜」
 二人の客はさっさと帰っていった。なんやかんやとごねられたらどうしようかと思ったが、そんなことにはならなかった。
 例の客が通り過ぎるとき、触られたというバイトの女の子は、震えながら俯いた。もうその客が見えなくなると、安心したのか、急いで、真田の近くに行き、
「助けて下さって、本当にありがとうございます。すみませんでした」
 土下座せんばかりに頭を下げた。
「いや、全然、いいです。それより、大丈夫ですか?」
 女の子は何度も頷く。伝えにきた女の子も、真田に頭を下げ、尊敬のまなざしで見つめている。
「よっ! 真田、男前!」
「かっこいいー!」
 真田のグループから冷やかしの声が上がり、別の席からも賞賛の声や拍手まで起こったりした。真田は、眉間に皺が寄り、苦々しい表情になっている。若菜は改まって真田に向き合う。
「お客様、この度は、」
 若菜の言葉を遮って、
「ほんとに、おせーよ、来るのが。知らんふりかと思ったよ。なんか腹立つから、腕折っちゃうところだった」
「…ご冗談を…」
「もちろん冗談に決まってる。手加減するどころか、ちょっと腕掴んだだけなのに、大声出すからびっくりしたよ」
「お客様は目付きが険悪でいらっしゃるので、酔っ払いのエロ親父様は身の危険を感じたのでは」
「うるさい。ていうか、お前、今日休みじゃなかった?」
「お客様、何故僕のシフトをご存じで…」
「言ってたじゃん」
「そうだっけ」
 座敷を出た後、ちょっかい出された女の子を慰める間もなく、
「さっきの人と知り合いなんですか?」
 その子に、食い付き気味に聞かれた。
「うん、そう、幼なじみ。ていうか、平気? 怖かったよね」
「平気です。助けてもらったんで」
「紹介してもらったら? 王子様じゃん。ね!」
 と言ったのは、伝えにきた女の子。
「えっ、でも…」
 戸惑いながらも、期待の眼差しを若菜に向けてくる。
「あー、うん、言ってみとく」
「きゃー、いいなー」
「ほんと? 迷惑じゃないかなあ…」
 遠慮がちに言いながら、明らかにテンションが上がっていた。そして、女の子達は仕事に戻る。若菜は、一応店長に報告するためキッチンへ。
「あら? 店長は?」
「そんなの、あの後すぐにどっか行ったよ。それより、解決したか? おつかれさん。早くこっち戻ってよ」
 若菜が抜けると困ると訴えたキッチンのバイトが、せかせかしながら言う。
「はーい。あ、そのままホールにいろって言われてたっけ」
「えっ。困るな。はー、若菜が二人いればいいのにな。キッチンの若菜とホールの若菜」
「ははは」
 なんとかホールは回ってるみたいなので、とりあえずキッチンへ。店長は自分の指示したこと忘れてそうだし。
(はー、なんか、疲れた…)
 上がる時間には、クタクタになっていた。いつもそんな感じだけど、今日はさらに。
 店を出て、原付を取りに裏に回ると。
「おっ、こんなところに、今夜のうちの店のヒーローが。きゃー、サインくださーい」
 若菜の原付のすぐ横で、真田が地べたに座って、本を読んでいた。
「うるさい。バイトおつかれ」
「あ、連絡くれてた? 俺、携帯、家に忘れた」
「ううん、連絡してない。勝手に待ってた」
「いいけど、なんで? お友達の方々は? あれって合コン?」
「違う。ゼミの飲み会。まだ未成年だから飲んでないけど」
「まじめー」
 真田は否定も肯定もせず、本をバッグに仕舞い、やっと立ち上がった。
「あの後、ラウンドワンに行ったんだけど、めっちゃ疲れた。肉体的には大丈夫なんだけど、精神的に。みんなまだ遊んでるよ。すごいよな。元気だな。俺は、早く帰って風呂入って寝たい」
「うん」
「俺は、早寝早起きなんだ。夜遊びしたくない派なんだよ」
「うん。なあ、そのへん、ちょっと散歩するか。遅いし、ちょっとだけな。それとも、もう、すぐ帰りたい感じ?」
「すぐ帰りたいなら、とっくに帰ってる。ここに来てない。ちょっと散歩する」
 二人並んで、ゆっくりと歩く。月が煌々と照り、星が瞬く、明るい夜だった。特に会話はなかったが、それが自然で、居心地の良い静かな雰囲気だった。隣を歩く真田をちらりと見やる。明らかに若菜より背が高い。出会った頃、幼稚園のときは、小さくて華奢だったのに。女の子みたいだった。小三のときには、もう標準の体格になっていた。いつのまにか身長を抜かれていた。すっかりたくましくなって。凛々しい横顔。大人っぽい。落ち着いて見えるから、社会人に間違われそうだ。
(俺は高校生に間違われてばっかだけど。
 あ…、)
 さっき、手と手が触れそうだった。触れそうで、触れない。いっそ、さりげなく手を繋いでも変じゃないかも。いや、待て、変だろ。若菜は、真田から少し離れた。それに気付いたのか、真田がこちらを少し見てから、ゆっくりまばたき、目を逸らし、夜空を仰いだ。
 違う! と声を上げそうになる。
(って、何が違うんだ。気持ち悪いとか嫌とかで離れたんじゃなくて、…なくて?)
 若菜は、気持ちをごまかすように、口を開いた。
「あ、そうだ。ほら、お前が助けた女の子な。かわいかったろ。真面目だし、優しいし、いい子なんだけど、どう?」
「どう、とは?」
 若菜に目を戻し、問うた真田の声は、あからさまに不機嫌だった。
「紹介しますよ、的な」
「いい。いらない」
「あ、そう?」
「バカじゃねーの」
「まあ、バカはバカですが…」
「バカっていうか、オニだな。オニだよオニ。オニじゃねーの」
「オニて。人生において初めて言われたわ」
「俺、今でも思い出すんだ」
 中二の夏休みの話が出てくるのかと思い、緊張した。不安。恐怖。そして、少しだけ、甘い期待。
「小三のときのこと。お前いきなり家に来たことあっただろ。そのときも、散歩したよな。俺、あの頃、あんまりクラスに馴染めてなくて、なんか憂鬱で。来てくれて嬉しかったけど、なんか複雑だった。だって、結人は絶対、学校生活楽しんでるだろうし。それがなんか、寂しくて。きっと俺のことなんか、もうどうでもいいんじゃないかって。どうでもいいとまではいかなくても、かなり優先順位が低いだろうって思ってたんだ。そしたら、結人が、『困ったことがあったら俺に言え』って。『俺が何とかする』って言ったんだ。それで、俺は、急に、暗い迷い道から抜け出したような気持ちになって、ああ、これでもう大丈夫だって、この先、何があっても平気なんだって、結人が味方でいてくれるからって。思った。ずっと心の支えになってるんだ。もし、あれがなかったら、俺はきっと、あのときはなんとか乗り切っても、どこかで大きくつまずいてた気がするし、今日、酔っ払いに注意するなんて、できなかったと思うんだ。
 俺は、あの日の夜空も覚えてる。月が隠れてたのに、ゆっくり雲が晴れてって、明るい月が見えた」
 真田は、また空を見上げていた。『小三のときのこと』を話し始めてから、足は止まり、二人して、道の端に突っ立っていた。若菜は返す言葉が見つからず、同じように夜空を見る。
「あ、勝手に心の支えにしてるってだけで、実際何か困ったことが起こったとき、結人に何とかしてもらおうって思ってるわけじゃないから。安心して」
 我に返ったように、真田が早口で付け足した。
「俺は別に、何の力にもなれないかもしれねーけど、話を聞くくらいならできると思うんだけど。『俺が何とかする』とは言えないけど、俺にできることならするよ」
 さっきまで空を見上げてた真田が、今度は俯いて地面を見ている。
「うん。ありがと。俺も、俺にできることは何でもするよ」
 そして、二人は再び歩き出す。その辺りをぐるっと回って、もうすぐ店に戻ってくる。夜の散歩が終わりに近付いている。
(素晴らしいね。美しい友情だね。幼なじみっていいね。でも、どうしたらいいんだろう。どうして、どうしたらいいんだろう、って思うんだろう。どうもしなくていいじゃないか。このままで、こうやって、触れそうで触れない距離で、話したり、黙ったり、空見上げたり、俯いたり、たまに立ち止まったりして、ずっと、二人で、散歩していられたらいいのに。月と星に照らされた、綺麗な夜の道を。
 なんてね)


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