私季彩々
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2001年07月31日(火) おいしいカレーの作り方

 ”おいしいカレーの作り方”を大学の定期試験に書くととおしてくれる、などというのはどこの大学でもあることなのかな? 比較的真面目だった私はそういうふざけたことをしたことはないが、白紙で出すよりはいいセンスだろう。

 久々に自炊らしい自炊という事でカレーを作った。携帯コンロでもなんとかなるものだ。けれど一本あっという間につかっちゃった。前の日に買ってきたのはしめじとにんじん、とりもも肉、豚ロース、豚もも肉。肉は全部半額になったものだ。なんて賢い主夫なのでしょう(独身だけど)。
 肉はなんでも好きだけどロースなんて贅沢。けど味が結局わからなくなるので全部突っ込んじゃった。いろいろあったほうがカレーはおいしい。玉葱も炒めればうまくなるのはわかるんだけど、一口コンロではめんどくさくてそのまま。牛乳の変わりにヨーグルトを入れてみたけど少しすっぱい感じがしてよろしくなかった。

 カレーは家庭で結構味が違う。うちの家ではだしにと煮干を入れてた。途中までは豚汁と何のかわりもない作り方だ。ワインを入れる人やローリエを入れる人もいる。マッシュルームを入れたいのだけど売ってなかったのでシメジを入れているのが私だ。芋は日持ちしないので入れていない。

 辛口が好みだったけど世のおとうさん達は子供に合わせて甘口なんてところもあるだろう。好みより甘いカレーというのは正直辛いところだ。ここは父の威厳で辛いカレーを食べさせるべきである。

 カレーは作るのも楽しいし日持ちもするしおいしくなるし。なんといっても具だくさんになるのがいい。だからまず外では食べない。何故あんなに高くて具がないのかわからないからだ。

 そんなこんなで鍋一杯のカレーを食する。うん、うまい。

 やっぱ夏はカレーだね。今度学生さんに出すテストには”栄養のバランスを考えたおいしいカレーの作り方をかけ”とだしてみよう。 Home&Photo


2001年07月30日(月) キムタクとの共通点

 ”好きなタイプを芸能人に例えると?”なんてのはよく聴かれる事だ。まぁ特定の人でもいればそれでいいけれど、なんとなく誰の名も答えないのもしらけるから誰かの名を思い浮かべてみる。まぁそんなにしっくりこない場合はさてと困る。ま、こういうときに便利なのが女性ならば”キムタク”だったりするのだろうか(もう古い?)。男だったら”アユ”とか?

 まぁ当り障りもないしとりあえずにもいいし誰も文句は言わないし。いいおとしどころというところだろう。もちろん当人達が素敵である事はいうまでもない。
 私はそういう場合は”鈴木京香”と答えていた。女優さんとしても好きだし。けど付き合う女性としてはわかったもんでないから質問の趣旨からは外れている。じゃあ誰かというと・・・、よぉわからん。ま、そんなものだろね。

 木村拓也などは男から見てもまぁいいおとこ(男性というよりは男の子かもしれないけど)だから文句はない。私も好きだ。で、今日のSMAP×SMAPのゲストは森進一だった。歌は”襟裳岬”と”冬のリヴィエラ”。私の大好きな歌謡曲だ。先日もイカ釣りの船の上で波音に負けじと唄っていた。この曲を彼も大好きだという。うんうんわかるぞ、俺もだ。

 ”北の街ではもう悲しみを暖炉で燃やし始めてるらしい”
 ”悲しければ悲しいほど黙り込むもんだね”

 詞の力とはこういうところに出る。風景描写や心情描写の素敵な曲というのはそれだけで惚れてしまう。特に若い恋愛の歌以外には注目してしまう。この2曲は秀作だと思っていた。それをSMAPが唄っていた。いいではないか。どんどん唄ってもらいたい。私にもキムタクとの共通点があった。姿かたちがどうこうよりもずっとうれしい。

 中学の頃は洋楽や洋画に凝った。今はほとんど聞かない。それはやっぱり言葉がわからないから。言葉が通じるというのはやっぱり大きい。やっぱ言葉は大事だわ。 Home&Photo


2001年07月29日(日) 世は選挙

 窓際に積んであったダンボールが一月たってようやく姿を消した。2つをたたんで押入れに押し込んだが他は全て再利用した。中古屋で買った棚は反りが激しく前に傾いてしまう。いやはやなんとも個性的だ。

 そういえば今日は選挙。参議院といえばあまりパッとしない気もするけれどそうもいってられない。なんせ前回は橋本政権時代。6年でこれだけいろいろかわるのに今回当選した人々は変わらないのだから実は大きい。そう考えるとやはり政党色は薄いほうがいいと思うのだけど。
 けれど乱立する非拘束だと誰がいるのかわからない。せめて数十人に絞るくらいが選挙前の手続きとして必要だろう。全国区だけでなく、ブロック別、都道府県別くらいのいくつかの枠を作って非拘束でやったらいい。そうすれば多様な人が当選できるのではないか。任期は4年で十分だ。政党単位でなく多く票をとった人は自分の好きな人を引き上げてもいいだろう。その方が実は意見の違う同党の候補に流れるよりもいい。郵政の票などは自民と民主の保持層に流れてるではないか、わけがわからん。

 などと堅いお話。ようやく扇さんが当選した。大仁田厚しが当選して彼女が落選するという事はいくらなんでもないだろう。いえ、彼が悪いというわけではなくて実績のある人が評価されないのはおかしいという事だ。
 巨泉氏には”こんなものいらない”の再現を望む。 Home&Photo


2001年07月28日(土) 早起きした朝に。

 ビックカメラが開店したのでいってみた。目当てはガスコンロという多分ほとんどの人が注目しないもの。引っ越して一月もたってるのに。
 プリンタやデジカメも欲しいのだけど借りて済ませているのでまだ我慢。安いのだろうけれど相場がわからない。めまぐるしくて目まいがしそうだったのでさっさと店を後にした。

 その後ホーマックへ行って熱帯魚を見てみた。ネオンテトラをとりあえず飼おうかなと思う。ど初心者なので。ついでに水槽を見てみると1700円で売ってた。最近って安いのねぇ。中古屋で買ったのはそんなに安くなかったのか。しくしく。

 帰宅してすぐ寝てしまったので4時過ぎに起きてしまった。窓から入る風はとても涼しくて風鈴の音が元気で困る。空はうろこ雲の秋空に見えてしまう。
 早起きしたのは当初は山に行こうと思ったから。先週も夕張に早朝でかけたのだけれど雲が厚く小雨交じりだったので引き返してきたのだ。今日も行こうかと思ったのだけど夕張岳は超人気の山だから週末は避けたいのだ。
 よく考えれば150kmはしれば1000円のガス代だ。貧乏人の余暇にしては高い。ま、今日はのんびりと本でも読んで過ごそう。図書館で借りてきた”ローマ人の物語”が3冊ある。それだけで十分濃い週末という事で。これで素敵な香りの紅茶でもあったなら言うことはないのですが・・・。

 金気はないのはしかたないにしてもセンスは磨きたい。難しいけどさ。

 朝霞舞う短冊に添う鈴音風は秋色暦はいずこ Home&Photo


2001年07月27日(金) 風船花火

 今日は札幌の花火大会。水曜に続いて連続となるが豊平川の河川敷は人で埋まった。浴衣姿の女性達がとても目立つ。とてもよいことだ。気安い浴衣が多くなったと聞くがそういうことか。金髪の人も多かったけれどあまり似合うようには思えなかった。保守的なのかなぁ。

 中島公園近くの豊平橋から眺めていたのだがあまり迫力もなくパッとしなかった。そののち橋の下に行ってみると、ちょとちがう。
 橋の上から眺めた空は街灯で明るく花火の光がにじんでいた。橋の下は闇が濃くて花火がより大きく感じられたし観客の拍手や歓声が雰囲気を盛り上げた。

 札幌の花火なら豪華で豪勢だろうと思っていたけれど故郷の花火の方がより印象が強かったなぁと思い返した。それは闇の深さ。たとえ一発の花火であっても背景の闇とあいまって美しさはより深くなる。

 笑いながら前を通り過ぎた浴衣姿の若い二人の女性が突然風船を放した。黄色と黄緑の風船がみるみるとあがっていく。花火に彩られる空を横目に私は真上を上がっていく風船を見上げつづけた。
 大きな花火がすだれをひいて消えていった。その花火に目を奪われている間に風船は消えた。はるか遠くへ登っていった彼らは一瞬の浮気も許さずに闇満ちる雲間の影に染まった。
 ”打ち上げ花火上から見るか下から見るか”
 ”上から花火を見下ろして”
 私は風船を見上げた。上から見たとするとどうみえただろう。どこから見ていれば見下ろしつづけれたのだろう。風船に乗っかって空をぐんぐん登っていったら花火はどのように変わっていくのだろう。
 球形に花開く花火はどこから診ても一緒に見えるはず。けれど闇の強さ、重力の向き、周囲の雰囲気全てが花火を個々の色を添える。

 私にとって印象的だったのは消えゆく空に舞う風船花火。決して自分からは光らなかったけれど、突然消えてしまった姿は目に焼き付いてはなれない。それを見ていた人があの場所にいたとしたら、少しうれしい気がするな。 Home&Photo


2001年07月26日(木) 私的中古屋批評

 リサイクルショップ、古道具屋、中古屋。まぁいろいろあるけれど私のお気に入りは雑多なものが溢れかえった店だ。けれどなかなかそういう店はなかった。

 こじゃれたリサイクルショップが多くできてきたけれど実際そんなに安いわけではない。アンティークショップではないのだからまず安い事が重要だ。新品より高くては話にならない。
 値札は必ずしも信用できない。これも重要だ。中には値札のないものもなくてはならない。埃がかぶっていたりすれば最高だ。
 店員はいいかげんでなくてはならない。”これいくら?”、”よぉわからんなぁ、2000円くらいでいいんでないかい?”、”は、はぁ・・・”
 店の周りはがらくたで溢れてなくてはならない。スチール棚や中古自転車、雨ざらしの家具など。中古自転車を修理しているおっさんはもちろん綿シャツで日焼けしていなくてはならない。
 客の中にはアジア系の人間がいなくてはならない。彼らは価格と実用性に敏感だ。店員は挨拶くらいはそのお国言葉を話さなくてはならない。
 雑多な中にも個性は必要だ。特に古時計などは一点渋く決めて欲しい。もちろん趣味の悪い額縁の絵と安っぽい置物も重要だ。

 で、私が買ってしまったのはまず目的の照明。一月照明のない部屋で過ごしようやく980円という価格に出会って即決。そののちこの店の怪しさに捕まって2時間。通路の下に埃にまみれている水槽を発見。汚いながらも一式そろっている。尋ねてみると2000円。で、それを置く台にと無骨なスチールラックが800円。ついでに外に置いてあった1500円の棚も買ってしまった。ずるずると。
 店員のおばちゃんはラーメンをすすっている。全部で5280円。もちろんは端数は切り捨て。満点です、このお店。幸せなお買い物!

 必死に車の中に押し込んで帰ってまいりました。すると水槽についていたガラス蓋と濾過層がない。あ、運ぶ時に邪魔だったからいったんどけたんだ。なんせものが溢れた通路だったから・・・。さすがに一筋縄ではいかない店だ。はたして回収は可能だろうか?
 それも楽しみである。ほほほ、ってそんなのでいいんかい! Home&Photo


2001年07月25日(水) 人の為という難事 

今日は風鈴が良くなった。涼しい涼しいといっているのはどうやら私くらいでみんなは暑いらしい。札幌といえば普通の職場でもまずクーラーはない、という時代は過ぎた。貧乏大学研究室でも羽振りのいい講座は全室冷房付きだったりする。私に劣らず貧乏なはずな友人もクーラーをつけた。そんな世にうちは扇風機すらない。いいんだ、いらんもん。
 うちの田舎は北海道の太平洋側にあった。この地方は夏も涼しく浜風が割と吹くのでからっとした雰囲気がない。気温もそんなに上がらないので札幌は猛暑というイメージがある。確かに札幌は暑い時は暑いがそれだって何日かくらいだ。アイスクリームでも買って乗り切るくらいで丁度いい。

 そんななかイギリスに留学している友人が今度はインドに出かけるとのことだ。貧困層の実態調査ということ。アクティブやのぉ。猛進しとる。日々やりたい事をできるというのは素晴らしいね。そういう人には自然と援助と笑みが集まるものだ。彼はお金持ちのぼんぼんだけどそれを嫌味なく使っている。恵まれた環境をほがらかに。

 それとは逆の奴がいる。お金持ちで将来の心配のない彼はその恵みを矛盾として生きている。日々両親に対する嫌悪を吐きながらその力で過ごしている事にまた傷ついている。親が自分を縛っているという。大学を中退し、一人暮らしをし、働かず、車もバイクも持っている彼は何をすれば束縛から抜けられるのだろう。

 もう一人、どうしてもやる気の出ないという友人がいる。月2万円のバイトで暮らしていたが他は一切やらない。夏の蒸した空気がこもる部屋で座椅子にもたれてうつろな目をしていた。
 少しでもよかろうと交通整理のアルバイトを無理やり押し付けた。すると彼は元気になった。しかしあくまで収入が増えた分楽になったというだけでそれ以上の事をしない。大事な後輩の結婚式の招待状に返事を出さずパソコン関連の物を買いあさっている。式の会費を出すのが惜しいのだ。
 私は彼に良かれと思ってバイトを押し付けた。けれど中途半端な収入が彼を楽にしてしまった。昔のままだったら暮らしていけないから何かを自分で始めただろう。私はその機会を奪ったのだろうか。少なくとも大事な後輩のお祝い金をケチるような奴ではなかった。もう30になる。月に一度両親が様子を見に来る。それがとてもうざったいという。それはそうだろう。確かにそういう時期もあるだろうがいかんせん長すぎる。本人が思っているよりも周囲はずっと長く感じているものだ。

 環境は良いばかりがいいとはいえない。不満や改善点はわかりやすいステップだ。
 私はこの部屋に風鈴をつけた。それだけでもいいと思う。
 彼の部屋にも風鈴を届けたいがその前に自分でつけて欲しい。私のやった事が良かったのかどうか、今もわからない。 Home&Photo


2001年07月24日(火) 小さな会社の人間模様

 1つのバイト先が一月休みとなるとのことで2万円ほど収入が減る。講師のバイトも夏休みなのでとってもきつい。いいかげん貧乏学生を続けるのは厳しいなぁ。歳も歳だし。一応就職先は決ってるとはいえ社長の気が変わったらおしまいだし・・・。あ、ちなみにお盆休みはないらしい。隔週二日の休みだし。ま、働くのは嫌いじゃないしいいのだけれど、世の中標準的なところにばかり目が行って本当に大変なところをわかっていない。労働組合の皆様、パートやアルバイトで必死に生計を立てている人がたくさんいます。彼らの声を汲み取ってください。是非。

 そんな小さな会社にアルバイトに行っているがそこでパートと正社員を募集することになった。雑誌に出た朝から問い合わせの電話がひっきりなし。そんなに条件も良くないのに。午後から面接といわれてもすぐにやってくるのだから積極的だ。
 初めに来たのは30くらいの女性。独身で元は保険会社の営業だったらしい。辞めた理由を聞かれて”私には合っていない”と答えていた。あの仕事は本当にハードだからよくわかる。けれど面接でそう答えてしまうとどうしてもマイナスイメージ。私だったら聞かないわけにはいかないから答えてくれただけで良しとしたい。次に来た人は明るい感じの女性。てきぱきと明るそうだ。そんな感じでまだまだ続く。
 そんな中から一人を選ぶというのは大変な作業だ。どっちも真剣だし。けれどたった10分で決めないといけない。大企業のように試験だ面接だと大騒ぎするわけではない。結局は社長の目にかなうかどうか、それだけだろう。
 それだってどうなるかはわからない。つい最近一人が突然辞めた。社長とそりが合わなくなったのだが理由はよくわからなかった。以前にも突然こなくなった人がいるそうだ。この社長は一度気まずくなるとかなりきついらしい。小さな会社では目をそらす事も難しい。

 ほとんどの仕事は誠実であれば大体こなせるようになっている。それが会社という組織だろう。そんななかやっぱり大事なのは人間関係の海を泳ぎ切る事だ。私はそれが本当に苦手。今はうまくいっているけれど。これだけはうまくいかせたいのだけれど。

 帰り際にスーツを着た女性が一人。なんか怪しげに建物を見上げている。ラブホテル街の一角にある小さな4階建てのビル。このドアを開けるのはとっても不安だろう。お互いがんばっていきましょうね。 Home&Photo


2001年07月23日(月) 夏のトンボ 

 室内の温度計は26度だけれども入り込む風は冷たい。Tシャツを着込んでみたけれど、ま、何も着てなきゃさすがに寒いか。ベランダに出てみるとトンボが一匹飛んでいた。どこかに止まりたいようだが止まれない。うちのマンションの壁は斜めに切れているので勝手が違うようだ。何度も止まろうとしながらあきらめつつチャレンジを繰り返している。
 垂直の壁だって平気で止まる彼らが不思議なものだ。こっちの方がよっぽど楽そうだけど。日頃なれないことというのはどんなエキスパートでも時間を要するものらしい。
 体勢を立て直して再びチャレンジ。今までは斜めの壁に対して横方向に、つまり体軸を壁と平行に持っていこうとしていたが今度は頭を上にして垂直に降り立った。見事着地。思わず心の中で拍手。
 トンボ舞う季節になったのか。それとも気の早いはぐれトンボだったのか。そろそろ夏休みの季節だけどなんかぱっとしない。
 テレビでは内地は猛暑。地球は丸いという事ですね。
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2001年07月22日(日) 風・雨・夏浪漫

 山に行こうと思っていたがテレビを見ているうちに時間が過ぎていった。連休明けだから帰りの渋滞に会ったら嫌だし。天気はまぁまぁだったから近場に午後から行こうと思っていると午後には雨模様となった。昼間の気温は上がるけれど全然夏らしくない。窓にかけた風鈴はほとんどならない。ま、これは風通しが悪いからで玄関を開ければいい音を響かせる。やはりもう一箇所風の通るような窓が欲しいところだ。

 結局一日家にいた。引越し後ほとんどかたついていないのだからその作業にいそしむもカタツムリより遅い始末。今もダンボールを捨てられない。横にしたり縦にしたりして押入れや玄関口に棚や物入れを作っている。なんともみすぼらしいがこれが性格だから仕方がない。貧乏たらしいなぁ。
 
 深夜になって雨が本降りになってきた。ベランダに出した発泡スチロールに当たる雨音が響く。イカ釣りの獲物を入れるために買った大きな発泡スチロールだけど大きすぎてどこにも置けない。密封性はあるだろうと外に出してみたのだ。

 実家の屋根はトタン板だったから雨の日はタンタンといい音が鳴った。煩いと感じた事はなかった。自転車で旅したときもピンと張ったテントに当たる雨音は時間を忘れさせるほど和む音色だった。今聞こえる音だって悪くない。
 けれど今聞きたいのは土砂降りのにわか雨。空の高さを教えてくれる積乱雲からあふれる雨の舞台を眺めたい。そしてその向うにみえる晴れた街を見たい。その後に現れる虹を期待しながら。

 ま、そんな日もあることでしょう。内地は猛暑ってことですし。 Home&Photo


2001年07月21日(土) 風鈴の使い道

 週末はぱっとしない天気だったけれど明日は良さそうだ。あいにく同行人が見つからなかったがせっかくだから山に行こうかと思っている。
 単独行というのはあんまりやった事がない。やっぱり熊が怖いので鈴を買っておこうとホームセンターに行ってみた。アウトドアグッズにあるかと思ったら1000円もする・・・、高い。たかが鈴が何でこんなにするの?
 そこで自作できないかと金具売り場を覗いた。リングフックに金属板を何枚かつけてみたりしたがぱっとしない。一番良かったのはリングにΩ状の留め金がついたものでこれがいい音がなる。けれどあまりにみすぼらしいし結構重い。なかなか難しそうだ。
 じゃあ、いっそのこと風鈴を・・・。と、探してみるとはずれにちょこっとだけ置いてあった。これがなかなかいい。小ぶりだし鋳鉄製だから割れる心配もない。山歩きの鈴の音はあまり好きではないのだが風鈴だけ合って涼しげだし良く通る。紐もぞこそこ丈夫そうだ。普段は窓にかけておけばいい。しかも300円だ。ほほ。
 何事も色々応用を考えてみると楽しい。わずかだけどお得。暑い暑い山中で涼やかな音を響かせましょう。熊ちゃんどっかいってね。

 さて今日は富良野で友達が式を挙げた。今ごろは宴の後の余韻で一番幸せな夜を迎えているのでしょう。ああ、うらやまし。

 風通しのあまり良くないこの部屋ではなかなか鳴りそうではない。でも夜の札幌はとても涼しい。この時間は風鈴はお休みです。
 あ、でもさんまと中居君のトークも面白そう。徹夜しちゃうかも。のほ。 Home&Photo


2001年07月20日(金) 明日、満ちる幸せの丘へ 

 明日(というか今日)結婚する後輩がいる。富良野の丘で挙式を上げて富良野のホテルで披露宴。明日はそこそこいい天気になりそうだからいい式になるでしょう。
 こじんまりしたお祝いだから私は御呼ばれしていない。そこでおまけにと手紙と写真を送ることにした。手紙には悪態をついて。
 写真は600円のフォトスタンドを買って中には雨龍沼で撮ったシャクナゲの写真をいれた。デジカメ恐るべし。普通の写真と全然遜色ない。自分ですぐに焼けるという手軽さにおどろいた。安スタンドにオリジナルの写真というお手軽さだがまぁよいでしょう。オリジナルってことをわかってくれないかもしれないが。
 フォトショップでちょっと加工した。短歌を添えてみた。

 爽やかな丘の上には二人を祝う人々が溢れているでしょう。そんななか二輪の薄桃色のシャクナゲが仲良く寄り添っている。ふっくらと開く窓からは幸あふれる部屋の香りが流れ出す事でしょう。

 笑み集う丘に寄り添う薄桃花
       幸満つ部屋の窓今ひらく

 実は手直ししたかったのだけどそのまま印刷してしまった。ま、いいかぁ。勢いですので歌を入れてない写真もつけておいたのさ。ついでに花のロングショットも。写真としてはそっちの方がいいのだけど窓が開いていないので。
 もっと歌を勉強したいなぁ。とにかくお幸せにね。

※写真はHPにあります。 Home&Photo


2001年07月19日(木) 無垢な手 

 交通整理にも女性が目立つようになってきた。そんななかパンタロンとでもいうのだろうか、ミニスカートばりに脚を出した涼しげな制服で棒を振っている女性がいて通り過ぎる背広を肩にかけたサラリーマンが振り返りながら珍しがっている。この手の制服は警察に様式を届け出る事になっているから大体型どおりなのだがなかなか結構である。暑い季節は涼しい格好で。できうるなら日の長いこの朝の時間をもっと有効に使いたい。北海道だけサマータイムもいいではないか。朝ならむしろ涼しすぎるくらいだ。

 帰ってきたのは10時過ぎでまたまた半額の弁当に肉とにんにくの芽を炒めつつテレビを見ていた。なかなかいいお味。やっぱり一品くらいは手を入れたい。
 そんななかドラマで鈴木京香が出ていた。私のとっても好きな女優さん。ラヂオの時間からのお気に入り(その前から好きだけど)。真田博之もでてるけど、いい男なのに最近捨てられた男とかそういうのが多い気がするなぁ。宇崎竜道というのも渋いキャスティングだ。内容はともかくつらつらとみていたが30超えたあたりのこころの動きがストレートに出ていて好感が持てた。
 惹き付けられたのは不倫相手に思わず電話をかけたら相手の子供が出てしまったシーン。後悔に沈む彼女の頭を優しくなでる子供のシーンだ。
 幾つになってもたまらなく哀しいことがある。そんな時は無垢な暖かさがほしくなるものだ。それが恋人だったりするのだろうけれどまだ柔らかな小さな子供の手だったらあっというまに大人ぶった心の壁が崩れてしまいそうだ。そんな気持ちになった事はそんなにあるものではないけれど、そのシーンの後に自分の中に検索をかけてみたりした。久々にいいシーンだった。

 あと継続してみてるのはERかな? ロス先生死んじゃうの? Home&Photo


2001年07月18日(水) 暑中お見舞いは手紙が素敵 

 メール全盛のご時世だけど手紙というのもいいものだ。私は字が下手なので丁寧な文字を読むだけで恐れ入ってしまうし異性からだとそれだけで好意をもってしまう。それも縦書きだったりすると思わず正座に座りなおして読んでしまったりする。今回もらった手紙は短冊のような縦長の小さい紙数枚にかかれてあった。
 内容を読む前にこれだけうれしいことがある。われながらご都合主義だと思いつつなんとなく手紙文化というものが懐かしくなってしまう。といっても私の世代ならもう電話で済ませてしまう時代だけれども。
 といいつつ年賀状はあんまり得意ではない。けれど暑中見舞いは好き。定例のご挨拶というよりはふと思い出した折に一筆添えるなんて粋ではないか。なによりあいつから返事が着てないとか今年はよこさなかっただとかつまらない事を考えずに済む。ま、ほとんどのやり取りがメールで済ませてしまう世だけれど。
 電子メールも確かにいい。気軽だしいろいろと趣向を凝らせるし。私はメールだと結構筆まめになれるので良く利用している。けれど筆不精もいるようにメール不精もいるわけで。あんまり気軽過ぎるという面もあるから私は返事を期待できないメディアだと思っている。その点手紙はうれしい。今や稀少だし返事も急ぐ必要もない。ポストに入れるまでだって時間は十分かかる。数秒で帰ってくるような返事はいささか味気ない。
 ここまで引っ張ればたいそう密なラブレターだったりしそうだが何の事はないただの礼状だ。とはいえ心遣いはそれだけでうれしい。直に書いてくれた文字ひとつがうれしい。
 札幌の夜風はむしろ寒さを感じるほど。でも日本全国どこも猛暑らしい。パソコンの手を休めて暑中見舞いの一筆なんてなかなか涼しげでよいかもしれませんね。 Home&Photo


2001年07月17日(火) 素通りする空間に・・・ 

札幌駅の周囲は再開発が進み私の中の札幌駅だった青い駅は当の昔に消えた。予備校に通った時に泊まった駅北口にあった古臭いホテルはもうない。近々ビックカメラが開店するし電気街としてかなり賑やかだ。
 170万都市の中心の一つだけあって線路は高架になっている。高架下は店が入っているけれど、徐々に駅から離れていくにしたがって駐車場になったり公園になったりしていく。雨のしのげるこの空間には落書きがあったり放置自転車を山積みにしてあったりとだんだんと街の裏を覗いているような雰囲気へと変わっていく。高校生くらいの子供がサッカーをしている。細い路地が高架下を挟むように走っている。背広を着た中年の男性がベンチに座って時間を持て余している。清楚なラベンダーの色もどこか色褪せている。
 そんななか高架下の一角にテントがいくつかはっている。ドーム型の結構いいテントだ。私の三角テントよりもずっといい。そのテント群の中に何人かの人の姿があった。
 違うかもしれないが高架下で暮らしているという人がいると聞いた。真冬の厳冬期にテントにシュラフで暮らす人々がテレビで報道されていた。そのときも結構いいテントもってるなと思ったのだ。
 この季節点との暮らしも悪くはない。なんて単純な事はいっていられない。札幌ほどの都市ならばそのような状況に追い込まれている人は少なからずいるだろう。けれどあまり見聞きしないのは何故だろうか。冬のある札幌はたとえ夏でも暮らしにくいのだろうか。何しろ野良猫すら滅多に見ない街だ。
 あのテント群には特に悲壮な感じはなかった。勘違いかもしれないけれど。私はお金もないし借金も抱えているから場合によっては部屋を失うかもしれない。そう思ったことは何度もあるし本当にそうなるかもしれない。
 テントを自転車にくくりつけて旅に出たことがある3週間の長旅だ。思いのほかテントの空間は快適でいろんな風景や出会いを楽しんだ。それも帰る場所がなかったらそうはいっていられなかったろう。
 高架はやがて斜面となって踏み切りと重なる。ほとんどの人が素通りする空間の下にも街は続いている。まぎれもない私たちが暮らす空間と連なる街が。 Home&Photo


2001年07月16日(月) 歓楽街から出港すると・・・ 

 積丹の海から帰ってきたのは朝の4時だった。釣り上げたイカを袋に詰めなおし自転車に乗り換えて家路についたのだがおなかが減ってきた。弁当というのもわびしいと思いどこかで食べたいなと思ったけれど時間が時間。でもすすきのならばどこかあるだろうとちょっとだけ遠回りした。
 曇り空の朝はいまいち暁の雰囲気も乏しい。中島公園からすすきのに向けて北上すると雰囲気が変わってくる。若いあどけない女の子が連れ立って歩いている。明るいパステル系のキャミソールに化粧をした子ばかり。いかにも頑張ってるねという感じの男の子がまとわりついている。すすきのの歓楽街の夜明けとは思えないほど幼い雰囲気の中、黒ずくめの男2人が歩いていたりする。朝5時まであいているラーメン屋の前にはたむろする連中がいてなんとなく素通りしてしまう。そんなことを繰り返してメイン通りへ出ると吉野家がある。この辺で手をうとうと思ったらまだキックボードに乗っている兄ちゃんがこれまた気だるげながらも座り込んで眼を泳がせている。これまた素通りと相成った。
 朝の道路工事も仕上げにかかり分離帯あたりで最後のバーナーを当てている。蛍光棒も明るくなってきた街中で鈍いゆらめきがなんともたよりない。私もやったことがありからよくわかる。一日中振っていた棒がやけに重く感じられる時間帯だ。化粧の濃い目の女性がタクシーから降りた。ふせめがちな肩にかけているバックが妙に重そうだ。弁当屋のシャッターの前に掲げてある垂れ幕を覗きながら家路へと急ぐ。
 結局コンビニでカレーを買った。深夜のススキのならどこかで店にも入れただろうがそうはならなかった。自転車の籠に摘んだイカの入った発泡スチロールが歩道に乗り上げるたびに開き押さえつけていたからかもしれない。
 動き出す街の向うに眠りにつく歓楽街。そこはやり場のないエネルギーが昇華する場所というよりも地を這う行き場のない若さが排水溝に吸い込まれているように思えた。
 街は海のそれよりもむしろ深くそこの見えない波だった。 Home&Photo


2001年07月15日(日) 北の漁場は・・・ 

 積丹の海へでかけた。北海道とはいえ夏はある。狭い海岸の砂地にはキャンプを張ってバーベキューにいそしむ人が多く見られた。泳いでいる人はまばらだけど夏を楽しんでるなぁって感じ。そんな中我々が向かったのは”イカ釣り”。ユーミンやサザンを唄う雰囲気ではない。
 船には乗った事がないので船酔いが心配。そんななか昼食にサバ寿司を頼んでしまうという甘チャンである。
 出港は17時。凪いだ海原を駆ける釣り舟はどんどん速度を増し舳先から舞い上がる飛沫は時に大雨となって降りかかる。雨具は身にまとっていたがフードがない私はいきなり服まで濡れるという幸先のよさだった。
 イカ釣りは細長い円筒形の蛍光版にハリ(というか引っ掛ける部分)がついているものを深く沈めるというもの。竿は使わないで直接糸を手に持ってあたりをまつ。イカにいる深さ(タナ)を探り、当たれば入れ食いが待っているというわけだ。30分ほどたってようやくイカがあがってきた。白い魚体は海から上がると潮を吹いて甲板上では墨を吐く。みるみる赤黒い色へと変わっていく。そんな連中を”沖漬”にする。酒と醤油とみりんを混ぜたたれに生きたままつっこむわけだ。海でしか作れない珍味ということだ。
 日本海に浮かぶのは白色のいさり火。陸からみるとなかなか見事だが海から見るとなんとも頼りない。波は蒼くゆらぎ羽を休めているかもめたちの眼はこちらの隙をうかがっている事がひしひしと伝わってくる。踏みしめる揺らぐ甲板の心もとなさと遠近感のないスポットライトの中で昼のサバ寿司の匂いが胃から上がってきたりする。なんとも海のロマンを感じるには何かが足りない私のようだ。
 で、釣果は稀に見る最低だった。200は硬いという話がうまい人でも50。私は15という寂しさだ。薄明まで行くはずが12時にはお開きと相成った。
 後でわかった事だけれど帰りの船は舵が壊れていたらしい。途中から大き目の漁船が来て何してるのかと思ったら牽引していたのだ。接岸する時は大騒ぎになってワイヤーを慎重に操って無事接岸と相成った。
 というわけでなんとも冴えない船行きとあいなったけれど、まぁ釣りは久々。波飛沫とエンジン音にかこつけて大声で唄っておりました。歌った曲は
 兄弟舟、津軽恋女、知床岬、襟裳岬、冬のリヴィエラ、さらばシベリア鉄道、落陽、冬景色、やさしさ紙芝居、グッバイ青春、みどり、うさぎ
 演歌だけで行きたかったけれどレパートリーが足りなかったので。だけどユーミンや最新ポップスは避けた。何をやっているのだか。ほほ。 Home&Photo


2001年07月13日(金) ときのうさぎ 

 赤い目をした時のうさぎ
 黒いマントをまとって走る
 たなびく裏地は紅の幕
 西の原っぱ急いで駆ける

 暑がりなこの星の
 南の空に2つの眼
 夜はひそかにたたずんで
 そら・とぶ・ゆめを見上げてる

 まわるまわるよ天頂の鳥
 ゆらぐゆらぐよ月の泉
 赤い目をした暁うさぎ
 東の峰へとゆっくり跳ねる

 マントの裾から覗く白脚
 深い蒼へと溶け出して
 ミルク色した山の裏手
 一夜のマントを隠して跳んだ

 まわるまわるよ時のうさぎ
 跳ねる跳ねるよ地平の原を
 見えない雪のトンネル抜けて
 寝息を立てるは北の森


※南の空に輝くさそり座のアンタレスと火星に捧ぐ Home&Photo


2001年07月12日(木) ほのぼのな光景その1 

 札幌すすきのから徒歩10分。繁華街から離れた街の一角。

 のれんをしまったラーメン屋。椅子は机の上に上げてある。店内は暗いけれど厨房の灯りはともっている。
 そんな中カウンターには2つの人影。1人は前掛けに短く刈り上げた頭、もひとりはエプロンにピンクの上着。前かがみに食べているのはラーメンか。
 顔を動かしてはいないけれど何か話しているようだ。

 閉店後のラーメン屋。明日のラーメンはもっとおいしくなるのかな?

 札幌の街は蒸しているけれど夏はこれから。 Home&Photo


2001年07月11日(水) 熟れてゆくということ 

 火曜日から木曜日まで休む気になれば休めるという貧乏人唯一の特権を振りかざして山に行こうと思っていたのだがぱっとしない空と天気予報の傘マークに勢いを削がれだらだらすることになった。
 一向にかたつかない部屋とガスのない状態でカップラーメンが恋しくなった。お湯が沸かせないというのは不便なものだ。そこで電子レンジで湯を沸かすという暴挙に出たのだがこれがうまくいった。なんとも高い湯なのだろうか。うれしかったけれどなんとなくわびしくもなり、車のトランクにいれっぱなしにしていたカセットコンロを持ってきた。火とはありがたいものである。

 夏になりきらない街の部屋で本でも読むかと寝転がった。1年くらいほったらかしにしていた文庫からたまたま選んだのは100ページたらずの短編だった。
 不倫ののちに別れた大学生の女性が主人公だ。自分の性の奥に潜む過去の混沌がじわじわとよみがえってくる様が描かれた傑作だ。ある夏訪れたホテルでよみがえる記憶。それが今とつながる瞬間に終わる。
 人にとって性の経験というものは直接的なものだけではなくあらゆる物事にリンクをはっているようなもので避けては通れないものだ人を描くという事の中にはその人の性(サガ)を描くという事もある。最も直接的なものはやはり性のことになるのだろうか。
 これほど官能的な詩と文に出会ったのは久々だった。官能という言葉にわかりつつも嫌悪感を持っていた私はやはり何か大切なものから逃げてきたのだろう。自分がどのような衝撃を内包しているのか、与えてきたのかを考えないようにしてきたなと思ってしまった。

 以前は短歌をよく詠んだ。叙情的というとよく言いすぎだが風景をさらりと詠むことしかできなかった。凝縮された言葉達の持つ肉感溢れた、触れると崩れそうな火傷しそうな詞に打ちひしがれたものだ。

 妙に生暖かいので窓を開けてみた。札幌の街は涼しい。作者はこの街で生まれ育った。直木賞受賞作とのことだ。

   ※「熟れてゆく夏」 藤堂志津子 Home&Photo


2001年07月10日(火) 富良野今昔変わらぬものと 

 昼間は確かに暑くなるけれど夜は大分涼しい。天気予報では明日は最低気温が20度だというからようやく暑い暑いで一日を過ごすのだろうか。ベランダで何か実のなる植物を育てようかと思っているのだが、8月に入れば季節は急速に秋だからもう一月しかない。やっぱり北の夏は短いのだなと痛感してしまう。
 高架下に申し訳なさげにラベンダーが花を咲かせていた。札幌では終り気味だから富良野は今が盛りだろうか。何度か訪れているけれど私のイメージ的には写真の光景にはかなわない。一瞬の光を留める写真という芸術に改めて謝意を感じてしまう。ま、それは私にそれを直接感じる心をまだもっていないためだろうけれど。

 そんな私だが一度だけ富良野ではっとする光景に出会ったことがある。夕焼けに染まる十勝連峰だ。美瑛から富良野へと下る途中で刻一刻と変わる光の中で思わず車を止めた。残雪は茜色に染まり緑は溢れる光を蓄えた黒となって淡い水田の鏡へと連なっていた。
 近年では観光地として定着した富良野だが三浦綾子さんの小説”泥流地帯”で描かれている通り十勝岳の噴火とそれに伴う泥流で大きな被害を受けた。うっすらと煙を上げている十勝岳は無垢に誠実に生きる人々も劣情に翻弄されつつも今を生きる人々にも等しく降りかかった。

 夕焼けは雲に隠れていったが一瞬そのスリットからこぼれた光がゆらめく淡いカーテンとなって山々を取り巻き紅の粒子で染め上げた。すぐに彼らは雲へと舞い戻りゆっくりと東の空は闇に沈んでいった。

 札幌は梅雨時のようなしっくりしない天気が続く。ベランダに出てみると小雨が降っていた。あのときの光景をふとおもいだしつつ本を取り出してみた。

 「じっちゃんだって、ばっちゃんだって、おれとおんなじ気持ちだべ。恐らく馬鹿くさいとはおもわんべ。生れ変ったら、遊んで暮らそうとか、生ま狡く暮らそうなどとは思わんべな」
                           「泥流地帯」 三浦綾子 Home&Photo


2001年07月09日(月) 図書館は休館 

 アルバイトが2時であがったので時間があいた。で、図書館へ行こうと思い立った。中央図書館には行った事がないし札幌南西部というのは車以外で行った記憶があまりない。市電通り沿いというのもあまり縁がない。自転車の力を過信している今の私はふらふらーと走り出した。

 碁盤の目の街並ながらどこか古臭くもこじんまりした感じ。大型店はほとんどない。昔ながらの街並が残っている。そんななかマンションの一階や民家を利用したエキゾチックな雑貨屋さんやリサイクルショップがちょこちょことあった。
 市電が走るのを横目に行くとなんとなく閑散とした雰囲気が。やけに立派な建物と広い駐車スペースに木々。いかにも公共施設という感じだ。”埋蔵物保存センター”の文字がまず目に入った。その同棟に中央図書館の表示があった。その時点でピンときた。まずはがらんとした駐輪場と駐車場。それから暗いエントランスの中にある看板。入り口の前に立つより早く思い出したのは、今日が月曜日だってこと。公共施設はお休みが多いパターンだ。
 こういうはずれはなんとなくわかる。直前に気付いてもしかたないのだけれど、ああやっちゃったと笑ってしまう。

 肩透かしを食いつつも街を眺めただけで私は満足できた。ついでに近くのハンバーグレストランで500円セットを頼んでみた。ファミレス風のお店には滅多に行かないのだけれど、昼下がりの店内は主婦の集まりや子供連れのお客で結構混んでいた。若い店員さんの丁寧な対応にどぎまぎしながら遅い昼食とした。一人でもゆったりできるものだと感心しつつ、サリンジャーを読みながら隣で話す主婦二人の会話を想像してみた。読んでいたのは”コネチカットのひょこひょこおじさん”。拡大解釈だけどそんな想像もありかなと。 Home&Photo


2001年07月08日(日) 届かなくなったお友達へ 

 マイクロソフトメッセンジャーの調子がおかしい。ICQのようなものだけど何人か登録していた。半分は全く疎通のない人で2人くらいはお声をかけてくれる人。
 話す事のない人は、おや、まだ夜更かししてるなとか思いつつそのまんま。話し掛けてくれる人とは”こんばんはぁ”と。ま、もともと友達づきあいというものが希薄な私は聴き役しかできないのだがそれでいいという人がいるのだからインターネットというものは不思議なものだ。

 メル友なんて言葉も今では女子高生あたりが主役なのだろうが、先駆的というなら私達の世代だろう。私にもひょんなことから一人の女性とメール交換が続いた事があった。初めはもう一人男性もいたのだけど同性同士というのは続かないのかな? 別に下心があったわけではないけれど他愛のない話は同性とではつづかないというのもあったのだろう。
 彼女は仕事をやめたばかりの同い年だった。毎日夜更かしを繰り返しているのだが遊び仲間はどんどん結婚していきだんだんと寂しさが募っていく。仕事探しもうまくいかないしやる気もいまいちでない。
 こう書くとありがちと思うけどそんなネタは一割程度でほとんどは明るく楽しいメールだった。一時は会う会わないの話も出たのだけどまぁ1年近く続いたのはメールだけだったからだろう。どうやら私はすぐに会いたがる世に多いタイプの男ではないという事で珍しいとのことだった。一度右目のアップの写真が送られてきたけれどなかなか大きくて魅力的だった。

 そんな彼女も好きな人ができたらしく応援しているうちにメールが来なくなった。私も1週間は平気であける方だから気にはしていなかったけれど1月半が過ぎた。さよならくらいはしたいなと思ったので、ありがとうのメールを送って終わった。
 別に恋愛でもなかったけれどうれしい半年間だった。こういう付き合い方って結構いいなと思ったし今もそう思っている。終わり方もこういうものだろう。

 恋人に嫌がられたのかもしれない。私が恋人だったら平気な顔して不安になると思うし、そうも伝えたし。携帯を落としたのかもしれない。電話番号すらメモリーの時代だからメールアドレスなんかわかるはずもない。人と人をつなぐものが携帯ひとつの見えない糸だけなんてことも実は珍しくない時代に入っている。

 本当に大切なのはやはり触れられるもの、感じられるもの、そして人だと思う。例えネットの世界でも実際に合うことを求めたりするのは自然で素直な事だと思う。私はそこまで素直ではないのでこんなふうにのらりくらりと大切なものを後に残しつつこんな事をしている。誰かに、自分に問い掛けている。

 出会った人にはすべて感謝。たとえ嫌われても期待に添えなかったとしても感謝。
 彼女にはありがとうのメールが届いたのかはやはり気になるけれど、元気で幸せであの頃よりも温かになっていてほしいなと思っています、心から。 Home&Photo


2001年07月07日(土) 炭火悲喜こもごも 

 まだガスがついていない。で、どうしてもという時は炭を熾している。炭を使って調理をとなると少々勝手が違う。

 まず火力は弱い。ケチっているというのもあるけれど。肉が油を落としながらじっくりと焼けていくのはなんともうれしいが、焼きそばをざっと炒めたいという時は困る。なんともぐずぐずとしてて焼けるというより乾かしている感じだ。
 だからといって炭を多くするのももったいない。何より炭は長持ちする。火を熾してから1時間たってからが本番で数時間は裕に燃えつづける。もったいないのでやかんを置いておくとなんともいい感じであったまっている。沸騰はしない。いい熱燗といったところだ。

 暗闇で赤く光る炭火はなんとも暖かい。ベランダに置いておくのはもったいない。囲炉裏に鉄瓶をかけてゆっくりと蒸気を上げている光景などは日本人であることの至高の幸せである事は間違いない。炭火のすぐそばなら焼きそばだってうまかろう。というよりもぐつぐつ煮込んだ豚の角煮などがあったなら・・・・、じゅる。

 なんてのは今では無理な話。けれどしばらくは炭火の生活を楽しみますか。でもガスコンロは欲しいです。誰か譲って。 Home&Photo


2001年07月06日(金) ずぶ濡れで唄うなら

 今週は晴れ間が少ない。夕方は随分派手な雨が降ったし、夜はむしろ寒い。
 南3条通りを泣きながら走った事がある人は、中嶋みゆきファンであること疑いないだろう。そうまでいかなくても、ずぶ濡れになりながら歩くというのはなかなか気持ちいいものだ。

 美しい女性が土砂降りの雨の中、まっすぐ正面を見据えて歩く。背広を着た男供は傘を握ったまま振り向くけれど、声もかけられずに見送っていく。
 カールのかかった髪が頬に張り付いたまま、うつむきがちに歩いている少女。思わず傘を差し出そうとするも、彼女はそのまま通り過ぎていく。
 髪の長い女学生が3人、ずぶ濡れになりながらもはしゃぎながら駆け抜けていく。地下鉄の入り口で、行くかどうか悩んでいるおじさんたちを尻目に。濡れた制服は肌に張り付いて、うっすらと下着の跡が見えたりする。

 どんな場面にしろ女性は良く似合う。大通り公園、ビジネス街、赤レンガ前、どんなところでもセリフのない短編映画ができそうだ。

 これが男だとどうなるか。マンガ喫茶で時間を潰して、地下街を出ると土砂降り。朝持って出たはずの傘は職安に忘れている。いくらまっても雨は止まない。200mくらいと走り出すも、あっというまにずぶ濡れ。シャツは肌に張り付くも、浮き上がる体は痩せていてただの濡れ鼠。雨を滴らせて傘を取り戻すも、職安の人には変な目で見られる。いまさら地下鉄に乗るわけにも行かず、傘をさしても意味がないから家まで歩いて帰る事になる。道行く人のロマンを掻き立てる要素などどこにもない。ああみじめ。
 思い返せばこうなるけれど、周りを見なければなかなか楽しいものだ。ずぶ濡れというのも悪くはない。”雨に唄えば”などを口ずさみ街を闊歩するのも悪くはない。傘などさしてる連中に、この気ままさを誇示したくなった、一瞬だけど。

 でも、やっぱりロマンは女性に限る。想像力を分けたければ街を濡れて歩いてみてくだされ。
 ”道に倒れて誰かの名を呼びつづけた・・・”、なんてこともきっと許されましょうぞ。 Home&Photo


2001年07月05日(木) 車輪で感じる街 

 ぐずつかない天気もようやく晴れ間がでてきたので自転車に乗って出かけた。いつもなら車で行くと40分かかるところだからまぁ2時間もあれば十分かなと。

 河川敷へ出るともう信号はない。雨上がりの爽やかさというよりはむしろ蒸し暑さが際立ったけれど川の音は涼やかだ。ラブラドールやダルメシアンが飼い主のだべりにあきたのかうろうろと所在無さ気だ。
 札幌は豊平川を中心とした扇状地だから川の流れとともに南から北へと開けている。普段感じる事も少ないが川沿いを走るとペダルが重い。緩やかに登っていることがよくわかる。人の感覚よりも車輪は正直だという事を思い出した。

 昔、自転車旅行をしていた時は下りがとにかくうれしかった。反面登りはマジで辛かったのだけど一番辛かったのは下ってるつもりなのにペダルがやけに重い時だった。滝川から富良野へもう少しというところで感覚的には下りなのに全然進まないのだ。十勝連峰が見えてくる頃には汗だくになってもうやめようと思ったものだ。

 河川敷は段々と狭くなり真駒内公園へでた。鮭の科学館とかいうものがあったりして是非入ってみたいと思ったが子供向けな感は否めない。またにしよう。
 そこから澄川方面へといくとかなり急な登りが続く。丘というよりも斜面だ。段々畑状に住宅が並ぶ。そんな中雨が降り出した。登りきったところが目的地だ。
 ここまで寄り道をしつつわずか1時間強。あまりに早く着きすぎてもてあましてしまった。都市の環境は自転車に優しい。街が見えるし道がわかる。どこでどんな人たちが暮らしているかがわかる。ガーデニングにこっている地区はその鮮やかさをきそって華やかな街並をつくりだしている。

 自転車で1日150Kmを走った事もある。ママチャリだってなかなか優れものだ。夏とはいえ太陽がまだ低ければ風薫る優しい季節だ。ちょこっと乗っていつもの場所へいってみませんか? Home&Photo


2001年07月04日(水) 憩いは本屋で 

 ショッピングというものはどうも苦手だ。昔から自分のものを買うということにはなんというか抵抗があった。というか選んでいる自分が嫌いだしそれを見られるのがとても嫌なのだ。だからもっぱら行くのは本屋という事になる。

 家賃の振込みに行った。道銀だと105円の手数料だったのに北洋だと210円した。怒りをもてあましつつ時間があったのでLOFTに寄って見た。雑貨屋さんという乗りでやっぱり若い女性が多い。照明なぞを欲しいと思いつつちらちら覗きながらも落ち着かずに階を登っていくと本屋が現れてほっとしてしまう。
 ここの本屋に来た記憶はないのだけどかなり充実してて驚いた。特にハードカバーが充実している。ハードカバーは私にとっては高嶺の花だから立ち読みと相成るけれど重いのがネックだ。それにクーラーがよく効いていてうれしい。一方雑誌コーナーは効きが悪いのは何か戦略があるのかな?
 写真集はあんまり。女性ものがやはり多いけれどあまり家に置いておきたいと思うものがない。猫の写真集がお気に入りなのだけれど数冊買ったがすべて贈り物にしてしまったので家には一冊もない。エーゲ海の猫は一瞬だけ我が家にいてさっさといなくなってしまった。また買うけれどまたいなくなる事だろう。

 ずっと本屋が遠いと思っていたけれどこんなに近くにある。自転車なら5分。少しは買い物に慣れてみようかな、お金はないけれど。そうしよう。
 そういえばBOOKOFFで以外本を買ったのはいつの日か。なんておもいつつ、どなたかお気に入りの写真集を送ってくだされ。秘蔵の猫写真を送りましょうぞ。 Home&Photo


2001年07月03日(火) お好きなお酒と。

 お酒はお好き。私はお好き。宴会はあまりお好きではないがこじんまりとしたのはとってもお好き。ホテルの個室はお好きでないが安居酒屋の雰囲気はお好き。チェーン店も悪くはないが親父と話せたりすればなおお好き。安く飲めればなおお好き。

 年をとってくるとなかなかただ酒にはありつけないが珍しく社長と飲んだ。すすきののおばさんがやっている囲炉裏酒場とでもいうのだろうか。目の前で魚を焼いてくれるやつだ。こういうときは変に遠慮するのもなんだからありがたく好みのツボダイを頼んだ。社長はトキシラズを頼んだ。高級魚に肩をすくませるも滴る油に幸せを感じる。暗い店の中は香ばしい香りで満ち客も相応で落ち着いている。そんななか割烹着のおばちゃんはなかなかいい感じだ。ホワイトアスパラとしいたけを追加して酒の肴とした。囲炉裏の炭火は暖かさのみを伝えてまだ夜寒い札幌の街中を忘れさせた。

 その後2軒目と相成ったのだが社長もあまり店を知らない人らしい。私もそんなに知らないが、まぁこうこじんまりしたのもよかろうと昔良くいった店にいってみた。札幌に3軒あるロシア料理屋だ。お酒の強いという社長にウォッカというのもおもしろかろうと。
 ウォッカは冷凍庫くらいでは凍らない。冷やすほどとろみと甘味がひき出てうまい。もちろん度数は40度以上と高いのだけど是非ストレートで飲んでいただきたい。ロシア音楽が流れる中これまた薄暗い店内でまぁ話は弾んだ。
 この店を始めた亭主は数年前になくなって今はその婦人さんがやっている。白髪の方で猫でも抱いたらよく似合いそうな感じだ。顔なじみではないけれどまだお元気そうでうれしい。この店は昔付き合ってた子と良く来た店だからなんとなく足が遠のいていたがまたこよっと。

 で、社長の奥さんに電話を入れて私が無理に誘った事にしてお開きという事で。もともと約束していた飲み会の相手に連絡したらもうお開きだった。札幌駅に程近い公衆電話からかけたのだけど20円で話せるのは30秒ほどもない。中途半端に切れた会話をひきずって駅へと歩いて帰ってきた。
 空にはビルの赤い点滅が妙に優しかった。酔ってはいるのだがはっきりしている。ウゥッカの酔い方はそんな感じだったなと思い出してみた。 Home&Photo


2001年07月02日(月) バナナフィッシュにうってつけの日 

本を読めるようになってきたのはごく最近の事で以前は読もうと思っても途中で挫折するばかりだった。そんななか読んでもまったくわからん本の一つが”バナナフィッシュにうってつけの日”だ。ご多分に漏れず私は漫画から入ったわけだが。

 吉田秋生の漫画”BANANAFISH”は少女漫画でありながらドラッグ、セックス、バイオレンス、キッズポルノ有りとなかなか派手なマンガだ。そんななかに人を操る麻薬がでてくるがそれが”バナナフィッシュ”という名前ででてくる。そこからサリンジャーという作家に結びつくわけだ。

 で、短編集を買ってみたけれど。日常的な浜辺のリゾートにいくつかの人間模様が描かれるわけだがそんななか、男が小さな少女と海を行きながらバナナフィッシュの話をする。バナナフィッシュは海にあるバナナ穴に入ってたらふくバナナを食べる。そして大きくなって出られなくなる。最後にはバナナ熱にかかって死んでしまうという。その話をした後、彼はホテルに戻って自殺をする。
 なんのことやらまったくわからん。わからんながらもなんとなく気になって常にリュックにいれて読むのだがやっぱりわからない。わかろうというところでまず無理があるのだろうけれど。

 河原を歩いていて橋の下にテントを張って外国人が20人くらいボールで遊んでいた。その周りで子供達がマウンテンバイクを乗り回していた。しばらく歩くと自動車練習のコースがあって信じられないくらい遅い速度で2台の車が走っていた。面白くなさそうに助手席に座っているおっさんをみて妙にいらいらした。プレハブ小屋のなかで待機している若い女性は美しいけれど何か物憂げだった。そんな光景を歩いていると妙にバナナフィッシュのことを思い出した。それはまだリュックの中に入っていた。
 立ち止まって河川敷に寝転がり読んでみる。やっぱりよぉわからん。けれど私が歩いてきた光景がやけに重なって思えた。空は川の爽やかな音を含んで高く時折自転車がゆっくりと過ぎていった。
 このあたりはホテル街だから今私がその中のどれかに入ったとしたら、、、。

 よくはわからないけれど今日は私にとって”バナナフィッシュにうってつけの日”だったのかもしれない。 Home&Photo


2001年07月01日(日) ダンボールに埋もれる日々

 カップラーメンを食べようと思ったらガスがでないので湯が沸かせない。それで炭を熾して焼肉と相成った。一人で焼肉というのも寂しいかと思ったがそんなに悪くはない。やっとつなげたテレビを窓に向けてベランダで肉をつつく。水野美紀と管野美穂、渡部篤朗に所ジョージ。今回の日曜劇場もなかなか私の趣味にあっていそうだ。空に月は高く東急のネオンが点滅していた。

 部屋の中はあいかわらず散らかっていて一向にまとまる気配がない。荷物は少ない方だと自負していたがそうでもないようだ。けれど大体のものはもらい物。ベッドも使うつもりはないのだが、分解切断して棚を作ろうと思っている。捨てるとお金かかるし。あ、ついでにさっき小さなテーブル拾ってきちゃった。せっかくの新しい部屋も置いているものがかなり地味なのでどうにかならないかと思案中。

 そろそろ捨てようかと思いつつ漫画も持ってきた。”めぞん一刻”は中学生の頃から読んでいたけれど漫画の時代も自分には過ぎてしまったと思うとちょと悲嘆。あだちみつるの漫画などは高校生の話ではないか。でもどっちもいいお話だからと本棚には並べておこう。

 ”赤毛のアン”も6巻で止まっている。実は結構好きな本。素直さがこぼれる人って幾つになっても素敵ですよねぇ。来札した後輩の飲み会に行ったのだけど、直接連絡くれなかったのを少々すねていたので最初はぎこちなかった。マリラおばさんに叱られてしまうわ。

 部屋代がちょと高いので車をかなり遠くの友人のところに預けている。脚がなくなったので困っていると自転車をくれる人がいた。ありがたし。あとは照明が一つついていない事くらいかな。

 ということで、札幌にお越しの際はご一緒に焼肉など。それだけは自慢できるお引越しということで。にゃは。 Home&Photo


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