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■■ 久しぶりにネタ
記憶は、業火に呑まれはしなかった。 呼吸が止まるかと思うほどに美しかったあの日の炎。崩れ落ちなんとする壁をかわし、祖父を救うためだけに命をかけて駆け去っていった父の背中。 うつろな偽りに満ちていた家とともに、置き去りにされた己のつま先。母がこだわった質のいい上靴が、煙の向こうにかすんで消えた。
「おまえなど、私の子ではない」
ぬすっとだと、母は嘲った。その、声。意図するまでもなく染め上げられた、強く深く恐ろしいにくしみ。 その理由がこの髪の色にあるのだということには、ずっと気付いていた。 だから、母が美しい顔に狂気まじりの冷笑を浮かべて、あちこちに火をつけた松明を投げ捨て、渦巻く煙と炎を背負って首に両手を絡ませたときも、ただ得心がいっただけだった。
この髪さえなければと、思うことすらなかった。
燃え落ちる屋敷から連れ出され、知る人もないこの地へと売られ、あの日から数年を経てなお、記憶だけが鮮明に心に刻まれている。
おそれもかなしみも愛情も、すべて業火に焼かれて灰となった。
2006年12月22日(金)
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