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■■ ネタ・100題
キルヒェントには、誰もが頭を垂れる塔がある。 くにのあらゆる者たち、王までもが敬意を捧げるその主は、一人の女性。 号して、聖女という。
塔
「大丈夫ですか」 一歩を踏み入れた娘の表情が、強い日差しと屋内の明暗差によらず翳ったことをさとり、従者はそっと囁いた。考え得る最上級のお仕着せを身にまとい、在るべしとされる塔に入った娘は、従者の心配にかすかに笑う。 「答えようがないよ、エド」 「……御心のままに仰る権利がおありなのですよ」 「だから、答えようがない」 しんと静まりかえった塔の中で、ふたりきり、低く言葉を交わしてゆく。広い屋内のそこここには、息をひそめ様子をうかがう風の人々の気配があったが、ふたりはそれを気にも留めず、歓迎も案内も無用とばかりに足を運ぶ。 「大丈夫でなくったって、ここに入らなきゃならないんだし。大丈夫だからって、ここで暮らしていくことを喜ぶ気にはなれないし」 娘は静かに唇をゆがめた。 「あんなことがあった場所だもの、ここに仕えるみんなが怯えるのは当然だよ。それを責めるつもりはないし……正す権利があるとも思わない」 「あなたになくとも、私にはその権利があります。この塔の雑事一式、すべて私の管轄下に置かれるのですから。今後あなたがどう仰ろうとも、私はこのような事態を看過しません」 「敬意は強制するものじゃない。ましてわたしは、謝罪すらしていないんだから」 「……なさるおつもりが、おありなのですか」 わずかに息を呑み、躊躇いがちに訊ねる従者に、娘ははっきりと嘲笑を向けた。 「聖女とは、そうあらねばならない。塔に坐して世俗と分かたれ、心根は慈愛に満ちて清廉、常ならぬ力をもって民を国を救い導く。……奥底で何を思おうと、輝かしい聖衣に包み隠して『聖女であること』を維持できなければ、わたしに生きる道はないだろうに」 ――まだ、強いられるのか。 望まぬ地位に押し上げられ、過去の全てを搾取され、それでもどん底から這い上がって、ようやく得た安寧をも、民のためにと声高に求められ捨てざるを得なかったというのに。 従者は娘の、己が仕える聖女の檻をつよく憎む。 誰もが聖女そのものとして崇める塔。聖女から全てを奪い、今また行く末を閉ざす牢獄。 つよく深く、果てることを知らない憎悪と怒りを燃やす身で、聖女が長く在れるよう取り仕切るのだ。 主を苛んでやまぬ、塔という名のおぞましい檻を。
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塔 のつもりで書いてみたものの、牢獄とかでもいい気がしてきた。 100質でちょこっと触れた構想中の聖女の話。の、本編後に位置するエピソード。 短編として仕上げるには、簡潔かつ過不足なく説明入れるのが難しくてですねー(逃げ) まあいずれ、もうちょっと起結つけて100題のほうにアップします。
2005年07月26日(火)
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