ゆうべの酒日記

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2025年07月27日(日) お母さんがまた私にばっかり電話してくるようになった…

昨日は帰る日。
朝ごはんはお母さんがありったけの物をチンしていた。
松前漬けもチンしようとしてたので、それは制止。

お母さんには冷凍ごはんの最後の1個とプチ納豆。
あと、お椀一杯分のお湯をわかして前日レンチンしたスナップエンドウを刻んだのを入れ、それでフリーズドライ味噌汁。
それと今半牛時雨煮と、適当に作ったハムサラダ。
私はお母さんが前日残した納豆巻きとハムサラダ。あとレンチンしかけた松前漬け。

食べ終って後片付けをお母さんが終えたら、料理祭り。
普段そんなに料理しないのでこれがキリキリする。
ツナきゅうりオニスラマヨ和え、長ネギ入り玉子焼き、ニラのおひたし、ブロッコリーベーコン炒め。

玉子焼きでもなんでも、食中毒の季節なので完全に火を通すことに神経使う。
電気コンロってなんか火力弱いし。

あと痛恨のミスとして、ブロッコリー1束分を茹でたのだが多すぎるし、芯は家でぬか漬けにしればいいからと持って帰る用にジップロックに分けたのだが、それを持ち帰り荷物に入れるのを忘れた…
お母さんが手を付けない焼き海苔と、私が送ったイオンのレトルト総菜が一個賞味期限切れになってたのでそれも持って帰ろうと思って一緒にしといたのに…

その合間にお母さんが色々聞いてきたり、何かしなきゃと焦ったりして外に出たりなんだりしてた。
そうだなんかやらせてあげなきゃいけないんだったと思い出し、炊いたごはんを冷凍用タッパに入れてもらうことにして、外から呼び戻した。

11時半ごろ、昼飯の支度したのにまたお母さんどっか消える。
もう探しはしない。そのうち戻ってきた。
何回もレンチンされては食わずに冷蔵庫に戻されたパンをトースターで焼いたやつ、ツナきゅうりオニスラサラダとプチトマト、ヨーグルト、豆乳、をお母さんに提供。
私は同じパンとツナサラダと前日の飲み残しのボスカフェラテに豆乳足したやつ。

その豆乳の1リットルパックが、キッコーマンのやつなのだが注ぎ口を自分で挿し込むタイプだった。
お母さんがそれ理解できず力づくで全開にしちゃってた。
ホチキスで留めてビニールテープ貼って、注ぎ口を挿してみたがなんか注ぐとき漏れる。
これは早く消費したほうがいいわと私も豆乳に参戦したわけだ。

次にヘルパーさんが来て買い物に行くのは火曜日だ。
土曜半分+日月、豆乳がもたない可能性が見えて来た。
貴重なタンパク源で水分なので、ちょっと買い足しておくかとお母さん連れてホクレンへ。

料理油も見当たらないしインスタントコーヒーも切らしてたのでそれも買う。
あとお母さんの下着パンツが探しても2枚しかなかったのが気になってたのでそれと、ついでに寝る時着る薄いロンTみたいなのも買った。

戻って時間確認して、あと10分くらいあった。
そのとき冷蔵庫にしまったやつとか、マイナンバー受け取りハガキの画像撮りとかやっときゃよかったんだよなー
思いついたときすぐGoogleカレンダーに入力してリマインダーかけとかないとだめだわ。

そんなこんなでバス停でお母さんに見送られながら新札幌へ。
バス降りたら電話するからちゃんと家にいなきゃだめだよと口酸っぱく言っておいた甲斐あって、JRのホームでお母さんへの電話は通じた。

空港に着いたらなんだか体がだるかった。
やばいなーなんか症状出るかもしれないなーと思いつつ気力を奮って増田さんの土産を買ってチェックイン。

乗る前にまたお母さんに電話して在宅確認。
飛行機が小型のやつだった。土曜のこの時間てあんまり乗る人いないんだな。

帰りの電車は浅草まで行かずに東銀座で降りて乗り換えた。
あんまり地上を歩きたくなかった。

その徒歩10分くらいの地上歩きでお母さんにまた電話。
そろそろ寝るということで、ホッ。

帰宅したら増田さんが台所に立ってたけど何やらドラクエのほこらやってたみたい。
荷物下ろして全部出して片付けて晩酌。
飲んだのは一番搾りと金麦だったかな?
肴:ピーマンなしの回鍋肉、

あとなんだっけな…
北海道では例によって何食っても味がしないのだが味覚が蘇ったなって思ったのは憶えてる。

あとはもうお酒も飲んだし睡眠不足だしで後片付けしたら20時くらいにすんなり寝たんだと思う。
そんで起きたら5時とかだった気がする。